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哲学者が経営陣に加わる時代が来る。問われる企業の倫理観|未来創造マインド vol.6

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哲学者のマルクス・ガブリエルは、モラル重視の資本主義の実現に向けて「企業は倫理学者を雇うべきだ」と提唱している[1]。CO2の排出や資源のリサイクル、差別やジェンダー、さらにはAIやロボット、ゲノム編集などの最先端のテクノロジーをどう正しく使っていくのか、企業は社会課題に正面から向き合う姿勢が問われている。大企業だけに限った話ではなく、スタートアップにも高いモラルが求められる時代となった。未来を切り拓く企業の経営には、哲学的視点が必要に思える。今回は、企業と社会の関わりの変化について考えてみよう。

INDEX

ネットによりすべての人がステークホルダーに
何が正しいか、難しい選択を迫られる
正解のない時代に求められる哲学者

ネットによりすべての人がステークホルダーに

企業の顧客への対応や、ジェンダーへの配慮、ちょっとした社長のコメントなどが、SNSなどを通して、想像以上の反響を呼ぶ時代になった。炎上して企業のイメージダウンになることもあれば、賞賛の連鎖を呼びイメージアップになることもある。企業は、そんな大衆の反応に敏感になっていて、最近では、過度に保守的になりがちだ。一方で、メッセージを発信しないこと自体が、無関心と批判されることもある。

一昔前は、企業は株主のもの、利益を上げて株主に還元するのが本分と声高に言われていた。株主第一主義である。今でも、もちろん、株式会社の基本ロジックとして、株主の重要性は変わらない。そして、顧客、ユーザー第一を掲げる企業も多い。企業は、商品やサービスを買ってもらうことで成立している。顧客重視は、変わらぬ真理であろう。さらに、従業員、社員がハッピーにならなければ、企業の存在意義はない。「従業員」という言葉も古臭い気がするが、メンバー、仲間が力を発揮できる環境を提供することも、企業の重要な役割である。

これまでは企業のステークホルダー(利害関係者)と言えば、株主、顧客、従業員を中心に、さらに取引先やパートナー、地域社会や自治体、金融機関などであった。これらのあらゆるステークホルダーの利益を考慮しようというのが「ステークホルダー資本主義」である[2]。これは一歩前進だが、しかし、冒頭のネット時代の企業と社会の関係を考えれば、今やすべての人がステークホルダーと言っても良いのではないだろうか。たとえその企業の製品のユーザーでなくても、その企業の環境問題への姿勢やジェンダーへの配慮は、すべての人に関係する話だ。人々は、そういう視点で企業を見ている。

ネットにより、すべての人がメッセージを発信できる手段を手にした。つまり、企業のあらゆる活動に対して、誰もが意見を表明できる。ネットは、いわば「ガラス張り」、人々は企業の姿勢を注視している。ごまかしは効かないと思った方が良い。企業からすれば、ネットは直接ユーザーからのフィードバックを得られる貴重な手段である。と同時に、対応を間違えると不満を煽ることにもつながる諸刃の剣だ。ユーザーの意見がいつも正しいとは限らない。理不尽なクレームや従業員へのハラスメントという場合もあり、時には断固とした対応も必要だ。企業側は、しっかりとした理念、ポリシー、行動指針を持つことが重要である。

何が正しいか、難しい選択を迫られる

自動車の自動運転を例に考えてみよう。実用化が迫っている身近なテーマだ。自動運転システムを導入するとすれば、あらゆる局面で選択を迫られた際にAIソフトウェアとしてどういう振る舞いが適切か、という問題がある。事故が避けられない状況のときに何を優先するのか、誰の命を救うのか、トロッコ問題(ブレーキが故障したトロッコが暴走して、このまま直進すると5人をひき殺してしまい、進路を変えると別の1人をひいてしまう。ある人を救うために他の人を犠牲にするのは正しいのか。どの人を救うべきか、という倫理・道徳的なジレンマの問い)として、しばしば取り上げられる哲学的テーマである。

年齢や性別、人数、社会的地位などで誰を優先して救うのか。実際、この問いに対する答えは難しい。米マサチューセッツ工科大学(MIT)が世界233ヵ国約4,000万人に思考実験を行った調査では、興味深い結果が報告されている[3]。国や地域、文化によって、何を優先するかの考えに大きな違いがあるというのだ。日本は、助かる人の人数を重視しない傾向にあり、歩行者を大事にして、法令遵守している人を優先する傾向がある。各国の宗教的な影響や治安、貧富の差などの影響もありそうだ。もちろん、個人ごとに感覚も違うだろう。

さて、誰を救うか問題は、自動運転のAIソフトウェアの設定で変えられるが、これは誰が決めるべきなのか。国や自治体のルールで決めるのか、自動車会社が決めるのか、ユーザーがパラメータを設定するのか、移動サービス会社、保険会社などさまざまな関係者が存在する。また、自動運転車が引き起こす事故の責任のあり方、リスクを社会としてどう支えて行くのか、といった課題がある。今後はソフトウェアエンジニアも、こうした生命に関わる課題と向き合うことになる

正解のない時代に求められる哲学者

生命科学の分野でも、ゲノム情報の取り扱いやゲノム編集技術が、社会に大きな影響を与えている。個人のゲノム情報の解析は、病気のリスクの把握や有効な薬のマッチングといった個別化医療を前進させるが、使い方によっては差別をもたらすかもしれない。ヒト受精卵のゲノム編集は、治療法のない遺伝性疾患を防ぐことができる可能性がある一方で、デザイナーズ・ベビーへつながるとして、危惧する意見も多い。こうした問題は、今後ますます増えると思われる。研究者の倫理観は今まで以上に重視され、幅広い見識が問われることになる。

AIを扱う企業では、データの扱いに関するポリシーやAIに取り組む姿勢を示す必要がある。今後は、人間とAI・ロボットの関係、生命の拡張の境界線といった問題も出てくる。ロボットの人権、AIの責任といった話も、まんざらSFの中だけの話でもない。そんな未来社会において、何が正しいのか、どういう考え方を持つべきか。まさに、哲学的な問いに直面することになる。企業の経営陣に、哲学者を迎えたくなる。

自動運転、生命科学、AIの企業に限らず、あらゆる企業が、ミッション、哲学、倫理観を大きく問われる時代になっている。どういうことを大事にしている会社なのか、企業のリーダーは自らの考えを示し、それを具体的な活動につなげて行くことが重要である。人々はそれに共感して、企業のファンになり、応援するようになる。さらに言えば、新たな時代を開拓するスタートアップには、新たな考え方の共通基盤を開拓していくことも同時に期待されるようになるのではないだろうか。

1.マルクス・ガブリエル(大野和基 訳)「世界史の針が巻き戻るとき」PHP新書、2020年
2.2020年1月に開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、従来の株主の利益を第一とする「株主資本主義」から「ステークホルダー資本主義」への移行が活発に議論された。
3.Edmond Awad, et al, ”The Moral Machine experiment” Nature, Article, 24 October, 2018
https://www.nature.com/articles/s41586-018-0637-6
Wiredの関連記事: https://wired.jp/2019/01/02/moral-machine/

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[ 鎌田富久: TomyK代表 / 株式会社ACCESS共同創業者 / 起業家・投資家 ]
東京大学大学院理学系研究科情報科学博士課程修了。理学博士。在学中にソフトウェアのベンチャー企業ACCESS社を設立。世界初の携帯電話向けウェブブラウザを開発するなどモバイルインターネットの技術革新を牽引。2001年に東証マザーズに上場し(現在、東証一部)、グローバルに事業を展開。2011年に退任。その後、スタートアップを支援するTomyKを設立し、ロボット、AI、人間拡張、宇宙、ゲノム、医療などのテクノロジー・スタートアップを多数立ち上げ中。著書「テクノロジー・スタートアップが未来を創る-テック起業家をめざせ」(東京大学出版会)にて、起業マインドを説く。