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スタートアップとイノベーションを専門とする新進気鋭の経済学者・加藤雅俊教授に聞く、日本でスタートアップが育たない理由

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近年、スタートアップへの注目度が高まっている。岸田政権は、2022年を「スタートアップ創出元年」とし、「スタートアップ育成5か年計画」も発表。2027年度までにスタートアップへの投資額を10倍(10兆円規模)に増やすなど、大きな目標を掲げている。

そもそもスタートアップとは、成長スピードが早いことに加え、ビジネスモデルに何らかの革新性があることが特徴。そのため、スタートアップには経済成長の原動力であるイノベーションを生み出すことが期待されているのだ。また、世界の企業価値(株式時価総額)の上位企業の多くはスタートアップであり、スタートアップが世界の経済成長に寄与していると言っても過言ではない。

では、実際にスタートアップは経済において、どのような点で重要なのか。また、スタートアップが増えることによって、日本経済はどう変わっていくのか。アントプレナーシップ(起業家活動)とイノベーションについて研究している、関西学院大学 経済学部の教授・加藤雅俊氏にお話を聞いた。


加藤雅俊
関西学院大学 経済学部教授
一橋大学大学院商学研究科博士後期課程終了、博士(商学)。一橋大学経済研究所講師などを経て、現在、関西学院大学経済学部教授、同アントレプレナーシップ研究センター長。専門分野は、アントレプレナーシップの経済学、イノベーションの経済学。著書に『スタートアップの経済学』(有斐閣)、『スタートアップとは何か』(岩波新書)がある。

ポイント

・日本は他先進国と比べるとそのオープンイノベーションを経済的な価値に結び付けられている企業は少なく、その要因の一つは、連携を活用するノウハウや能力を経営者や従業員が持っていないこと。
・スタートアップの成長には大企業の存在が必要不可欠で、大企業側が「自前主義」から脱却し優秀な外部人材をもっと活用できるようになることが重要。
・大企業とスタートアップのパートナーシップが進まないと、大企業は新しい分野の知識などにアクセスできなくなり、スタートアップは高度な技術を成長に結びつけられない。
・今後日本でイノベーションを起こしていくには、市場内の競争によってイノベーションへのインセンティブが生まれていくことや、人材や技術などさまざまな資源が流動化していくことが重要。
・起業家やスタートアップに対する社会の理解度を高められれば、起業家文化が根付いていく。起業の裾野拡大に向けて長期的な観点で辛抱的に取り組んでいく必要がある。

INDEX

スタートアップと大企業のパートナーシップが重要
終身雇用が慣例の日本では、学び直しをする機会がない
スタートアップが増えると、市場の新陳代謝が加速する
起業家・スタートアップを理解し、応援する社会に

スタートアップと大企業のパートナーシップが重要

——近年、スタートアップへの注目度が増しています。まず、スタートアップが重要と言われている大きな理由を教えてください。

加藤:スタートアップの登場は、競争促進、イノベーションや雇用創出といった経済活性化において重要な役割を果たします。しかし、スタートアップは自身が成長することを通して経済に貢献するだけではありません。既存の大企業を含めた他のプレイヤーに影響を与えたり、互いに補完的な関係を構築することを通して、経済に貢献することもあります

スタートアップと既存の大企業との間では、オープンイノベーションが期待されています。スタートアップが成功するためには、大企業との間で互いの長所を生かした「イノベーションにおける分業」を行うことが不可欠です。ですが、日本はオープンイノベーションに取り組んでいる企業はあっても、そこから経済的な価値に結びつけられている企業は少ない。これまでの研究からも明らかにされていますが、国際的にみてアメリカや欧州の各国などと比べてうまくいっていないんです。

——なぜ、うまくいかないのでしょうか?

加藤:日本の場合は、経営者や従業員が、パートナーシップの活用のために必要な能力を持っていないことが一つの要因だと思います。要は、パートナーシップを結んだはいいけど、その後どうしたらいいかわからない。双方に言えることですが、特に大企業側に、イノベーション活動に必要な高度な知識やスキル、さまざまな業界経験を持った人材がいないため、パートナーシップを結んだとしても、外部の知識を理解して社内で上手く活用することが難しいのだと思います。

——なぜそのような問題が起こってくるのですか?

加藤:経営者層にも、高度な専門知識を持つ人材の重要性を認識している人が少ないことが考えられます。

実際、企業の研究者に占める博士号取得者の割合は、日本企業ではたったの4%程度しかいませんが、米国では10%、他の国ではもっと高い比率の国もあります。また、日米における時価総額上位100社のトップの最終学歴を比較すると、アメリカは修士号取得者が55%、博士号取得者も10%程度います。しかし、日本は80%以上が学部卒で、修士や博士の学位を持っている人は全体の1割程度に過ぎません。

こうした学歴は一つの指標でしかありませんが、高い学位を持っている人ほど高度な知識を持っていて、専門家人材に対する重要性を認識していると考えられます。特に、高度な知識やスキルを必要とする分野においては、高度専門人材の活用は大変重要だと思います。

——なるほど。

加藤:実際に、日本企業の競争力が低下してきた原因の一つとして、NIH症候群(Not invented here syndrome)が挙げられます。NIH症候群とは、組織の外で生み出された知識やアイデアには馴染みがないので、それらを利用することに対して組織内の従業員たちが消極的な態度を持つことをいいます。要は、自前主義ということです。「自分たちでやるんだ!」という意識が強すぎて、他の人と組んでやるとか、誰かに力を借りることに対する抵抗が強いんです。

その結果、クローズドな環境でやっていくので、新しい知識や情報が入ってこなくなり、世の中の変化にキャッチアップできない。オープンイノベーションから遠ざかっていくわけです。

——ということは、大企業側が優秀な外部人材をもっと活用できるといいわけですね。

加藤:その通りで、スタートアップが成長するためには、大企業の存在が必要不可欠です。いかにスタートアップがいいアイデアを持っていたとしても、それを商品化して市場で売って、経済的な価値として収益化までもっていくのは、なかなか難しい。ブランド力も生産力もないですし、流通チャネルも持っていません。なので、大企業とのコラボレーションやパートナーシップがどうしても必要です。

たとえばトヨタ自動車はPreferred Networksと組んで、モビリティ分野でもAI技術の共同研究・開発を進めています。トヨタは自前では開発が難しい最先端のAI技術を取り入れることができ、Preferred Networksは自分たちの技術を使ってもらうことで、サービス化・製品化が可能になる。このケースでは、スタートアップと大企業は補完的な関係にあり、イノベーションにおける分業がうまく成り立っています。このように、お互いにウィンウィンの関係を築くことが重要です。

こういったパートナーシップが進んでいかないと、大企業は新しい分野の知識やアイデアにアクセスできなくなり、スタートアップは高度で最先端の技術があっても、それを成長に結びつけられないでしょう。

オープンイノベーションを効果的に進めるためには、組織内部に技術の重要性を含めて最先端の専門的な知識を持つ人材がいることが重要です。このような組織内部の能力は、「吸収能力」と表現されます。

——「吸収能力」という言葉が出てきましたが、そもそも吸収能力とはどういうものなのでしょう。

加藤:吸収能力というのは、外部知識を取り込む上で必要な組織内の知識やスキルのことをさします。外部知識を取り込んで活用するためには、内部にそれを理解する人材が必要です。私たちも、畑違いのセミナーを知識ゼロの状態で聞いても、たぶんチンプンカンプンですよね。それと一緒で、企業が外部組織と連携して、何らかの新しい知識を吸収しようとしても、その重要性を理解できる人材がいないことには上手くいかないということです。

実際、オープンイノベーションの取り組みにおいても、企業の吸収能力が非常に重要であることが研究でも明らかになっています。吸収能力は、その測り方や捉え方はさまざまだと思います。企業が内部で研究開発を繰り返すことで、当該分野でのさまざまな知識が蓄積されていきます。こういった蓄積された知識やノウハウがあれば、外部で生み出された知識にも敏感になり、活用できる可能性が拡がるでしょう。

大企業側の視点で考えると、新しいアイデアを求めてスタートアップにCVC投資をしたり、共同研究開発をしようとしても、組織内部に知識やスキルがないような体制でいくら行っても上手くいくはずがありません。経営者も従業員も、外部に頼るよりはまずは自分たちの能力をアップデートすることが必要でしょう。

——技術の重要性を理解できる人材、翻訳者やゲートキーパーとも言えそうですが、こうした人に求められる能力は何でしょうか。知識はもちろん、企業の中で活躍するためには、社内決裁を通す力や政治力なども必要に思いましたが……。

加藤:従業員の中に翻訳者やゲートキーパーのような役割を果たす人材がいることも重要ですが、経営陣がそのような人材の重要性を理解したり、アップデートされた知識を持っているかどうかも重要になるでしょう。従業員が、外部知識の重要性を訴えたところで、経営陣がそれを理解していないと、実際の戦略に生かされず上手く活用できなくなると思います。

終身雇用が慣例の日本では、学び直しをする機会がない

——先ほど、アメリカは経営者の多くが修士以上の学位を持っていて、日本はほとんど学士だというお話をされていましたが、なぜこのような違いが生まれているのでしょうか?

加藤:アメリカだけでなく、先進国の多くは修士や博士を持っている人の数が多いので、そもそもの母数が違うからかもしれません。

特に、日本は海外と比べると、社会に一度出てから再度大学院で学ぶ人の比率が非常に低い。日本は高等教育を受けている人の比率は国際的にみて高いんですが、大学院あるいはそれ以上になると極端に下がります。また、25歳以上で学位を取る人の比率が、先進国の中で極端に低いんです。

——それはなぜでしょうか?

加藤:その理由の一つとして、日本では終身雇用や年功序列といった雇用システムを背景に、オン・ザ・ジョブ・トレーニングのような企業内教育を行って来ました。企業内教育をするのも、終身雇用を前提としているから。これはその企業でないと通用しない知識やスキルを学ぶためのもので、企業としては従業員に外で学び直しをさせる機会を与えるインセンティブはあまりないでしょう。従業員の観点からすれば、社外でも通用する知識やスキルを身につけるには、企業内教育ではなく、社外でリカレント教育などを通してより汎用的な学習する必要があるでしょう。対してアメリカなどは、転職するために大学院に入学してMBAを取得することも多いです。

——なるほど。では、大学側がもっと門戸を広げれば学び直しをする人も増えるのでしょうか?

加藤:大学側はつねに門戸を広げています。我々大学側は多くの人に大学・大学院に来てほしいですし、現在の学部生にも大学院に進学してほしいと思っていますが、彼らにとっては大学院に行くインセンティブがないんです。なぜかというと、大学院を出ても労働市場で評価してもらえないから。企業によっては、大学院卒は初任給が高い場合もありますが、企業側はよほど優秀な人でないと取りません。我々としては、企業側にもう少し、専門的な知識やスキルを持つ大学院卒の人材の重要性を理解して評価してほしいですね。

——結局、日本のオープンイノベーションを進めるためには、経営者層が高度な知識を持つか、そういった専門知識を持った人材が重要だと気付くしかないということですね。

加藤:それだけではないかもしれませんが、重要なことの一つだと思います。それに加えて、特に最近は技術変化のスピードが早いので、「今、AIがきてる!」というように、変化に敏感に反応できることも重要です。学歴に関係なく、過去の成功体験から抜け出して常に情報をアップデートして学習する癖を身につけられるといいと思います。

スタートアップが増えると、市場の新陳代謝が加速する

——では、今後日本でイノベーションが起こるにはどうしたら良いでしょうか?スタートアップの役割を含めて教えてください。

加藤:スタートアップを含めて、市場にとっての新規参入者が現れることによって、競争が起こります。そうすると、既存企業は競争のプレッシャーに晒され、新規参入者に負けないように努力します。その結果、スタートアップから新しいアイデアが生まれてくるのはもちろん、既存企業にもイノベーションへのインセンティブが生まれ、努力が引き出されます。これがスタートアップの重要性の最たるものです。

もう一つは、新しい企業が市場に参入することで、競争を通して淘汰される企業も出てきますよね。こうした新陳代謝は非常に重要です。日本は企業を潰しちゃいけないという意識が強いですが、新しい事業が失敗することは当たり前で、決してネガティブな意味ではありません。

たとえば、全然うまくいっていない企業がずっと市場に生き残ると、そこに人材や技術などが固定化されてしまいます。本当なら、そういった資源を成長する企業に回した方が効率が良いです。日本は、うまくいっていない企業の保護を含めて、大企業や既存の組織にばかり支援が集中してしまっているので、この新陳代謝が起こりにくい。人材や技術など、さまざまな資源が流動化していかないと、新しい企業の登場を通したイノベーションが生まれません

——極論を言えば、終身雇用の制度をなくして、新陳代謝を促進した方がいいということでしょうか?

加藤:そう簡単でもなくて、いきなり新陳代謝を促進するとさまざまな問題が出てくると思います。

労働市場は流動化しつつありますが、政府の統計を見ると、この20年間、転職率は5%くらいでほとんど変わっていません。ただ、転職希望者の数は右肩上がりです。これはつまり、転職したいという思いはあるものの、アクションを起こしていないということ。その原因は、転職するためのスキルやノウハウを持っていない、というのはよく言われています。また、国際比較したときに、日本企業の従業員のエンゲージメントスコア、要するに仕事に対するやりがいを表した数字が非常に低いことも有名です。

そのため、このような状況で急激に企業の新陳代謝を促進させようとしても、上手くいかないと思います。もう少し労働市場の整備をしてから、ソフトランディングしていくのがいいでしょうね。

——そもそも労働市場が流動化していないから、実現させようと思ったら声高にいう必要もありますよね。

加藤:機運を高めるという意味では、少し現実離れした目標を立てるのも必要かもしれません。2019年には、当時の経団連の会長が「終身雇用は難しい」という旨の発言をして話題になりましたが、民間からのこうした発言も効果があると思いますね。

起業家・スタートアップを理解し、応援する社会に

——労働市場がまだまだ活発化していないという話もありましたが、スタートアップを通して経済活性化を実現するためにはどうしたらいいと思いますか?

加藤:社会からの起業家やスタートアップに対する理解や評価を高めていくしかないと思います。

なぜかというと、起業家に限らず、個人が職業選択などの意思決定をする際には、ロールモデルを含めて社会の人たちの影響が非常に重要だからです。両親や親友といった本人にとっての重要な他者からの理解や評価が、行動するための意思に多大な影響を与えることは、心理学分野の研究から明らかになっています。たとえば、両親が「公務員になってほしい」と思っていれば、「公務員になるのがいいんだ」とその職業に対する自分の評価が影響を受けるようになるということ。

また、グローバル・アントプレナーシップ・モニターという国際的な調査をもとにした研究では、起業家の知り合いを持っている人ほど、起業家になりやすいことを示されています。ロールモデルに触れることで、起業活動の魅力や実現可能性を認識することを通して、あいまいなイメージや懸念が軽減されるようになります。

つまり、周りに起業家が増えるだけでなく、起業に対する理解を持った人を増やさないことには、起業家になりたいと思う人が増えないわけです。

大学で起業に関するプログラムを実施しているところもありますが、ターゲットになる人だけに教育をしても、なかなか起業家の裾野は拡大せず、起業家を志す人は増えていきません。大学といったニッチなところだけでなく、社会全体で機運を高めて、起業文化を根づかせていくことが重要です。一朝一夕には人々の意識は変化しませんので、政策担当者の人たちを含めわれわれ社会は、目先の利益を優先するのではなく、起業の裾野拡大に向けて長期的な観点で辛抱強く取り組む必要があると思います。

——確かに、起業した人に話を聞くと、「家族や親戚が会社を経営していて」という人が多い印象です。

加藤:まさに周りの人の影響ですよね。若い世代に「起業すべきだ」といくら言っても、周りに起業家もいないし、親も起業に対して理解していないという状況では、起業家というキャリアに対する魅力や実現可能性を感じることができず、実際のアクションまで辿り着かないと思います。家族、同僚、友人といった、身近な人の影響が大きいですね。

その意味では、若い世代に対して起業教育を実施したとしても、周りからの起業に対する評価が変わらないようでは、彼らがアクションを起こすまでに至りません。起業の裾野を拡大するためにも、その担い手だけでなく、家族を含めて社会全体の起業に対する意識や評価が変わる必要があると言えるでしょう。

——社会全体で起業家を増やしていこうとしたとき、大企業の人は何を意識するといいでしょうか?

加藤:私は大企業で働く人たちは企業やスタートアップと密接に関係していると思っています。というのも、まずは、大企業の中にいる人は潜在的なスタートアップの担い手でもあります。つまり、大企業から独立して起業するスピンアウトですね。

これまでも、大企業でさまざまな経験を積んだ人が、既存の製品やサービスの課題や新しい製品やサービスの必要性に気づいてスピンアウトして、その後に大企業を作っている事例がたくさんあります。また、業界での職務経験がほとんどない人が起業するケースと、大企業から独立してスピンアウトしたケースを比べると、後者の方が圧倒的に成功率が高いことも分かっています。回り道のように見えて、実は業界での経験を積んでから起業する方が成功への近道かもしれません。

もう一つは、スタートアップとの間でのオープンイノベーションを含めた連携に向けて、自社内の風土を変えることも重要かもしれません。たとえば、すぐに成果の出る事業だけでなく、長期的な視点をもって、失敗を許容して社内ベンチャーのような新しいチャレンジを奨励したり、人材が流出することを恐れず流動性が高まることを受け入れたりすることも重要でしょう。そうすることで風通しが良くなり、結果として優秀な人材が集まるようになるかもしれません。

起業家やスタートアップは、失敗することも当然ある。その失敗を恐れて挑戦させないのではなく、大企業においてもそのようなチャレンジを奨励して、応援するような社会になってほしいですね。

スタートアップとは何か
――経済活性化への処方箋
岩波新書


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:溝上夕貴
撮影:阿部拓朗