昨年、大手暗号資産取引所のFTXが破綻し、ビットコインをはじめとする暗号資産の価格は大きな下落に見舞われました。多くの投資家が退場を余儀なくされ、改めて暗号資産に対する規制の導入が叫ばれるなど、暗号資産を取り巻く状況は“長い冬”に突入したと言われるようになりました。
2023年に入っても、6月にBinance、Coinbaseという2大暗号資産取引所がSEC(証券取引委員会)によって訴えられるなど、暗号資産業界に対する逆風は続いています。ブロックチェーン上でのデジタルアセットの所有権を証明するNFT(ノンファンジブルトークン)も、取引価格の下落が続き、取引数もピーク時の10分の1以下に落ちてしまっているようです。
この暗号資産の冬はいつまで続くのか、もう春は来ないと言っている人もいるくらいですが、私はこの冬はそれほど長くは続かないと見ています。冬の時代と言われ、派手な動きは鳴りを潜めていますが、暗号資産(およびそのプロトコル)の開発者たちは精力的に開発を続けており、新しい革新の芽が出てきているからです。
ここでは、代表的な暗号資産であるビットコインに関して、暗号資産の冬を打開するいくつかキーとなる要素をご紹介します。
INDEX
・半減期の到来
・Bitcoin Ordinals
・ライトニングネットワークの開発・普及
・サステナブルなマイニング
半減期の到来
暗号資産の冬が長くは続かないと思う大きな理由の一つは、いわゆる「半減期」の到来が近いということです。半減期とは、ビットコインの取引をマイニングする報酬が半分になるイベントのことです。
ビットコインはプログラム上、発行上限枚数が約2100万枚に設定されており、2020年後半時点での未発行枚数はすでに250万枚未満となっています。そして、ネットワークに追加されるビットコインの量は4年ごとに半分に減少します。この概念が半減期と呼ばれるものです。
2020年初めには、ビットコインのマイニング(取引を検証するための複雑な数学の問題を解くことで、報酬としてビットコインを受け取るプロセス)を通じて、10分ごとに12.5枚の新しいビットコインがマイナー(マイニングを行うコンピュータ)に報酬として提供されていました。同年の5月にこの量は半減し、6.25枚となりました。2024年の4月頃には、この量は約3.125枚に半減します。そしてこのプロセスは、2140年頃に約2100万枚のビットコインがすべて採掘されるまで、約4年に1回ごとに続いていきます。
ビットコインの半減期はなぜ重要なのでしょうか?半減期とは、時間の経過とともにビットコインの発行を減らすことで、(需要が一定水準である前提で)ビットコインの価値を上昇させる可能性を高めるものです。これは、時間の経過とともにインフレによって価値が下がる法定通貨とは大きく異なります。
半減期は、ビットコインのプロトコルが希少性を維持する方法の一つです。そしてその希少性こそが、数百万人の人たちがビットコインを入手しようとする理由の一つです。歴史的にも半減期の半年後ぐらいには価格が上がったケースが多く、このアノマリー[1]に期待して多くの投資家がビットコインに再び熱狂することになるのではないかと言われているのです。
[1]アノマリー・・・理論的な根拠はないがよく当たる相場での経験則
Bitcoin Ordinals
ビットコインと並ぶ代表的な暗号資産であるイーサリアムでは、様々な種類の(無数の)トークンを発行することが可能です。例えば、独自トークンを発行する規格はERC-20、NFTを発行する規格はERC-721など、プロトコルレベルで拡張可能となっているため、実に様々なWeb3プロジェクトがイーサリアムネットワーク上で独自のトークンやNFTを発行し、トークンエコシステムを広く拡大することに成功しました。
一方で、ビットコインはそのシンプルさと堅牢性で知られています。しかしこの「シンプルさ」は、ビットコインのブロックチェーンが独自のトークンを生み出すための土壌としては向かないということを意味していました。しかしそれは、最近までの話です。
最近始まった新しいプロトコルである“Bitcoin Ordinals”(以下、Ordinals)は、ビットコインブロックチェーン上に新しい種類のトークンを生み出すことを可能としました。これらのトークンはイーサリアムのERC-20に似せて“BRC-20”と名付けられ、ビットコインの最小単位であるサトシにデータを書き込むことで無数のトークンやNFTの発行を可能にしました。
BRC-20トークンは現在、投機の対象となっています。それは、まだ具体的な使用目的が見つからないためです。しかし、それはビットコインの可能性をさらに広げています。それまでイーサリアムやソラナなどのより新しいブロックチェーンが主導していた領域に足を踏み入れたのです。
ビットコインの古くからのユーザーや開発者からは、Ordinalsを非難する声も出ています。それは、トークンの発行がトランザクションコストを増大させ、ただでさえ速くはないビットコインネットワークの処理速度をさらに遅くし、送金手数料を高騰させてしまうからです。
しかし、それでもなお、OrdinalsとBRC-20トークンは、ビットコインが価値の保存や決済手段だけでなく、新しいコインやアプリケーションの開発の基盤としても活用できることの可能性を示していると考えられます。つまり、ビットコインという暗号資産の多様性と可能性を広げるものであり、今後も大きな注目を集めると思われます。
ライトニングネットワークの開発・普及
ライトニングネットワーク(以下、LN)は、ビットコインの取引をより速く、より安く行うための新しい技術です。ビットコインのトランザクションを大幅に高速化し、手数料を大幅に削減することが可能で、ビットコインのブロックチェーン本体(レイヤー1)に対して、レイヤー2ソリューションとも呼ばれます。
ビットコインのプロトコルでは、すべての取引が一つの大きな公開台帳(ブロックチェーン)に記録されます。取引スピードは約7件/秒にとどまり、クレジットカードの処理件数が1秒間に約2,000件であることを考えると、送金の仕組みとしての機能性は十分とはいえません。これがビットコインのスケーラビリティ問題と呼ばれるものです。
これを解決するために登場したのがLNです。LNはビットコインブロックチェーンの外側に「支払いチャネル」を作り出し、これを通じて取引を行うことで、上記の問題を解決しようとしています。
たとえば、AさんとBさんが定期的にビットコインで取引を行うとします。LNを利用すると、あなたと友人は一種の「専用レーン」を作り、そのレーン上で取引を行うことができます。このレーンはビットコインブロックチェーンからは切り離されているため、取引の確認は即時に行われ手数料もほとんどかからなくなります。
そして、AさんとBさんが取引を終えたときに、最終的な結果だけがビットコインブロックチェーンに記録されます。これにより、ビットコインのスケーラビリティ問題を大幅に解消することができるというわけです。
ビットコインのスケーラビリティ問題は長らく大きな課題となってきました。しかしLN自体の開発が進み、大手の取引所などもLNに対応を続々と表明するなど、課題の解決に光が見え始めています。
サステナブルなマイニング
半減期の項で述べたように、ビットコインはマイニングという作業によって取引が検証され、マイナーが報酬を受け取ります。したがって、ビットコインネットワークの存続にはマイニング作業が不可欠であり、マイナーの存在なくしては取引が成り立ちません。
しかし、多数のコンピュータがマイニングに参加して処理を行うため、ビットコインは大量の電気を消費し、“環境に良くない”というイメージがあります。Cambridge Bitcoin Electricity Consumption Indexによると、ビットコインの作成には毎年121テラワット時の電力を消費しており、そのうち60%が化石燃料で生産した電力です。これはオランダやフィリピンが使用する電力よりも多く、多くの人がサステナビリティの観点でビットコイン(およびマイニングを事業として取り組む事業者)を批判するようになりました。
しかし近年、発展途上国を中心に再生可能エネルギーのクリーンエネルギーをビットコインのマイニングに活用する動きが起きており、この状況は徐々に変わっていく可能性があります。
例えば、ヒマラヤ地方の王国であるブータンでは、同国の豊富な水力発電によるビットコインマイニングを計画していることを現地企業が発表しました。ブロックチェーンに関わる研究開発プロジェクトの誘致も計画しているといいます。2021年にビットコインを法定通貨に制定したエルサルバドルでも、太陽光、風力を利用した再生可能エネルギーによるマイニング事業が進められています。
マイニングをサステナブルにするための取り組みとして、Green Proofs for Bitcoin (GP4BTC) もご紹介しておきましょう。GP4BTC とは、Energy Web という非営利団体が開発した、ビットコインのマイニング業界のためのエネルギー測定システムです。GP4BTC では、マイナーが、自分たちが使っているエネルギーの種類や量、電力網への貢献度などを客観的に評価し、証明することができます。そして、その結果に基づいてGP4BTC の認証を受けることができます。
GP4BTC の認証を受けることで、ビットコインのマイナーは、自分たちが再生可能エネルギーを使っていることや、低炭素のグリッドに拠点を置いていること、需要応答(電力需要と供給のバランスを調整する仕組み)に参加していることなどを公開できます。これによって、マイナーは自社の気候変動への取り組みをアピールできるだけでなく、金融機関や取引所などからも信頼されやすくなります。また、GP4BTC の認証は他の業界や市場で使われているESG(環境・社会・ガバナンス)の基準とも整合性があるため、ビットコインのマイニング業界全体の透明性や信頼性を高めることが期待されています。
このように、暗号資産の冬といわれる状況にも関わらず、上記にご紹介した内容に加えて、数多くの開発プロジェクトが進んでいます。
ビットコインの根幹であるブロックチェーンはインターネットの普及以来の革新的な技術的進歩とも認識されており、多くの開発者が引き続き開発に携わっていますから、浮き沈みを繰り返しながらも徐々に普及していくことになるのでしょう。
[藤井 達人:みずほフィナンシャルグループ 執行理事 デジタル企画部 部長]
1998年よりIBMにてメガバンクの基幹系開発、金融機関向けコンサル業務に従事。その後、マイクロソフトを経てMUFGのイノベーション事業に参画しDXプロジェクトをリード。おもな活動としてFintech Challenge、MUFG Digitalアクセラレータ、オープンAPI、MUFGコイン等。その後、auフィナンシャルホールディングスにて、執行役員チーフデジタルオフィサーとして金融スーパーアプリの開発等をリード。マイクロソフトに復帰し金融機関のDX推進、サステナビリティ戦略の立案等にも携わる。一般社団法人FINOVATORSを設立しフィンテック企業の支援等も行っている。2021年より日本ブロックチェーン協会理事に就任。同志社大卒、東大EMP第17期修了。