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最初期のスタートアップは現場に泥臭く足を運び、「カスタマーマニア」になろう| 未来を実装する秘訣 vol.4

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スタートアップの中でも特に急成長しているような企業の起業家の共通点として、「顧客(カスタマー)の悩みを顧客以上に知っている」というものがあります。顧客の悩みや課題を多数把握していて、その悩みに対して的確なアドバイスを送れる彼ら彼女らは、顧客のことを何でも知っている「カスタマーマニア」だと言えるでしょう。ではそうした起業家はどのようにして、カスタマーマニアになれたのでしょうか。
これまで私が見聞きしてきた初期のスタートアップの例をまとめると、いくつかの共通点が見えてきます。

INDEX

顧客の課題にあたりをつけるためにインタビューを100件する
顧客のペインを直に感じるために、現場で働く
ローンチしてから本当の学びが始まる
アンケートに逃げない

顧客の課題にあたりをつけるためにインタビューを100件する

共通点の一つ目として、まず大量の顧客インタビューを実施していることです。天才的なまでの洞察力で顧客の悩みを一度のインタビューで言い当てられるような人もいるかもしれませんが、多くの人は洞察を得られるまでに数多くのインタビューを重ねています。最初の課題候補を見つけられるまでのインタビュー件数を聞いてみると、おおよそ50件程度でしょうか。

「インタビューは5件すればおおよその傾向がつかめる」という話があります。確かに一つの仮説につき、5件程度やることである程度の傾向がつかめるでしょう。しかしスタートアップの最初期に作った仮説は、大抵の場合間違っているものです。そのため何度も仮説を作り直して、何度もインタビューをやり直す必要があります。場合によっては顧客セグメントや業界自体を途中で変えることになるかもしれません。
また、一つの仮説に対して良い反応が来たときにも、仮説を深掘りしていく必要があります。その時には深い仮説に対して追加のインタビューが必要です。そうした積み重ねの結果、良さそうな課題の候補が見つかるまでにおおよそ50件程度になる、ということでしょう。

50件を超えて100件ぐらい顧客インタビューをしていけば、これまでのインタビューの中で別の顧客から聞いた話をうまく活用することで、顧客の悩みに対してある程度回答できるようになります。そうして顧客のことを顧客以上に知っている状況に近づきます。さらに、それぐらいの人数に対してインタビューを重ねておけば、製品が完成したときの初期の営業先にも困ることが少なくなります。
では100件の顧客インタビューにどれぐらいの時間がかかるのでしょうか? 1件あたり30分のインタビューをするとして計算してみましょう。実施時間だけではなく、インタビュー日時の調整やインタビュー記録にはさらに倍の時間がかかると考えると、1件当たり合計1時間ぐらいは必要と見積もれます。そうすると、100人のインタビューをするのには100時間程度かかりそうです。

スタートアップの準備はフルタイムの職をやりながらの場合もあるため、100時間使わなければならない、というと多いように聞こえるかもしれません。しかしよくよく考えてみれば、フルタイムの職の場合、週に40時間、ひと月あたり160時間程度働いています。100時間はその60%程度の時間です。仮に新規事業担当者だったとして、たった一か月で新規事業の種が見つかるのなら、それはむしろうまくいっている方だとも言えないでしょうか。こうして計算してみると100時間程度でアイデアが見つかれば幸運なほうで、むしろかける時間としてはまだまだ少ないほうだと言えます。
実際、ここまでやってようやく入り口に立った段階だと思ってください。顧客インタビューだけで「誰も見つけていないような課題」を見つけることができるのはほぼ稀です。あくまで「このあたりに大きな課題がありそうだ」ということを見つけられる手段が顧客インタビューです

顧客のペインを直に感じるために、現場で働く

顧客インタビューで良い課題が見つかれば、さらにそれを深めるために現場で働いてみることをお勧めしています。特にB2Bの SaaS スタートアップで、創業者たちがその業界での業界経験があまりない場合には、驚くほど多くのスタートアップの創業者が現場で働く経験をしています。町工場で働いたり、飲食店でアルバイトしてみたり、建築現場で働いてみたり、ホテルの事務処理をしてみたり、時には自分で店を開いてみるなど、実際のその現場で働くことで、顧客のペインを自分自身で感じることができます。「顧客と同じ視点で物を見る」「顧客と同じ釜の飯を食う」といった経験と、もともと持っているITなどの技術や知識を組み合わせることで、どのあたりの課題が解決できそうなのかも徐々に分かってきます。
現場で働くときは、可能な限り写真や動画を撮るようにしてみましょう。記録を残すという意味でも重要ですし、チームメイトにも共有できます。さらに「写真を撮る」という意識を通して、現場での物事の見方も変わってきます。
現場で働いて新たな視点を身に着けるには、数ヵ月間の没入が必要でしょう。そのため、最初から現場で働くよりは顧客インタビューなどを通して、おおよその課題のありかを見つけたあとのほうが、空振りしたときに大きなダメージにはなりません

ローンチしてから本当の学びが始まる

ここまでやればある程度、課題に関する仮説がシャープになってきます。しかし顧客の課題を本当に理解するのは、実際に製品やサービスを提供してみてからです。たとえばどの程度の品質のものが求められているかは、実際にサービスを納品してみないと分かりません。なので、小規模でも良いので受託で受けてみたり、時にはコンサルタントとして、製品が生み出す予定のアウトカムを自分自身の手で解決してみたりする、といったことをしてみましょう。「これで完璧だ」と思って納品したものに対して、顧客から「ここを直してほしい」と言われることで、顧客の本当の要件が見えてきます。
ローンチしてから本当の学びが始まる、とはしばしば言われることです。そして実際、多くの起業家が恥ずかしいものをローンチして、そこから多くの学びを得ています。私たちは消費者として完成された製品ばかりを見てしまっており、最初期の製品をあまり知らないことが多いため、恥ずかしい出来の製品をリリースすることを躊躇してしまいがちです。
しかし起業家のエピソードを聞けば、最初のほうは顧客に怒られていたとか、何とかギリギリの線で納品できたとか、そうしたエピソードがたくさん出てきます。それが意味するところは、最初から完璧なサービスを提供できていたわけではない、ということでしょう。ただ、そうしてフィードバックを得ていくことで、本当に課題に辿り着き、さらにサービスを改善していくことができる、というわけです。

アンケートに逃げない

インタビューをする。現場に行く。ローンチする。まとめると簡単なことですが、こうした内容を伝えても、多くの起業志望者はインタビューや現場への没入ではなくアンケートという手段に走ってしまうようです。確かにアンケートはコストが低く実施できる簡単な方法です。しかも自分の仮説を厳しく批判されることもなく、プライドも傷つきません。しかしその分、良い洞察が得られることはそれほど多くありません
逆に言えば、多くの人がそうしたアンケートに逃げてしまうということは、こうした顧客インタビューを繰り返し、顧客のいる現場に泥臭く足を運ぶだけで、大きなアドバンテージになるということでもあります。
顧客インタビューや現場への没入は、特に課題の探索のフェーズで効果を発揮する、コストパフォーマンスの良い手段です。ときには「ここには顧客の課題がない」ということもあるでしょう。しかしそれを学びにして、大きくピボットをして成功しつつあるスタートアップも多数います。だからこそ、初期は顧客インタビューと現場に泥臭く回ることで、顧客のことを深く知り、そして顧客のことを顧客以上に知るカスタマーマニアになることを通して、本当に解く価値のある課題を見つけることができるのです。
そしてカスタマーマニアになろうと努力した起業家は、その後の探索期間を経て、優れたスタートアップのアイデアに気付くことができているように思います。

[ 馬田隆明: 東京大学 産学協創推進本部 本郷テックガレージ / FoundX ディレクター ]]