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2050年ネットゼロを実現するために。Planet Saversが取り組む大気から直接、二酸化炭素を回収する新技術「DAC」とは

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命の危険を感じるほどの暑さや、短期間での記録的な豪雨——。近年頻発するこうした気象現象は、地球温暖化の影響と言われている。

世界的に問題視されている地球温暖化だが、その原因となっているのが二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスだ。地球温暖化を防ぐため、世界各国は温室効果ガスの削減を掲げており、日本は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、つまり、2050年にカーボンニュートラルの実現を目指すと、2020年に菅義偉元首相が宣言。また、このカーボンニュートラルの実現に向けて、2030年度に2013年度比46%減という中期的な目標も掲げている。

カーボンニュートラルを実現するには、温室効果ガスの排出を抑えると同時に、排出せざるをえない分については吸収や除去をすることが必要となる。世界各国で、この温室効果ガスの吸収や除去のための技術開発が進んでおり、なかでも近年注目されているのが「Direct Air Capture(DAC)」という技術だ。

今回は、このDACの研究・開発に取り組むPlanet SaversのCEO 池上京氏、CSO 伊與木健太氏にインタビューを実施。同社の「DAC」の技術や、2050年カーボンニュートラルに向けた取り組みについて話を伺った。

左:池上京
日本初の大気中CO2回収(DAC)ベンチャーPlanet Savers代表。
京都大学法学部、公共政策大学院を卒業し新卒でJICAに入構し、中東の電力・エネルギー・運輸交通・上下水等のインフラ開発・政策支援に従事。ケンブリッジ大学経営学修士(MBA)を経てソフトバンク・ロボティクスでAIロボットのグローバル展開に取り組む。2021年に株式会社MIRAIingを設立し、2000名以上の学生にリーダー教育を提供。2023年から現職。

右:伊與木健太
Planet Savers Chief Science Officer、東京大学大学院工学系研究科 講師。東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻にて博士取得後、渡米しMITにてPostdoctoral Fellow(学術振興会海外特別研究員)として従事。帰国後は東京大学大学院工学系研究科にて特任助教、助教、講師。一貫して多孔質材料であるゼオライトの合成と応用の研究を遂行している。東京大学と兼業しながら2023年よりPlanet Saversにてゼオライトを用いたDACで地球を救うべく研究開発を続けている。

INDEX

ゼオライトを使った吸着剤で、「DAC」の低コスト化を目指す
環境に優しい技術で、二酸化炭素を回収する
目標は、2030年に年間100万トンの二酸化炭素の回収
日本はネットゼロに向けて、スピードアップすべき
ここがポイント

ゼオライトを使った吸着剤で、「DAC」の低コスト化を目指す

——まずは、「Direct Air Capture(DAC)」について教えてください。

池上:「Direct Air Capture」という名の通り、大気中から直接、二酸化炭素を回収することです。それに対して、工場や発電所など二酸化炭素を排出する場所で回収することを、「Carbon dioxide Capture and Storage(CCS)」や「Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage(CCUS)」と言います。

DACは、海外では20年以上前から研究が進められていて、2000年代には北米やヨーロッパではスタートアップも出てくるようになりました。最初は、少量の二酸化炭素を回収して売ったりしていたのですが、数年前から年間何千トンもの二酸化炭素を回収するプラントができるようになっていて、2024年にはアイスランドに年間3万トンの二酸化炭素を回収するプラントもできる予定です。

——貴社が取り組んでいるDAC技術の特徴は何でしょうか?

池上:DACには、空気をアルカリ水溶液に通して二酸化炭素を吸収・分離する方法や、分離膜に通して分離する方法などがありますが、当社ではゼオライト*という素材でできた吸着材を使用する方法の研究開発をしています。

伊與木:このゼオライトという材料自体は天然にも存在している他、80年ほど前からは人工的にも合成され、触媒や吸着材、イオン交換材などとして使われてきました。石油精製の触媒として利用されていたり、身近なものだと粉洗剤に硬水を軟水化させるための成分として配合されていたりします。最近になって、特定の構造のゼオライトが低濃度の二酸化炭素を吸着することが分かるなど、研究が進められています。

——DACで二酸化炭素を分離・吸着する方法はいくつかあるとのことですが、なぜゼオライトを使った吸着材の研究開発をしているのでしょうか?

池上:DACの低コスト化を実現し、社会実装を進めるためです。

冒頭でご説明したように、海外ではDACの大規模なプラントの建設が進んでいます。しかし、そういったところは力技でやっているので、コストが非常に高いんです。たとえば、石炭発電所で二酸化炭素を回収するCCSなら1トンあたり50ドルを切るような価格ですが、DACは1トンあたり500〜1000ドルほどかかります。ゼオライトを使った吸着材であれば、二酸化炭素の分離にかかるエネルギーコストや、維持管理費を下げることができます

——そもそもの話ではありますが、お二人はなぜ気候変動、なかでもDACに関する事業を行うことになったのでしょうか?

池上:この事業を始める前に、中高生を対象とした次世代のリーダー育成の事業をやっていたのですが、そこで彼らの中で気候変動やサステナビリティに対する問題意識の大きさに気付かされました。こうした課題は次の世代に先延ばしにするのではなく、今自分たちが解決すべきだと思い、気候変動の事業をやろうと考えたんです。

では、具体的にどういった事業をやろうかと、「大きなインパクトが生めて、日本の研究技術が活かせる領域」を調べました。先進的な技術研究をされている先生方に何人かお会いしたのですが、そのうちの1人が伊與木さんでした。

伊與木:私はもともと材料の研究を専門にしていました。たまたま新しく開発したゼオライトで二酸化炭素の吸着について実験をしたらいい結果が得られて、2019年頃からゼオライトを用いた二酸化炭素吸着材の開発を進めていました。

*ゼオライト・・・ミクロ多孔性の結晶性アルミノケイ酸塩

環境に優しい技術で、二酸化炭素を回収する

——ゼオライトを使って、二酸化炭素を吸着・分離する仕組みを教えてください。

伊與木:簡単に説明すると、ゼオライトを詰めた吸着管に空気を流して、二酸化炭素を吸わせます。このとき、きちんと空気が流れるように、ある程度の隙間を確保しておく必要があります。吸着した二酸化炭素は、温度を上げるか、圧力を下げることで、ゼオライトから分離できます。多くの場合は、熱をかけて温度を上げていますね。

——なるほど。でも、熱や圧力を用いるということは二酸化炭素を排出しますよね?

池上:おっしゃる通り、そこはすごく重要なポイントで、私たちは熱を使わずに圧力を下げる方向でやろうとしています。電気は使いますが、そのあたりの計算はしっかり行っています。

カナダのカーボンエンジニアリング社は、年間50万〜100万トンの二酸化炭素を回収するDAC施設の建設を計画していますが、そこの技術は水を大量に使ううえに、二酸化炭素を分離する際に900度の熱が必要なんです。二酸化炭素は吸収しても、環境負荷が大きくサステイナブルでは無いと考えます。

——ちなみに、今お話に出てきたような海外のスタートアップは、収益化できているのでしょうか?

池上:収益については分かりませんが、先ほどのカーボンエンジニアリング社はお客さんがつきはじめていて、日本ではANAが契約しています。

ほかにも、スイスのクライムワークス社は、マイクロソフトなどのIT企業に対して販売をしています。この会社の特徴は、ウェブサイトでカーボンクレジットを買えること。ただ、1トンあたり約1000ドルの価格設定で、CCSの相場と比べると20倍くらいします。また、同社は回収した二酸化炭素を、大手ドリンクメーカーが発売する炭酸飲料に使ったり、合成燃料の生産に取り組んだりと、二酸化炭素の活用にも力を入れています。

——カーボンクレジットで貯留するよりも、有効活用する方が理想的ということですか?

池上:いえ、気候変動に対しては貯留の方が適しています。二酸化炭素は地中深くに貯留するのですが、その場合は1000年以上安定して貯留できるからです。

ただ、飲料に入っている炭酸ガスや、ハウス栽培で使われている二酸化炭素は、ほとんどが化石燃料由来。なので、DACで回収したものに代替していった方がいいんです。ほかにも、EUは2035年以降にゼロエミッション車以外の新車販売を禁止することが決まっているのですが、例外として合成燃料を使う車の販売は認められています。そこでも、DAC由来の二酸化炭素を使った合成燃料が使われていくのかなと考えています。

目標は、2030年に年間100万トンの二酸化炭素の回収

——貴社のビジネスのフェーズについて教えてください。

池上:「プロトタイプ ver.0」みたいなものを作っている段階です。1日で約10キロの二酸化炭素を回収できる装置で、2024年2月に完成させる予定です。ただ、この装置のサイズは8平米くらいと、かなり大きいんです。なので、まずは作ってみて、その後に装置のサイズダウンや効率化など、改良を重ねていく予定です。

——国内では、ほかにDACのスタートアップはありますか?

池上:川崎重工や三菱重工などは、もともと潜水艦などに使われていた技術等を応用して、DACの研究・開発に取り組んでいます。また、昨年には双日が九州大学の技術を用いて膜分離のDAC技術を研究開発する子会社、Carbon Xtractを設立しています。そのほかは、セラミックスメーカーである日本ガイシがDAC向けの吸着剤の開発を行なっています。

ですが当社のように、DACの吸着材の研究・開発から装置を作るところまで取り組んでいるスタートアップは国内にはありません

——国内に競合となるスタートアップはないとのことですが、どのようなロードマップを描いていますか?

池上:2025年に1日1トンの二酸化炭素回収装置を複数台作り、それをβ版のようなかたちで輸出したいと考えています。その装置を買ってもらうのか、自分たちが使って二酸化炭素回収するのかは、今後お客さんと話しながら決めていく予定です。

そのあとは、2030年に年間10万トン、2032年に年間100万トンの二酸化炭素を回収するのを目標にしています。海外のスタートアップも、2030年に年間100万トンを掲げているところは多いので、その波には乗っていきたいですね。

——2030年が一つの節目となるわけですね。技術的にはどうでしょうか?

伊與木:PoCではきちんと動きましたが、吸着材はこれからどんどん改良していきます。ただ、ラボでの実験がうまくいったからといって、すぐにゼオライトを大量生産するのは難しいんです。そのため、先ほどのロードマップと照らし合わせて、計画的に開発を進めていかなければなりません。

池上:ゼオライト吸着材の強みは、他の手法と比べてコスト低減ができること。なので、吸着材や装置の性能を上げていくことが鍵になりますね。

——ちなみに、ゼオライトを使ったDACのスタートアップは他にないのでしょうか?

池上:ほとんどいません。なぜかというと、ゼオライトを合成する技術を持っている研究室がほとんどないことや、ゼオライトには水を吸ってしまう弱みがあり、取り扱いが難しいことが挙げられます。その点、当社にはゼオライトの研究・開発を専門にしている伊與木がいます。そこは大きな強みですね。

——クライアントは、どういった業界や会社をイメージしていますか?

池上:吸着した二酸化炭素を活用してもらうという意味では、飲料メーカーや農業法人などです。たとえば、吸着した二酸化炭素を使って環境負荷の少ない炭酸飲料を作るとか、ハウス栽培で二酸化炭素を利用するとかですね。あとは、ゼネコンなど建設関連の会社ですね。コンクリートを作る際に、二酸化炭素を吹きかける工程や、固定する技術があるので、そういったところでも活用できればと考えています。

日本はネットゼロに向けて、スピードアップすべき

——2030年には年間100万トンの二酸化炭素を回収できる装置ができ、それが各地に設置されるようになると社会はどう変わるのでしょうか?

池上:DACの装置ができることによって社会が変わるというより、世界が掲げている目標のためにはDACを進めていかなければならないといった感じでしょうか。

国際エネルギー機関が発表した、2050年ネットゼロ(カーボンニュートラル)達成のためのシナリオを見ると、年間10億トンの二酸化炭素をDACで回収することになっています。これを達成するには、遅くとも2030年にはDACでの二酸化炭素回収に取り組む必要があります

——日本政府の動きはどうですか?

池上:マクロの動きでは、GXの推進ですね。2020年に菅元首相がカーボンニュートラルの実現を掲げてから、かなり加速しています。2023年2月には「GX実現に向けた基本方針」が閣議決定されましたし、GX関連の補助金や補助枠も増えています。

ミクロの動きでは、2023年6月にネガティブエミッション技術の市場創出に向けた検討会が行われました。そこでは、DACについても制度設計を進めていく話が出ています。

ただ、グローバルで見ると、日本はもっとスピードアップするべきだと思います。CCSは2030年までに事業を開始し、二酸化炭素の年間貯留量約約1300万トンの確保を目指すとしていますが、欧米に比べるとまだまだ遅れています。国を挙げてグローバルの流れに乗れるように取り組んでほしいですね。

——最後に、池上さんのモチベーションの保ち方について教えてください。ディープテックのスタートアップは、来年・再来年のキャッシュも考えつつ、10年後20年後も見据えて事業をやっていく必要があります。そのあたりのバランスはどう意識されていますか?

池上:大きいものを作るには時間がかかるので、そこは仕方ないかなと考えています。

私は新卒でJICAに入構したのですが、そこで担当した案件が数千億円の規模感で、かかる期間も10年以上。そういった経験があるので、インパクトが大きいものを作るには時間がかかると割り切っています。でも、それを超えた先で、きっと社会は良くなると信じています。

ここがポイント

・「DAC」とは大気中から直接、二酸化炭素を回収することで、Planet Saversはゼオライトでできた吸着材を使用する方法の研究開発に取り組んでいる
・ゼオライトを使った吸着材であれば、二酸化炭素の分離にかかるエネルギーコストや、維持管理費を下げることができる
・ゼオライトを詰めた吸着管に空気を流して、二酸化炭素を吸わせ。また、吸着した二酸化炭素は、圧力を下げることでゼオライトから分離できる
・飲料に入っている炭酸ガスや、ハウス栽培で使われている二酸化炭素は、ほとんどが化石燃料由来のため、DACで回収したものに代替できるとよい
・今後は吸着材や装置の性能を上げていくことが鍵となる


企画:阿座上洋平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:溝上夕貴
撮影:阿部拓朗