スタートアップ関係の情報を発信していると、「どこから情報を得ているのですか?」と聞かれることがあります。それに対する私の答えは凡庸で、ネットの記事や書籍、新聞、雑誌、論文がほとんどです。多少英語の文献比率が多いところを除けば、情報源は他の皆さんとそう変わりません。
ただスタートアップに関する情報や、現場で使えるノウハウなどの詳細な情報になってくると、少しだけ一般的な情報源とは変わってきます。以前Quoraでも回答しましたが、スタートアップのトレンドなどの情報はいくつかのスタートアップ専門メディアから把握することが多くなります。
INDEX
・スタートアップの情報の獲得は「人」ベースで
・新しいアイデアのために「ルールの変化」を知ろう
・気候変動対策や経済安全保障というルールの変化
スタートアップの情報の獲得は「人」ベースで
一方で、深い情報や現場で使えるノウハウなどの情報は、発信するメディア単位ではなく、個人名で識別することが多くなります。たくさんの記者が記事を書く新聞のようなメディアを読むときにも、業界の深い記事を読むときには記者の名前を見て、その内容が信用できるかどうかを判断する人は多いのではないでしょうか。スタートアップに関する情報も同様で、特定の個人ブログやメールマガジン、個人のTwitterで共有される記事など、質の良い記事をキュレーションしてくれている人をフォローすることで、良い情報が手に入りやすくなります。FacebookやMediumなど、媒体には流行り廃りはあるものの、情報発信者の個人名で識別しておけば、媒体が移り変わってもその人を追いかけることで情報に引き続きアクセスし続けることができます。ただし人ベースで情報を入手するとどうしても情報が偏ってしまうので、その点は注意するようにしてください。ある意見に対して否定的な意見を積極的に探してみるのも、偏りを軽減するための一つの方法としてあるでしょう。
新しいアイデアのために「ルールの変化」を知ろう
こうした情報は日々の楽しみや、現場で役立つ知識を得るときには有用です。しかしこうした情報だけで、新たなスタートアップのアイデアが思いつくわけではありません。ではビジネスの機会を日々の情報の中から見つけるためにはどうすればよいのでしょうか。
最適な方法は、日々顧客の課題を探し、解決策となる技術やビジネスモデルについて注意を払うことです。そしてスタートアップとして急成長したいのであれば、大きく市場が変わる兆しを探すことです。では大きく市場が変わる兆しはどこから見つければ良いのでしょうか。
その一つの方法は、ルールの変更に注目することです。拙著『未来を実装する』では、ルールの一つとしての法規制を能動的に変えることも視野に入れた社会実装の仕方を解説しましたが、自ら法規制を変えずとも、ニュースなどの情報から機会を見つけることができます。
その一例が Zenefitsです。人事管理サービスを提供する Zenefitsは創業からわずか2年で4000億円以上の時価総額を付けたスタートアップでした。その初期の急成長の原動力となったのは、2010年に成立し、2014年に施行された、米国の医療保険制度改革「オバマケア」です。オバマケアが施行されることで、50人以上の従業員を抱える事業者は、医療保険を従業員に提供しないと税制上のペナルティを科す仕組みが導入されました。そこでZenefitsは、人事関連業務を効率化するサービスを無償で提供しながら、そのサービスを通して従業員向けの医療保険を販売代行し、その販売手数料を利益としました。Zenefitsの共同創業者がスタートアップで働いているとき、人事系の書類処理に不満を感じており、さらに自身が過去に癌になった経験からオバマケアに注目していました。オバマケアは産業を大きく変える法律だと感じ、Zenefitsを創業したそうです。その後、Zenefitsはスキャンダルや問題が起き、現在はビジネスモデルも変更されていますが、初期の成長はルールの変更の波に乗った一例と言えるでしょう。
日本でも法規制の変化が市場の変化を生み出した例があります。人材派遣業界はその一例です。1999年に改正派遣法が成立し、製造業務などを除いて派遣対象業務の原則自由化が行われ、その後2004年には製造業務への派遣も解禁されました。その結果、1999年には約1兆4600億円の市場規模だった人材派遣業は、ピーク時の2008年には約7兆8000億円となり、わずか9年で約5倍の市場規模となりました[1]。その市場拡大とともに躍進したのが人材派遣会社です。良くも悪くも、この法改正は社会と企業に大きな影響を与えたと言えるでしょう。
大きな市場の変化の一つは、こうした法規制などのルールが変わったところからもたらされます。もちろん、法規制が関わったからといってすぐに市場が変わるとは限りません。どれぐらい強い罰則があるか、どの程度きちんと監視されるかなどによって、ルールの実効性は変わります。
ただ、ルールがきちんと変わればお金の流れも変わります。その変わったお金の流れの中でうまく位置取りをすることで、急成長ができる機会もやってくるはずです。
気候変動対策や経済安全保障というルールの変化
今、そうしたルールの変更が起きつつある一つの領域が、気候変動の分野でしょう。2050年のカーボンニュートラルに向けて世界は一気に動き始め、大きく変わろうとしています。そして実際、大きく変わらなければカーボンニュートラルという目標を達成できません。
こうした変化を後押しするために、各国政府は大規模な財政支出を行おうとしています。日本でも2021年6月に経済産業省が産業構造審議会総会で提出した資料[2]では、今後の政府の新機軸の経済産業政策として「ミッション志向」を取り上げ、そうした気候変動対策、経済安全保障、格差是正などの社会問題を解決するために、規制の変化や需要と供給の両サイドに政府としてアプローチする手法について触れられています。つまり、ミッションに即した領域には、様々なルールの変更が行われ、お金も流れ始めるかもしれないということです。
今回の変化は大きな資本を持つ会社のほうが有利のように見えます。しかしデジタル技術も活かせるでしょうし、場合によってはエコシステムのキーストーンとなる位置をスタートアップが得られるかもしれません。いずれにせよ、社会的な意義があり、大きな変化が起こるところに飛び込むことがスタートアップの勝ち筋だと考えれば、気候変動や経済安全保障という領域はその可能性のある一つの領域なのかもしれません。その可能性を判断するためにも、是非様々な形で情報収集をしてみて下さい。その途中で、私の意見と逆の意見を探すのも忘れずに収集すれば、情報の偏りも少し軽減できるのではないかと思います。
1 労働者派遣事業の事業報告の集計結果について |厚生労働省 (mhlw.go.jp)
2 第28回 産業構造審議会総会(METI/経済産業省)
[ 馬田隆明: 東京大学 産学協創推進本部 本郷テックガレージ / FoundX ディレクター ]