全国2万4000局、従業員約40万人を抱える日本郵政グループ。歴史も伝統もある、この老舗企業が、いまDXを強力に推し進めている。
その舵取りを担うのが、JPデジタルCEO・飯田恭久氏だ。
目下、掲げているのは「日本郵政グループ社員1万人のDXリテラシーを向上していく」という目標。テクノロジー開発とデジタル人材育成に取り組むスタートアップ企業AVILENと共にDX人材の育成に取り組んでいる。
なぜJPデジタルは全社的なDXリテラシーの向上が必要だと考えているのか、そして、DX人材育成のためにどのような方法を採っているのか。
今回は、JPデジタルの飯田氏とAVILENの大川氏、横堀氏に話を伺った。
飯田恭久
株式会社JPデジタル 代表取締役CEO(兼 日本郵政株式会社 執行役・グループCDO 兼 日本郵便株式会社 執行役員)
米国留学後、世界No.1のグローバル企業のジレット社、ウォルト・ディズニー社にて、日米を跨いでマーケティングに従事。ダイソン社の代表取締役社長として、日本におけるダイソンのブランディングを確立。楽天グループ株式会社の上級執行役員に就任。楽天USAの社長として、米国を拠点に(米国の)インターネット業界での事業拡大の基盤作りに従事。
大川遥平
AVILEN 取締役 開発事業部長 / データサイエンティスト
筑波大学大学院修了。AVILENの前身である、Webサイト「全人類がわかる統計学(現:AVILEN AI Trend)」を立ち上げたのち、株式会社AVILENを創業。AI用いたシステム開発プロジェクトの企画・遂行を得意とする。データサイエンティスト協会スキル定義委員も務め、共著に、「最短突破 データサイエンティスト検定(リテラシーレベル)公式リファレンスブック」がある。
横堀将史
AVILEN 執行役員 DX・AI人材育成事業部長 / セールス
2011年学習院大学卒業。新卒から一貫してSales&Marketingの領域に従事。 第一生命、リクルートを経て、スポーツヘルスケアスタートアップ企業のSaaS事業責任者として、事業と組織の立ち上げからグロースを担当。 その後Kaizen PlatformではIPO前後に在籍し、各大手企業中心に約30社のDXのコンサルティングやPJT推進、UX改善を支援。
INDEX
・DXを推進するために、個人のマインドや組織のカルチャーにもメスを入れていく
・対等な「パートナー」として肩を組み、いちから構築していった独自の研修プログラム景
・独立したDX組織と経営陣の覚悟とコミットメントこそが、取り組みの成否を分ける
・ここがポイント
DXを推進するために、個人のマインドや組織のカルチャーにもメスを入れていく
――日本郵政グループは、「グループ社員1万人のDXリテラシーを向上させていく」という目標を掲げています。そもそもどうして社員全体のリテラシーを底上げしていくことに力を入れようと考えたのでしょうか。
飯田:DXを推進する上で、もっとも避けたいのが「DXについて“理解できないから”やらない」という判断が生まれてしまうこと。日本郵政グループのように、規模の大きい企業の中には若手の社員からシニアの社員まで、さまざまなジェネレーションのメンバーがいます。特に今の若手世代はデジタルネイティブ。新しいデジタル技術に対して親しみをもって受け入れる傾向にあります。一方でシニア世代は、意識的にデジタル技術をキャッチアップしないといけない世代です。そして、大企業では一般的にシニア世代が上席に座って意思決定の役目を担うことが多い。そうすると、自分が理解できないものに対して「やらない」という判断が選択肢として浮かびやすくなってしまうのです。
だから、まずは若手からシニア層まであらゆるメンバーがDXについて理解して、その価値を判断できる状況をつくることが必要。DXを実行する人だけが、その意味や価値を理解していても上手くはいきません。なにも全員がDXを遂行できる必要はありません。理解している状態があればいいんです。
――DXリテラシー向上にあたって作成された研修プログラムでは、どのようなことを意識されているのでしょうか。
飯田:「知る」、「わかる」、「できる」といったストラクチャーで研修プログラムを構成しています。そもそもDXという概念を自分も周りも「知る」という状況をつくるのが第一段階。その上でDX施策を考えて、検討して、企画していこうとなったときに上司がGOサインを出すためには「わかる」というフェーズが必要。そして実際に施策をかたちにしていくときに「できる」が求められていく。
全社的に求めているのは、このうち「知る」の部分。そのマインドセットを統一することが、DXの推進力を高める下地になると考えています。
橫堀:どこまで行ったら「知る」の段階をクリアできたと言えるのか。そのスキル定義は、特にこだわった部分です。AVILENはデータサイエンティスト協会のスキル定義などにも関わっていますが、DXのスキル定義はまだ日本で統一されたものはないのが実情。だからこそ、日本郵政グループのカルチャーをもとに、独自にアセスメントを行い、これが「知る」という状況だ、という指標をいちから定量的に設けました。また、研修プログラムを受講する前と後でどのように学習効果が生まれたのかといったデータも取れるようにしています
――具体的にどのような研修プログラムなのでしょうか?
飯田:日本郵政グループのDX研修は、座学で講義を受けるだけではありません。DXについてインプットしたあとに、さまざまなワークを実施して知識を血肉化していきます。たとえば、学んだことを自分の業務に照らし合わせたときにどうなるのかをシミュレーションする。そして、新たな学びが増えるたび、そのワークをとことん繰り返す。最後には、小さなチームをつくり、グループワークで意見交換をしながらさらに理解を深めていきます。
大川:講座の中には、自分のイノベーションを潰されたことはないか、逆に自分が潰してしまったことはないか、振り返るワークもあります。DXというとスキルの習得に目を向けられがちですが、日本郵政グループでは個人のマインドセットや組織のカルチャーの部分に踏み込んでいます。「マインドやカルチャーなど組織の根幹部分にもメスを入れなければならない」という覚悟が飯田さんからも伝わってきましたね。DXは施策を実行するだけではなくて、施策を受容できる体制をつくり、社内に浸透させることが大切だという共通認識がお互いに生まれていたと思います。
対等な「パートナー」として肩を組み、いちから構築していった独自の研修プログラム
――今回は、スタートアップ企業のAVILENと協働して研修プログラムをつくりました。そこにはどのような意図があったのでしょうか?
飯田:大企業相手にリテラシー向上研修を手掛ける老舗企業もありますし、そういう企業と組む手はあったとは思います。でも、それでは大きな変化は生まれないと思ったのです。歴史も、伝統もある超巨大企業の日本郵政グループだからこそ、AVILENさんのようなZ世代が牽引するスタートアップ企業と手を組んだ方がおもしろい化学反応が起こると思います。
私たち日本郵政グループの中にいる人間では気づけないところを気づかせてくれたり、新しい視点をもたらせてくれたり。若くて優秀な方たちと協働することで新たな価値が生み出せるはずだと思っていました。
大川:様々な企業のDXをサポートとするなかで見えて来たことですが、DXが上手くいく企業と上手くいかない企業の違いって、社外の取引先を、同じ目標を目指す「パートナー」と見るか、単なる「業者」と見るかの違いにも現れると思っています。その点、飯田さんは私たちを対等な「パートナー」として見てくれました。私たちにとっても対等な立場で議論させてもらえる方が、価値が発揮しやすいのです。もともと私たちは、どんなクライアントであれ、良くも悪くも媚びへつらったり、忖度することはしないスタンス。相手が超巨大企業の日本郵政グループさんであっても、それは同じでした。もしかしたら、その部分も気に入っていただいたのかもしれません。
橫堀:たしかに対等な立場というのは、大きかったですね。日本郵政グループさん側も「全部よろしくお願いします」という丸投げではないし、AVILEN側も「全部まるっと任せてくれればいいですよ」というスタンスでもない。お互いがお互いのプロフェッショナルな部分を認め合いながら進めていった気がします。たとえば、この研修プログラムでどんな状態を目指すのか、といったゴール設定は日本郵政グループさんの役目、そのゴールを目指すのにどのようなプログラムが最適なのかを考えるのがAVILENの役目、といったかたちです。
飯田:一般的に、大企業ってありものの研修パッケージをそのまま提供してもらうケースも少なくないと思うんです。でも、今回明確にこだわったのが、いちから「日本郵政グループの人間に合うDX研修」を構築したこと。自らAIの受託開発をしながら、デジタル人材育成にも取り組んでいるAVILENさんと、社内の事情について熟知している日本郵政グループの社員が肩を組めたことで、たったひとつのDX研修プログラムはかたちになったと思います。ただ、まだまだこのプログラムは「完成」ではありません。トライアンドエラーで調整しながら、ベストなかたちをアジャイル的にチューニングしていければと考えています。
大川:さらに今後は、私たちとしては、人材交流を活発にできたらおもしろいなと思っています。たとえば、現在はAVILENのメンバーが日本郵政グループに出向するというかたちをとっています。でも、その逆のパターンがあってもいい。つまり、日本郵政グループの社員の方がAVILENに出向するパターンです。AIとかデータサイエンスを専門にしている私たちのもとで日本郵政グループの社員の方たちに武者修行のよう業務に取り組んでいただく。そうすれば、現場での実践知を身につけていただくことができますし、私たち自身も大企業ならではの視座を目の当たりにすれば、成長につながるかもしれません。きっと良いシナジーが生まれると思いますね。
独立したDX組織と経営陣の覚悟とコミットメントこそが、取り組みの成否を分ける
――日本郵政グループのDX人材育成について、今後の展望を教えてください。
飯田:定量的な目標でいうと、2022年度中に本社の社員6000名が研修プログラム受講を完了している状態を目指しています。
橫堀:2022年8月時点から2023年3月までの約8ヶ月で6000名の受講完了は、日本郵政グループの規模感を考えると、とてつもないスピード感。それだけの覚悟があるのだと思うので、私たちも応えていかなくてはと思っています。
飯田:そのスピード感にも勝算はあります。日本郵政グループは約40万人の従業員がいて、約2万4000局のオペレーションを毎日回しています。それを可能にしているのが、確立された指示系統と、それに確実に応える現場の遂行力。だからこそ、トップがひとつの意思決定をしたら、全社でまとまって実行する力はとても強い。その組織としても強みを活かせば、スピード感を持ってDXリテラシーを向上させることは可能だと思いますね。
――最後に、読者の方へコメントをお願いいたします!
大川:ひとつ、他社でも参考にできると思うのが、DXプロジェクトなどを進めるときは、本体組織と切り離して実行すること。特に大きな企業の場合は、社内の仕組みがシステマチックになり過ぎてしまっていることも多いので、どうしてもスピード感に欠けてしまいがち。そこで、今回のJPデジタルさんの取り組みのように、あえてDX推進組織を独立させてしまう。外部ともコラボレーションしやすい身軽な組織にして、カジュアルな雰囲気でイノベーションが生まれやすい土壌をつくれば、本体企業にも良い影響を与えていけるのではないかと思います。
飯田:前回の記事でもお話しましたが、やはり重要なのは経営陣のコミットメント。これは大きな企業だろうが、小さな企業だろうが関係ありません。とにかく経営陣が「これをやるんだ」と決めてコミットすることです。今回の研修プログラムでは、「前例踏襲」「失敗はしないように」といったこれまでの日本郵政グループのカルチャーを自己否定するような内容もありました。わざわざ自ら培ってきたことを否定するのは、相当な覚悟が必要です。そんなことが実現できたのも、各事業会社の経営幹部や日本郵政経営陣の覚悟とコミットがあったからだと思っています。
「DXによって企業をもっと前に進めるんだ」という意志こそが、取り組みの成否を分ける。私たちは、そう考えています。
ここがポイント
・日本郵政グループは「日本郵政グループ社員1万人のDXリテラシーを向上していく」という目標を掲げている
・リテラシーの底上げをする理由は、「DXについて“理解できないから”やらない」という判断が生まれることを避けるため
・若手からシニア層まであらゆるメンバーがDXについて理解して、その価値を判断できる状況をつくることが必要
・研修プログラムは、「知る」、「わかる」、「できる」のストラクチャーで構成され、個人のマインドセットや組織のカルチャーの部分まで踏み込んでいる
・DXが上手くいく企業と上手くいかない企業の違いは、社外の取引先を、同じ目標を目指す「パートナー」と見るか、単なる「業者」と見るかの違いに現れる
・DXの成功には、経営陣が「これをやるんだ」と決めてコミットすることが必須
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:小林拓水
撮影:阿部拓郎