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東京・丸の内を、日本のシリコンバレーに——駐在経験者の熱量と経験を、イノベーション創出につなげる。TMIPシリコンバレーコミュニティの挑戦

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※本稿はTMIP Articleに掲載した記事を転載したものです。

「スタートアップの聖地」「世界を変えるイノベーションの“震源地”」と言えば、シリコンバレーを思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。新規事業開発に携わる人であれば、この場所を知らない人はいないでしょう。そんなシリコンバレーに拠点を置く日本企業は、2022年時点で約1,200社にのぼります。1社につき、複数人の駐在員がいるとすれば、実に数千人もの日本人がシリコンバレーで活動をしていることに。

日本企業がシリコンバレーにメンバーを派遣する目的は、現地のスタートアップへの投資や協業、新規事業の開発など。気鋭のスタートアップや、最先端のテクノロジーが集うシリコンバレーから得られるものは少なくないはずです。

しかし、日本企業の「シリコンバレーの活用」には多くの課題があります。たとえば、帰任者がその経験を生かしきれていないこと。「自分の仕事への生かし方がわからない」「帰ってきてから熱量を持続させるのが難しい」といった悩みを抱えている人は少なくありません。また、事前情報が乏しく、大きな不安を抱えながら現地に渡る方も多いのが現状です。

2023年5月、TMIPは日本企業のシリコンバレー活用に関するさまざまな課題を解決するために「TMIPシリコンバレーコミュニティ」を立ち上げました。

本レポートは、これまでTMIPが実現してきた各プロジェクトの軌跡をたどり、取り組みについて紹介するもの。今回は、シリコンバレーコミュニティを運営するTMIP事務局の山本裕典と駐在経験者として参画しているTMIPパートナー 株式会社野村総合研究所の清水悠花さん、そしてTMIP会員 レノボ・ジャパン合同会社の中田竜太郎さんをお招きし、立ち上げの背景や、シリコンバレー駐在のリアル、そしてコミュニティの展望について伺いました。

レノボ・ジャパン合同会社
Head of Solution Business Development, Innovation & Transformation 中田 竜太郎
大学卒業後、三井物産に入社。インドやカナダでの新規事業や会社設立などの業務を経て、シリコンバレーでのベンチャー投資や新規事業開発に従事。VCへのLP投資/連携、スタートアップ企業への直接投資と共同事業開発、アクセラレーターへの参画、トップ大学との提携プログラムなどをリード。2022年にレノボ・ジャパンに入社し、以降 レノボ全社横断での成長戦略・事業開発・オープンイノベーション・スタートアップ支援を統括。傍らで、企業やスタートアップエコシステムでのイノベーション創出・成長を支援するs’more works Inc.の代表も務める。

株式会社野村総合研究所/TMIPシリコンバレーコミュニティ・マネージャー 清水 悠花
Sciences Po Parisを卒業後、野村総合研究所にてオープンイノベーション、新規事業開発支援を担当。2021年よりシリコンバレーのSRI Internationalに赴任し、幅広い日系企業のシリコンバレー連携を推進。帰任後、TMIPシリコンバレーコミュニティマネージャーとして、シリコンバレーと日本を繋ぐブリッジとなる コミュニティを企画・運営。

TMIP事務局(三菱地所) 山本 裕典
大学院卒業後、JR東日本に入社。営業や採用・育成、システム戦略部門などの業務を経て、CVC子会社であるJR東日本スタートアップにてグループのオープンイノベーション事業に従事。主にスタートアップ投資や、アクセラレータプログラムでの協業を通じて、複数の案件を事業化するとともに、社内初のスタートアップとのJVを設立。2022年に三菱地所に入社、以降TMIPで大企業を中心としたイノベーション創出支援に注力。現在はスタートアップコミュニティMiiTSの活性化にも尽力しており、TMIP会員とのオープンイノベーションを推進。

INDEX

TMIPは今なぜシリコンバレーに注目しているのか?
イノベーションの“震源地”で求められるのは、曖昧さに対する耐性
インプットからアウトプットまでを支援するコミュニティへ
TMIPがシリコンバレーと日本をつなぐ“ゲートウェイ”に

TMIPは今なぜシリコンバレーに注目しているのか?

シリコンバレーは、言わずと知れた「イノベーションの中心地」。アメリカ合衆国のカリフォルニア州の沿岸に位置するこの場所には、IT企業だけではなく、大学や研究機関、投資家などが集結し、事業を成長させるための「強力なネットワーク」が形成されています。

今回TMIPが立ち上げたシリコンバレーコミュニティの対象となるのは、シリコンバレーに駐在予定の方、駐在中の方、帰任した方、そして駐在員を送り出す企業の方です。

ではなぜ、TMIPはシリコンバレーコミュニティの立ち上げに踏み切ったのでしょうか。TMIP事務局の山本裕典が、その理由を語りました。


TMIP事務局(三菱地所) 山本 裕典

山本「シリコンバレーにゆかりのある人々が集うコミュニティをつくり、イノベーション創出を促進したいからです。シリコンバレーの駐在員は、会社のなかでも特に優秀層やイノベーティブ層である場合が多い。そのような方々のブレインを借りることでコミュニティを活性化させ、東京・丸の内からイノベーションを生み出していきたいと考えています。

また、TMIPが活動拠点とする大丸有エリア(大手町・丸の内・有楽町)は駐在経験者などを含めたシリコンバレーにゆかりのある方が多い地域だという仮説を持っています。現在TMIPは200社を超えるコミュニティまで成長し、その中には多くの駐在経験者もいるため、そのような方々が持つ経験や知識を活かせるコミュニティをつくるべきではないかと考えたのが始まりです」

シリコンバレー駐在経験を持つ方ならではの経験やスキルが集積する場所——それが、TMIPが目指すシリコンバレーコミュニティの姿です。本コミュニティに参画し、マネージャーも担う清水悠花さんもまた、駐在経験を持つ一人。2021年、所属する野村総合研究所のコンサルタントとして、シリコンバレーにある研究機関・SRI Internationalに出向したときに感じた当時の環境を、清水さんはこう説明します。

清水「シリコンバレーには、多額のリスクマネーが流れ込みます。そして、多くの企業がそのリスクマネーを活用し、さまざまな“実験”をしていました。Deep Techや社会課題解決に取り組む創業間もない企業でも、かなり踏み込んだチャレンジができる。そういった環境があるからこそ、たくさんの『後のビッグテック』が生まれるのだろうなと感じました」

野村総合研究所/TMIPシリコンバレーコミュニティマネージャー 清水 悠花

総合商社時代に約3年半のシリコンバレー駐在を経験し、現在はレノボで新規事業開発やオープンイノベーションの推進を担う中田竜太郎さんは、清水さんの言葉にうなずきながら、シリコンバレーの環境について付け加えました。

中田「駐在中に面白いと思ったのは、事業に関するリスクの取り方が非常に大胆なところです。そして、そんな大胆なチャレンジに取り組んでいるのは、グローバルで見てもトップ1%に入るような優秀な人材たち。最近ではイスラエルや中国などのスタートアップコミュニティも成長していますが、やはりシリコンバレーは唯一無二の環境だと思います」

イノベーションの“震源地”で求められるのは、曖昧さに対する耐性

日本の企業からも、毎年多くの優秀な人材がシリコンバレーに送り込まれています。彼らは、どのようなミッションを持って、シリコンバレーに赴いているのでしょうか。清水さんが当時を振り返ります。

清水「私の場合、SRI Internationalと野村證券が設立した野村SRIイノベーションセンターのプログラムに参加しながら、自社の新しい事業を考えるということがミッションでした。プログラムなどを通して得られたインプット情報を元にしながら、手探りで0から事業機会の探索を行いました」

中田「シリコンバレーに人材を送る際、企業側から『この分野のこの技術を活用して、こういった事業を開発してほしい』と、明確な指針が示されることは多くありません。清水さんのように、『事業開発をする』という抽象的なミッションだけを携えてシリコンバレーにやって来る方がほとんど。

そのため、日本企業からシリコンバレーに赴任する方の多くは、何から手を付ければいいのかわからない状態からのスタートになります。そういった理由を踏まえて、日本企業からシリコンバレーに赴任する方には、高い『曖昧耐性』が求められるのです」

レノボ・ジャパン合同会社 中田 竜太郎

馴染みのない土地での、抽象的なミッションの遂行には、当然ながら多くの困難が伴います。同じ状況を経験した先輩がいれば、どのように困難を乗り越えられるかを聞くこともできるでしょう。清水さんが在籍している野村総合研究所からも、毎年数人がシリコンバレーに送り出されていると言います。「先輩たちと連携しながらミッションを遂行したのか」と問うと、意外な答えが返ってきました。

清水「実は野村総合研究所はSRI Internationalをお手本に設立された企業ですが、近年SRI Internationalに出向したものはおりませんでした。

だから、私の場合は前例も無ければ情報もない、そんな状況でした。でも、とにかくアクションするしかない。まずはカンファレンスへの参加やSRI Internationalの研究員、他社の先輩駐在員などにアポを取って、話を聞きながら、現地の事情を学んでいきました」

その後、清水は社内外を含めさまざまな人物へのヒアリングを重ねながら、事業プランを構築。シリコンバレーでは、ピボットを重ねつつ、事業の方向性を定めていったそうです。そして、帰国した今もシリコンバレーで萌芽した事業プランの検討は続いており、徐々に形になってきていると言います。

シリコンバレーでの経験を通して、清水さんが得たものとはどのようなものだったのでしょうか。

清水「駐在期間を通して、世の中の変化に対応するための準備ができたと感じています。私たちのようなコンサルティング企業も、世の中の変化に対応して、サービスの内容を変化させていかなければなりません。ものすごいスピードで変化を続けるシリコンバレーの企業を目の当たりにして、変化し続けるためのマインドセットや対応力が身についたと思います」

シリコンバレーで大きな財産を得た清水さんですが、その過程には少なくない壁がありました。中田さんは「さまざまな壁を乗り越え、いち早く成果をあげるためには、事前に情報をインプットしておくことが重要」だと指摘します。

中田「たとえば、スタートアップへの投資に関する考え方が日本とシリコンバレーでは大きく異なります。具体的に言えば、日本の大企業には『少額投資でも、大企業なのだから、スタートアップは当然我々をボードメンバーとして迎え入れてくれるもの』と考えている方も少なくない。しかしながら、ボードシートを獲得できるかどうかは、取締役会にどれだけ貢献できるのか、他の投資家とのバランスは適切か、などの要素が考慮されて決定されることが通常です。また、『前のラウンドで投資したのだから、次のラウンドでは投資する必要はない』と考えてしまうケースもあるようです。

しかし、シリコンバレーでスタートアップに投資しているファンドは、持ち株の比率が希釈化しないように、継続的に投資することを基本としています。逆にフォローオン投資をしないということは、下手すると『投資対象のスタートアップを信じていない』というメッセージと受け取られることもあり得る。

シリコンバレーのスタートアップへの投資や協業を目的に、メンバーを派遣している日本企業は少なくありません。派遣されるメンバーはもちろんのこと、派遣する側がこの『シリコンバレーの当たり前』を事前に知っているか否かで、現地での活動の効率性と実効性は大きく変わるのです」

インプットからアウトプットまでを支援するコミュニティへ

具体的な「事前に知っておくべきこと」を知っているのは、実際にシリコンバレーでビジネスを経験した帰任者たちです。ここに「将来的に駐在する予定がある方々」が、コミュニティに参加するメリットがあります。

山本「これから駐在する方々にも、ぜひコミュニティに参加していただきたいと考えています。帰任者たちとの交流を通してシリコンバレーに関する情報を得る場所として、活用いただけたら嬉しいです。中田さんがおっしゃるように、情報を事前に知っておくことが、現地でのスタートダッシュにつながるはずですから」

もちろん、コミュニティに参加することによってメリットを享受できるのは、未来の駐在者だけではありません。帰任者が「イノベーション創出のためのヒントとつながりを得るための場所」としてコミュニティを運営していきたいと山本は力を込めます。

山本「2022年11月にはSRI Internationalと連携した日米同時開催のプレイベントを開催し、シリコンバレーの現状や進出する際の課題について理解を深めました。そして、2023年5月からコミュニティの運営を本格的にスタート。第一弾イベントとして、シリコンバレー駐在経験者の交流会を実施しました。

気が付いたのは、駐在者たちの『横のつながり』はあるものの、縦のつながりがほとんどないこと。同年にシリコンバレーに駐在していた方々は現地で交流を深め、帰国後もつながりを持っている一方、駐在期間が被っていない方同士がつながることはほとんどありません。

これまで、縦のつながりをつくるきっかけになるコミュニティはなかったのだと思います。TMIPのシリコンバレーコミュニティは、会社や駐在した時期などを問わず、誰もが参加できるオープンなコミュニティです。縦横関係なくシリコンバレーにゆかりのある方をつなぎ、新たな科学反応が起こるようにしていきたいです」

2022年11月に開催された『シリコンバレーの最新Tech動向と日本企業によるシリコンバレー活用最前線』の様子(https://www.tmip.jp/ja/report/3216 より

山本は、シリコンバレーに駐在員を派遣する多くの企業が直面する「ピッチャー・キャッチャー問題」、つまり、駐在員がシリコンバレーで得たノウハウやつながりを元に、新たな事業アイデアを本社に向けて“投げた”としても、本社側がそれをうまく“受け取れない”問題にも向き合っていきたいと語ります。

山本「日本企業がシリコンバレーという環境を十分に生かすためには、現地に駐在して事業アイデアを練ったり、スタートアップに投資したりする『ピッチャー』と、日本でシリコンバレーからの事業プランを受け取り、事業化を進める『キャッチャー』の緊密な連携が不可欠です。ただ、多くの企業はピッチャーがボールを投げてもキャッチャーが受け取りきれないなど、連携に関する課題を抱えています。私たちとしては、帰任者を中心としたメンバーの知見も生かしながら、この問題の解決に取り組んでいきたいと考えています」

清水「TMIPのコミュニティには、ピッチャーとキャッチャー、両方の役割の方が所属しています。プレイベントでは、日本とシリコンバレーの会場をリアルタイムでつなぎ、ボールを投げる側と受ける側が、同時にシリコンバレー駐在という機会を生かすための方法などについて議論することができました
ピッチャーとキャッチャーの双方が所属しているため、お互いがお互いの目線を理解し、それぞれの課題を共有できるコミュニティになっているのではないかと思います」

TMIPがシリコンバレーと日本をつなぐ“ゲートウェイ”に

2023年5月に立ち上げてから、約3ヶ月。イベントを重ね、コミュニティとして形になってきたところで、コミュニティマネージャーの清水さんはある課題を感じていると言います。

清水「現状の課題は、自身がTMIPシリコンバレーコミュニティの一員だと自覚していない駐在員が多いこと。そもそも、自社がTMIPに参画していることを知らない人が少なくありません。大企業の場合、一部の部署の方々がTMIPやコミュニティの存在を知っていても、他の部署の方が知らないということもある。

そのため、参画企業への周知はもちろんのこと、駐在員の方々にも直接『あなたは会員です』と伝えて、コミュニティの活用を促すとともに、TMIP会員の企業内の部署間連携の促進もしていきたいです。大企業内部での連携を促進しながらコミュニティを活性化させ、『シリコンバレーと日本をつなぐ“ゲートウェイ”』としての役割を担っていきたいですね」

帰任した後、転職先であるレノボでスタートアップを支援するプログラム「レノボフォースタートアップ」を立ち上げるなど、シリコンバレーでの経験を社内外のプロジェクトで生かしているという中田さんは、TMIPのシリコンバレーコミュニティに参加するメリットをこう語ります。

中田「コミュニティでは、会員同士のコミュニケーションコストがかかりません。近しいミッションを掲げる企業の方、オープンイノベーションが必要だと考える方など、同じような価値観を持つ方々に出会えます。今後も私自身もどう貢献させていただけるか考えながら、赴任者、帰任者の方々にとっていいコミュニティにしていくべく、ご一緒していきたいと思います」

清水さんは、中田さんの言葉を聞いて「熱量を持って働いていた方が、日本でも同じ熱量で活動できるようにしていきたい。シリコンバレー帰任者がコアとなることで、将来的には日本のイノベーション創出につながってくるはずです」と、言葉を付け足しました。

最後に山本がコミュニティとしての展望を話しました。

山本「シリコンバレーコミュニティはまだまだ立ち上がったばかり。まずは認知拡大に取り組んでいきたいと思っています。また今後は、帰任者の方々に登壇していただき、未来の駐在者に向けて事前に抑えておくべき情報や、フレームワークを伝えるイベントなどを開催し、コミュニティとしての価値を高めていきたいです」

大企業にも断続的な変化が求められる中、イノベーションの“震源地”たるシリコンバレーとのつながりを構築し、さまざまなノウハウや技術を取り入れることが、企業に変革のきっかけをもたらすかもしれません。TMIPシリコンバレーコミュニティは、日本とシリコンバレーをつなぐハブとなり、日本企業のイノベーション創出をサポートしていきたいと考えています。