この記事をお読みいただいている皆さんは、ブロックチェーンのことはよくご存じでしょう。念のためおさらいしておくと、ブロックチェーンは、暗号技術を用いて改ざんが困難かつ透明性の高い分散型台帳を実現する技術です。
仮想通貨(日本では暗号資産と呼ぶ)は、ブロックチェーンを活用したアプリケーションの一種です。ブロックチェーン上のデータ(=トークン)がデジタル通貨として流通し、高度な金融取引を行うDeFi(Decentralized Finance:分散型金融)が発展し、イノベーションと金融規制双方の観点から大きな注目を集めています。
そして最近では、個々のトークンを識別可能にし固有性を持たせられるNFT(ノンファンジブルトークン)を用いてゲームのアイテムやアート作品、会員権を販売・流通させるビジネスが大きな市場を形成し始めています。
さらには、SBT(ソウルバウンドトークン)と呼ばれる譲渡不可能なNFTを実現する規格が提唱され、個人の信用担保をもブロックチェーン上で完結するような考え方も出てきました。
こうしたブロックチェーンを基盤とする分散型のWeb世界を実現しようという取組みやビジネスは“Web3”と総称されることが多いわけですが、ブロックチェーンは通貨やゲームアイテムだけが主な用途ではありません。
正確に記録した情報を改ざんや二重利用されず、かつグローバルに低コストで取引できるというブロックチェーンの美点は、実は環境保護やサステナビリティととても相性が良いのです。
INDEX
・「Web3×サステナビリティ」が地球を救う?
・ReFiの課題とは?
・日本におけるReFiの可能性
「Web3×サステナビリティ」が地球を救う?
サステナビリティの代表的分野である脱炭素においては、カーボンクレジット[1]を購入し、排出量を穴埋めしようという動き(カーボンオフセット)が活発になってきています。
さて、ここでピンときた方もいるのではないでしょうか。そうです、このカーボンクレジットをブロックチェーンのトークンとして発行し、一般に流通させることで脱炭素を加速しようという動きが2021年あたりから急速に活発化してきているのです。
昨年ローンチした、Toucan Protocol(以下、Toucan)というこの分野における先駆的存在のプロジェクトを少し詳しく見てみましょう。Toucanのアプローチは、DeFiをサステナビリティ分野に持ち込み、スマートコントラクトを通じて流通する「プログラマブルカーボン」を実現しようというものです。
Toucanの詳細に入る前に、カーボンクレジットの信頼性を担保する仕組みについて触れておきます。カーボンクレジットの中でも、民間機関が管理しているものはボランタリークレジットと呼ばれます。高品質なクレジット(=しっかりとした計画や方法論によって裏付けされたもの)を流通させることを目的に、海外ではVerraやGold Standardといった独立機関によるクレジットの測定・認証基準で認証されたボランタリークレジットが発行・取引されています。
ボランタリークレジット市場は2030年までに、2020年比で15倍以上の市場に成長する必要性があると言われる[2]一方で、市場自体が閉鎖的である、流動性・トレーサビリティが欠如、クレジットの不正な二重利用といった様々な問題を抱えているとされます。Toucanは、こうした課題に対し、複雑なこの市場をよりアクセスしやすくかつ流動的にし、地球規模のサステナビリティ改善に取り組もうという崇高なプロジェクトです。
そのために、ボランタリークレジットをブロックチェーン上で取引できるようトークン化し、Web3のアプローチを導入する必要がある、というのがToucanの原点です。トークン化の利点は、同じクレジットが二重利用される可能性を排除し、新しい形の透明性が導入されること、またトークンを償却する(Burn)ことでトークンを永久に隔離できるというところにあります。
Toucanの仕組みを詳しく見てみましょう。Toucanは、主にVerraが管理するカーボンレジストリーに登録されているクレジットが二重利用できないように償却(無効化すること)し、ブロックチェーン上のNFTトークンである“TCO2トークン”に変換する「カーボンブリッジ」と、TCO2を裏付けとするトークンである“BCT(Base Carbon Tonne)トークン”をプールする「ベースカーボンプール」の2つで構成されます。
TCO2トークンはオフセットの種類や量が様々であるため価格が一様ではなく、一般的な取引には適しません。そこで、Toucanはベースカーボンプールを通してTCO2をカーボンオフセット1トンに等しいBCTトークンに変換することで、流動性を確保し取引しやすくなるようにしました。
図:Toucanによるトークン発行の仕組み
Toucanによると、BCTトークンを任意のタイミングで償却すると、それに紐付くカーボンが固定化され流通から取り除かれるため、理論的にはBCTの価格を上昇させる効果があるとされています。つまり、これが企業によるGHG排出削減(=カーボンクレジット発行)というインセンティブに繋がるという説明をしています。
BCTトークンはそれ自身も取引は可能ですが、Toucanの本当の狙いは、スマートコントラクトによるBCTトークンのプログラマビリティを活用して様々なアプリケーションを生み出すことにあるようです。
例えば、KlimaDAOというDAO(分散型自律組織、管理者が存在せず複数メンバーが共同でプロジェクトを所有・実行する組織のこと)[3]プロジェクトは、BCTトークンを裏付けとする新たなトークン“KLIMA”を発行し、DeFiの世界で活発にカーボンクレジットを取引可能な仕組みを作り上げました。
KLIMAトークン保持者は、トークンをステーキング(トークンを保有しネットワークに参加することでリワードを獲得する仕組み)することによって利益を得ることができ、DEX(Decentralized Exchange:分散型取引所)で他の通貨と交換することも可能です。KLIMAトークンの価値が上昇すると、保有・オフセット(償却)したい人が増えるため、脱炭素の加速に貢献する、というわけです。
ToucanやKlimaDAOのように、サステナビリティの維持・改善にDeFiやDAOのアプローチを用いて自然資産を裏付けとしたトークンを発行するプロジェクトは、DeFiに倣ってReFi(Regenerative Finance:再生金融)とも呼ばれます。
ReFiは、DeFiと同様に誰でもアクセスすることが可能な開かれた仕組みです。そのため、誰でもBCTを利用した新しいアプリケーションを作ることができ、それらによって脱炭素の新たなインセンティブが組み立てられ循環していく「レゴブロック」のような仕組みがもたらされていると言えるでしょう。
ReFiの課題とは?
ToucanやKlimaDAOが実践しているReFiのアプローチは、サステナビリティにWeb3を持ち込み、新しい形でサステナビリティ改善が前進する可能性を示したといえます。とはいえ、ReFiはまだまだ黎明期であり、多くの課題に直面しています。
2022年5月に、前述のVerraはToucanによるカーボンクレジットのトークン化を禁止するという決定を下しました。ToucanはVerraに登録されている2200万件のクレジットをトークン化しましたが、これらのクレジットの多くが、環境にほとんどプラスの影響を与えない低品質で長期休眠中のプロジェクトに由来するものでした。これはサステナビリティで最も厄介な「グリーンウォッシング」(環境配慮をしているように装いごまかすこと)に他なりません。
さらに、Verraのカーボンレジストリー上はクレジットが償却されるものの、BCTトークンという形で流通する状況は、「オフセット=償却」の原則を守りたいVerraとしては看過できない状況だったようです。
BCTトークンやKLIMAトークンの価値が大きく上下し、ボランタリークレジット市場に多少なりとも混乱をもたらしたことも、Verraの決定に影響したようです。特にKLIMAトークンは短期間に大きな価格変動を起こしました(下図)。これは、Web3トークンによく見られる現象ですが、トークンの供給・普及戦略(トークノミクスと呼ばれる)が持続的でなかったという指摘もなされています。
https://coinmarketcap.com/ja/currencies/klimadao/
とはいえ、VerraはReFiのアイデア自体にダメ出しをしたわけではありません。むしろ同社は、カーボンクレジットを正しく固定化し、透明性と追跡可能性を備えたトークン化手法を探るために一般から意見を募集するプロセスを開始することを表明し、ReFiを推進するための制度を整えようとしています。
今後、ReFiがキャズムを超えメインストリームとなるには何が必要でしょうか?まず、上で挙げたような制度面での充実や、各国における法規制の明確化は必須要件でしょう。その上で、誰もが使うインセンティブを持ついわゆる“キラーアプリ”のような存在が必要です。つまり、マネーゲームに終始することなく、十分な取引がなされるための実需を生み出す必要があるということです。
これに対して前述のToucanのメンバーは、例えばグリーンNFT(NFTにBCTトークンを組み込むことでサステナビリティを意識したアート作品を開発)、あるいはメタバースにおけるBCTトークンの活用など様々なユースケースを想定しているようです。
他のReFiプロジェクトに目を向けると、Regen Networkは、衛星等によるリモートセンシングを通じて土壌や海洋を監視し、生態系の維持改善に繋がる行動にインセンティブを独自ブロックチェーンのRegen Ledger上で発行されるトークン“REGEN”で提供する仕組みを運営しています。生態系の改善を試みるプレーヤー(例えば土壌を改善することで新たな収入を得たい農家など)を明確にターゲティングしているという点で、より需要を喚起することを狙ったプロジェクトだといえます。
日本におけるReFiの可能性
日本は森林国家また海洋国家でもあり、自然資産が豊富な国ですから、ReFiが入り込む余地は十分にありそうに思えます。
日本の森林の課題について見てみましょう。森林減少が問題となっている海外と異なり、日本では過去50年に渡って森林減少は起きていません(林野庁調べ)。しかし、海外木材の輸入増加により国内林業自体が衰退した結果、森林伐採など森林の手入れにコストをかけることができず森林が老齢化し、森林が役割(生物多様性、CO2吸収、山崩れ防止など)を果たす力が低下してしまっています。
これは、森林系のカーボンクレジット発行にも影響を及ぼしています。日本におけるボランタリーカーボンクレジット総発行量のうち、森林系のクレジットはわずか1.3%しか発行されておらず、また償却量も38%と低レベルにとどまっています(J-クレジット調べ)。森林系のクレジットは価格も高く、ほとんどが相対(あいたい)で取引されているのが現状です。
森林系のカーボンクレジット発行量を増やすには、テクノロジーを活用してクレジット発行のための調査・測定にかかるコスト等を下げつつ、森林業者や地権者が森林管理を行うインセンティブを設定し、クレジットが活発に取引される取引所が必要です。
森林の課題は多岐にわたるため一朝一夕に解決できるものではありません。しかしReFiのアプローチをここに持ち込むことで、1つの効果的なエコシステムを構築し、課題解決の一助とできる可能性は十分にありそうです。
Web3は今後、国家のデジタル戦略にも組み込まれることが公表されており、政策的にも大きな支援が得られることでしょう。そして、サステナビリティに関しては言うまでもなく、国家として取り組むべき課題の一丁目一番地に位置しています。我が国においてもWeb3×サステナビリティを追求するスタートアップ企業、あるいはDAOが数多く現れることを期待したいところです。
[1]カーボンクレジット・・・企業や団体が森林保護や省エネ機器導入などを行うことで生じる温室効果ガス(CO2など)の排出削減・固定量を排出権(クレジット)として発行し、企業間で取引できるようにしたもの
[2]出典・・・世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会
[3]DAO・・・Decentralised Autonomous Organisation
[藤井 達人:みずほフィナンシャルグループ 執行理事 デジタル企画部 部長]
1998年よりIBMにてメガバンクの基幹系開発、金融機関向けコンサル業務に従事。その後、マイクロソフトを経てMUFGのイノベーション事業に参画しDXプロジェクトをリード。おもな活動としてFintech Challenge、MUFG Digitalアクセラレータ、オープンAPI、MUFGコイン等。その後、auフィナンシャルホールディングスにて、執行役員チーフデジタルオフィサーとして金融スーパーアプリの開発等をリード。マイクロソフトに復帰し金融機関のDX推進、サステナビリティ戦略の立案等にも携わる。一般社団法人FINOVATORSを設立しフィンテック企業の支援等も行っている。2021年より日本ブロックチェーン協会理事に就任。同志社大卒、東大EMP第17期修了。