『サービスデザイン』という言葉を聞いたことはあるだろうか? これはいまビジネスの現場で注目されているメソッドで、サービスの体験価値を重視し、顧客や社会の視点からビジネスモデルを見直す概念だ。
まだ普及段階の概念だが、『サービスデザイン』はビジネスのあり方そのものを変えてしまう可能性を秘めている。この記事では、日本における『サービスデザイン』研究の第一人者である慶應義塾大学経済学部教授の武山政直氏にお話を伺い、メソッドの概要や具体的な事例、企業で『サービスデザイン』を活用する際に心がけたいことなどをインタビューした。
武山政直 (たけやま・まさなお)
慶應義塾大学経済学部教授。1965年、愛知県名古屋市生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、同大学院、米国カリフォルニア大学大学院に進学してPh.D.取得。2003年より慶應義塾大学経済学部准教授、2008年より同教授として、都市生活者の空間行動やマーケティング、サービスデザインの研究教育に従事。特に近年はサービスデザインの手法開発をテーマとする産学共同研究や、その成果をビジネスに応用するコンサルティング活動も行っている。2013年にサービスデザインの国際的な普及啓蒙機関であるサービス・デザイン・ネットワークの日本支部を設立し、共同代表を務める。また、2014~2016年に内閣府経済財政諮問会議政策コメンテーター委員会委員を務める。
INDEX
・『サービスデザイン』とはどのようなメソッドなのか?
・現代では『サステナブルなサービスデザイン』が求められている
・どの業界で導入が進んでいるのか?
・ビジョンありきのメソッド
・企業で『サービスデザイン』を実践する際に心がけたいこと
・ここがポイント
『サービスデザイン』とはどのようなメソッドなのか?
――はじめに、『サービスデザイン』とはどのようなメソッドなのでしょうか?
平たく言えば、企業や人々の力を引き出しながら、お客さんの「やりたいこと」、社会の「あるべきこと」を実現する仕組みをつくる手法です。
『サービスデザイン』では、パートナーや顧客など、ビジネスエコシステムに参加する人々の相互理解を促し、コラボレーションを促進します。そのうえで、エコシステムに参加するそれぞれのアクターが「何ができたらハッピーなのか」「どのような能力が活かせるのか」を考え、サービスや体験と結びつけます。その手段は車や家電、不動産のようなハードでもいいし、接客やSaaSなどのソフトでもいいんです。
――まとめると、「パートナーや顧客とともに競合優位を築く方法」という解釈でよいのでしょうか?
そこは少し認識が違って、『サービスデザイン』は企業単独の競合優位よりも、コラボレーションによるベネフィットの創出を重視します。マインドセットとして、サービスに関わる様々なアクターの能力を組み合わせ、自分だけでなく“お互い”ハッピーになることを重視しているんですね。分かりやすくいうと「ウィンウィン」の関係性をつくり、ともに勝つこと。それを実現するための手法として発展してきました。
発祥当初は、日本でもイメージされやすい“サービス”業や、接客のオペレーションに用いられてきましたが、今では対象が広がり「ユーザーの体験」や、「スタッフの働き方や組織のデザイン」、そして「協業型サービスモデル」などの新たなビジネスエコシステムをつくるデザインメソッドに発展しています。
現在導入が進んでいるのは、医療・観光・交通業界など。サービスデザインは、特に領域を超えてプロバイダー同士を連携させなければいけない横串型の業界や、業界の横断や再編の取り組みにフィットします。
――人や組織の関係性を重視する概念なのですね。もう少し『サービスデザイン』について掘り下げさせてください。先ほど、このメソッドの起点は「お客さんの『やりたい』をお手伝いすること」だと話されていましたが、顧客のニーズを起点とする『マーケットイン』とはどのような違いがあるのでしょうか?
『マーケットイン』は「すでにマーケットがある」と想定する考え方です。対して『サービスデザイン』ではまだ市場にない未来のユーザーを生み出そうとします。たとえば、お客さんもまだ欲しいものが分かっていない状態で、ゴールやビジョンを先に置いて「こんな素敵なものができるかもしれない」と先取りして提案するんです。
――すでに顧客のニーズが分かっているのが『マーケットイン』で、ニーズがあるかわからない状態から一緒に作る手法が『サービスデザイン』ということでしょうか。
そうですね。
――ここまで『サービスデザイン』について解説していただきましたが、このメソッドはなぜ生まれたのでしょうか?
背景として、「サービス」が意味するビジネスの実態の変化が挙げられます。少し前まで「サービス」は、接客など形のない役務を指していましたが、近年ではモノ・店舗・機器などあらゆる要素を組み合わせてサービスが提供されていますね。さらにIoTが広がって業種を問わず、あらゆるビジネスが「サービス」だと捉えられつつあり、消費者の関心も「どんな体験ができるか」に移り、企業の期待も「顧客成果をどう達成するか」にシフトしているのです。
たとえばトヨタはいま自動車の製造販売からモビリティサービスのプラットフォーム事業へと転換を進めていますよね。そのように手段から成果へと事業が移ると、事業の仕組みも複雑になっていきます。そこでは「提供する人」と「利用する人」の2者間でなく、ドライバーや業務で車を使う人、エンドユーザー、そして他のサービス事業者とも連携しながら互いのサービスを組み合わせるエコシステムが形成されます。
このようなエコシステムの誕生を促す背景として、テクノロジーの影響は大きいと思います。人々や組織がネットワークでつながり、業種を超えて新しい価値創造を行う機会が増え、越境して連携しなければ事業継続が難しくなりはじめています。「サービス」はそのような時代のニーズに応えるために、「一方向の支援」から「相互的な価値共創」へと変化していったのでしょう。
現代では『サステナブルなサービスデザイン』が求められている
――概要を解説していただいたところで、別の話題へ移ります。著書の『サービスデザインの教科書:共創するビジネスのつくりかた』では、『サービスデザイン』の事例や可能性が紹介されました。しかし近年武山教授は、『サステナブルなサービスデザイン』を提唱しています。これはなぜでしょうか?
あの本を書いた時は「どうすればお客さんと企業が共にハッピーになるのか」を主軸に置いていました。その後、「このままみんな(ヒト)の幸せだけを考え続けていると、地球生態系のバランスが失われるかもしれない」と思いまして。お客さんの生活や業務成果の向上だけでなく地球環境を考えた価値の提案が必要だと考えるようになりました。
――『サービスデザイン』を突き詰めると経済活動が加速しすぎてしまい、環境負荷が増大してしまう、ということでしょうか?
むしろもっと視野を広げてサービスをデザインする必要があるということです。これからは地球環境のなかでのサステナブルなサービスを意識しないと業界自体がなくなってしまうかもしれません。
別の側面から見れば、人々が求めるものも変わってきたのかもしれません。近年の価値観の変化として、「みんなで大きなものを成し遂げよう、その一部に私も参加しよう」という機運が高まってきています。
複数の企業や消費者が連携して取り組みを普及させていかないと世の中は変わっていきません。今までは「A社だけが儲かるんじゃないの?と」企業間で駆け引きが行われていましたが、連携する大義ができたので「一緒にやろうよ」と話しやすくなり、コラボレーションがしやすい環境になりつつあります。
企業も大きな社会のムーブメントに貢献して、新しい事業を成り立たせれば、人々も賛同してくれるはず。この図式が上手く描ければ、多くの人が幸せになれる可能性があるので、うまく流れを持っていきたいですね。
――大きな目標ができれば人々も協力しやすいですね。一方で、「競合他社とは手を結びにくい」と考える人もいます。『サービスデザイン』では様々な企業や人のコラボレーションを重視していますが、競合他社とも協力しなければいけないのでしょうか?
そこはどうしても協力が難しいケースがありますし、全ての企業が生き残れるわけではない、と考えています。世間ではサステナビリティの機運が高まっているので、社会的な責任を果たせない企業や、社会のトランジションへの創意工夫を怠る企業は長期的に劣位になり、事業がシュリンクしていくと思います。生き残っていくためには、業界各社が協力した方がよいでしょうし、競争と協力はバランスを取ってやっていくべきではないでしょうか。
どの業界で導入が進んでいるのか?
――ここからは具体的に『サステナブルなサービスデザイン』の事例を聞かせてください。どのような業界で取り組みが始まっているのでしょうか?
国際的なCO2削減ムーブメントの影響を受けて、自動車や交通業界は環境負荷の小さなモビリティサービスへの転換に向けて必死に動いていますね。食品業界もフードロスやパッケージの削減で少しずつ動きが加速していて、家具業界などでもシェアサービスが現れています。あとはアパレル。衣料の廃棄は環境負荷が大きいので、洋服のリサイクルやサブスク化で資源をできるだけ長く使い続ける取り組みが出ています。いずれも業界としても動かないとまずいと考えて、動きが活発になっています。
どの業界にも求められているのが、新しい価値創造への転換です。従来のように顧客の課題を見つけ対応を続けるだけでは現場が疲れてしまいますし、課題対応で後手後手に回っていると、次第に事業はシュリンクしてしまいます。企業のトップが新しい価値創造へと意識を切り替えていけるかどうかが、『サービスデザイン』に取り組む際の要になると思います。
日本社会全体に視野を広げれば、長期的なゴールを設けなければいけないでしょう。現代の日本では、多くの人が実現を望むような大きな目標がありません。時代の変化を踏まえた次なる豊かな社会ビジョンが無いことが閉塞感を生んでいます。政府にもその姿を示してもらいたいところですが、どうにも出てこないのでもどかしい。国が明確なゴールを提唱すれば、地方自治体や企業にも変化の機運が生まれると思います。
――海外に視野を広げた場合は、取り組みに違いはあるのでしょうか?
私も全てのケースを把握しているわけではないのですが、サステナビリティの分野では、ヨーロッパの社会は明らかに関心が高く、動きも早いです。国策として中核に位置づけられていて、サステナブルな事業を生み出すメソッドやデザインコンサルティングも登場していますし、雑誌やメディアで特集も組まれている。一方で、日本の企業が進んでいる領域もありますし、現場から改善やイノベーションのアイデアを出すのが得意ですから、海外とまったく同じアプローチを採用する必要はないと思います。私はそういったケースをリサーチしながら、社会にサステナブルなサービスやビジネスのエコシステムをどう実装するかを研究している最中です。逆にいえばまだ実績がついてきていないので研究としてはやり甲斐のあるフェーズですね。
ビジョンありきのメソッド
――ここからは『サービスデザイン』を始める際に何を心がけるべきかを聞かせてください。
まずは顧客や社会にとっての成果から発想していくことです。アウトカムでもゴールでも、パーパスでもよくて、「なんのために事業をしているのか」を出発点にして、お客さんやパートナーと、どのようなゴールを共創するのかに注目するんです。
その点でいえば、今までは「何を使ってもらうか」「何を買ってもらうか」と、供給物が発想の中心になっていましたね。
――供給物発想でいえば、「日本はテレビのリモコンのボタンが非常に多い」という例を聞きますよね。
そうですね。「差別化のために何か機能をつけないと」という結果が日本のリモコンだと思います。発想の転換が必要で、「いくらで売れるか」「どのような機能を加えようか」を一旦忘れて目的やゴールから発想してみましょう。そうすれば、「自社単独でできるものはなにか?」「顧客やパートナーと連携して目標成果に対してさらに何かできないか」と発想も変わっていくと思います。
さらに、成果を基準にすれば手段は自由に選べるので、自社の持つスキルやアセットが既存の製品や業種のカテゴリーを離れてどのようなポテンシャルを持つのか再評価が起きるはず。また成果を得るには何と何を組み合わせれば活きるのか、という組み合わせ発想に頭が切り替わります。
――発想や価値観の転換が必要なのですね。パーパス先行型事業の具体例はありますか?
実例としては、国内外に40以上の店舗を展開している食材セレクトショップ『イータリー』があります。同社のコンセプトは「イタリアのローカル食文化を味わう」です。お店では、現地の食材の販売・マーケットに売っている食材を使ったレストラン・料理教室の開催などを一度に体験できます。
イータリーのコンセプトは消費者にも嬉しいものですし、体験の先で「どんな人たちが食材を作っているんだろう」と考えることもできる。生産者に興味を持ち、生産の環境を大切に扱うプラットフォームを作れば、みんなが活動に参加しやすくなります。このように、企業が率先してみんなで価値を共有して守っていくプラットフォームをつくれば、社会的価値と収益を結びつけられると思います。
――同様のモデルにD2Cがありますが、売り手側の思いを応援できる良い仕組みですよね。
そうですね。買い物を通して企業を応援しよう、企業に投資しようというムーブメントや機運は高まっていると思います。
――その一方で、消費者の立場に立つと「便利で、早くて、安い」が良いのではと思ってしまいがちですが。
大半の人がそう思っていますが、だからと言ってそればかりやっていると、サステナブルな社会から遠ざかり、回り回ってみんなが不幸せになってしまいます。そして「便利で、早くて、安い」に代わる豊かさの価値観や選択肢が足りていないのも問題です。若い世代の経営者には新たな価値観を持つ人も増えている。消費者をはじめ、大企業の人々や政治家の方々にも同じ感性を持ってもらいたいと期待しています。
一方で企業は儲からない事業はできません。ビジネス的にも魅力ある提案にできるかどうかが知恵の出しどころだと思います。ちょうど高度経済成長に家電メーカーが白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫を「三種の神器です」と売り出したじゃないですか。あれは実感しやすい生活ビジョンに需要を結びつけたと思うんです。同様に、今度は「みんなでサステナブルな豊かな生活へ向かおうよ」と呼びかけて、そこに新たな需要を喚起していくことが重要かなと。
もちろん価値観を一気に変えることはできませんが、消費者もサステナビリティに興味を持っているはず。現代は「先が見えづらい時代」と言われています。だから、思い切ってチャンスだと捉えて、新しい幸せの形を作った方が、結果的に経済が活性するかもしれません。
企業で『サービスデザイン』を実践する際に心がけたいこと
――まずはビジョンや成果から、というお話を伺いましたが、企業が『サービスデザイン』を実践する際に心がけるべきことはありますか?
私は企業に研修を行っていますが、ビジョン設計の際には、まず自社の取り組んでいる事業領域がどのようなネットワークで動いているのか、できるだけ視野を広げてマッピングしてもらいます。直接的な利害関係者だけでなく、物質的-社会的につながる間接的なステークホルダーも含めて「自社の事業がこんなネットワークで動いているんだ」と全容が見えると、「事業がこんなところに負荷を与えているんだ」「ここがなくなると事業が成り立たなくなる」と考えられるようになるんですね。
次に「どこを変えていくか」を考え、マップを描き換えて実現すべき社会のビジョンやトランジションの道筋を打ち立て、事業チャンスを見つける機会発見を進めます。
――ビジョン設計やマッピングをする際に、職種は関係ないのでしょうか。たとえば、セールスやマーケターにも応用できる方法ですか?
どの職種にも応用できると思います。むしろ、マッピングやビジョン設計をするならば、各部署の担当者やステークホルダー、現場の仕事が分かる人にも参加を促すべきです。知見や経験、責任を持っている人が参加しなければ、実行力のあるアイデアは生まれません。
またこのように当事者を巻き込んでみんなでデザインしていくと、その後の実現度も変わります。自分の知らない誰かが決めたアイデアでは反発や誤解も生まれやすくなりますから、その点で参加型のデザインは合意形成も兼ねているんですね。
――ここまでのお話を伺っていると、ファシリテ―ターではないですけど、参加者の能力を組み合わせて編集する人材が必要だと感じました。
おっしゃるとおりで、サービスデザインは編集スキルの一種です。特定領域に特化した専門家を束ねて質を引き出す、つまり編集によって価値を引き出す行為なので、社員にデザインの基本メソッドを習得してもらうと、スムーズにプロジェクトを進められるでしょう。
企業には専門領域に入り込んでいく方と、人材をつなぐことで価値を見出す能力を持つ人の両方が必要です。前者がいてくれるからこそ、後者が活躍できます。いままで後者がいなかったのでサービスデザインを役立てようということです。
――異なる技能のコラボレーションが必要なのですね。共創を実現するためにはどのような工夫が必要なのでしょうか?
「この事業は未来の地球や社会、生活のトランジションにとって〇〇の役割を担います」と、総合力を必要とする高いレベルのバリュープロポジションを組み立てましょう。多くの人がそれに共感して共に価値を生み出すことが重要だと思います。
――最後の質問です。今後「共創」が進んでいったときに、企業間の「競争」はどう変化していくのでしょうか?
共創は「魅力的なビジョン」があってはじめて実現できるので、ビジョンの間では競争や対立も生まれると思います。ただしファンや仲間がたくさんつくビジョンが生まれる一方で、少数の熱狂的なファンがつくビジョンも生まれるでしょう。規模は小さくとも幸せに働き、暮らせるケースはありますから、同じ競い方をしなくてもいいのかなと思っています。
――規模の違いはあっても、それぞれの集団で価値を組み合わせ、パーパスに向かっていけばいい、ということですね。本日はありがとうございました。
ここがポイント
・『サービスデザイン』はサービスの体験価値を重視し、顧客や社会の視点からビジネスモデルを見直す概念
・企業や人々の力を引き出しながら、お客さんの「やりたいこと」、社会の「あるべきこと」を実現する仕組みをつくる手法
・領域を超えてプロバイダー同士を連携させなければいけない横串型の業界や、業界の横断や再編の取り組みにフィットする
・人々や組織がネットワークでつながり、業種を超えて新しい価値創造を行う機会が増え、越境して連携しなければ事業継続が難しくなりはじめている
・これからは地球環境のなかでのサステナブルなサービスを意識しないと業界自体がなくなってしまうかもしれない
・『サービスデザイン』を進める上で、日本の企業が進んでいる領域もあり、海外とまったく同じアプローチを採用する必要はない
・「なんのために事業をしているのか」を出発点にして、お客さんやパートナーと、どのようなゴールを共創するのかに注目する
・多くの人がそれに共感して共に価値を生み出すことが重要
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木雅矩
撮影:小池大介