作業を自動化し、さまざまな労働から人を解放することが期待される「ロボット」。
以前は、不確定要素が少なく、連続した同じ動きが求められる屋内の工場などの生産現場で活用されることが多かったが、今日ではセンサーの高度化、処理速度の高速化などによりあらゆる場面で活用が模索されるようになってきた。
その流れは農業の世界にも来ている。これまでも「稲を一斉に刈り取る」などの比較的単純で一気に行える作業は機械化・自動化が進んでいた。さらには「熟した実を選別して収穫する」などの複雑で判断が必要とされる作業でも自動化が実現しつつある。ここに、ディープラーニングなどの技術や、ロボットではなく作った農作物を販売することで採算ベースに載せ、「ロボット×AI×農業」を一気に普及させようとしているのが株式会社トクイテンだ。
今回は、農業×ロボットで持続可能な食料システムの構築を目指す、株式会社トクイテンの代表取締役・豊吉隆一郎氏と共同創業者兼取締役・森裕紀氏にインタビューを実施。
農業の自動化を実現するためには何が必要なのか、農業の自動化が進むとどのような世界が待っているのか。話を伺った。
豊吉隆一郎
1981年生まれ 岐阜県出身。株式会社トクイテン共同創業者・代表取締役。
岐阜工業高等専門学校でニューラルネットを学び卒業。2011年6月に株式会社Misocaを設立。クラウド請求管理サービス「Misoca(ミソカ)」は20万事業者以上が登録するサービスに成長。その後、会社をオリックスグループ(弥生株式会社)へ売却、代表を退任。令和2年度 農業者育成支援研修に通い農業を学ぶ。
森裕紀
1981年生まれ 愛知県出身。株式会社トクイテン共同創業者・取締役。
岐阜工業高等専門学校でニューラルネットを学び、それ以来、人間やロボットの学習、赤ちゃんの認知・発達、運動制御について研究を行う。豊橋技術科学大学情報工学課程3年次編入・卒業、同修士課程修了。東京大学情報理工学系研究科博士課程単位取得退学後、博士(東大・情報理工学)取得。科学技術振興機構研究員、阪大助教、フランスでの研究を経て、早稲田大学次世代ロボット研究機構AIロボット研究所尾形哲也研究室にて研究院准教授・主任研究員として研究開発活動に従事。現在、早稲田大学研究院客員准教授・客員主任研究員。
INDEX
「ロボット」という専門分野を磨き、農業分野に応用する
「環境に合わせてロボットを変えるのではなく、ロボットに合わせて環境を変える
施設とロボットのパッケージを提供し、農業に参入しやすい世界観をつくる
ここがポイント
「ロボット」という専門分野を磨き、農業分野に応用する
――起業家と大学の研究者という全然別のお二人に見えるのですが、どういうきっかけがあるのでしょうか?
豊吉:私たちは、高専の同級生で、更にいうとロボコンに出場した際のチームメイトです。ロボコンには2回出場して2年目には全国で準優勝もできました。森はそのままロボット研究者の道を歩み、私はまずはできることからやろうとウェブサービスを立ち上げ、起業家として道を歩んできました。
――そんなお二人がどうして「農業」の領域で起業しようと考えたのでしょうか?
豊吉:たまたま知り合い経由で水やりに苦労している農家さんに出会ったのがきっかけです。話を聞くと、農場に出て、スプリンクラーを稼働させ、20〜30分待機して水を止めるという作業を毎日やらなくてはならないのが大変だと言っていました。たしかに毎日拘束されるので予定も立てにくいし、雨の日も風の日も行かなくてはいけません。そこで、スプリンクラーと連動したアプリを用意して、スマートフォンから遠隔で水やりの電源を入れたり切ったりできる装置を開発したんです。そうしたら、「これでわざわざ毎日農場に出かけなくていい」と、農家さんにとても喜んでもらえて。その経験がとても嬉しかったんですよね。
ただ、この装置自体は、IoTに携わっているエンジニアにとってみたら基本的な技術。農業の世界には、まだまだITやロボットで改善ができる余地が相当残されているんだと気づきました。
森:ひとつの分野の中で技術が発達していくよりも、分野の外で発達した技術をそれぞれの分野に応用していくことで新たな境地が拓けると思っていて。たとえば、ドローン。ロボットの文脈で研究されていたのが、今や映像や農業の分野で応用されるようになり、さまざまな課題の解決を可能にしています。その他、農業分野以外で独自に発展したロボットや人工知能の技術も農業分野で活かせるのではないかと考えています。
――お二人にとって農業はほぼ未知の領域だったと思います。知識はどのようにキャッチアップしていったのでしょうか?
豊吉:私自身、起業前に農業大学校で1年間研修を受けたことがあります。ただ、それだけでは知識や経験は不十分。現在は数人の農家さんにアドバイザーとして協力いただいています。
環境に合わせてロボットを変えるのではなく、ロボットに合わせて環境を変える
――トクイテンでは、ロボットを活用して有機野菜を生産し販売する事業を行っていますが、どのようなプロセスを経てこのビジネスモデルに辿りついたのでしょうか?
豊吉:どのような事業のかたちが最もスケールできて、インパクトを与えることができるのか、さまざまな企業を見学したり、農家さんのもとに研修に行ったりする中で模索していきました。その中で出会ったのが、とある有機農家さん。話を聞くと、有機農業は環境への負荷が少なくサスティナブルだし、健康にもいい。そして国も積極的に奨励しているとのこと。今後大きな市場になる可能性が見えました。
ただ、そんないいことずくめに思える有機農業が、現状そこまで普及していない主な理由はなんなのか。それは、「手間がかかること」でした。農薬を使わない分、雑草や害虫の処理、肥料の散布には相当な労力がかかります。ここにこそ、ロボットが活躍する余地があると感じたんです。
森:当初はシンプルに有機農業を支援するロボットをつくって販売していこうと考えていました。そこで、ターゲットになりうる大規模な農家さんを対象に電話でヒアリングしたり、訪問したり。事業化に向けてニーズを探っていったんです。そこで感じたのは、ただ単に人の作業をロボットで代替しても大きな価値が発揮できないということ。「草刈りが大変」「人の確保が難しい」……そのような課題を解決するロボットをつくったところで、農作業の効率が何倍にもなるわけではありませんから。
豊吉:そこから「人間にはできなくて、ロボットだから発揮できる価値とは何なのか」といったことを考えるようになりましたね。たとえば、作物が生育するのに理想的な条件を突き詰めると、人間にとっては作業するのが難しい環境が出てくるかもしれません。極端に暑かったり、寒かったり、まぶしかったり。もしくは光合成を行うための二酸化炭素が充満していたり。そんな環境下でもロボットなら稼働できます。人間にとって栽培しやすい環境ではなく、ロボットにとって栽培しやすい環境を整えることで新たな農業のシーンを切り拓くことにつながるかもしれないと考えたんです。
また、ロボットを生産・販売するのではなく、農作物を生産・販売するビジネスモデルにすることで、開発自体もやりやすくなる側面もあります。というのも、ロボットを生産・販売するとなると、ひとりひとりのユーザーの環境を考慮しないといけません。どんな品種の野菜を、どんな環境でつくっているのか……さまざまなシチュエーションに適合しなくては製品として成り立ちませんし、オーダーメイドでロボットをつくっていてはコストが膨大になってしまう。技術的にはかなり負荷が高い開発になってしまうんです。しかし、自分たちで農場を持っていれば、ロボットに合う品種だけを生産することが可能になります。ロボットを変えるのではなく、環境を変える。この発想の転換によって実現できる世界観が拡がると考えたんです。
森:ロボットの研究を行っていた私自身の問題意識としても、「現場を持つべき」という認識がありました。というのも、ロボットベンチャーが上手くいかないパターンとして、想像の範囲内で問題設定をして、無駄な作り込みをし、お金と時間を費やしていった結果、会社が立ちゆかなくなってしまう……というケースが多かったんです。そう考えると、外から農業を支援するのではなく、自分たち自身で農業を実践していく、というかたちが自然だと思いました。その方が、ユーザーヒアリングを重ねるよりも、課題への解像度や打ち手の精度も高まりやすい。そもそも実際にユーザーは自身の真のニーズに気づいていないこともありますから。ロボットのことがよくわかっている、かつ、農業のこともよくわかる……そういう立場に立つことで、これまでにないクリティカルなソリューションを開発できると思うんです。
――農業を自動化することには、どのような意義や価値があると考えているのでしょうか?
豊吉:ひとつは当然ですが人口減少に伴う労働者不足の解消です。でも、それだけではありません。そもそも人間の性質として、単純作業を続けることを好まないと思っていて。農業や作物を育てたいのに単純作業が苦痛になっているのはもったいない。「手間がかかる」「精緻な管理ができない」……そのような問題を解決することで、より農業分野を活性化させることにつながると考えています。その先には、持続可能な農業が待っているはず。
施設とロボットのパッケージを提供し、農業に参入しやすい世界観をつくる
――現在の事業のフェーズを教えてください。
豊吉:まずは機械化できていない領域に取り組んでいこうと考えています。たとえば米のように選別せず一斉に収穫できるものは機械化が進んでいます。一方で、トマトのようにまだ緑色で熟していないものと赤く熟したものを選別して収穫する必要があるものは、機械化が進んでいません。ここにトクイテンは着目しています。特にトマトは、私たちが注力している分野。というのも、果菜類の中でもっとも消費されている野菜。さらに施設栽培が可能なので、小さな面積で大量に生産できるので経済効率もいいんです。現在は、熟したトマトの実を検出して、ひねり、収穫するロボットを開発しています。
森:ただ、私たちが目指すのは、収穫だけに限らず、農作業の上流から下流まで全てのフェーズを自動化すること。そのためには、まだまだ研究は途上に過ぎません。
豊吉:自動化するだけでなく、販売の仕方も工夫しようと考えています。たとえば、トマトに関して言えばヘタを取って売ること。実はトマトにヘタが付いているとカビが生えやすかったり、早く劣化したりしてしまうんです。流通に乗せる際の一般的な規格として、ヘタがついている方が売れやすい事情があるだけで、実はヘタはなくても構わないんです。自分たちで農作物を生産・販売するビジネスモデルを取っていると、そういったチャレンジも可能です。また、出荷方法を規定して、そこに合わせたロボットを開発するのは、技術的にも取り組みやすい。トマト以外にも、そんなロボットを活かした付加価値の高い商品事例をたくさんつくっていきたいですね。
――最後に、今後の事業の展望について教えてください。
森:理想は、農作物を販売するだけでなく、農作物を自動で生産するシステムを販売すること。施設とロボットをパッケージにして、異業界から農業分野に新規参入したい企業に提供できたらいいと考えています。初期投資とランニングコストを考えても、採算が取れるシステムをつくっていけたらいいなと思いますね。
豊吉:今はカーボンニュートラルの推進のためにも、農業分野に参入していこうとする企業の動きもあります。そんな企業の選択肢になったらいいですね。また、企業に限らず、もしかしたら現在のマンション経営のように、このトクイテンのパッケージを導入して投資感覚で農業によって資産を運用していく世界観もあるかもしれません。
ここがポイント
・トクイテンは、技術やロボットではなく、農作物を販売することで採算ベースに載せ、「ロボット×AI×農業」を一気に普及させようとしている
・分野の外で発達した技術をそれぞれの分野に応用していくことで新たな境地が拓ける
・「人間にはできなくて、ロボットだから発揮できる価値とは何なのか」を考え、ロボットにとって栽培しやすい環境を整えることに行き着いた
・ロボットを生産・販売するのではなく、農作物を生産・販売するビジネスモデルにすることで、開発自体もやりやすくなる側面もある
・「現場」を持ち、ロボットのことがよくわかっている、かつ、農業のこともよくわかることで、クリティカルなソリューションが開発できる
・将来は、トクイテンのパッケージを導入して投資感覚で農業によって資産を運用していく世界観もあるかもしれない
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小林拓水
撮影:小池大介