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ロボット単体の開発期からロボット同士やビルを繋ぐエコシステム期へ。 Octa Roboticsが「ロボット・エレベーター連携サービス」を開発する理由

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近年家庭用掃除ロボットが普及し、人の手を介さずとも自由に室内を移動するロボット自体はすでに珍しいものではなくなった。しかし自律移動型ロボットはエレベーターなどを使った、階をまたいだ移動があまり得意ではないことはまだあまり知られていない。メーカー各社がオプションサービスを提供しているが、エレベーターのメーカーA社とロボットメーカーB社の互換性の問題など、インフラ環境が完全に整っていないことに起因する。

しかしそれらの違いを吸収し、ロボットのインフラ環境を劇的にかつ安価に変えるインターフェースサービスが生まれた。Octa Roboticsによる「LCI」だ。開発者である鍋嶌氏、前川氏は長年ロボット業界で標準化・事業化の第一線に携わってきた。だからこそ「今のフェーズで必要なものを、必要なスピード感で提供できた」と話す。

今後ますます需要の増すロボットそのものの開発ではなく、スポットライトがほとんど当てられないインフラ環境の重要性、そして現状について話を聞いた。

鍋嶌 厚太
代表取締役 CEO
東京大学 大学院修了、博士(情報理工学)。
CYBERDYNE、Preferred Networksを経て創業。
ISO/TC 299 WG委員長、エキスパート。
装着型ロボット、移動型マニピュレーターの研究開発、実用化、標準化。

前川 幸士
取締役 COO
法政大学工学部卒業、修士(学術)。
三和銀行(現三菱UFJ銀行)、複数ITベンチャー企業を経て、
CYBERDYNEでは新規事業推進に従事。
新規事業開発・推進、アライアンス。

INDEX

ロボットと、ロボットがポテンシャルを発揮できるインフラ整備
ロボット開発者が自分のタスクに集中できる環境をつくる
ここがポイント

ロボットと、ロボットがポテンシャルを発揮できるインフラ整備

――ロボットがエレベーター(設備)と連携し、ロボット単体の階移動を可能にするインターフェースサービス「LCI」。清掃や配達などの実用的なロボット運用のために、Octa Roboticsが開発提供したユニットですが、なぜそれが必要だったのか、その必要性を感じるに至ったかを理解するためにまずはサービス設計者のおふたりのルーツから教えてください。

鍋嶌:私は東京大学大学院にてロボット研究で博士課程を修了した後に、装着型ロボットの開発を主に行うCYBERDYNEにて10年ほどロボットの研究開発と標準化に携わりました。

研究段階のロボットが実用化されていく過程で、社内外における実情や導入に関するお客さんの苦労や意見などを多く見聞きしました。その後Preferred Networksにてロボットを普及させるプロジェクトに参画。3年ほど携わってから、前川とともにOcta Roboticsを立ち上げました。

前川:キャリアのファーストステップである金融業から始まり、ITベンチャーでの新規事業開発を経て、鍋嶌と同じくCYBERDYNEにて医療用ロボットHALをはじめとする作業支援ロボットや自律移動型のロボットの事業開発を10年ほど担当しました。

事業開発の一環でお客さんと接すると、労働力としてのロボットへの期待値の高さは感じます。しかし、興味や関心はあれど、現状では思うような生産効率向上につながらないことから遠巻きにしてしまう現実も見えてきました。

その原因は、2022年現在のロボットがフロアをまたいだ単体移動をすることができないことに帰結します。そのため人がフロアを移動させるか、フロアごとにロボットを導入する必要が出てしまい、導入しても期待される効率向上には至らない。その課題意識からCYBERDYNEでも「エレベーター連携ユニット」をオプション機能として開発しましたが、ロボットの製造販売を主とするメーカーではこのオプションを全面的にウリにすることはできませんでした。

けれども、これはロボットを使う側にとってはクリティカルな問題です。状況を改善しなくては、いずれロボットは淘汰されてしまいます。「フロア間移動の実現」一見すると非常に地味な分野ではありますが、サービスロボットを普及させて世の中を変えていくためにはこの壁を突破するほかありません。そうした思いから、ロボット開発ではなくロボットにとっての環境整備、すなわちロボットフレンドリーの立場にたった開発に乗り出しました。もう、自分たちで思い切ってやるしかないな、と思ったのです。

ここで鍋嶌の存在は欠かせませんでした。インフラの整備を目指すならばすべてのロボットにとってのスタンダードモデルであることが求められますから、ここは標準化のプロであり、産学官連携功労者表彰(内閣総理大臣賞)の対象となった技術開発を手がけた鍋嶌以外の人選は考えられませんでした。

鍋嶌:そうした想いから開発した「LCI」に関しては、時代的なタイミングが追い風になりました。

振り返ることCYBERDYNE在籍時、リアルな現場でロボットが導入され始めた頃、お客様からは複数メーカーに対応した共通充電器が欲しい、エレベーターあたり一台の乗車制限をかけたい、エレベーター連携とのコストが高いなど、様々な要望があがっていました。ただそれは、一ロボットメーカーとしての力だけでは対応しきれませんでした。

しかしその後、RRI(ロボット革命産業IoTイニシアティブ協議会)の主導により、エレベーターメーカーを横断した標準化に対する働きかけが大きくなりました。要は、ロボットとエレベーターを連携させるために、エレベーター会社を集めて標準インターフェースを作りましょう、ということです。以前私が受けた、お客さんからの要望ももちろん含まれていましたし、みんなで改善していきましょう、と。

そうした時代の大きな流れにのって、標準仕様ができました。しかし仕様ができたと言っても、それをすぐに実装できるわけではありません。遅々としてロボット環境の改善は進まず、私自身「誰かが事業としてドライブさせなくては」とやきもきした日々の中で、Octa Roboticsが誕生したのです。

一方で、RRIによって要件がクリアになったことは事実です。ステークホルダーの間で、ある程度の合意がとれたこともあり、実際のサービスに落とし込める見通しがつきました。そこから前川とともに事業を進めていくに至りましたが、これはまさにタイミングと、不動産オーナーとのリレーション、サービスロボットの開発状況や要望などを把握できていた我々のバックグラウンドによる、合わせ技だったと思います。

ロボット開発者が自分のタスクに集中できる環境をつくる

――話にあった通り、すでに類似サービスはOcta Roboticsの設立段階で世の中にあったにも関わらず、参入された動機はどこにあったのでしょうか。

鍋嶌:開発にかかる時間やコストなどを思えば当然ですが、ロボットメーカーもエレベーター会社も各社がベンダーロックインを行い、導入コストを高くとったり、他社の利用を断ったりするなど、非常に不経済なオプションを強いていました。ビルオーナーにとっては、ロボット導入で管理コストを抑えたいのにロボットを導入すれば導入するだけ環境整備のためのコストも増加します。

そうした垂直統合的なあり方から、コンパクトなシステムを素早く安価に出すことで、水平分業化を進め、業界全体を拡大する方が良いと考えました

エンジニアとして、私自身が誰よりも望んでいたインターフェースですし、他のロボット会社が費用対効果の問題から苦しんでいたことも知っていました。結果的にビルオーナーのコストダウンだけではなく、業界からの共感を得ることもできました。

開発サイドは、ロボット運用のためのオプションに頭を悩ませるのではなく、自分たちのロボットを改良・コストダウンする方向に集中して、開発リソースを割いて欲しい。その分、僕らは面倒なエレベーター連携を引き受けるので、両者で一緒に頑張っていきましょう、という想いです。

――ビルオーナーにとっても、ロボット開発者にとっても痒いところに手の届くインフラだったのですね。では、他社では叶わなかった導入コストの安さやシステム構築の速さなどは、なぜ実現できたのでしょうか。

前川:とにかくできることをシンプルにした、というのが答えです。いろんなことを想定しながらリッチな仕立てにしたくなるものですが、要件が増えれば開発にかかる費用も時間もかかります。2年かけて開発しても、高値すぎる、あるいは、タイミングが遅すぎて誰も買わない、そんな事態を避けたかったんです。

現場を理解していましたし、現段階での要求は、清掃や配送などの移動型ロボットが「エレベーターを呼んで、乗って、降りる」ことができればいい。つまりエレベーターと複数ロボットのアクセス管理がミニマム要件です。

環境含め、ロボットに求められていることが十分に実現されれば、新たな要望が出てきますが、それはその時に機能を積み上げていけばいい。「その時」というのは、誰にとってもまだ見ぬ世界なんですよ。まずは目の前で達成すべきことから、という考えです。

――では今後LCIをはじめとするロボットフレンドリーな環境改善を進めるにあたっては、どのような協力体制が必要だと考えられますか。

前川:一番はエレベーターメーカーの方々との協業が肝心です。ひとつの建物において、特に安全を第一に考慮された特別な装置ですから、保守点検などでちょっとした変更を加えるだけでも必ずメーカーのテック部門の方々がいらして入念な確認作業をされている。そこに我々のような部外者がサービスの接続を申し入れることはイレギュラーです。もちろん、これがスタンダードになってくれば、手順が確立されていきますが、まだそれには時間を要すると思います。ここについてはオーナーの方をはじめ、みなさんにご要望いただいて体制を整えていくことが大事ですね。

――そうしたインフラが整った未来はどのような動きが生まれると思われますか。

前川:今時点では、まだイメージしにくいところもあると思いますが、サービスの世界に入ってくるのかと。今まではロボットのハードに投資しなくてはいけなかったところから、小さな投資で面白いロボットサービスを企画できるフェーズに入っていくと思います。

鍋嶌:医療用ロボットをはじめ、ラストワンマイルで何かを届けたりサービスアップしたり、という建物内で完結する新たなサービスの需要はありそうですし、今よりももう一歩二歩進んだロボットがあらゆる場所で見られるようになって、ビジネスのアイディアに結びついていくのではないでしょうか。

そのために重要なのは、やはりインフラ整備です。例えば、LTE、5Gが普及したことによってロボットのリモート監視が当たり前になったように、業界全体でインフラを整備することで、障壁をクリアしていければと思います。

ここがポイント

・互換性の問題など、インフラ環境が整っていないため、自律移動型ロボットはエレベーターなど階をまたいだ移動が得意ではない
・創業のきっかけは、ロボットは期待値が高いにも関わらず、導入しても思うように生産性向上につながら状況が見えたから
・RRI主導で、エレベーターメーカーを横断した標準化に対する働きかけが追い風になった
・垂直統合的なあり方から、コンパクトなシステムを素早く安価に出すことで、水平分業化を進め、業界全体を拡大する方が良いと考えた
・インフラが整えば、小さな投資で面白いロボットサービスを企画できるフェーズに入っていく


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小泉悠莉亜
撮影:幡手龍二