三菱地所は2022年3月「BRICKS FUND TOKYO by Mitsubishi Estate」を設立。社会課題の解決や産業構造の転換など中長期的な社会インパクトの創出に挑むスタートアップへの投資を開始した。
今後5年間で国内外のスタートアップに 100 億円程度の出資を想定しており、「起業家のビジョンを社会に実装し次の時代の礎を築く」をミッションに、3つの投資テーマ・12の注目領域を設定している。
これまでもアクセラレータープログラムの実施やイノベーション拠点の整備によってスタートアップの支援をしてきた三菱地所。2016年より累計で200億円超の出資も行っている。このタイミングであえてCVCを立ち上げた背景はなんなのか、これまでとは違う支援内容があるのか。
今回は新事業創造部長、井上和幸氏に「BRICKS FUND TOKYO」が描くビジョンについて聞いた。
井上和幸
三菱地所株式会社 新事業創造部長 井上和幸
1991年早稲田大学法学部を卒業。三菱地所株式会社に入社後、総務部、経理部にて法務・社内書類審査、会計・税務、資金調達関連業務に従事、その後、ビル事業企画部、生活産業不動産業務企画部など業担部にて主にライン業務のサポート、ポートフォリオ管理、社内調整業務等に携わる。2018年に経理部長に就任。
2022年より新事業創造部長に着任し現在にいたる。
INDEX
・「これまでの事業モデルを一新し、新しい産業を作っていく」CVC設立に込めた想い
・三菱地所だからこそ提供できる「実証実験の機会」
・「冬の時代」をチャンスと捉え、積極的に投資
・ここがポイント
「これまでの事業モデルを一新し、新しい産業を作っていく」CVC設立に込めた想い
――まずはCVCを立ち上げた背景について教えてください。
一番のきっかけは当社が抱いている危機意識です。既存のビジネスをこれまでのように続けていくだけでは、変わりゆくマーケットに対応できませんし、結果的に収益を伸ばせなくなることも見えています。
そこで私たちは2030年に向けて新しいビジネスの立ち上げや、既存のビジネスのブラッシュアップを目標に動き始めました。その取組の一つがイノベーションの担い手であるスタートアップとの連携を強化することだったのです。
――スタートアップへの投資は2016年から始めていましたが、CVCを設立したことにより関係性も変わっていくのでしょうか。
従来のスタートアップ投資では、私達の既存事業を起点に、事業シナジーを創出することが主たる目的だったのですが、本ファンドではさらに中長期的な視野でスタートアップと組んでいきたいと思っています。私達の事業領域との関連性や目先の協業の有無にかかわらず、ヘルスケア、脱炭素、Web3など今後大きな成長が期待される領域のスタートアップに積極的にアプローチし、一緒に新しい産業を作るというコンセプトを掲げています。
また、一定の財務リターンを確保できなければ、長期的には投資活動を続けられません。そのため、本ファンドでは中長期的な戦略的リターンを目指しながらも、しっかり財務リターンも求めていきたいと思っています。
――財務リターンを求めるとなると、これまでよりも投資のノウハウが必要になっていくと思います。どのように専門的なノウハウをカバーしていくのか聞かせてください。
独立系ベンチャーキャピタルとして国内外のスタートアップへの投資、支援実績のあるプライムパートナーズさんと組みながら進めていく予定です。投資するスタートアップの選定や支援については、同社と日常的に議論しながら進めています。
もちろん、彼らに頼るばかりでは私達が成長できないので、彼らに任せるだけでなく私達も積極的に投資業務に携わっていくつもりです。将来的には、お互いの専門的なノウハウを活かしながらも、私達自身もスタートアップに一目置いてもらえるようになりたいと思っています。
――スタートアップに一目置いてもらうために、取り組んでいることはありますか?
兎にも角にも私達の存在を知ってもらわなければいけないので、今はとにかくスタートアップの起業家と出会って話を聞いています。4月にCVCを立ち上げてからの約5ヶ月で、200社弱のスタートアップの皆さまと話をさせてもらいました。
今後も起業家との対話を重ねながら、彼らが何を求めているのか把握し、できる限りの支援を提供していきたいと思います。
三菱地所だからこそ提供できる「実証実験の機会」
――3つの投資テーマと12の注目領域を設定していますが、どのようにテーマ・領域を選んだのか教えてください。
「新たなライフスタイル」「既存産業のパラダイムシフト」「サステナビリティ」という3つの投資テーマは社会のトレンドやテクノロジーの動向を踏まえフラットに設定しました。いずれもまちづくりを通じて社会に貢献することを目指している当社として中長期的に取り組むべきテーマだと考えています。関連する領域を注目領域として設定していますが、ここは柔軟に考えています。事業ステージについては、まだサービスの検証段階では投資するのは難しいかもしれませんが、アーリーからミドル・レイターまで幅広いスタートアップにアプローチしたいですね。
――今や様々な企業がCVCを設立していますが、三菱地所として差別化ポイントはどこになりますか?
最も大きいリソースは、丸の内や私達が保有している施設で実証実験の場を提供できることです。オフィスビルや商業施設など、多種多様な顧客接点を保有しているので、様々なシチュエーションを用意できると思います。
もちろん、丸の内に限らず私達が提供できるリソースであれば、企業のニーズに併せて提供していきたいですね。
本ファンドでは投資先の企業価値向上を第一に考えて支援していくつもりです。そのため実証実験以外でも、スタートアップが求めていることは最大限応えていければと思います。
――支援をしていく上で、事業部と連携することもあると思いますが、組織的な強みもあれば聞かせてください。
CVCは立ち上げたばかりですが、これまで約6年にわたってスタートアップ投資やアクセラレータープログラムなどを運営してきた経験が強みになると思います。これまでもスタートアップとの多数の協業事例があり、事業部主導で協業を進めることもあったので、現場の社員たちもスタートアップとの付き合い方に多少は慣れているはずです。
「大企業だから全く融通がきかない」ということにはならないので、安心してスタートアップにも共創を申し込んでもらいたいですね。
「冬の時代」をチャンスと捉え、積極的に投資
――今年の3月にCVCを立ち上げましたが、既に実績があれば教えてください。
現在は不動産テック、バイオテック、モビリティ、リテール、コミュニティテックの計5社に投資実行しています。
重要なのはその内容です。支援先の1つであるGeltor, Inc.は、アメリカの有名アクセラレーター「INDIE BIO」出身のスタートアップで、非動物由来/非遺伝子組み換え由来の人工コラーゲンを開発している会社です。私達との事業領域とはかけ離れていますし、これまでなら投資することは難しかったでしょう。しかし、バイオテック産業は今後の成長市場の一つであり、このような有力スタートアップへのアプローチは中長期的な事業機会を得ていく上で重要だと考えています。
CVCを立ち上げたことで、そのようなスタートアップにも投資できるようになり、私達の視野も大きく広がったと思います。
――積極的に投資しているようですが、現在は「スタートアップの冬の時代」とも言われています。投資方針に変更などはないでしょうか。
短期的な状況の変化に併せて投資方針を変えることはありません。私達がこれまでやってきた不動産事業は10年後20年後を見据えて事業を展開しなければいけない領域です。そのような業界の特性もあるため、目先のトレンドではなく、10年後を見据えた投資をしていきたいと思っています。
それにグーグルのような世界を変えるスタートアップも冬の時代に誕生してきました。不景気と言われる逆境だからこそ、後に世界を変えるスタートアップが生まれると思っているので、むしろチャンスだと捉えています。
――最後に、投資活動が順調に進んだ場合、三菱地所にどのような変化があると想定しているのか聞かせてください。
従来の不動産会社というイメージからは脱却していると思います。例えばソニーだって昔はエレキの会社というイメージがありましたが、今では映画も作ればゲームも音楽も作るエンターテインメント会社ですよね。会社の根幹は変わらなくとも、提供する価値は大きく変わりました。
私達も10年後か20年後には、今の「オフィスビルの不動産会社」から脱却して人々の暮らしに対して価値を提供している会社になりたいと思っています。もちろん、どんな価値を提供しているのかは、これからの私達の活動にかかっていますし、どんなスタートアップと共創するかで道も広がっていくはずです。
数字としての業績が改善していくのはもちろんですが、そのような収益構造をアップデートできれば、私達の活動が成功したと言えると思います。
ここがポイント
・三菱地所は2030年に向けて新しいビジネスの立ち上げや、既存のビジネスのブラッシュアップを目標に動き始め、その一つがスタートアップとの連携強化
・CVCは、事業領域との関連性や目先の協業の有無にかかわらず、成長が期待される領域のスタートアップと一緒に新しい産業を作るというコンセプトを掲げている
・「新たなライフスタイル」「既存産業のパラダイムシフト」「サステナビリティ」という3つが投資テーマで、アーリーからミドル・レイターまで幅広くアプローチする予定
・丸の内や三菱地所が保有している施設で実証実験の場を提供できることが他のCVCとの大きな違いになる
・現在は不動産テック、バイオテック、モビリティ、リテール、コミュニティテックの計5社に投資実行している
・「スタートアップの冬の時代」という状況でも、投資方針に変更はなく、目先のトレンドではなく、10年後を見据えた投資をしていく
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:阿部拓朗