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「Society5.0」と「SDGs」で収益性と公共性の両立を目指す日本政策投資銀行の挑戦

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平成29年12月に閣議決定された「未来投資戦略2018」の一端である「Society5.0」。情報社会(Society4.0)につづく、新たな社会(Society5.0)として提言された未来社会では、今までクラウド上に集積された膨大なデータをAIが解析し、付加価値のある状態で人間や空間に適切で的確なフィードバックがされることでデジタルとフィジカルが有機的に接続すると構想されている。それによって一般人のみならず、社会的弱者とされる高齢者や障がい者の方々が制約されていた労働や日常行為のサポート、情報が十分に行き渡りづらい地域への物流や医療情報の伝達、検診などを含めた格差是正など、今まで人間の能力では限界があった分野や情報伝達に対するケアがいずれ実現するとも言われる。そうした社会の実現に向けて、金融的なサポートのみならずSDGsに代表される社会・公共の視点から包括的に企業や地域社会の課題へアプローチするのが「日本政策投資銀行(DBJ)」である。今回は、Society5.0の実現に向けた同行のサステナビリティに関する取り組み、既存社会の変革すべき点について伺うと同時に、世界の潮流に乗り遅れ、さらには先進国「日本」としての立場が危ぶまれるという警鐘を鳴らす蛭間芳樹氏に忌憚なき話を伺った。

INDEX

「サステナビリティ×金融」の実践 日本政策投資銀行とは
財務、非財務を包含した社会的共通価値への投資
人間本位のシステム再構築とSociety5.0
先にアジェンダを掲げられる企業が勝ち残っていく時代になる
ここがポイント

蛭間芳樹
株式会社日本政策投資銀行
サステナビリティ企画部 兼 経営企画部 調査役
2009年東京大学大学院(工学、社会基盤学)修了(修士)。同年、㈱日本政策投資銀行入行、営業部門、環境CSR部を経て、2018年より現職。国際連合、世界銀行、世界経済フォーラム、世界防災フォーラム、APEC、内閣府防災、国交省、経産省など、防災・BCP/BCM・危機管理・災害レジリエンス・気候変動等に関する内外専門委員会への参画など活動は多岐に渡る。また、2009年よりホームレスが選手のサッカー日本代表チーム「野武士ジャパン」の監督、2018年よりダイバーシティ・サッカー協会の共同代表をボランティアで務める。著書に『責任ある金融』(きんざい)、『ホームレス・ワールドカップ日本代表のあきらめない力』(PHP研究所)、『日本最悪のシナリオ』(新潮社)など。

「サステナビリティ×金融」の実践 日本政策投資銀行とは

蛭間:日本政策投資銀行こと“Development Bank of Japan”はその名の通り、日本における開発銀行のことです。前身は復興金融金庫、日本開発銀行、北海道東北開発公庫という、いわゆる政府系金融機関。国際会議などに行くと、すでに日本は“Developed country(先進国)”じゃないか、いまさら何をDevelopしているんだ?との問いかけもあります。確かに、「Development=開発」と言うと、途上国の貧困問題などを扱うイメージがもたれがちですが、我々は日本の社会や経済の“Sustainability Development”を担っていると説明しています。日本社会の長期的なトレンドは、人口減少のように世界と逆相関にあるものもありますし、東日本大震災や今年の台風災害のように、地球物理的条件に起因するリスクもあります。日本社会の一員として、持続可能な社会を意識して作るために、金融技術などを活用しながら事業を行う機関なのです。

さらにDBJについて詳しく説明するならば、我々は特殊会社たる株式会社日本政策投資銀行法(DBJ法)に基づいた金融機関という点で、いわゆる銀行法上の銀行とは大きく異なります。投融資一体型の特色ある金融サービスのほか、仕組み金融のアレンジャー、M&Aのアドバイザー、産業調査機能や環境・技術評価などのノウハウの提供、危機対応業務や特定投資業務を行うほか、民間銀行との協調融資やリーマンショックや東日本大震災といった有事の際の危機対応、金融システムの安定化や復興の後押し支援など業務は実に広範に及びます。言うなれば、新産業創造に資するリスクマネーの供給から有事の消防団のような役割もある、そんな金融グループです。

財務、非財務を包含した社会的共通価値への投資

端的にDBJの全容を把握することは決して容易なことではない。サステナブルな経営支援のためにDBJそのものが変革し続けていることがまず第一に挙げられる。加えて、現時点では氷山の一角でしかない、潜在的な社会インパクトを孕む事象やテーマにいち早く取り組んでいるためだ。蛭間氏の言う、「企業価値は経営以外の指標をも含めて総合的に評価されるべき」とするその意味合いを現時点で理解する人は一体、どれだけいるのだろうか。

蛭間:会社も生き物ですからね。生き物としての会社は、お金の一側面だけでは善し悪しの判断ができません。星の王子様ではありませんが、金銭のような目に見える有形資産以外にも、“intangible(無形)”な資産にも着目する必要があります。昔は、政策金融と言って、社会基盤整備、産業育成、地域づくり、公害対策など、国の政策目的に資するかどうかの事業性評価と、効果測定を行ってきました。いま巷で使われている言葉でいうとソーシャル・インパクトでしょうか。このような考え方の重要性や必要性に気づき始めた方が、CSR、ESG、ソーシャル何とかという表現で、ここ数年盛り上がっているんですが、実は、昔から日本にあった概念なのです。その理論的な拠り所のひとつに、私たちの場合は、宇沢弘文先生(1928-2014)の社会的共通資本の考え方があります。

それを踏まえ、DBJでの私の業務は、主に2つあります。ひとつは、非財務に着目した融資業務における非財務評価を行う業務です。2015年に国連のSDGsが提唱されましたが、さかのぼること12年。2003年に国連環境計画・金融イニシアティブの東京会議があり、日本の金融機関を代表して、これからの金融のあり方について議論をしました。その成果が、2004年に上市した「環境格付融資」です。投融資業務という金融機関の本業を通じて、気候変動対策(当時は地球温暖化防止)、循環型社会形成などに資するプロジェクトへの支援、また、顧客の環境経営の推進をサポートすることで、サステナブルな社会の実現に貢献したいとの思いで始めました。今となっては、「Sustaining Value:金融が持続可能な社会と価値の実現に向けて果たす役割」というコンセプトやフレーズはよく耳にするようになりましたが、当時の反応は「なんだ、それ?」というものでした。

次いで、企業の危機管理に着目した「防災・BCM格付融資」(Business continuity management)。東日本大震災を経て生まれた日本ならではの金融商品で、世界経済フォーラム、世界銀行、国連などからも問い合わせが多くあります。最近は、「健康経営格付融資」も取り扱っています。日本型経営や長期雇用とセットにある社会保障や、従業員とその家族の健康について、事業者と健康保険組合らがどのように対応しているかをテーマにした金融商品です。

このような非財務の側面から、僭越ながら会社を評価(格付)させて頂き、財務情報を含めた総合的な企業価値を審査します。一般に、環境、防災・BCM、健康は費用勘定ですし、企業の中のコーポレート部門という名の裏方なので、就活生はもとより、企業のIRやPRには出てきません。いわば、経営上のコストにしか過ぎないのですが、私たちは、それを長期的な投資や価値創造の源泉となる要素ではないか、という大きな仮説を持っています。現在の資本主義、金融、市場の実務も、「効率的市場仮説」という大きな仮説のもとに、動いているのですから、思い切った仮説を掲げればいいと思うんです。それら非財務の観点からも、企業価値や競争力があると判断されれば、その分企業の信用力が高く、リスクへの目配りができているということで金利などの経済条件を割引かれます。企業のサステナビリティに関する自助努力を、市場競争だけの評価ではなく、金融機関の目利きとして対峙するのです。さらに、ESG評価機関などとの決定的な違いは、対話とエンゲージメントです。金融も情報産業ですから、我々には非財務の一次情報が多くストックされています。それを、評価のみならず、評価後のフィードバックやアドバイスなどに活用し、減点主義ではなく、加点主義の事業パートナーとして、お互いがエンゲージする関係を構築したいと思います。

もうひとつの業務は、弊行のサスティナビリティ経営です。3年前に掲げた、DBJの価値創造モデルです。顧客課題、産業課題、地域課題などに対して、顧客と我々という単一の関係だけではなく、関係者が一丸となってともに解決に向かっていくことをイメージしています。旧来から、「収益性と公共性の両立」という考え方はDBJにはありました。いかなる事業も収益、すなわちお金が回ることが大事です。ただ、単にお金を回すだけではなく、その正負の外部性(=ポジティブインパクト、ネガティブインパクト)の総計がプラスになることを目指します。さきほどの格付融資の話とも関連しますが、財務資本だけでは可視化、定量化されない、本質的な会社や産業の価値を創造しようとしています。金が金を生むシステムの構築だけではなく、人的資本、関係資本、社会資本、自然資本など、宇沢先生が提唱された、社会的共通資本を積み上げるような価値創造を目指しているのです。そう考えると、必然的に活動の時間軸は中長期にならざるをえません。2030年、2050年などの中期、2100年、3000年などの長期時間軸での想像力をもって、いまに焦点を当てたいと思うのです。

人間本位のシステム再構築とSociety5.0

日本政府が提言する「society5.0」と、国際的に掲げられた「持続可能な開発目標(SDGs)」は両輪の関係にある。経済成長だけを目的としない、持続可能な社会や企業への国際的な投融資動向を踏まえると、今後金融機関はどういった点に注目して投資を進めていくべきなのか。

蛭間:今年、私は数多くの国際会議に出席する機会を頂きました。例えば9月下旬の国連総会、同時期に開催された世界経済フォーラムのサステナビリティ・インパクト・サミット、そして日本がホストしたG20です。いずれも、気候変動やサステナビリティに関連する会合や委員会です。すでに、メディアでも報じられていますが、直接金融、間接金融ともに、ESGやサステナビリティに関連する動きがここ数年、急速に変化しています。悔しい思いもありますが、日本の金融機関は3~5周遅れのポジションにいると、個人的には思います。イノベーターはやはり欧米、とくに欧州関連国ですね。

端的にいうと、社会や次世代、そして地球というシステムのニーズに対して、優先順位をつけて投融資することが、金融機関の果たす役割、というよりも責任になっていくのでしょうね。従来の金太郎飴かつ護送船団のような画一的な金融活動ではなく、個々にWHY?が求められ、その目利きが求められるでしょう。なぜ、それにお金を投じるのか?、その説明責任も同様に求められます。

残念ながら海外では「Society5.0」という言葉は全く聞きませんが、第4次産業革命、気候変動対応、脱炭素に関連して皆が口を揃えるのは、それらに伴う金融行動、例えば、ESG投資、インパクト投資、そして“ダイベストメント(divestment)”に関することです。耳馴染みのない単語かもしれませんが、“investment(投資)”の対義語で、「投資撤退」のことを指します。民間企業は有事の際に、債権保全のために企業から資金を引き揚げざるを得ない場合があると先に挙げましたが、その行為を平時に行うのです。対象は、環境、人権問題の側面から見て、許されないプロジェクトや企業です。

いま盛んに、ダイベストメントの対象とされるのが石炭資源を活用する事業者や産業そのもの。2017年11月にドイツ・ボンで開催されたCOP23で発足した国際組織「脱石炭火力連盟」によって、OECD諸国は2030年まで、それ以外の国では2050年までに石炭火力から撤退する必要性が提言された。石炭燃焼による気温上昇幅を抑えることと同時に、気候変動によって年間80万人が死亡すると見込まれる現状を解消するためだ。

蛭間:お察しの通り、日本はかなり厳しい状況に追い込まれています。東日本大震災を経験し、日本のエネルギー事情はみなさんの知るところですからね。ただ、いまさら日本の事情をいくら説明しても、ルールメイク、アジェンダメイク側のポジションを取っていないので、いまは、新しいゲームのなかでどのように対応、適応するかを考えざるを得ない状況です。再エネでも、太陽光発電でも積極的に投資をしていますが、勢いとスピード感が世界とは全く違いますね。さらにいえば、気候変動などのグローバル・リスクに対する危機認識の違いと、それに打ち勝つ、挑戦するマインド。これらの目線にかなり大きな違いがある、と国際会議などの場で私なんかはひしひしと感じます。

今回の国連総会しかり、周辺の国際会議で、どのようなメッセージが日本に対して投げかけられたのかご存知でしょうか。それは、「WHY Japan?」です。世界が「脱炭素社会」に向かう中、日本は逆行するかのように石炭火力発電所の建設を続け、途上国にも積極的に輸出。こうした日本の姿勢に対して、世界から批判の声が高まっているのです。日本はかつて京都議定書を採択したCOP3で議長国を務めたほか、2度の石油危機を乗り切った経験もあり、省エネ技術や電気自動車、水素エネルギーの活用など、環境の分野でトップランナーの役割を果たしてきました。それにも関わらず、なぜ。そのような、日本に対する、落胆の声にも聞こえました。

この文脈から考えると、「Society5.0」や「スーパーシティ」にしても、そのようなキャッチフレーズや御題目を具現化する、「具体的に何をどう変えるのか?そして、どんな社会にしたいのか?」という命題に対して、踏み込んだ議論ができていないんですよね。そうした意味で、内実の伴う施策を打つべきですし、血の通った議論のできる場と人の必要性に焦りさえ覚えますよ。

「理想とする社会」を考える時、「社会」はあまりにも曖昧で、漠然とした対象となる。社会を構成するいくつものコミュニティに細分化し、地域や町ごとにそれぞれの特性に則ったミクロな視点から目指すべき姿を明確にしていかなくてはならない。さらに言えばこれからの時代、国が決めた都市や国境などの境界線はゆるやかに消滅していく。「国の競争から都市間の競争の時代」と言われて久しいが、それでは実体のない「一区切りの土地」ごとに、この先我々はどのような生存戦略を立てていくべきなのだろうか。

蛭間:都市間競争が激化する現代で、「東京」という地名が指し示すのは新宿でも渋谷でもなく、国内ビジネスや金融の中心地である、おそらくここ「大丸有(大手町・丸の内・有楽町)」なんですよ。東京駅もありますし。都市も多様性の時代です。国内外の友人、知人は、いとも簡単に生活拠点や仕事の拠点を、変えています。それはライフステージに応じて、ビジネスキャリアに応じてです。子育て中はフィンランドやオランダで、ビジネスキャリアを上げるときはNY、シンガポール、ロンドンで、イノベーションや新規事業を思いついたらシリコンバレー、イスラエルへ、そしてセカンドキャリアを見据えてアフリカでチャレンジしたり等々。かくいう私は、日本にいますけどね(笑)。

都市もポケモンのように、特徴的なキャラを立てるべきだと思いますよ。金融でいくのか、不動産でいくのか、文化で行くのか。なんでもいいんです。まずはなによりエリアや地域のテーマ設定が先決でしょう。「Society5.0」とか言いますけど、日本全国見渡して、同じような地域社会の将来を迎えるなんて時代ではありません。全国総合開発という昭和の時代はとっくに終わっています。大丸有に集う人や情報を起点とした都市づくりを、デジタルとの融合を踏まえて、再構築するタイミングではないでしょうか。

先にアジェンダを掲げられる企業が勝ち残っていく時代になる

一連の流れを受け、既存ビジネスに携わるプレイヤーにとって着目するべき点は何かを考えることになる。金融機関という立場を超え、一サスティナビリティ×社会というテーマに向き合う蛭間氏に回答を求めた。

蛭間:一言で言うと、ただ過去の延長というか、惰性で続けているものは、ビジネスでも行政でも辞めたらいいんじゃないでしょうか。これだけ新技術がある事業環境で、その業務は本当に人間がするべき仕事なのかをよく考え、どんどんデジタル移行するべきです。日本は雇用に対して過剰ともいえるくらい手厚いですが、それが付加価値を生まない原因をつくりだしてしまうのもまた事実です。デジタルを使ったもん勝ちですよ。それから余剰リソースで、次に何に投資できるかを考えて動けばいいんです。そうした組織にならないと、いまの若い世代は全くチームメンバーになりたがらないでしょうね。あと5年もすれば、デジタル移行に遅れたがゆえに、採用難で厳しい状況になる企業が続出すると思います。これは経営者のリーダーシップとも言い換えられますよね。現状に見切りをつけて「辞める」決断ができるかどうか。全くの私見ですが、サスティナビリティが意味するのは、現状維持を続け、ある一定の定常状態を維持することではなく、積極的に変革(トランジション)することだと思うのです。それは、積極的に辞めること、積極的に始めることの両方があります。

そして、蛭間氏は我々生物の辿ってきた「進化論」をベースに、変革することについて以下のように締めくくった。

蛭間:よくダーウィンの進化論で「適応したものが強い」と言いますが、それって環境の変化に対して”reactive(受動的)”に適応した結果と解釈しています。より重要なことは、 “proactive(先を見越した)”な環境創造であるべきです。存在し続けるための努力(struggle for existence)の結果、進化したという説明が、進化論の中にありますしね。前半で、ルールメイクの話をしましたが、誰よりも先にイシューやアジェンダを掲げる側に回ることが重要です。ただ、そのときにはほとんど賛同者がいないんですよね。格付融資についても、サステナビリティ経営についても様々なところからご意見を頂きます。ただ、それでいいんです。全てのことには前例がないんですから。前例がないなら、つくればいいだけです。100年時代と言われていますが、人生は一度きりですし。

ここがポイント

・政策金融を経て、サステナビリティと金融を実践する「日本政策投資銀行」は、リスクマネーの供給から、金融業界の消防団としての役回りも
・会社も生きもの。財務情報だけでなく、 “intangible(無形)”な資産も含め総合的に価値を見に行く
・哲学や志を持った投融資の新しい基準。世界的には「ダイベストメント(投資撤退)」が進んでいる。ただ、白黒を簡単につけられるものではない。
・「Society5.0」の推進には今後、都市のキャラを踏まえた、踏み込んだ具体像の確立が必要
・惰性で続けるビジネスを辞め、先を見越したトランジションを

企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小泉悠莉亜
撮影:戸谷信博