人口減少フェーズにおいて多くの業界で市場が縮小していく。しかもそうした業界からは優秀な人材が流出してしまいがちだ。すると需要減少・供給力不足の二重苦の中で、多くの企業が苦戦を強いられることとなる。
タクシー業界も、まさにそうした二重苦に喘いでいる業界の1つだ。バブル崩壊以降は法人需要が減少しており、近年では人口減少や地方都市の衰退もあって市場は縮小しているようだ。加えて、タクシー運転手の高齢化・人材不足も問題となっている。
タクシー業界の再興に取り組んでいるのが、徳島のタクシー会社の跡取りとして運転手も経験した近藤氏が創業した電脳交通だ。同社は「タクシーのDXを推進し、地域交通を支え続ける」をミッションに、クラウド型タクシー配車システムなどを開発・提供。ベンチャー企業としての突破力を活かしつつ、業界の盛り上げに貢献してきた。
近藤氏は、タクシー業界の売上が低調な原因を「ニーズの取りこぼし」であると指摘する。タクシー会社での経験で得た気付きをもとに、優れたサービスを開発してきた。今回、同氏にインタビューを行い、縮小する市場での戦い方についてお話を伺った。
近藤 洋祐
株式会社電脳交通 代表取締役
徳島県出身。メジャーリーガーを目指し18歳で単身アメリカへ。4年間挑戦するも、1軍定着はできず帰国。その後、家業を継ぎ2012年に吉野川タクシー(有)の代表取締役CEOに就任。廃業寸前だった会社をITやマーケティングを取り入れることで再建した経験を踏まえて、株式会社電脳交通を創業。徳島県タクシー協会理事。
INDEX
・しぼみつづける市場——真の課題とは何か
・タクシーに乗りたいお客様を、誰一人として取り残さない
・タクシー業界に固執せず、公共交通全体の効率化を目指して
・この場所から動けないという弱さを強みに変える
・ここがポイント
しぼみつづける市場——真の課題とは何か
——まずは、タクシー業界の現状についてお伺いできますか?
近藤:ご存知の通り、タクシー業界の市場規模は減少し続けています。自家用車の保有台数が伸びていることや地方都市が衰退していること、タクシーチケットの配布が抑制されて法人利用が減少したことなどにより、この傾向は平成に入ってからずっと続いています。
その一方で、供給力の低さも課題として挙げられます。特に2010年代の後半に入り、インバウンドの影響から一部地域の市場は成長。最近では移動需要の増加やオーバーツーリズムなどでタクシー需要が急激に伸びています。だからといって採用活動に力を入れようにも、若い方々にタクシー業界の魅力が伝わらず高齢化がじわじわと進んでいることも課題の1つです。
——市場規模の縮小だけではなく、供給力不足も課題だということなのですね。
近藤:おっしゃる通りです。
ただ、私自身がタクシー運転手として実際に乗務する中で、真の課題は別のところにあると気づきました。真の課題とは、タクシー業界の「怠慢」でお客様の受注を受けきれていなかったことです。せっかくお客様から配車のご依頼をいただいても、行けなかったら断ることが当たり前だった体制を何とかしなければならないと考えました。
——なるほど、受注の取りこぼし、需給のアンマッチこそが真の課題だと考えたのですね。そこに思い至ったきっかけは何だったのでしょうか?
近藤:私は、徳島の家業のタクシー会社を継ぐ形で2010年にこの業界に入りました。入社して驚いたのが、業務のアナログさです。お客様から配車のご要望をいただいたら営業員が乗務員に伝達するのですが、それを黒電話や無線で行っていたんです。お客様の情報は残らないしミスも多発していて、極めて脆弱だという印象を受けました。お客様をいつ、どこまで乗せたかという営業日報の作成も紙ベースで行っていたほか、売上などはソロバンで計算していたので、「入口から出口まで効率の悪い会社だなあ」という印象を受けました。
そこで、問いと仮説を立てて検証していくプロセスを繰り返したのです。たとえば給与計算をエクセル化してみたり、乗務員の位置情報を確認するためにGPS端末を導入してみたり。業務フローをデジタル化してシームレスに接続すれば、それだけで効率化が図れるという期待も持てました。逆にアナログな業務フローでお客様のニーズを取りこぼして、大変なご迷惑をお掛けしてしまっていたことも痛感しました。
運転手を増やしたり市場を広げたりする前に、まず取り組むべきなのは市場を「肥やす」ことです。そのように考えて電脳交通の起業に至りました。
タクシーに乗りたいお客様を、誰一人として取り残さない
——市場を拡大させるのではなく「肥やす」ことについて、詳しくお聞かせいただけますか?
近藤:一言でいえば、タクシーに乗りたいのに捕まえられないお客様を減らすことで顧客体験を改善することです。そのためには、タクシー業界ならではのバランスシート(BS)の分厚さ(有形固定資産の多さ)を利用して、マッチョな体制を作り上げるべきだと考えています。BSが分厚くなっていくと、どうしてもレガシーとして重荷になりがちです。そうではなく、BSの分厚さを強みとして活かして非効率と戦っていくことが重要だという考えに至りました。
具体的には、業界の中の人間だからこそ見える強みや課題を活かして、タクシー業界が抱える高コスト体質の改善に取り組みました。失注を減らしてお客様のニーズを掬い上げられるように、マーケットインでシステム開発を進めてきました。
——新しくタクシーに乗りたいお客様を求めて市場を開拓するのではなく、今の市場で取りこぼしている、タクシーに乗りたいのに乗れなかったお客様のために尽くしたのですね?
近藤:その通りです。タクシーは公共交通機関の一翼を担う存在として、役目を果たす義務があると考えているのです。
徳島をはじめとした地方都市には、タクシーがなければ生きていけないお客様がたくさんいらっしゃいます。たとえば透析患者の方は、タクシーをどうしても使わないといけないといったこともある。ライフラインとして、どのような状況であっても供給を絶やさない仕組みづくりを進めなければなりません。システム開発をはじめたきっかけは、もちろん家業を支えるという足元の課題もあったのですが、そのような徳島の現状を何とかしたいという思いもありました。
さらに徳島という県は、運転手不足や市場の縮小などの「課題先進県」です。つまり、日本の人口動態をふまえると、いずれは日本全国で徳島県と同じ現象が起こるという仮説は容易に立てられました。徳島で必要なソリューションを作れば全国的に使われるはずだと考えて事業を展開できたわけです。課題先進県で事業を行っていたからこそ、日本の課題にいち早く気づけたのかもしれません。
タクシー業界に固執せず、公共交通全体の効率化を目指して
——タクシー業界の市場を「肥やす」ことに尽力されてきた一方で、鉄道・バスといった他の公共交通機関が従来果たしてきた領域への進出も行っていると聞いています。
近藤:先ほど公共交通機関としての責任についてお話をしましたが、タクシー業界だけで閉じるのではなく、鉄道やバスを含めて陸路全体の効率化を図らなければならないとも思っています。
一部の地方都市では、鉄道や路線バスが廃線を余儀なくされています。ここにアプローチすることは地方創生にとって大きな意味を持つと考えました。
対処法として、陸路市場の垣根を無くすべきだと私たちは考えています。今までは、鉄道・バス・タクシーという3つの選択肢しかありませんでした。鉄道やバスは大量輸送ができる分、運賃は安い。タクシーはドアツードアで移動できるものの料金が高くて気軽には利用できない。その中間としての「デマンド交通」が求められていると考えています。
——デマンド交通について詳しく教えてください。
近藤:簡単にいえば、相乗りですね。通常のタクシーよりも遠回りすることにはなるけれども、複数人が乗れてコストは抑えられる。鉄道・バスとタクシーの中間のような位置付けです。社会的意義と経済性の両立には、非常に有力な選択肢だと考えています。
これをタクシー業界から見れば、TAM*を広げているという言い方もできます。国内10兆円市場である陸路公共交通の境界が曖昧となって、鉄道・バスの市場から染み出すエリアにもタクシー業界は進出しつつあるわけです。
*Total Addressable Market。ある事業が獲得しうる市場のこと。
——確かに、タクシー業界のプレイヤーにとってはチャンスですし、地方創生の観点からも重要な施策ですよね。ただ、鉄道やバスの市場に近づくということは、そうした領域のプレイヤーとも戦わなければならないことも意味するかと思います。そこで戦えている理由は何だったのでしょうか?
近藤:タクシーならではのドアツードア運送の経験が効いていると思います。ドアツードアで運ぶためには、10人のお客様に対して10通りの計画を立てないといけません。こちら側が立てた運行計画通りにオペレーションが回っていく業界ではないわけです。
デマンド交通の鍵は、仮想停留所です。ユーザーがいらっしゃる場所を仮想の停留所と捉え、順番にお迎えに上がります。私たちのようなベンチャー企業が提供するシステムを使いながら、自治体とタクシー業界が連携してデマンド交通を走らせるのが今のトレンドです。JR東日本スタートアップ様やJR西日本イノベーションズ様、四国旅客鉄道様といった企業様に株主として参画していただきつつ、そうした鉄道・バスの領域にもアクセスしています。
この場所から動けないという弱さを強みに変える
——他の人が気づいていなかった課題を見つけて、しかもそれをやり抜くのは並大抵のことではありません。近藤さんの突破力は何から生まれてきたのでしょうか?
近藤:仮説検証を繰り返す胆力や徹底力は前提だと思います。その上で、私がタクシー業界で勝ち抜けた理由を1つ挙げるとすると、「絶対に自分がやらなければならない理由がある」ということではないでしょうか。
徳島で事業を行う上で、自分が諦めてしまうと家業が潰れて家族全員が破産してしまうかもしれないという切迫感がありました。これは単なる感情論ではなくて、たとえば投資を受ける際にも、「この人は土地から離れられない、この業界から逃げられない」と安心してもらえる効果もあると思うんです。
——逃げられないという弱みを持っていることが、逆に成功のきっかけになるということなんですね?
近藤:そのような側面もあると思います。というのも、私が経営者として一番意識しているのは、業界の外からの経営資源の調達です。たとえば他業種の大企業に投資してもらったり、新しい業界でチャレンジしたいという有能な人材に振り向いてもらったり。特に人材に関していえば、タクシー業界では資金調達をテクニカルに進めていける人材や、若い方々を積極的に採用してきた実績のある広報・人事パーソンは皆無です。業界の平均年齢も60歳くらいですし、テクノロジー領域に触れる人もほとんどいません。業界を本当の意味で持続させていく、TAMを広げていくためには、業界の外からの風を取り込まなければならないんです。
私たち電脳交通は、他業種の大企業や有能な人材に参画してもらえるようドアオープナーになりたいと考えています。そのためには、まずは魅力的な市場だと気づいてもらわなければならない。だからこそ私たちは情報発信を積極的に行っています。
結果として、大企業の皆さんに株主になっていただいてエクイティ調達を達成したり、有能な人材にたくさん入ってきていただくことができました。弊社の従業員は200名弱いるのですが、もともとタクシー業界で働いていたのは私を含めても3名程度です。外部から大企業や若手人材に入ってきてもらうことで業界が活性化しているのは良い傾向です。
今、この業界はとても面白い状態だと思います。かつて経済大国として資産を積み上げてきた中で、BSの分厚さがまだまだ残っています。これをどのように料理するのか、後世にどれだけ価値を残していけるのか。業界の再活性化に向けてチャレンジする余地が色々あると感じています。
ここがポイント
・タクシー業界の真の課題はお客様の受注を受けきれていなかったこと
・重要なのは、顧客体験を改善することで市場を「肥やす」こと
・課題先進県で事業を行っていたからこそ、日本の課題にいち早く気づけた
・地方では鉄道・バスとタクシーの中間のような位置付けのデマンド交通が求められる
・デマンド交通の提供にはタクシーならではのドアツードア運送の経験が効いている
・「絶対に自分がやらなければならない理由がある」のも勝ち抜ける理由
企画:阿座上洋平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:宮崎ゆう
撮影:阿部拓朗