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環境問題を背景に世界で急成長するフードテック市場。日本の勝機は高度な技術を要する領域にある

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近年、世界的に注目を集めているアグリ・フードテック領域。海外ではユニコーンも続出しており、世界が抱えている様々な社会課題の解決に貢献している。一方で日本ではユニコーン級のスタートアップはなかなか生まれておらず、海外と比較して後れをとっている。

日本のスタートアップが世界で活躍するには何が必要なのか。今回は、アグリ・フードテックスタートアップを中心に投資を行っているBeyond Next Venturesの有馬暁澄氏にインタビューを実施。

日本の勝ち筋について、フードテックの3分類とともに解説してもらった。


有馬暁澄
2017年4月丸紅入社。穀物本部にて生産から販売までのアグリトレーディング事業に携わる。また、有志でアグリ系スタートアップに投資を行うチームを立ち上げる。2019年にBeyond Next Venturesに参画。現在までに、リージョナルフィッシュやインテグリカルチャーなど13社のアグリ・フード領域のスタートアップにリード出資を行う。また、農林水産省や大企業と積極的に連携し、産学官連携プロジェクト(農林水産省「知」の集積プログラム、「フードテック研究会/ゲノム編集WT」代表、スタートアップ総合支援事業(農林水産省版 SBIRプログラム)PMなど)にも取り組む。目標は、アグリ・フード領域のGAFAを生み出すこと。慶應義塾大学理工学部生命情報学科卒業

INDEX

フードテックにおける日本と世界の差は埋まるのか
フードテックの3分類と日本の勝ち筋
成功するビジネスモデルの作り方
ここがポイント

フードテックにおける日本と世界の差は埋まるのか

――まずは世界のフードテック市場の現状について聞かせてください。

世界のフードテック市場は、ここ10年で急成長しており、2021年の投資額は約5兆円に上りました。これは10年前と比べて10倍です。ユニコーンの数も増えており、2022年10月時点で60社ものユニコーンが生まれています。

その背景にあるのが、ここ20年で注目されるようになった様々な社会課題です。タンパク質クライシスや水不足、気候変動といった世界規模の課題を解決するために、フードテック領域で数々のイノベーションが起きているのです。

――日本の現状はいかがでしょうか。

他の産業と同じように、日本のフードテックも世界に後れをとっています。その理由の一つは人口です。中国やアメリカなどは自国だけで十分な市場がありますし、ヨーロッパや東南アジアは国同士が繋がっているため、周辺国にもサービスやプロダクトを比較的容易に展開できます。一方で日本は島国で人口1億2000万人の市場に限られてしまうため、どうしても事業が小粒になってしまうのです。

また、諸外国と比較したときの環境問題に対する危機意識の低さも足かせとなっています。日本で暮らしていて水不足や食糧問題を感じることはまだありませんよね。危機感がなければニーズが生まれず、国も本腰を入れて取り組まないため、アグリフードの領域でスタートアップが大きく成長することはありませんでした

――今後、日本と世界の差が埋まっていく可能性はあるのでしょうか?

十分にあると思います。日本政府も環境問題に本腰を入れ始め、たとえば2021年には農林水産省が「みどりの食料システム戦略」を打ち出しました。その戦略では「2030年までに化学肥料使用量を20%削減する」など、具体的な数値目標が立てられています。

加えて、最近はマスメディアもSDGsを皮切りに環境問題を大々的に取り上げるようになりましたよね。また、食というのは万人共通のものなので、たとえ難しい技術であっても、「環境×食」の組み合わせがメディア記事やイベントのテーマとして数多く取り上げられています。徐々にではありますが、国民の意識も変わりつつあり、スタートアップの成長を後押しするはずです。

もちろん、それらがすぐにスタートアップの成長に繋がるわけではありません。実際には数々のイノベーションが必要ではありますが、日本のアグリ・フードテックの市場環境は整いつつあると思います。

フードテックの3分類と日本の勝ち筋

――フードテックにも様々なサービス領域がありますが、どの領域なら日本に勝機があるのか教えてください。

日本の話をする前に、まずは世界のフードテックサービスを大きく3つに分類してみましょう。

1つ目の分類はインフラ系。食品の流通プラットフォームや業界のDXサービスのことで、日本ではUberEatsや食べチョクなどが該当します。
2つ目はインフラが整ったあとに生まれてくる、流通に乗る新しいプロダクト。代替タンパクや完全栄養食、環境にいい商品などです。

そして3つ目の領域となるのが、より高度な技術を要するプロダクト。たとえば再生医療に近い技術が必要な培養肉や、ゲノム編集技術によって作られた短期間で育つ新種の魚などです。そして、この第3の領域こそ、日本のスタートアップに勝機があると思っています。

――それはなぜでしょうか。

理由は、第3の領域は長年に渡る研究が必要だからです。そのため、第3領域のスタートアップは大学のような充実した研究設備のある先進国で生まれることが多く、実際にこの領域でユニコーンが生まれているのはアメリカが中心です。

そして、日本もまた古くから基礎研究を続けてきた国。日本の研究力は下がってきていると言われていますが、それは社会実装する力が弱いだけで、まだ日の目を見ていない優れた基礎研究は数多く眠っています

加えて日本人には「美味しいものを安く提供する」という職人気質があり、日本は世界でも類を見ないグルメ大国です。高度な研究をもとにした技術と、日本人の職人気質がうまく組み合わさることで、世界で戦えるスタートアップが生まれる可能性は大いにあると思っています。

――大企業でも新しい研究をしていると思いますが、あえてスタートアップに期待している理由があれば教えてください。

たしかに大企業も研究を続けていますが、会社である以上、収益性の見込める研究がメインのため、研究の幅が限られてしまいます。一方で、大きなイノベーションを起こすような研究は時間がかかる上に、ビジネスとして成立するかわからないようなテーマばかり。そんなテーマを扱っているのは大学に多くあります。

そのため、私が注目しているのも、大学の研究をベースにした「大学発スタートアップ」が中心です。

成功するビジネスモデルの作り方

――フードテックスタートアップが成功するために、最も重要なポイントを聞かせてください。

特に意識しているのはビジネスモデルです。どんなに優れた技術であっても、当たり前ですが、優れたビジネスモデルが練り込まれていなければスケールしません。

たとえば研究開発系スタートアップの成功例として挙げられるユーグレナ。現在はバイオジェット燃料に挑戦していますが、そこに至るまでの過程で食品やサプリメントのEC事業などを通じて収益を上げてきました。サプリメントや食品加工事業で売上の基盤とファンを創り、徐々に難易度の高いビジネスに挑戦してきたのです。

もしも最初からジェット燃料のみを事業としていたら企業体力が続かなかったでしょうし、一方でサプリメントや食品だけではない事業展開をすることで、投資家や顧客から大きな評価を受けることに繋がっています。段階的にTAM(※)の大きな市場に参入できるビジネスプランを練り、着実に実行してきたからこそ、今の成功があるのです。

※TAM(Total Addressable Market):ある市場の中で獲得できる可能性のある最大の市場規模。商品・サービスの総需要のこと

――一つの事業がどれくらいスケールしたら、次の事業にチャレンジしてもいいものでしょうか。

一概には言えませんが、一つの指標になるのが「ファン」だと思います。そのプロダクトやサービスを評価し、何度も購入し、使い、・広めてくれる「ファン」、そして会社そのものを愛してくれる「ファン」が必要です。一つの事業でファンの基盤をしっかり作り、認知度を高められたのなら次の事業にチャレンジすべきだと思います。

ファンがついていれば売上が安定しますし、知名度が高ければ次の事業もスムーズに進められるでしょう。

――ではビジネスモデルを考える上で、何を大事にすればいいのか聞かせてください。

一つの技術で、より多くのビジネスを展開できないか考えることです。たとえば私たちの投資先に「TOWING」(トーイング)という、環境に配慮した高性能な人工土壌を開発している名古屋大学発スタートアップがあります。
創業当初は人工土壌を作って売ることがメインのビジネスでしたが、私たちとディスカッションを重ねて、今では人工土壌を作る技術で苗や農業システムを開発したり、野菜のブランドを作って農家に提供するなど、様々なビジネスを展開しています。

更には、その人工土壌はCO2の貯蓄にも寄与し、カーボンクレジットも発行しています。人工土壌を作製する一つの技術から、いくつものビジネスに展開してスケールしているのです。そのように、「一つの技術からいかに事業を展開できるか」を導き出すことも、私たちの役割の一つだと思っています。

――有馬さんからビジネスモデルを提案することもあるのですね。ビジネスモデルを考えるときに参考にしているものありますか?

他の業界のビジネスモデルを参考にすることはよくあります。たとえば最近はサプリメントを個人に併せてカスタマイズするサービスが流行していますよね。このような考えを、農業資材に応用して提案したことがあります。

バイオスティミュラントという農業資材を開発している大学の技術シーズがいて、当初は一種類の商品開発に注力していました。しかし、育てる野菜や気候に応じてカスタマイズできれば、より大きな市場が狙えると提案したのです。

それからは発想を切り替えて、カスタマイズ資材のプラットフォーム開発に力を入れています。

――業界の中だけでなく、幅広いビジネスを参考にしているんですね。最後に起業家、もしくは大企業の方に対するメッセージをお願いします。

起業家、特にシリアルアントレプレナーの方たちに言いたいのは、ぜひフードテック領域でチャレンジしてほしいということ。それも高度な研究を用いる第3の領域で起業してほしいと思っています。

「食」は誰にとっても必要不可欠である一方で、解決すべき課題が沢山ある領域です。そして、日本には魅力的な大学研究が多数あるものの、それを社会実装できるビジネス経験者が足りていません。シリアルアントレプレナーの経験やノウハウを、ぜひアグリ・フードテック領域で活かしてもらえたらと思っています。

また、大企業の方はぜひ積極的にスタートアップと共創してほしいですね。スタートアップにとって大企業のリソースが必要なのはもちろんですが、大企業が新規事業を探す際にもアグリ・フードテック業界は参入しやすいはずです。実際に、あらゆる業界の大企業が次々に新規参入してきています。

高度なアグリ・フードテックは社会的意義が大きいのはもちろんですが、市場としても非常に魅力的です。新規事業の種を探している方はぜひアグリ・フードテックを検討してみてください。

ここがポイント

・世界のフードテック市場は、直近10年で10倍に成長している
・日本は後れを取っているものの、世界との差を埋められる可能性がある
・グローバル市場で日本に勝機があるのが、培養肉やゲノム編集技術によって作られた短期間で育つ新種の魚など高度な技術を要するプロダクト
・成功を目指す際は、段階的にTAMの大きな市場に参入できるビジネスプランを練り、着実に実行する必要がある
・重要のは「一つの技術からいかに事業を展開できるか」を導き出すこと
・日本には魅力的な大学研究が多数あるものの、それを社会実装できるビジネス経験者が足りていない


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:幡手龍二