2019年、xTECHでは三菱地所がSociety5.0を意識した「ロボットと共存する未来」とその取り組みについて取材した。その後、新型コロナウイルス感染症による社会構造、消費活動、人の動きについてかつてないパラダイムシフトが起こり、私たちの生活は変化を強いられた。この変化により、運搬や配送業務において、人との接触が不要になるロボットの需要が急激に高まったことは想像にたやすい。
では、ロボットはどこまで人の代わりができるのか。今回取り上げる大丸有エリアで実施された実証実験では、作成者が異なる複数の地図データを継ぎ合わせて、そのデータを活用しロボットが屋内外(私空間と公共空間)をスムーズに移動するための検証を行った。
現状、ロボットは単独でエレベーターに乗れない、ゲートや扉を通過できないなど自由自在に動き回れるとは言い難い。しかし、エレベーターやゲートを気にせずシームレスな移動が実現すればワンフロアに限定される運搬のみならず、指定する複数地点を経由した買い物や配送業務のサポートをはじめ高齢者や子育て世代の手足となりうる可能性がある。
国土交通省をはじめとする各省庁や行政機関、ロボットメーカー、利用者、デベロッパー、地権者など様々なステークホルダーの理解の上に発展していく事業。新型コロナウイルスとの共生においてその需要が求められる自走型ロボットを取り巻く現状と、このサンプルケースを参考に導入を検討される事業者、自治体への参考提言を三菱地所DX推進部の渋谷氏と同都市計画企画部の川合氏に聞いた。
川合健太
三菱地所 都市計画企画部 兼 エリアマネジメント企画部 兼 DX推進部
2020年入社以来、一般社団法人大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会スマートシティ推進委員会に所属し、大丸有エリアのスマートシティ化を図る取り組みに注力。
渋谷一太郎
三菱地所 DX推進部 統括
2003年入社。法務部門を経て、神戸でのタワーマンションの開発やグランフロント大阪のリーシングなどを担当後、2013年からビル運営事業部にて、昨今の人手不足の状況も踏まえ、先端技術・ロボットなどを活用した、次世代型の施設運営管理モデルの構築を担当。2019年4月より現職にて、部門横断的にRaasを含めた更なるデジタルトランスフォーメーションの推進に注力中。
INDEX
・複数の3Dマップデータで屋内外をシームレスに移動するロボット
・コロナ後に加速する、ロボットが人々の生活を変えていく未来
・行政を巻き込み急加速で進む、ロボット開発の実証実験のこれから
・ここがポイント
複数の3Dマップデータで屋内外をシームレスに移動するロボット
――今回実施された実証実験の目的は、自動配送ロボットによるフードデリバリーサービスの可能性を探るものですが、もうひとつ別の目的があると伺っています。
川合:はい。今回の実証実験ではロボットメーカー以外の複数の作成者が展開する3Dマップデータを組み合わせた環境下において、ロボットの走行が満足に機能するかに焦点を当てたものです。
一般にロボット走行にはレーザースキャナ等の機器を用いて計測したデータを基に構築、調整される点群データを用います。現状では、メーカーごとに独自に計測した点群データがロボットにインストールされてきましたが、今回は計測環境の異なる点群データを汎用化、共通化することにフォーカスし、ロボットの走行における検証を行いました。
3Dマップデータについて、たとえば2020年には、国土交通省の都市局が<PLATEAU(プラトー)>という3D都市モデルの整備・オープンデータ化プロジェクトを立ち上げました。並行して東京都でも都市の3Dデジタルマップ整備に向けた活動が進んでいます。一方で、三菱地所をはじめとするデベロッパーもBIM(Building Information Modelin)と呼ばれる3次元建築モデルシステムによるデータを所有しています。
行政管轄の公共空間のデータと、民間によるプライベート空間のデータという全く異なるふたつを接続します。行政の立場からも3Dマップの有効性を示すユースケースを作りたい意図があり、我々はこれが成立することで共通の3Dマップデータの整備により先述のレーザースキャナによる点群データの構築の手間を省ける可能性を検証しました。
測量ソフトウェアの会社、アイサンテクノロジー株式会社にご協力いただきましたが、高精度地図に関連する取り組みを多くされてきたプロフェッショナルもこのような実験は初めての試みだそうです。
実はロボットは搭載されるセンサーがあれば地図がなくてもある程度は自走できるものです。さらに、データのつぎはぎだとしても建物や街の3Dマップデータをロボットが活用できるとなればその応用として、新たなモビリティサービスへの展開できる可能性もあるのです。
――3Dマップデータの共通化が実現してからの問題ではありますが、テナントや居住者のいる建物のデータをロボットに読み込ませることは、プライベート空間のセキュリテイ問題を生まないでしょうか?
川合:まずは今回の実証実験においても複数の3Dマップデータの噛み合わせには骨を折りました。そして、この先おっしゃるようなセキュリティ観点からのルールメイキングの議論も必要になるでしょう。デベロッパー側はもちろんすべての建物データを公開することはできませんので、将来的には共用部のデータを公開してロボット等のサービスを提供することはあるかもしれません。
――3Dマップデータの噛み合わせに苦労されたとのことですが、今回の実証実験の肝となる部分についても詳しく教えてください。
川合:大きくは地図の精度の問題です。建物内のデータは精緻であっても、屋外のデータをどのレベル感で整備すべきかがまだ決まっていません。基準値はあり誤差の許容値も計算されていることから予測は可能ですが、ロボットの実装段階での検証もさらに進める必要があります。
コロナ後に加速する、ロボットが人々の生活を変えていく未来
――ロボット利用のケースとして昨今見かけるようになったレストラン内配膳ロボットがあります。これは新型コロナウイルス対策として人を極力介さない接触リスクの回避や、単純な往復作業を省略する人の労働代替として注目されていますが、そのほかにはどのような活用が考えられますか。
渋谷:世の中を見渡して、最近導入台数的にも大きなインパクトを感じている事例は大手ファミリーレストランや大手焼肉店での配膳ロボットの導入です。その他にもたとえば、今後余剰となるガソリンスタンドのスペースを屋外自動配送ロボットの待機ステーションとする取り組みも進んでいます。街のワンストップサービスとしての新たな構想ですね。
タワーマンションにおける効率的な配送業務での実証実験もすでに実施されています。ECの普及に伴う宅配物の増加から、配送業者の方々はデポと呼ばれる出先の中継地点からマンションまで同じ道のりを何度も往復しています。しかし宅配ボックスには上限があり再配達も多く、場合によっては呼び鈴を鳴らしてから上に荷物を届けにいくまでに約1時間かかりクレームにつながることもあると聞きます。しかし、屋外から屋内、そしてエレベーター移動まで一連の配送業務をロボットが代替できるならば、配送員の移動や労務リスクが軽減されるでしょう。
また商業施設も住宅も手掛ける三菱地所としては、マンションにロボットを待機させ、居住者の代わりに買い出しに出てもらうこともアイディアとして挙がっています。建物の付加価値として新たなサービスを作ればそこに需要の見込みが立ちますし、そういう意味で人手不足から始まったニーズに応える新しいサービスにつながるかもしれません。
行政を巻き込み急加速で進む、ロボット開発の実証実験のこれから
――以前お話を伺った2019年に比べて、ロボットの公道走行への規制をはじめステークホルダーの意識に変化がありましたか。
渋谷:中国の技術革新のスピード感を一例に、国や行政側の意識レベルが大きく変わりました。官公庁側は「自動配送ロボットに係る関連法案をまもなく通常国会に提出します」と勢いづいています。法律の上ではロボットが公道を走れるようになります。それに伴いロボットの性能向上や実用的なサービスの検討をどんどん進めていかなければ、せっかく法改正が叶っても全く実態が伴わないなんてことになりかねません。当社としても実証の段階を一早く卒業し、どのエリアでどのような付加価値向上のために実装できるか検討したいと考えています。
――では国、関係省庁、ロボットメーカー、デベロッパー(サービス提供者)、利用者と沢山のステークホルダーが存在するとき、遅れをとっているのは民間側なのでしょうか。
渋谷:俯瞰すると、どこのプレイヤーも様々な理由で追いついていない部分はあります。まだまだ屋外を安定して自動走行できるロボットは多くなく、利用者側の理解不足もあります。いざロボットを導入しようとしたところ、ささやかな不具合や弱点が見つかると導入を先送りされてしまうケースなど。これは認識不足によりロボットの能力を正しく評価できない例です。それぞれに足りないところが当然ありますから、官民連携して安全基準の策定や社会受容性の向上に向けた取り組みを進め、次のステージに進んでいければと思います。
――得てして大丸有の開発では「地域住民」というステークホルダーが関与しないことから特例として扱われることがあると思います。それも絡めて、実証実験に興味がある自治体や民間団体に対してどのような進め方があると提案できるでしょうか。
川合:まず前提としてこの実証実験を進めているのは<まちづくり協議会>、正式名称は一般社団法人大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会が主体です。営利を目的とした団体ではありませんから、限定的なモデルケースになることは望ましくありません。横展開できる実証成果を導くことが求められていると認識しています。
となると、たしかに地域住民の方はおらずまちづくり団体として同じ方向性を向いているように見えますが、一社の一存で全てが決まるわけではなく必ず説明責任や調整が発生します。まちづくりの将来像を掲げ、最終的にどのようなサービスを実現したいのか、どのようなユースケースに向かって取り組んでいるのかを明確にし、関係者の合意形成を図り、取り組みを推進しています。大丸有エリアでは、スマートシティビジョンとして「都市のリ・デザイン」の目標像を掲げ、ロボット等と共存する都市空間の実現を目指します。技術的な検証に留まるのではなく、実装を目指した取り組みとして進めていくことが重要となるでしょう。
何を実現したいかによって巻き込むべき関係者は変わります。シンプルなサービス展開であれば地元事業者や関係者に協力していただく必要がありますし、インフラ的に基盤等を構築するのならばしっかりと行政の方々を巻き込み進めていく必要があるでしょう。
行政主導型でスマートシティを推進するケースも多くあります。実際、行政の方が一緒に動いてくださると、調整先も明確となりやすく、ときには窓口を一括調整してくださることもあります。連携の第一歩としては多大なものになるのではないでしょうか。
我々としては自社でうまみを独占せず、最終的にはボトルネックの解消などを含めオープンでよき伴走者となりうるポジションを確立していくことを最終目標としています。
ここがポイント
・現状ではロボットは単独でエレベーターに乗れず、自由自在に動き回れるとは言い難い
・行政管轄の公共空間のデータと、民間によるプライベート空間のデータを接続。点群データ構築の手間を省ける可能性を検証
・ロボットは、建物の付加価値としての新たなサービスや、人手不足から始まったニーズに応えるサービスにつながるかもしれない
・ロボットに対して国や行政側の意識レベルが大きく変わっている
・まちづくりの将来像を掲げ、最終的にどのようなサービスを実現したいのか、どのようなユースケースに向かって取り組んでいるのかを明確にし、関係者の合意形成を図り、取り組みを推進することが必要
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小泉悠莉亜
撮影:阿部拓朗