気候変動対策を行うスタートアップや起業家に注目が集まっています。
ビル・ゲイツは「この領域から10社のテスラが出てくるだろう」と述べています。ブラックロックのCEOであるラリー・フィンクも「次の1000社のユニコーンは気候変動対策テックから生まれる」と言ったそうです。諸外国では気候変動対策技術専門のベンチャーキャピタルが次々とファンドを立ち上げつつあります。
なぜこれほどまでにスタートアップと気候変動対策の関係性が語られるのでしょうか。この背景について少しだけ私見を述べたいと思います。
INDEX
・気候変動は脅威であり、機会でもある
・気候変動対策で産業の構造転換が起こる
・スタートアップがグリーン化を推進する
・グリーン化された社会の先へ
気候変動は脅威であり、機会でもある
気候変動は社会にとって脅威です。同時に、ビジネスやスタートアップにとっては脅威であり、機会でもあります。
まずビジネス面での脅威という側面を見てみましょう。気候変動の結果、災害の数の増加や激甚化によって、ビジネスは被害を受けることになります。また気候変動による生産物への影響なども多大な影響があるでしょう。
こうした気候変動による影響を緩和するために、様々な技術開発が次々と行われていくでしょう。政府の規制変更も起こります。そうした対策が進むにつれて、ビジネス環境は変化をしていき、ものの作り方やファイナンスのやり方、ビジネスの構造が変わってきます。
たとえば、発電の脱炭素化や車をはじめとした電化が進んでいくことは、EVのニュースを頻繁に見かけるようになったことからも、実感があるのではないかと思います。そのほかにも、プラスチックや鉄、コンクリート、畜産など、生産過程で温室効果ガスを排出していたビジネスは、その生産方法を変えていくことになります。直接的に温室効果ガスを排出するようなビジネスをしていなくても、大企業はサプライチェーン全体での脱炭素化を投資家から求められるため、自社で利用している素材やエネルギーで温室効果ガスが排出されているのであれば、見直しも行われることになるでしょう。
大企業の取引先である中小企業も対応をせざるをえません。これまで通りのやり方を続けるだけでは、脱炭素を新たに掲げる取引先に乗り換えられてしまう、ということも大いにあり得ます。つまり、ほぼすべての企業は従来のビジネスのやり方を変えていくことが求められる、というのがビジネス面での脅威です。
次に機会という側面を見てみます。
ビジネス上の脅威に対応するために、既存の取引先やサプライチェーン全体が変わっていくということは、その変化に合わせて気候変動対策が済んでいる企業が入り込める千載一遇の機会でもあります。自社が気候や環境に優しい製品を作っているのであれば、評価が高まり、多くの企業から声がかかる可能性が高まります。それをきっかけに、これまでと異なるビジネス機会を獲得できるかもしれません。
電気や車、食肉や鉄やコンクリートなど、最終消費者に届くものは一見同じように見えても、実はその裏側にある「作り方」が大きく変わっていく、というのが気候変動対策で起こることです。
気候変動対策で産業の構造転換が起こる
気候変動対策としてのグリーン化を、Digital Transformation (DX) にならって、Green Transformation (GX) と呼ぶこともあります。まさにトランスフォーメーションが各産業で起こるというのが、カーボンニュートラル達成を目指す2050年に向けて約30年かけて起こっていく変化と言えるでしょう。今後政治的な大転換がなければ、これは「すでに起こった未来」の一つと言えます。
ただし、カーボンニュートラルがどのように達成されるかはまだ模索している状況です。ゴールは明確ではあるものの、そのゴールに到る道筋がまだ不明瞭だったり、技術の発展次第だったり、そしてどの技術が良いのかもまだはっきりとわかっていない、といった部分もあります。
スタートアップはこうした不確実性の高い状況下でこそ、活躍できます。
スタートアップがグリーン化を推進する
スタートアップは今後このGXの領域での活躍が期待されています。それが冒頭のビル・ゲイツやラリー・フィンクの言葉につながっています。
グリーンで産業構造の転換が起こるかもしれないことを解説しましたが、これを機会にして、業界全体をグリーンかつデジタルで全く新しく作り変えられる可能性がスタートアップにはあります。最も分かりやすい例がテスラ社でしょう。車のEV化という産業構造の転換を機会として活かし、車の業界を大きく転換しようとしていることが評価され、大きく成長しました。
テスラ社のような会社が今後、食料、小売、建設などの領域で生まれてくるかもしれません。産業構造の転換はそうそう起こるものではありませんが、もしこの機会に大きなシェアを取ることができれば、数十年続く企業になりうるでしょう。
実際、いくつかのスタートアップが生まれてきています。たとえば、カナダのCarbonCure などは、液化CO2を生コンクリートに取り込む製法を採用し、回収した二酸化炭素を活用しながらセメントを作る、といった技術開発をしています。現時点でも、すでに800を超えた生コンクリート工場が導入しています。
気候変動対策はビジネスモデルを少し変えれば解決できるという問題でもありません。多くの場合、新たな技術の開発が必要です。ただ、そのような技術を自分自身が持たない場合、デジタル技術だけである程度できるもの、たとえば測定などから始めることもできるでしょう。この領域は不確実性が高いように見られているので、まだまだ手つかずで、競争もそこまで多くはありません。スタートアップにとってはチャンスだとも言えます。
グリーン化された社会の先へ
気候変動対策によって私たちの社会には様々な変化が起こります。その変化を基盤として、更なる変化も起こってくるでしょう。
まだまだ先の話にはなりますが、気候変動対策によってエネルギーが安価かつ潤沢に手に入れば、これまでコストに見合わなかったこともできるようになります。海水の淡水化や農作物の成長を促進するようなこともできるかもしれません。空気中の二酸化炭素を回収する装置なども現実的な選択肢として入ってくるかもしれません。これらは一例でしかありませんが、気候変動対策をうまく行えた暁には、人類にとって新たなビジネスの機会を次々と生んでいくことにもなるはずです。
とはいえ、これらは現時点では夢物語でしかありません。技術的楽観主義に陥って、技術だけで何でも解決できると考え、社会を変える取り組みを後回しにしては、そもそものカーボンニュートラルさえ達成できないでしょう。
ただ、危機に応じて対策をした先には、もしかしたらさらに明るい未来が待っているかもしれないと考えることで、私たちはこの対策をより先に進めることもできるのではないかと思います。
そしてそうした未来を作るとき、今このタイミングであれば、スタートアップが果たせる役目も大いにあると思っています。30年後には、企業の勢力図も大きく変わっているはずです。そのときの時価総額ランキングのトップの中にはきっと、今はまだ生まれていないスタートアップの名前が何個も掲載されているのではないでしょうか。
[ 馬田隆明: 東京大学 産学協創推進本部 本郷テックガレージ / FoundX ディレクター ]
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