スタートアップは急成長を続ける組織であるため、資金、人材、知識などの様々な資源を計画的に調達することが必要となる。安定的な組織の経営とは異なり、限られた資源を目的に集中して使い、組織を成長させる必要があり、その成長の段階によって様々なチャレンジに対処していくことになる。
今回はその中でも資金調達についての話をしたい。最近、日本からもスタートアップの資金調達に関しての相談を受けることが多くなった。これはグローバルな市場への挑戦を目指すスタートアップが増えている証左で、非常に喜ばしいことである。しかし、残念ながら日本からの相談の多くは、ビジネスの評価に至る以前に、構造的な問題で投資検討の候補に上がらない。今回はその中でも特に注目すべき、資本政策の構造的な問題点について解説する。
INDEX
・VCが企業を評価する時の大前提
・スタートアップのバリュエーションのトレンド
・標準形、相場を知ることの重要性
・相場から外れることが悪いわけではない
・日本で企業価値の標準化(公正評価)が進まない理由
VCが企業を評価する時の大前提
ベンチャーキャピタルが、スタートアップの未来を評価する際には、類似企業の成功例との比較で考えていくという手法が基本となる。
いくらぐらい資金が必要で、その資金をどのように使い、どんな組織を作り、何に投資を行って、どのくらいの売上を作ったか。そして、それをサポートする資金をどのタイミングで、いくら調達してきたか、過去の成功企業のデータと目の前にあるスタートアップを比較して評価をしていく。
もちろん、成功企業はそれぞれ独自の特徴があり、同じものは一つとしてないし、類似点が必ずしも成功に寄与するとは限らない。しかしながら、分野や会社の成長ステージ、市場環境に応じた目安となる相場的な数字が比較され、企業評価の重要なポイントとなる。
補足すると、市場環境の影響度合いは企業の成長フェーズに応じて、初期の企業についてはその影響範囲を限定して考慮し、より成熟した企業はある程度株式市場の影響を受ける想定で考慮する。米国の会計基準では、時価会計の原則に基づき、上場企業の株価動向をスタートアップの評価に反映させる。つまり、上場企業の市場株価が下落している場合、スタートアップの事業ドメインに応じて、評価金額に対して成熟度を加減して影響を織り込んでいくこととなる。
また、バーンレート(燃焼率)によるリスク判定も市場環境の影響を受ける。バーンレートは、資金調達の目処がついていない場合、毎月いくらの赤字が発生し、その時点での保有資金でどのくらいの期間生存できるかを計算するが、市場環境が下方局面にある場合は、通常よりも長い生存期間を設定する傾向がある。ただし生存期間が長いことは必ずしもメリットばかりではない。生存期間を長くするために厚めの資金を用意することは、低いバリュエーションで多めの資金を調達することを意味し、株式価値の希薄化というデメリットを生む。特に経済の下方局面では、会社の安定性を重視し資金を多めに確保しておきたい投資家と経営陣で、意見が分かれる場合も出てくるデリケートな考慮点となる。
スタートアップのバリュエーションのトレンド
このような企業評価に関する横断的な共通評価のトレンドを後押ししているのが、未上場株式に関する公正会計の広まりなど、企業評価標準化の動きだ。
この点は以前も説明したが、米国を中心に未上場株式に関しても、企業評価のガイドライン(GAAPのガイドライン / IPEV)が定められ、多くの投資家がそのガイドラインに従って企業評価を行っている。また、「Comps」と呼ばれる、比較対象企業の売上や利益などの指標から、企業評価額の倍率データを算出し評価するインデックスデータも整備が進んでいる。ガイドラインに従っているか、適切なインデックスを使用しているかについて監査を行ったり、第三者の評価会社の活用も増えてきている。
このような動きは特に2000年以降急速に加速しており、横断的な比較が可能になる標準化の精緻化、客観化はますます進んできている。
標準形、相場を知ることの重要性
このような企業評価の標準化は、投資評価をタイムリーに、かつ横断的に行う、VCやスタートアップ投資家のニーズが大きなドライバーになっているように思う。ただ、このような標準化の動きとそれに伴う共通的な相場感の理解は、スタートアップにとっても非常に重要な要素となっている。スタートアップが出資を受ける際には、同種の同じステージの会社はどのような売上で企業価値がつき、その時点でいくら出資され、将来的にどのくらいの資金調達が想定されるのかを、投資家が理解している前提で資金調達戦略を作る必要がある。
相場から外れることが悪いわけではない
ここまで相場を理解することが重要という説明をしてきたが、「必ずしも相場に従う必要はない」ということは強調したい。
具体例として、一般的な成功例に比べて、その会社の従業員数や売上が少なく、企業価値が低い場合の投資家の懸念事項を見てみる。
前提として、スタートアップの経営陣には、黒字化を実現し株式による資金調達が必要なくなる段階で、最低限保有しておきたい株式割合がある。結果として売却できる株式割合は限定的になる。一般的には30%前後は、経営陣として保有しておきたい株式割合となる。この場合、投資家は、通常より低い企業価値で、70%まで株式を売却しても必要な金額が調達できるかが懸念事項となる。もちろん独自の強みがあり、必要な資金が少なくて済む場合には何の問題もないことになる。
逆に相場に比べて企業価値が高すぎる場合には、その後の資金調達が可能かどうかが懸念となる。株式による資金調達の大原則は、企業価値が上がり続けることで、そうでない場合は非常に資金調達の難易度が上がる。したがって相場よりも高い企業価値で資金調達を行った場合は、その後も企業価値を上げ続けられることを示す必要がある。
企業価値に比べて調達資金が少ない場合は、企業価値に比べてしっかりとしたビジネスが作られているかが確認される。売上を上げビジネスを大きくするには、人の採用や、設備投資などが必要で、そのためには資金が必要となるからだ。日本のユニコーン(企業価値1000億円を超えるスタートアップ)には非常に少ない資金調達金額しかない企業も多い。このような企業は、売上がしっかりあれば問題はないが、仮に売上などのビジネスの実がないとすると、過大な企業評価という懸念を持たれる可能性は高いのではないか。
ただ、大成功するスタートアップに関しては相場から外れているケースも少なくない。
具体的な例でいうと、当社の投資先であるZOOMは企業価値に比べて著しく資金調達金額が少なかったが、驚くほど効率的なフリーミアムモデルを使った営業戦略をとっており、巨額の売上を実現していた。このような長期的に維持可能なユニークな強みは、素晴らしい成功例を生み出す差別化要因となる場合もある。
日本で企業価値の標準化(公正評価)が進まない理由
ここまでの議論を理解すると、投資する側、スタートアップ側、双方にとって、スタートアップの企業価値算定の際に、横断的な評価を可能にする標準化を進めない理由はないと思うだろう。私も公正評価は、スタートアップやVCの資金調達機会を、日本以外の投資家にまで広げるために重要であると思う。にも関わらず、そのような動きがなかなか進まず、正確な理解すら広がらない背景には会計制度の違いがあるのではないかと思う。
以前のコラムでも説明した通り、米国などで一般的な時価会計ではなく、簿価会計基準で行う限り、スタートアップやVCへの投資評価を精緻に行うインセンティブはない。スタートアップの企業評価は、会計制度の変更を待たずして、投資家として投資先を評価するために必要だと判断をすれば、即座に変えられることのように思う。そのためには今こそ経営陣や制度設計側の人間を含めて、必要な知識を得て、正しい判断をすることが望まれているのではないか。
[中村幸一郎:Sozo Venturesファウンダー/マネージング ディレクター]
早稲⽥⼤学法学部在学中にヤフージャパンの創業・⽴ち上げに孫泰蔵⽒とともに関わる。三菱商事では、通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーションファンドの事業などを担当した。早⼤法学⼠、シカゴ⼤学MBAをそれぞれ修了。⽶国のベンチャーキャピタリスト育成機関であるカウフマンフェローズ(Kauffman Fellows Program)を2012年に修了。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャーキャピタリストのグローバルランキングであるMidas List 100の2021年版に日本人として72位で初めてランクイン、2022年度版のランクでは63位までランクを上げた。シカゴ大学起業家教育センター( Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)を2022年より務める。