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大企業・スタートアップによるエコシステム形成を目指す横浜の未来。横浜市と三菱地所が語る“官民協働オープンイノベーションの可能性”

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2020年7月、シリコンバレーのように有力スタートアップを生み出すスタートアップ・エコシステム拠点構築に向け、政府から「グローバル拠点都市」構想が発表された。これに選ばれた都市は東京都・横浜市などの首都圏、名古屋市・浜松市などの中部地域、ほか関西、福岡の4都市圏。各都市圏で5社以上のユニコーン企業を生み出すことを目的に、オープンイノベーションやスタートアップ・エコシステムの形成など、多彩なメニューを用意する。

しかしながら、官民協働型のオープンイノベーションは始まって日が浅く、開始していない自治体も多い。そこにはどのようなメリットがあるのだろうか? 今回話を伺うのは、横浜市経済局と三菱地所。2019年10月に、両者はオープンイノベーションを支援するベンチャー企業成長支援拠点「YOXO BOX(よくぞボックス)」を横浜・関内に開設。「イノベーション都市・横浜」を実現すべく、活動を続けている。

今回は、官民が手を組むメリットと、上手く手を取り合う秘訣を、横浜市経済局の新産業創造課担当係長 奥住有史氏と、三菱地所横浜支店の金然祐(キム ヨンウ)氏に伺った。

INDEX

全国の自治体に先駆け、オープンイノベーションを推進していた横浜市
「長期的に付き合えるパートナーシップ」を、官民連携で実現
“すぐに会える自治体”が企業の良き相方になれる
官民を分ける時代は終わる。可能性を活かし合う多様性が次のイノベーションを生み出す
ここがポイント

奥住有史
横浜市経済局 新産業創造課担当係長
1999年株式会社三越(現 株式会社三越伊勢丹)入社。企業派遣生としてIFIビジネススクール修了。メンズやレディースファッションのバイヤーとして、パリコレクション等の海外仕入れや、新規事業開発、新店舗出店準備室などを担当。2009年に横浜市入庁。主に経済局にて、創業・スタートアップ支援、ライフサイエンス産業支援、働き方改革支援などを担当。

金然祐
三菱地所 横浜支店
2017年に三菱地所株式会社へ入社。入社後は横浜支店に所属し、横浜ランドマークタワー等のアセットマネジメントや新規物件の開発を担当。横浜みなとみらい21での各種エリアマネジメント施策推進、YOXOBOX運営を通じたベンチャー企業支援業務等に従事。

全国の自治体に先駆け、オープンイノベーションを推進していた横浜市

全国でも珍しい官民協働型のイノベーション創出を目指すベンチャー企業成長支援拠点「YOXO BOX」はどのような経緯で生まれたのだろうか。実は、以前から横浜市はオープンイノベーションに対して前向きな自治体だった。みなとみらい21地区に積極的に大手企業や大手企業のR&D拠点などを誘致。更に、2016年から順次、ライフサイエンスを支援する「LIP・横浜」IoTの実証実験などを支援する「I・TOP横浜」などオープンイノベーション・プラットフォームを推進してきた。YOXO BOXはその活動の集大成というわけだ。

オープンイノベーションを進める横浜市は、スタートアップにどのような環境を用意しているのだろう? 奥住氏に自治体としての特徴を伺った。

奥住:オープンイノベーションに関係する要素として、横浜市には多数の大手企業などが本社や研究開発拠点を構えています。具体的には、日産自動車やコーエーテクモホールディングス、資生堂、村田製作所、京急グループなど、いずれも日本有数の企業群です。スタートアップはこれらの企業と協働できる可能性があることから、横浜市はオープンイノベーションと高いシナジー効果が見込まれるエリアだと考えています。加えて、地価やテナント賃料は東京に比べて安く、新幹線や羽田空港とのアクセスも良い。スタートアップには進出しやすい環境ではないでしょうか。
横浜市はこれらスタートアップに対して様々な支援を行っています。例えば、YOXOアクセラレータープログラムや横浜ベンチャーピッチを実施し、スタートアップの成長・発展に向けた支援を行っています。

そのほかにも、横浜市には研究人材やクリエイター、エンジニアが数多く居住しているそうだ。大手企業と協働するチャンスがあり、交通の便がよく、オフィスコストは控えめで、人材は潤沢。横浜市はスタートアップにメリットが多い土地だと言える。

奥住:それらのメリットに加えて、全国の市区町村のなかで最も人口が多く、都市部から住宅地といった周辺区域まで様々なエリアがある。いわば「日本の縮図」が横浜市なのではないでしょうか。当然、大都市なので様々な社会課題を抱えています。だからこそ実証実験のフィールドに適しているのです。
ちょうど今も、IoT支援のプラットフォーム「I・TOP横浜」では、実証実験に必要な様々な調整を市が間に入って、スマートホームや、自動運転などの支援を行なっています。

横浜市は、地理的メリットに手厚い支援策を組み合わせ、オープンイノベーションを推進しようとしている。次は三菱地所の金氏を交え、官民が手を組むメリットを伺う。

「長期的に付き合えるパートナーシップ」を、官民連携で実現

企業と行政組織が手を組む場合、どのような利益が望めるのだろうか。そこには、企業と行政組織の時間的な制約の違いがあるという。

企業が行政組織と協業するメリットは、長い目線で協力できるパートナーを見つけられることだと思います。
企業主導でオープンイノベーションを行うと、投資対効果や短期的な成果が求められることが多く、すぐにビジネスの話になりがちです。しかし、新しいビジネスを創出するためには、社会や生活の変化を見据えた長期的な視点を持つ必要があります。更に、デベロッパーとしての三菱地所にとって、街のインフラ整備を行い、都市に新しい産業を生みだし、そこに住みたい・働きたい人を増やすことは社の利益にもつながります。街づくりと同じように、新しい産業はすぐには育たないので、長期的な目線で計画を進めていかなければいけません
行政組織のように社会全体の利益を追求する組織がハブになってくだされば、企業と企業はゆるやかな協力関係を結ぶことができます。「今は難しくても、その時が来たら力になってください」と言いやすいのです。
これは、企業と行政、もしくは、企業・行政・企業の様な官民協働でのオープンイノベーションのメリットだと考えていますし、三菱地所と横浜市の取り組みをオープンイノベーションのひとつの事例にして行きたいと考えています。

公益性を掲げる行政組織は比較的どんな企業とでも協力関係を結ぶことができる。つまり顔が広いことが強みだ。異業種はもちろん、立ち上げて間もないスタートアップや地域の関係団体、商店街など、様々なステークホルダー同士を結びつけることができる。

“すぐに会える自治体”が企業の良き相方になれる

もちろん、顔の広さを維持するために横浜市も努力を重ねているという。「“すぐに会える行政組織”を目指して、経済局の職員は積極的に人や企業と会っています。僕も毎日1社とはミーティングを行っています。企業との距離感は近いと思っています。」と奥住氏は話す。

:横浜市は何か相談事をもちかければ、協業できる企業を紹介してくれたり、解決の糸口を探ってくれます。時には自治体側から「やりましょう」と誘ってくれることもあるので、コラボレーションしやすい相手です。

このように横浜市がオープンな姿勢を保っているのは、成長戦略として、地域の多様性を重視しているからだ。

奥住:今後は超高齢社会がやってきますし、生産年齢人口は減っていきます。社会課題を解決し、地域全体の持続可能な成長・発展を実現するためには、様々な立場・組織の方々と関係を築き、それぞれのリソースを出し合うことが大切ではないかと。そのために、横浜市も、企業や市民の「ハブ」のような存在にならなければいけません。まさに、オープンな地域の多様性が重要だと思っています。

この姿勢は、コロナ禍で企業を後押しする原動力にもなっている。一例として紹介したいのは、横浜発のスタートアップで、デリバリープラットフォームを提供する「スカイファーム株式会社」の事例だ。同社はみなとみらい地域を中心にビジネスを展開している。コロナ禍で地域商店街・飲食店の売り上げが停滞。その状況を打破するために同社と横浜市経済局が連携協定を締結し、中華街や元町を中心とした地元商店街・飲食店へのキャンペーンを展開した。飲食店などは、デリバリーやテイクアウトの機会を得ることができ、同社は業績を伸ばした。これは、規模の大小を問わず、誰とでも繋がり協力する姿勢が生んだ成果だろう。

官民を分ける時代は終わる。可能性を活かし合う関係性が次のイノベーションを生み出す

横浜みなとみらい21エリアには近年大手企業やR&D拠点の集積が進んでいる。コロナ禍を機に、同エリアの企業集積の強みを活かしながら、今後は活動エリアを広げ、ビジネスのネットワークやコミュニティの拡大を強化しているという。

:コロナ禍は誰もが認める危機的状況だと思います。この事態に立ち向かうためには立場を超え、様々な人々が力を合わせなければいけません。
国籍・企業・年齢など、様々な属性の人、多様な目的を持って街を訪れた人が交じり合うことで新たな価値を生み出す街を目指し、三菱地所は次のアクションを起こしています。みなとみらい開発の先導プロジェクトだった横浜ランドマークタワーは開業後もうすぐ30年となりますが、開発進捗率が90%を超える中、街の完成形が見えてきています。今後はハードからソフトへ、次はコミュニティ作りが必要です。
企業や人材をいかに結びつけるか。そこから何が生まれるか。その成果が街の魅力になっていくはず。今後は、関内や野毛など、みなとみらい21エリアとは異なる魅力を持つ周辺地域と連携を強化し、輪を広げていきます。特に再開発の機運が高まる関内エリアをフィールドに、そこに集積が進みつつあるベンチャー企業と、みなとみらい21エリアに集積するR&D企業が連携し、オープンイノベーションを起こしていくことは極めて重要だと考えています。YOXO BOXはその動きに向けた第一歩になるはずです。

奥住:様々なプレイヤーが交流し、協力してもらうことが地域全体の利益になると考えています。例えば、みなとみらいは大手企業が多く、関内はスタートアップや中小企業が集まっています。その間を取り持つ「ハブ」的な役割を横浜市が担わなければいけません。
個人的には、民間・行政と分けて考える時代は、もう終わりに近づいていると思っています。「公務員だから」「会社員だから」と立場を分けず、社会で働く人材として、多様性を持ち、互いの可能性を最大限活かすことができるはず
オープンイノベーションはブームから、必然性が求められるフェーズに差し掛かっています。これからの時代は1社で全てのサービスを担うのは難しい時代です。オープンイノベーションによる協働を進め、コロナ禍において、新たな生活様式に対応したビジネスモデルの構築など、官民が一丸となって事業を進めていかなければいけません。

:奥住さんが言うように、人と人のつながりのなかで生み出されるものは多い。現に横浜市が繋げてくれた方が、別の出会いを提供してくれて、新しいプロジェクトが生まれることもあります。まず繋がること、企業にしろ、行政にしろ、一組織のなかで全てを解決しようとしないことが、今後のイノベーションを生み出す第一歩になるのではないでしょうか。

近年、社会の課題はますます複雑化し、加速している。単一の組織だけで解決できる課題に限りがあるはずだ。異なる技術やノウハウ、そしてアセットを持ち寄ることで、個々の事業はより強固になり、競争力も養われるだろう。だからこそ、いま官民一体型のオープンイノベーションが必要なのだ。

ここがポイント

・横浜市は積極的に大手企業や大手企業のR&D拠点などを誘致、ライフサイエンスの支援やIoTの実証実験の支援を行ってきた
・大手企業の本社や研究開発拠点がある横浜市は、オープンイノベーションと高いシナジー効果が見込まれるエリア
・都市部から住宅地といった周辺区域まで様々なエリアがある「日本の縮図」
・企業が行政組織と協業するメリットは、長い目線で協力できるパートナーを見つけられること
・社会課題の解決や地域全体の発展には、様々な立場・組織の人と関係を築き、それぞれのリソースを出し合うことが大切
・ 今後は、企業や人材をいかに結びつけるか、そこから何が生まれるか、その成果が街の魅力になっていく
・民間・行政と分けて考える時代は、もう終わりに近づいている


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木雅矩
撮影:河合信幸