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世界で始まったカンパニー・クリエーション競争|環境経済学から見るクライメートアクション vol.2

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前回のコラムでは日本のGX政策について紹介しました。我が国の政府も動き出したわけですが、今回はさらに動きが早い海外の投資家や政府当局の話題です。世界のネットゼロ(脱炭素)を実現すべく、アメリカ、中国、ヨーロッパでは膨大な金額と驚異的なスピードでイノベーションへの投資と政策立案がなされています。

今回紹介する海外の投資家や政府が狙うのは、ネットゼロ実現に貢献する新しい「スタートアップの創造」です。この領域から複数のユニコーン企業、さらには時価総額1兆円を超えるデカコーン企業を生み出そうとさまざまな取り組みが登場しました。共通しているのは、投資家も政府も「巨大カンパニーを生み出そう」としている点ですが、米中欧でそのアプローチは異なります。

INDEX

アメリカのIT富豪たちのネットゼロに向けた「2周目」
アメリカには政府支援でシードが生まれる仕組みあり
中国の産業政策によるデカコーン創造
対極にあるスウェーデンのカンパニー・クリエイター Vargas
ビジョンのある投資家・起業家と政府のコラボ

アメリカのIT富豪たちのネットゼロに向けた「2周目」

まずはアメリカの状況を紹介します。アメリカでは、ITで大成功した富豪たちが今度はクライメートテック領域で企業創造に取り組んでいます。政府予算も活用して生まれたシードスタートアップを政府と連携しながら大きく育てていこうとしています。

最も影響力のあるキーパーソンは、言わずと知れたビル・ゲイツです。Microsoftで成功した大富豪である彼が、2015年頃から科学者やエンジニアを集めて新たなプロジェクト「Breakthrough Energy」を始めました。このブランドの元でベンチャー投資や起業家向けフェローシップを立ち上げ、世界をネットゼロにするスタートアップを生み出すことに余生を賭け始めたのです。

ビル・ゲイツの組織、Breakthrough Energy Ventures/Catalystの特徴は「科学に導かれた(science led)投資」です。多くの博士号ホルダーを集めており、ネットゼロに必要な技術の世界トップクラスの科学者・エンジニアが参加しています。また、政府とのコネクションがある人材を集め、「政策提言」を積極的に行なっていることも特徴の一つです。投資ファンドという顔だけでなく、政府も巻き込んでアメリカ、さらには世界をネットゼロ化しようとし、その道のりで必要なテクノロジーに巨額の投資をしています。

2024年6月の発表では、レンガのような物質を加熱することで再生可能エネルギーを蓄電可能な技術を持つRondo Energy社への総額7,500万ユーロ(約130億円)の出資への参画が明らかになりました。今後、世界中で太陽光発電と風力発電が主力電源化する一方で、電気の需要はその発電タイミングとマッチするとは限りません。太陽が出ていない時間帯ほど電気を使いたいですし、海上に風が吹かない季節にも工場を操業します。つまり、現状のバッテリーよりも大量かつ長時間、それでいて安く充電できる「蓄電所」が必要になります。こういった未来を見据えて、安価で大量かつ長期的にエネルギーを貯蔵するシステムを売る世界的企業を創造しようとしています。

ネットゼロに取り組み始めたIT富豪は他にもいます。その一人にジョン・ドーアがいます。スタートアップ業界の人で知らない人はいないであろう、「最も成功したベンチャーキャピタリスト」とも称される人です。創業間もないGoogleやAmazonをサポートしてきた投資家である彼の今のテーマがネットゼロというわけです。当時15歳だった娘さんの一言で気候変動対策に目覚めたそうです。

彼もまた、独自のネットワークを駆使し、ベンチャーキャピタリストらしからぬ多様な手段で世界に影響を与えています。例えば、「スピード・アンド・スケール」というイニシアティブを立ち上げ、和訳もされた同名の書籍(参考資料[1])を世界中で販売し、起業家と政策立案者に向けて自らの「リクエスト」を高らかに掲げます。また、ジョン・ドーアは大学にも投資しており、スタンフォード大学に巨額の資金を投じて新たに学部を一つ作ってしまいました。こうしてドーアの名前を冠した環境学部が新設され、世界中からトップクラスの環境学者を集めています。この新学部には環境経済学の分野からも中堅世代の世界的トップスターと呼べる人が複数引き抜かれました。

ゲイツやドーアの他にもX(旧Twitter)、Uber、Instagramのアーリーステージに投資していたクリス・サッカまでLowercarbon Capitalというベンチャーキャピタルを始めています。このようにITで富を築いた成功者たちが「投資家人生2周目」を「温室効果ガス排出をネットゼロにする」ことに本気で賭けているのです。

アメリカには政府支援でシードが生まれる仕組みあり

アメリカという国のすごいところは、投資家の多さもさることながら、投資機会も豊富な点です。ネットゼロ・スタートアップのシードがあちこちで次々と生まれてくるのです。ただ、このシード創出のフェーズには政府による取り組みという注目ポイントがあります。例えば、アメリカ政府エネルギー省(DOE)のいくつかの取り組みです。

その一つ目は2009年に業務を開始したARPA-Eという部署です。この部署では、全米の大学と政府系研究所のラボやプレシード段階のディープテック・チームに助成金を提供しています。その対象は、エネルギー分野の「ハイリスク・ハイリターン」な技術の商用化に取り組むチームです。

例えば、長期エネルギー貯蔵、炭素回収貯蔵、代替燃料といったトピックごとに「プログラム・ディレクター(PD)」という職で民間から有期で人材を雇います。このPDは博士号を持ち、科学技術にも精通しつつ、自身で起業した経験もあるような人材が採用されます。そして、このPDに平均して50億円ほどの予算を自由に配分させるのです。雇われたPDはそのトピックごとに全米のラボやチームを募り、選び、予算を配分します。そして、トピックごとに切磋琢磨させ、産業界のネットワークに紹介し、テクノロジーの商用化を支援するのです。

このAPRA-Eの取り組みはハイリスクのフェーズに特化しているので、失敗がつきものです。約9割は「芽」が出ません。しかし、約1割がスタートアップの「種」となっていきます。そして、成功してシードとなったチームの助成終了後には、ARPA-Eと密に連携するビル・ゲイツのファンドなどが投資を行い、迅速に育てていくというエコシステムが出来ているのです。

DOEの取り組みの二つ目として、投資家に向けてシグナルを発して、灯台のように「道行き」を照らしている点も注目です。ネットゼロ実現に必要なテクノロジーを示したレポートをDOEは公表しています。その名も「商用化のリフトオフの道行き(Pathways to Commercial Liftoff)」レポートです。例えば、洋上風力、地熱発電、長期エネルギー貯蔵、クリーン水素といったテーマでテクノロジーの現状と今後の需要の見通しを数値で発表しています。さらに、テクノロジーを実装していく上で、社会に受け入れてもらうための注意点も明記しています。なお、このレポートは政府内部の人材だけでなく、外部からコンサルタントやベンチャーキャピタリストを招聘して作成している点も特徴的です。

このように、科学者らが示してきたネットゼロというビジョンに共鳴したIT成功者たちが、エネルギー省を始めとした政府当局、シードを生み出す大学などと連携して、巨額の資金を動かし始めたのです。ITの世界でスタートアップを次々と創造してきたプロたちが、次はネットゼロ領域でのデカコーン創造に競うように取り組んでいます。

中国の産業政策によるデカコーン創造

次は、中国のネットゼロ・デカコーン創造についてです。そもそも現在のネットゼロの取り組みを支える中心が「発電のネットゼロ化」であり、その主力は太陽光発電です。この太陽光パネルの世界市場シェアを大きく獲ったのが中国企業です。2000年代から急速なコストダウンに成功しました。そして、発電時に二酸化炭素を排出しない「ゼロカーボン電力」が大量にあれば、自動車を電化することでモビリティ領域のネットゼロに近づきます。このEV市場でもBYDらがグローバルにシェアを拡大しています。さらに、このEVに搭載される車載バッテリー市場でも今や中国企業が世界シェアの多くを握っています。

これらのネットゼロに貢献するスタートアップはどのように生まれたのでしょうか?いくつかの要因があったと考えられます。その一つは、中国政府が需要サイドに補助金を出したことです。例えば、EV購入補助金によって中国国内の需要をまず生み出しました。もう一つは、政府による創業資金の支援です。例えば、車載バッテリーを製造する企業の創業に助成金を出してきました。ここまでは中国以外の先進国も多かれ少なかれ実施している政策ですが、中国の国としての人口とポテンシャルの大きさから、そもそもシードとなる企業が大量に生まれます。

ここからが中国ならではの凄みのある産業政策ですが、自国の企業を優遇します。「ホワイトリスト」と呼ばれる、中国企業からなるリストを活用して市場を誘導するのです。消費者が購入補助金をもらえるEVは中国国内メーカーのバッテリーを採用していることという条件を付けるのです。他国メーカーのバッテリーよりもコストが高いとしてもこの政策を実施します。こうして、中国の巨大な市場を中国メーカーのみが取り合えるように市場を誘導するのです。

これらの政府による市場介入にはもちろん弊害もあります。日本や韓国の企業の方が良質で安いバッテリーを供給していた場合、この政策当初は中国産EVの価格が高くなってしまいます。その結果、中国の消費者は高いEVを買わざるを得なくなりましたし、EVの普及スピードがやや遅くなるデメリットがあったと考えられています。

しかし、当初は高い値段でバッテリーを供給していた中国スタートアップも大量生産を経てナレッジを蓄積し、コストダウンに成功したと考えられています。そして、徐々に国際的な競争力を持つスタートアップが台頭してくるのです。

中国政府はここから徐々に創業助成金や補助金を減らしていきます。こうすると市場拡大のスピードが落ち、大量に創業した企業の多くが廃業します。これもある意味政府の想定内の状況といえます。この市場競争を経て生き残ったスタートアップは低価格のプロダクトで世界市場を席巻していくのです。このように産業創造政策を駆使して、世界全体のネットゼロに不可欠な太陽光パネル、EV、バッテリーの市場でグローバルな大企業が中国から生まれてきました。

そして、太陽光パネル、EV、バッテリーの「次のプロダクト」での産業創造が着々と進んでいます。その一つが、ビル・ゲイツとDOEも注力する長期エネルギー貯蔵です。中国でも安価で大量に充電できる蓄電所の商用化に向けたプロジェクトが猛スピードで進んでいます。2000年代から成功が続く中国の産業政策がこの領域でも再び成功するのでしょうか。

対極にあるスウェーデンのカンパニー・クリエイター Vargas

アメリカのモデルは9割の失敗は計算に入れて、カンパニーの多産多死を目指すものです。これは、ビル・ゲイツのフェローシップに応募する多数の起業家やエンジニアを前提にしています。シリコン・バレーで世界的なIT企業を創造してきたメソッドでネットゼロ・スタートアップの量産と淘汰を行なっていると言えるでしょう。中国の勝利の方程式も量産と淘汰の点で似ています。各省で競うように企業を創業させ、大きな国内市場を活かしたカンパニーの多産多死を経て、グローバル企業を生み出します。

一方、ヨーロッパにはこの対極的なアプローチをとるカンパニー・クリエイターがいます。その名はVargas。ノーベル文学賞を受賞したペルー人作家マリオ・バルガス=リョサからとったファンド名だそうです。スウェーデンの二人組が2014年頃にひっそりとその「創造」活動を始めました。彼らは世界のCO2削減に貢献する「インパクト・カンパニー」を創造することを掲げています。通信業界のバックアップ電源をバッテリーで提供する企業の立ち上げから出発し、その後、ネットゼロにダイレクトに貢献する4社を立ち上げています(2024年7月現在)。これらの企業の名前はPolarium、Northvolt、H2 Green Steel、Aira、Syreです。10年で5社の創造は多いとも言えますが、米中のエコシステムと比べると「たった5社」とも言えます。そして、驚くべきはその成功率の高さです。なんと立ち上げた5社が確実に一社ずつユニコーンに成長していくのです。2024年7月時点では3社がユニコーンと評価されており、残りの会社も続く可能性が高いと考えられています。

Vargasはまず、世界をネットゼロにしていく上で取り組むべき領域を考えます。例えば、ネットゼロ化する世界においてバッテリーの重要性は増しますが、その製造からもCO2が排出されます。それであれば、製造時のCO2排出量を限りなく下げたバッテリーメーカーを作ろうという発想をします。こうして、バッテリー製造を皮切りに、製鉄、ヨーロッパの暖房需要、衣料品製造をターゲットとしてカンパニー・クリエーションをしてきました。ただし、ここまでの考え方はARPA-EやリフトオフレポートのアメリカDOEと視点は変わりません。

ターゲットとする排出源を絞ると、次はそのソリューションとなるテクノロジーをVargasは見定めます。この時、テクノロジー面でのリスクはあまり取りません。すでにある程度、成熟したテクノロジーを商用化しスケールすることに注力します。この点はARPA-Eのようにラボから育てるのとは対極的で、比較的遅めのステージにフォーカスしています。また、起業家のチームを見つけ出して投資するのではなく、Vargasらが作ったコンセプトとソリューションを実現する適切な人員を集めるのです。この点もアメリカのモデルと異なります。

ここからがVargasの本領発揮です。並行して、政府を巻き込みます。スウェーデン政府や他のヨーロッパ諸国の政府系の助成を得て、さらには、政府系金融機関に融資や社債で協力を仰ぎます。さらに、需要家を巻き込みます。バッテリーや鉄鋼製品を大量に購入する自動車メーカーなどにカンパニー・クリエーションの段階から参画してもらいます。こうして、技術リスクはあまり取らず、需要家不在のリスクを極力下げ、資金面でも多様なパートナーと連携してリスクを分散させ「巨大なネットゼロ・スタートアップ」を創造していきます。これらの「大型プロジェクト」を動かす適切な人員を猛スピードで集める手腕も見事です。さらには自治体に協力してもらい、「グリーン・バッテリーの街」「グリーン製鉄の街」をヨーロッパに創り出していくのです。

企業の立ち上げ時点から政府や既存の大企業を巻き込み、「もはや外しようもない」という骨太の勝ち馬をほんの数社ずつ創る。多産多死を「目指す」アメリカや中国のモデルとは真逆のようなアプローチと言えます。もちろんヨーロッパにもアメリカ的なモデルのスタートアップ投資を行うVCもいるので、北欧での一例に過ぎませんが、こうしたやり方のネットゼロ・デカコーン創造が始まっているのです。

ビジョンのある投資家・起業家と政府のコラボ

米中欧の各国は世界をネットゼロ化するためのカンパニー・クリエーションにあの手この手で取り組んでいます。その主人公は、やはり起業家でしょう。そして、その背後にビジョンのある投資家がいます。起業家と投資家からなる「カンパニー・クリエイター」がネットゼロに人生と資金を賭けているといえます。

米中欧ではそのアプローチがやや異なります。ただ、共通点もあります。一つ目は「ネットゼロした世界から逆算して必要な企業を考えること」。CO2排出を減らすべきだという意志と、この世界は減らす方向に変わるという仮説を前提にビジネスを組み立てています。そして、二つ目は「カンパニー・クリエイターたちと政府の連携」。新しいカンパニーの創造は新しい市場の創造を伴います。そのための、政府による後押しというかお膳立てをうまく引き出しているという共通点があります。2024年現在、カンパニー・クリエイターたちが政策立案者と頻繁に情報共有をして、気候変動問題に取り組む時代が来ました。

約20年前、私が大学2年生の頃から時々、自問自答している問いがあります。それは、気候変動をはじめとする社会問題の解決に「インパクトを持って取り組める仕事は何か?」です。大学3年生の終わり頃は特にその答えを探していました。

当時も今も、社会に大きなインパクトを与えるのは起業家とそれを支えるベンチャーキャピタリストたちだと考えています。しかし、環境問題に取り組むキャリアパスとしては「違うのかな」と思っていました。そして、経済産業省や環境省で政策立案に取り組むのが最も直接的な道だと考えていました。
(その上で、自分の個性や向き不向きを見極めて、環境経済学の研究と教育を通じて政策立案者と社会の役に立てればと考え、結局は当初の予定通り学問の道を選びました。)

20年前のあの頃、まさかベンチャーキャピタルのサイトに「ネットゼロ」や「脱炭素」という言葉が出てくる時代が来るとは想像できませんでした。そして、起業家と投資家が政策立案者と連携して、CO2の減らし方を本気で議論する日が来るとは思いもよりませんでした。

各国が総力戦でネットゼロ・カンパニーのクリエーションに取り組む時代に、日本は日本なりの「勝ちパターン」を見つける必要があります。日本の起業家、投資家、政策立案者、そして、一個人はどう生き抜いていけるでしょうか。最近はそんなことを考えています。


主な参考資料:
[1] ジョン・ドーア,『Speed & Scale(スピード・アンド・スケール)気候危機を解決するためのアクションプラン』,土方奈美(訳),2022年,日本経済新聞出版.
[2] Panle Jia Barwick, Hyuk-soo Kwon, Binglin Wang, and Nahim Bin Zahur, (2023) “Pass-through of electric vehicle subsidies: A global analysis.” AEA Papers and Proceedings, vol. 113, pp. 323-328.
[3] Panle Jia Barwick, Hyuk-soo Kwon, Shanjun Li, and Nahim Bin Zahur, (2024) “Drive Down the Cost: Learning by Doing and Government Policy in the Global EV Battery Industry.”
[4] sifted 2024年4月4日号
https://sifted.eu/articles/vargas-harald-mix-h2-green-steel-northvolt

[横尾英史:一橋大学大学院経済学研究科 准教授]
専門は環境経済学。経済学の理論と手法を応用して、環境政策に関係する人々の選択や市場の動向を研究。
京都大学にて博士(経済学)を取得。環境経済・政策学会常務理事、経済産業研究所リサーチアソシエイト、国立環境研究所客員研究員等を兼務。2024年度はスウェーデン・ヨーテボリ大学経済学部に滞在中。