TO TOP

AI社会における必須インフラ「AIから社会を守る砦」。AIという「よくわからないもの」に人間の命運が握られないために

読了時間:約 7 分

This article can be read in 7 minutes

「人間、志を立てるのに遅すぎることはない」というのは、40歳にして政治の世界に飛び込んだ遅咲きの政治家であり、のちにイギリスの首相を務めたスタンリー・ボールドウィンの言葉である。彼同様、今回話を伺う株式会社Citadel AIのCEO小林氏もまた還暦を目前にスタートアップの業界へと立志した。それまで日本における通信事業の新規事業立ち上げに幅広く従事し、三菱商事傘下の国内企業CEO、北米企業CEOと華麗なる経営手腕を奮ってきた彼が今、なぜ大きく舵を切ったのか。

話を聞くと、彼の才覚はもちろんながら、成人するまでに抱いてきた彼の夢とそれに関する探究心を失わなかったこと、そして1歩も2歩も先をゆく日々の意思決定の有り様にその答えが見えてきた。単なる仕事譚には終わらない、ロマンあふれる彼の人生訓につい引き込まれてしまう読者も多いかもしれない。

小林 裕宜
株式会社Citadel AI Co-Founder, CEO
東京大学電子工学科卒業後、三菱商事株式会社に入社。株式会社ロイヤリティマーケティング社長、北米三菱商事会社SVP、米国インディアナパッカーズコーポレーションCEOなどを経て、2020年株式会社Citadel AIを共同創業し、代表取締役社長に就任。卓越した経営手腕と、ITから医療、小売、製造に至る幅広い業界知見を持つ。

INDEX

自らの好奇心をあたため、社会に出てからは経営と事業立ち上げを現場で学ぶ
プロセス不明瞭なAI主導のインフラに、盲目的な依存をしないために
経営者になったつもりで、自分で決める
ここがポイント

自らの好奇心をあたため、社会に出てからは経営と事業立ち上げを現場で学ぶ

――還暦直前で新規事業を立ち上げるその胆力に驚かされますが、お話を聞いてゆくと、それまでの小林さんの興味分野や経験が結実したのだと納得します。小林さんの人物像を読者の方にも伝えたいので、簡単に経歴を教えていただけますか。

小林:あらためまして、株式会社Citadel AI(以下シタデル)のCEOの小林です。私は電子工学を大学で学び、1986年に三菱商事に新卒入社いたしました。今年還暦を迎えます。

技術者を多く輩出する大学の専攻だったにも関わらずそちらの道へ進まなかったのは、その当時(1985年)、通信自由化を受けて民営化された電電公社(現NTT)に対抗して業界に新規参入した「新電電」として、既存勢力に対抗するのって面白そうだと感じたことが大きいです。ただその頃の「新電電」といえば「7人の侍」を謳う、社員が7人ほどの環境でしたから、そこにいきなり飛び込むのは少々躊躇われ、新電電の創業株主にもなっている三菱商事に入社しました。

入社後は「MCN(三菱コミュニケーションネットワーク)プロジェクト室」への希望配属が叶い、当時第2KDDと呼ばれた日本国際通信という国際電話会社の立ち上げなど入社前に興味を感じられていた事業に参画。中期的なニューヨーク駐在を間に複数挟みながら(米国駐在通計11年)、PHS事業としてアステル東京の立ち上げや共通ポイントサービス「PONTA」を運営する株式会社ロイヤリティマーケティングの社長、北米の食肉製造加工会社インディアナパッカーズ社のCEOと、新規事業立ち上げと事業経営を主軸に2020年までサラリーマンとして過ごしてきました。

――人によってはこのキャリアでゴールを意識する方もいると思いますが、2020年12月、小林さんはキャリアを一転、現在のAI事業かつスタートアップを立ち上げられます。それはなぜでしょうか。

小林:一つは、ニューヨーク駐在中に、米国の複数のスタートアップへの投資を行い、いつかは投資される向こう側に行ってみたいと思っていたこと。二つ目は、自分の会社を経営することと、雇われ社長として会社を経営することは全然違うことです。創業期においては特にそうですね。ですから、いつか自分の力で会社をやってみたい気持ちがありましたし、そもそも事業の立ち上げ自体も割と好きなもので。チャンスがあればいつかは、とずっと思ってきたところ機が熟したということです。そして何よりも重要なのは、共同創業者であるケニーに、丁度そのタイミングで巡り逢えたということです。

学生時代は、実は物理学者になりたかったんです。周りからあまりにも儲からないと進言されるものでやめたのですが、今でも変わらず好きなんですね(笑)。ビジネスとしてではなく本当に好きなんです。

現代物理の謎のひとつに、量子力学があります。けれども、私たちは日々それを特に意識することなく、半導体の入ったスマホやパソコンを使っています。さらに今後は量子力学の本質的な強みを活かした量子コンピューターが動き出します。なぜ動いているのかわからないコンピューターの上に、今後AIがさらに本格的に乗っかってきて、さらに100万倍くらいレベルアップしていくと、もうわけがわからなくなっていきますよね(笑)。そうなる前に、その世界に自ら飛び込んで、そうした技術を多少なりとも解明しコントロールできる立場に立ちたかったというのもあります。また将来、個人的な夢の延長の話として、「AIに現代物理を考えさせる」ようなことも可能になるかも知れません。

プロセス不明瞭なAI主導のインフラに、盲目的な依存をしないために

小林:AIはさまざまな場面で活用され始めており、人間の能力では到底不可能なことを実現してしまっている例も出てきています。但し、その正解がどうして「正解」として導き出されるのかについては、明確な理論が確立されている訳ではなく、またおそらく今後も確立するのは難しいと思います。

従来のプログラミングであれば、人間がロジックを作ってコーディングするので当然中身がわかります。けれどもAIの場合は、学習データと正解のラベルをもとに、それを繋ぐロジックに相当する部分は、AI自身が自動で学習し、大量のパラメータに落とし込む仕組みです。出来上がったAIのシステムを見ても、フローチャートが書かれているわけではありません。仮にパラメーターがちょっと変わっても容易にはわからないですし、それがどう影響するのかわからない。AIの中身って、意外と最先端のエンジニアでもわからない状態なんです。なんだか完全にはわからないけど動いている。そんな状態です。

これからAIはさらに広く活用されていきますが、今お話したような仕組みのAIに囲まれた環境に人間が依存して暮らしていかなきゃいけないとすると、ちょっと気持ち悪いじゃないですか。「よくわからないもの」に人間の命運が握られているというか。そうだとすれば、我々が今開発している、いわば「AIから社会や人間を守る砦」のような存在が不可欠になるはずなんです。社名のCitadelというのも砦という意味を込めています。

小林:シタデルの共同創業者兼CTOのケニー(※)に聞くと、Googleのような巨大IT企業においても、日常的にAIに関わる課題が発生していたようです。もちろんGoogleには世界から超優秀なエンジニアが集っていますから問題はその都度叩き潰されます。人によっては、そのエラーを楽しんでいる人もいるかもしれませんが(笑)。一般企業にはそんな世界最高峰のエンジニアが何百、何千人といるわけではありません。

けれどもAIを使う以上、同じような問題はどの企業にも必ず起きます。与信審査用であろうが、不良品検査用であろうが、必ず起きる。その際そうした問題をどんな企業でも簡単に、確実に解決できるようにするべきだという考えからサービスのあるべき姿を掘り下げていきました。シタデルのシステムは、どんなアプリケーションにも汎用的に適用できるので個別開発は基本的にほとんどしなくていいんです。コアとなるプラットフォームの機能はどんどん高めていく必要があるんですが、いずれにせよスケールアップが効くので国を問わず展開できます。

※ 米国GoogleのAI中枢研究開発機関である Google Brainのプロダクトマネージャーとして、AI開発の根幹を握る“TensorFlow”の開発をリードしてきたグローバルなエンジニア。AIの課題を実戦経験を通じて知り尽くしている。

経営者になったつもりで、自分で決める

――読者の中にも、いつか小林さんのように「自分で会社を立ち上げたい」と考えられる方がいるかと思います。そうした方に向けて、小林さんが今まで意識されてきたことや心掛けてきたことがあれば教えていただけますか。

小林自分で決める覚悟を持つことでしょうか。会社勤めだったとしても、自分がその会社の社長だと思って物事を判断するというか。

なにか問題が起きた時、大手企業では多くのケースで集団で議論し、集団で結論を出します。あなたが上司に確認をとり、その上司はそのまた上の上司に判断を仰ぎ、その次は法務部に確認を取って……というように。それではいつまでも自分で意思決定する能力が身につきません。当然、組織ですから自分が権限をもって全てを決断することはできませんけれど、「もし自分が社長や上司の立場だったら」「もしクライアントの立場だったら」とあらゆる視点からの回答や対策を念頭に浮かべておく。なんなら上司の判断に対して違うと思うことがあれば反論するつもりで(笑)。行動も含めて社内規定違反しないようにという前提ですけれども、少なくとも自分の考えと覚悟をもって行動することを当たり前とするのが重要だと思います。

もちろんそれが好きな人とそうじゃない人といますし、どっちがいいか悪いかという話ではないと思います。ただスタートアップのようなことを将来やりたいと思うならば、社会人になった瞬間からそういう訓練をしておいたらいいんじゃないでしょうか。

――考える癖をつけておくと、いつか打席に立った時にちゃんと役に立つと。それを基礎力だとすると、スタートアップを立ち上げ軌道に乗せるまでの、次のステップで求められる力はなんだと思いますか。

小林:やりたいことを見つけられるかどうかが一番重要だと思います。スタートアップの事業経営って、感覚値では90%以上のことが予定通りにいかないものです。そんな状態がずっと続きますから余程好きなことじゃないと、自分もチームももたない。よく市場規模だとか競争優位性がどうとかといった議論もあって、それはそうなんですけれども、自分がやり続けたいものを見つけられた人が一番強い

それがあると、はじめに狙った方向と違ったとしても軌道修正してやり直せるだけの踏ん張りがきく。昔からよく言われていることですけれども、失敗したりうまくいかなかったりしても、成功するまでやり続けていれば、必ず成功します。言ってしまえば、必要なのは徹底的に打ち込める夢と、やり続ける手段をうまく見つけられるかということかもしれませんね。

事業経営経験の有無は有るに越したことは無いものの、極論としてどちらだったにせよどうにかなるんじゃないでしょうか。私はそう思ってます。

ここがポイント

・起業した理由は、投資される向こう側に行ってみたいと思っていたことと、いつか自分の力で会社をやってみたい気持ちがあったから
・なぜ動いているのかわからないコンピューターの上に、AIが本格的に乗っかってきて、さらに100万倍くらいレベルアップしていくとわけがわからなくなっていく
・AIの中身は意外と最先端のエンジニアでもわからない状態で、「AIから社会や人間を守る砦」のような存在が不可欠になるはず
・「会社を立ち上げたい」と考えるならば、自分で決める覚悟を持つのが重要


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:小泉悠莉亜
撮影:小池大介