宇宙には国境がなく、自由にアクセスできるため、国家の防衛戦略上、極めて重要な位置を占め、宇宙産業に対する投資は全世界的に非常に活発になっています。結果、フロンティアテックとも呼ばれる宇宙関連の技術開発は熾烈を極めています。
1957年に当時のソビエト連邦が人類初の人工衛星『スプートニク1号』を打ち上げて以来、多数の衛星が打ち上げられ、地球周回軌道上を回り続けています。Bryce Space and Technologyのレポートによると、600kg以下の小型衛星(Smallsats)打ち上げ数はここ数年で爆発的に増えています(図1)。今後その数はさらに増え、地上からの宇宙観測に支障をきたすという心配がなされるほどです。
図1:小型衛星(Smallsats)の打ち上げ数推移(2012年 – 2021年)
出典:BryceTechレポート “Smallsats by the Numbers 2022”
2021年に打ち上げられた小型衛星1,743機のうち、80%はStarlinkやOneWebといった宇宙ネットワークビジネスを行う企業の通信用衛星が占めています。次に多いのは、リモートセンシング用衛星(9%)です。
衛星自体も小型化・高性能化が進んでおり、より高精度なデータを高頻度で取得できるようになってきました。また、地表の大部分をカバーする宇宙ネットワークによって、これまで地上線を敷設できなかった広大な地域や山間部などでもビジネスを展開できるようになります。
本コラムがテーマとする金融サービスは、一見すると宇宙と関係ないように思えるかもしれません。しかし、実際にはここ数年、金融の世界でも宇宙からのデータを活用したビジネスやサービスが生まれてきており、その動きは加速する一方です。今回は、衛星データを金融で活用しているいくつかの例について見ていきたいと思います。
INDEX
・金融包摂(零細農家支援)
・保険分野への応用
・運用機関による活用
・サステナビリティ
金融包摂(零細農家支援)
我々が住む日本では、銀行口座やクレジットカードを持たない人はかなり少ないでしょう。個人ローン、住宅ローン、割賦などのサービスにもアクセスしやすく、「お金が必要な時に借りる」ことができやすい環境だと言えます。
しかし、東南アジアやアフリカ、南米などにある発展途上国では、零細農家のように融資などの金融サービスを満足に受けられない層の人が多数存在します。必要な資金が得られなければ健康的な生活は送れませんし、満足な教育も受けられません。
金融包摂(英語ではFinancial Inclusion)とは、こうした金融サービスから排除された状態の人々を、金融サービスが使える状態にすることを意味します。例えば、零細農家に対して低利で少額を貸し付ける「マイクロ融資」は金融包摂の代表格です。
例えば、東南アジアではGrabの金融子会社が運転手やフリーランサー、零細企業向けに個人ローンや後払いサービスを提供し、非常に速いスピードで金融包摂が進んでいます。このようにスーパーアプリ運営者は利用者に関する多様なオルタナティブデータを与信に活用し、これまで銀行が手を出してこなかった層に金融サービスを提供するというイノベーションを起こしました。
通常、零細農家は農作物の収穫から現金化まで数週間待たされることが多く、次の栽培に取り掛かるために必要な肥料や農薬、農業機械を調達するための資金繰りに苦労することが多く、非常に高い金利で資金調達せざるを得ないケースもあります。
零細農家に対する融資サービスは以前から存在していました。しかし、歴史的に金融機関はこうした層に対する融資は高コスト・低収益とみなしており消極的です。たしかに、金融包摂における顧客当たりの収益率は低く、スケールするには運用にかかる限界費用を削減しなければなりません。また、零細農家はクレジットヒストリーを持たず、必要な情報も提供が困難なことが多いため、信用力の評価は依然として困難です。
こうした状況の改善に衛星データを用いる動きが広がっています。例えば、地表画像などの衛星データを機械学習にかける事で、農家が使用している土地の広さ、作物の種類、収穫時期の適正性、土壌の性質、過去の生産実体など、農作物の収量推定に必要な重要な二次データを得ることができます。
金融機関やフィンテック企業はこうした“スマートファーミング”から生まれるオルタナティブデータを用いることで、零細農家のリスク評価を高度化し、クレジットを与えると共に貸し倒れリスクを最小化できるのです。
保険分野への応用
気候変動に伴う激甚災害が世界中で増加しています。こうした中、地球上の様々な情報を得られる衛星データは、損害保険の高度化という側面で大きな役割を果たしつつあります。
例えば、衛星データを使ったリアルタイムの洪水モニタリング機能によって、激甚台風や津波による被害の予兆検知、被害拡大の回避、被害推定および保険金計算と支払いの迅速化などに応用できます。特に、マイクロ波を使うSAR(合成開口レーダー)を搭載した人工衛星は、天候の影響を受けずに洪水の範囲と深さを正確に把握できるため、保険会社はこれらのデータプロバイダーと提携し、より精度の高いサービスの開発に取り組んでいます。
保険の契約に掛かる労力の削減、コスト管理に衛星データを使う動きもあります。例えば、保険会社が広大な農地を有する顧客に対する農作物保険を提供する場合、従来は保険会社は契約書の作成、進捗状況の確認、クレーム対応に多大なリソースを割かなければなりませんでした。
しかし、リモートセンシングのデータ分析により、農地としての実態、土地の特性、災害等による被害の推定を定量的に把握する事ができるため、これまでの業務プロセスにかかる期間を短縮できるだけでなく、精度も向上できるようになるというわけです。
運用機関による活用
ヘッジファンド(投資家から資金を預かって高いリターンを狙う運用業者)やアセットマネジメントのような運用会社は、比較的以前から衛星画像データを活用している業態の一つです。
例えば、大型小売企業の駐車場画像を分析して収益を予測するのは良く知られたシナリオですが、近年では画像の解像度および撮影頻度が向上し小売店の駐車場周辺の交通量を追跡して、高精度のモデル化が可能です。
小売店の売上高がEコマースにシフトしている昨今では、配送トラックの追跡、あるいはネット販売・店舗引き取りの追跡など、監視すべき対象が増加しより高度な分析が必要となってきているようです。
原油の貯蔵タンクに生じる影面積から、中東や北アメリカをはじめとする世界の原油供給量をより正確に推定し、原油価格を予測するという事も行われています。衛星は世界の大部分をカバーしていますから、貯蔵タンクだけでなく、クリスマス・ツリーとも呼ばれる油田の開口部を監視することでより正確な原油価格を推定できるというわけです。
さらには、国や一帯の地域における経済活動の実態と、今後の経済成長に関して予測することにも衛星データは用いられます。大規模なインフラ工事の進捗状況や、夜間経済の発達具合、港に出入りする船舶数の変化など、投資家が投資検討している地域の地政学的な状況を正確に把握するためには欠かせないものとなっています。
サステナビリティ
カーボン・クレジットとは、温室効果ガスの排出削減量/炭素固定量をクレジットとして発行し、主に企業間で取引可能にしたもので、企業が排出削減困難な量を相殺するために用いられるものです。
海外ではすでにカーボン・クレジットの取引市場が開設されていますが、日本でも2022年9月22日に、東京証券取引所国内初のカーボン・クレジット市場の実証実験が始まるなど、今後、金融市場としての発展が期待されています。
カーボン・クレジットの発行量は年々増加する一方で、クレジットの信頼性欠如という課題も徐々に明らかになってきました。例えば、ある森林由来のカーボン・クレジット産出プロジェクトは、申請時の削減目標を大幅に下回る削減量しか実現できていないなど、いわゆる“グリーン・ウォッシング”の疑いがある事例が増えてきているのです。
衛星を使ったリモートモニタリングは、こうしたカーボン・オフセット事業の精度検証に大きな効果をもたらします。オランダのラボバンクと私が勤めるマイクロソフトが進めるカーボン・クレジット事業の“Acorn”では、衛星データおよびドローンに搭載したLiDAR(測定対象物を 3 次元で表現するセンサー)を使って、可能な限り正確に樹木による炭素固定量を把握しようと試みています。
こうした科学的な方法論が確立すれば、より質の高いカーボン・クレジットを生み出すことができ、信頼性の高い取引市場を確立していくことが可能となります。
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いかがだったでしょうか。もともと、金融業界は無形の情報を扱う産業であり、データ分析・活用とは相性の良い業界でもあるのです。金融業界、それからフィンテックによる衛星データの活用は今後ますます拡がっていくでしょう。それから、衛星ネットワークを使って僻地や発展途上地域における金融産業の発達も、今後ビジネスチャンスが期待できる領域です。もしこの記事を読んでピンときた方は、このエキサイティングな『宇宙×金融』をテーマに、新たなビジネスを仕掛けてみてはいかがでしょうか。
[藤井 達人:みずほフィナンシャルグループ 執行理事 デジタル企画部 部長]
1998年よりIBMにてメガバンクの基幹系開発、金融機関向けコンサル業務に従事。その後、マイクロソフトを経てMUFGのイノベーション事業に参画しDXプロジェクトをリード。おもな活動としてFintech Challenge、MUFG Digitalアクセラレータ、オープンAPI、MUFGコイン等。その後、auフィナンシャルホールディングスにて、執行役員チーフデジタルオフィサーとして金融スーパーアプリの開発等をリード。マイクロソフトに復帰し金融機関のDX推進、サステナビリティ戦略の立案等にも携わる。一般社団法人FINOVATORSを設立しフィンテック企業の支援等も行っている。2021年より日本ブロックチェーン協会理事に就任。同志社大卒、東大EMP第17期修了。