元ミシュランシェフのトーマス・ボウマン氏らが創業したEclipse Foods Coは、植物からタンパク質などを抽出して、香り・味に加えて機能も含めて乳製品の代替となる食品づくりを目指している。
同社は2019年の創業以降、市場に着々と浸透。2023年には日本法人を設立し、100%植物由来のアイス「エクリプスコ」を日本市場向けに販売している。
今回は、創業者のトーマス氏に、同社の強みやマーケティング戦略についてお話を伺う。さらに、日本法人であるエクリプス・フーズ・ジャパンの御宮知香織氏にもインタビューを行い、グローバル企業の日本法人が果たすべき役割をお話いただいた。
トーマス・ボウマン
Eclipse Foods 共同創業者 兼 CTO
ミシュラン星付きレストランでのシェフ経験があり、Zagat の 30 Under 30 にも選ばれ、James Beard Rising Star Chef 賞にもノミネートされた。料理人としての経歴のみならず、代替卵を製造するEat JUSTを始めフードテック分野の様々な企業であらゆる植物由来の代替製品や技術を開発してきた。食と科学を融合し、サステナブルな食のシステムの構築を目指している。Eclipse Foodsの植物由来の乳代替品を作り出す技術の開発者であり、優れた味、クリーミーな⾷感、皆に愛されるフレーバーを備えた「エクリプスコ(eclipseco)」の生みの親。2024年8月より、Eclipse FoodsのCEOに就任。
御宮知香織
エクリプス・フーズ・ジャパン株式会社 代表取締役
JPモルガン証券、組織開発系のコンサルティングファームを経て、長野県軽井沢でFarm To Table (畑から消費者に直接無農薬野菜を宅配する)ビジネスを起業。
2019年1月から東京に戻り、シリコンバレー発のヘルスケアスタートアップであるNeurotrack 社の Managing Director として日本市場進出に携わる。2022年3月からSozo Ventures に入社。スタートアップの日本進出サポート、戦略企画、事業開発に従事。
2023年10月から現職。SOZO VENTURES株式会社ではVenture Partnerとして活動。
プライベートでは3児の母でありマルチタスクに長ける。
ポイント
・植物由来のミルクにはアーモンドや豆乳など様々なものがあるが、多くが代替元である素材由来の味が残っていて、代替先の乳製品などの香り・味を再現できていないと感じており、本当に美味しいものを世の中に送り出すべきだと考えた。
・マーケティングのコンセプトは、Eclipse Insideモデルの訴求で、様々なハードウェアにインテルのチップが入っている「Intel Inside(インテル入ってる)」のようなイメージでの普及を目指している。
・展開先に日本を選んだのは、日本で美味しいと認められることは、アジアでの展開を図る上で非常に大きな実績になるから。
・既存の食品工場でラインを変えずにつくれる、植物性のアイスを作る原材料となるエクリプス・デザート・ブレンドを用意しているため、日本を含めた既存工場で製造する体制は整っている。
・スタートアップとVCの付き合いは長期に亘ることが多く、企業価値を上げるという同じ目的を共有する中、協力体制を築いていくことが重要。
INDEX
・元ミシュランシェフが、プラントベースの代替乳製品に取り組む
・世界に轟くブランドづくりに向けて、食のトレンド発信地である日本に進出
・SDGsをきっかけとして、大企業との連携を掴む
・何を提供できるかではなく、何が求められているかから考える
・VCとのご縁が、スタートアップ成功の鍵
・日本法人が果たすべき役割とは
元ミシュランシェフが、プラントベースの代替乳製品に取り組む
——トーマスさんは、シェフ出身でありながら、食品製造での起業に至りました。異色の経歴であるように感じます。
トーマス:かつて働いていたミシュラン星付きのレストランでは、原材料の80%は自社ファーム産の野菜を使用。地球環境に悪影響を与えない、サステナブルな食材を積極的に選択していました。
エシカルな部分では働きがいを感じていたものの、娘が生まれたこともあり、働き方の面でシェフとして働き続けることは望ましくないと考えるようになりました。
そこで、代替卵を製造するEat JUSTへの転職を決めました。同社では、卵を使わずに卵のように機能する商品作りに携わりました。たとえば卵白にはアルブミンと呼ばれるタンパク質が入っているのですが、これに近い味や機能を再現できる植物を探していくわけです。また、同社で働いていた私の兄と共同でプロジェクトを立ち上げて、細胞培養によりお肉を作り出すことにも成功しました。
せっかくであれば世の中にもっと大きなインパクトを与えたいと考えて、Eclipse Foods Coの立ち上げを決断しました。シェフとしての経験や前職で得た機能性タンパクの知見、それに加えてエンジニア工学のバックグラウンドもあるため、美味しくてサステナブルな食事を世の中に提供できると考えたのです。また私自身も、乳製品を食べると体調が悪くなる乳糖不耐症を患っており、そうしたバックグラウンドも独立を後押ししました。
——貴社製品が消費者に選ばれる理由は何でしょうか?
トーマス:世の中にはアーモンドや豆乳、オーツを使った代替製品は多くあります。ただし全体としては、代替元である素材由来の味が残っていて、代替先の乳製品などの香り・味を再現できていないと感じていました。世の中には、コンセプトが先行して、味は二の次になってしまっている食品もたくさんあります。本当に美味しいものを世の中に送り出すべきだと考えました。
その点、私は元ミシュランシェフとしての自負があります。植物由来だからという理由ではなく、美味しいからこそ継続して買っていただける商品開発を心がけています。たとえば、乳製品と一言で言っても様々な製品があることはご存知の通りです。それぞれの乳製品を分子レベルまで分解して捉えた上で、代替可能な植物を探索。複数の原材料から成分を抽出して混ぜ合わせることで、再現性を高めます。コンセプトだけでなく美味しさも合わせて訴求すること、それに続く形でエシカル消費を喚起してきました。
世界に轟くブランドづくりに向けて、食のトレンド発信地である日本に進出
——続いて、マーケティングについてご教示いただけますか?
トーマス:まずは、大企業との提携に力を入れています。マーケティングのコンセプトは、Eclipse Insideモデルの訴求。様々なハードウェアにインテルのチップが入っている「Intel Inside(インテル入ってる)」のようなイメージで、当社製品を普及させます。
また、製品としてアイスを選んだ理由もブランド認知を拡大しやすいからです。アイスを買うためにスーパーに行くことはよくありますよね。ショーケースに陳列されているアイスに当社製品があれば、それだけでブランドを認知していただけます。
BtoBメーカーとの協業は、その先にあります。自社の最終製品でブランド認知を拡大した上で、最終的には当社の製品を原材料として使っていただく。Eclipse Insideモデルを視野に入れてマーケティングを行っています。
——進出先として日本市場を選んだ理由は何でしょうか?
トーマス:食に関するトレンドの発信地だと理解しているためです。日本で美味しいと認められることは、アジアでの展開を図る上で非常に大きな実績になります。あとは、私自身が日本が好きだからということもあります。
もちろん、市場規模が非常に大きなことも決め手の1つです。市場浸透に向けては、伊藤忠商事様をはじめとした企業とパートナーを組ませていただき、物流や販路拡大に関して非常に強いサポートをいただきながら日本展開を進めています。
SDGsをきっかけとして、大企業との連携を掴む
——製品の生産拠点は引き続きアメリカに置く予定なのでしょうか?
トーマス:いえ、提携先の工場での生産も進めています。現在、アメリカで製造しているのはコアになる部分が主です。アメリカでしか調達できない原材料を使っているわけではないので、日本での製造にゆくゆくは切り替えたいと考えています。
——生産拠点も徐々に市場に寄せていくということですね。
トーマス:我々としては、地産地消の観点も非常に重視しています。実際に、その国で採れる植物の中からデンプン・タンパク質を抽出するための研究も進めています。
消費者の方にお選びいただくにあたって、コストは重要な観点の1つです。その点、当社では既存の食品工場でラインを変えずに植物性のアイスを作る原材料となるエクリプス・デザート・ブレンドをご用意しておりますので、日本を含めた既存工場で製造する体制は整っています。
——日本の食品工場にとって、貴社製品を扱うメリットは何でしょうか?
トーマス:エシカルな要因が大きいかと思います。CO2削減・カーボンオフセットを掲げる企業様も多くある中で、植物ベースの商品をお選びいただける機会は多くあると考えます。
もちろん、他社にはない独自性も強みです。植物ベースのクリーミーなアイスというところで興味をお持ちいただけていることも多いですね。
——ありがとうございます。最後に、今後の展開について教えてください。
トーマス:直近で取り組んでいるのは、廃棄されるはずだった植物のアップサイクルです。たとえば、菜種油を圧搾した後のナタネは、飼料に使われることもあるのですが廃棄処分されてしまうこともあります。搾りかすからもタンパク質を抽出できるので、実用化に向けた準備を進めています。こうした取り組みを通して、きちんとした地球環境と安定した食糧システムを次の世代にも遺します。
何を提供できるかではなく、何が求められているかから考える
——貴社製品の魅力について、改めてお伺いできますか?
御宮知:トーマスも申し上げた通り、代替乳を作っている他社の多くは、原材料や技術ありきで商品開発を行われているものと思います。代替製品の売れ行きが伸び切らない背景には、香りや味・機能の再現性が低いことも挙げられます。これに対してトーマスは、消費者が求める乳製品をゴールに据えた上で、使用する植物をそこからブレークダウンして選択していくことにしました。
食品工場様にとっては、既存製品と同じ要領で扱えるので、負荷は変わりません。また、当社製品であるアイス「エクリプスコ」は、CO2排出量を65%削減可能です。環境負荷を低減することで、地球にやさしいアイスをお作りいただけることになります。
——原材料となる植物の選び方にポイントはあるのでしょうか?
御宮知:香り・味・機能が再現できることは前提としつつ、供給量や価格が安定していることも重視しています。これは、製造原価が膨らんでしまうと価格に転嫁せざるをえず、消費者の方にお選びいただけなくなってしまうためです。キャッサバ、トウモロコシ、ジャガイモのような、原産国が限定されないものを優先的に採用しています。
こうしたタンパク質の選択・抽出には技術が必要です。当社の場合はノウハウの蓄積がありますが、たとえば牛乳のような物性を再現するには相応の技術が求められます。また、国際特許も出願中で、核となる技術については知的財産面での保護も行っています。
——香りや味だけでなく、栄養成分まで牛乳に寄せるのはなぜですか?
御宮知:消費者の方が日常的に口にするものだからです。子育てをされている方にとっては、食べ物の栄養素は気になるものです。今までは牛乳からカルシウムを摂っていた方に向けて、それも含めて再現する重要性は高いものと思っています。
VCとのご縁が、スタートアップ成功の鍵
——日本進出の狙いについては伺いましたが、もう少し詳しい経緯についてもお伺いできますか?
御宮知:当社はシリコンバレーの登竜門と呼ばれるY Combinatorから始まり、拠点はアメリカにありました。ただ、シリーズBラウンドで出会ったVCが、米国に本社を置きながらも大半のLPが日本企業だったことから、日本とのご縁につながりました。そのVCとの関係をきっかけとして日本企業の方が続々と当社をご訪問してくださって、BtoB領域であれば日本市場にも機会はあるのではないかとアドバイスいただきました。
日本進出に当たって特にお世話になったのが伊藤忠商事様です。VCの方のご紹介で伊藤忠商事様とお話しさせていただく機会があり、そこからファミリーマートでの販売に繋がりました。
——VCの方とのご縁があったからこそ、日本進出を果たされたのですね?
御宮知:はい、その通りです。
だからこそ、長期的にお付き合いいただけるVCの方と積極的にお付き合いさせていただきたいと考えています。10年くらいのスパンで寄り添っていただきながら、パートナーとして会社を一緒に盛り上げていける方とのお付き合いを大切にしています。
スタートアップとしては、どのVCと組むかは非常に重要です。たとえばパートナーとなる方にきちんと繋いでいただける方であれば、販路拡大のきっかけになります。ネクストフェーズの資金調達もスムーズにいくことが多いと感じています。
——VCとの付き合いの中で心掛けていることはありますか?
御宮知:スタートアップとVCの付き合いは長期に亘ることが多く、企業価値を上げるという同じ目的を共有する中、協力体制を築いていくことが重要かと思います。そのためには、頻度の高いコミュニケーションをとり、透明性を高め、必要な際には支援してもらえる関係性でいることが大切だと思います。
日本法人が果たすべき役割とは
——日本法人の役割としては、VCなどパートナーとの関係深化があるのですね?
御宮知:はい、おっしゃる通りです。
また、食品の嗜好については、アメリカと日本との差は大きいです。元ミシュランシェフのトーマス自身もその点は痛感しているようですね。サイコグラフィックの差異については、日本のことを理解した日本人がいることは大きなアドバンテージになります。日本法人の役割には、味の部分でのローカライズも含まれています。
もちろん、言語や商習慣の違いを乗り越えるブリッジとしても機能します。例えば、マーケティングのメッセージも日本とアメリカでは大きく異なります。また、名刺交換の仕方や意思決定プロセスの違いなど、日本企業と欧米企業では異なる点が多くあります。アメリカの肌感覚では分からない情報を持っている点は日本法人ならではの強みですね。
——日本法人の存在がローカライズの鍵になっていることを実感しました。
御宮知:たとえばファミリーマートや期間限定ポップアップでエクリプスコを販売すると、予想通りの反応が多い一方で予想外の反応もありました。
また、日本法人の運営については三菱地所様にもご尽力いただいています。EGGという素晴らしい場所を提供していただいたりイベントやカンファレンスなどでの登壇の機会をいただいたりと、ブランド認知の上では多大なご協力をいただいています。同社をはじめとしたビジネスパートナーとのお取り組みを通して、日本法人に至っては社員がわずか3人という状況でありながら、大企業との連携を実現させていただいてきました。
当社では、今後もサステナブルな食品の提供を進めてまいります。SDGsに取り組まれている企業様やサステナブルなポリシーを掲げていらっしゃる企業様との連携についても、今後さらに進める所存です。当社にご興味をお持ちいただいた方は、ぜひコンタクトいただけますと幸いです。
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:宮崎ゆう
撮影:河合信幸