ゲノム編集技術により、成長が早く「22世紀ふぐ」や肉厚な「22世紀鯛」など、新品種の魚を開発しているリージョナルフィッシュ株式会社。衰退する日本の水産業を再興し、世界のタンパク質不足の解決を目指すスタートアップとして注目を集めている。
2021年にはNTTドコモ・奥村組・岩谷産業といった大企業と共に、エビのスマート養殖に関する合同プロジェクトもスタートさせるなど70団体以上と連携してきた。創業からわずか3年のスタートアップが、なぜそれだけの大企業を動かすことができたのだろうか。
今回は代表の梅川忠典氏に、日本の水産業界が抱える課題と、スタートアップが大企業と共創する際のポイントについて語ってもらった。
梅川忠典
リージョナルフィッシュ株式会社 CEO
日本経済の発展への貢献を志し、デロイトトーマツコンサルティングにて経営コンサルに従事後、産業革新機構にてPE投資・経営支援に従事。京大院卒。
INDEX
・「日本の経済を再興したい」行き着いた答えが魚のゲノム編集
・かつては水産大国だった日本の漁業が衰退した背景
・大企業3社との共創プロジェクト。そのきっかけは
・大企業との共創を成功させる大事なポイント
・ここがポイント
「日本の経済を再興したい」行き着いた答えが魚のゲノム編集
――まずは梅川さんが起業した経緯について聞かせてください。
私は学生時代から日本経済を発展させたいと思っていて、その時に耳にしたのが「日本は技術で勝って経営で負けている」という言葉でした。それなら経営のプロになろうと思い、経営コンサルタント、PEファンドへの道に進んだのですが、そこで思いがけない事実に直面します。
それは、日本が技術で勝っていたのは昔の話で、今は技術でも世界に後れをとってきてしまっているということ。かつては技術大国と言われた日本は、次なる技術での開発競争に何かしらの理由で負けてしまうケースが多くなっております。今や最先端技術のほとんどが海外発で、日本発の技術というのは決して多くありません。
それならサラリーマンを続けるよりも、世界最高峰の技術を使って起業し、次なる技術に投資して、技術で世界で戦える会社を創ろう。そう思ったのが起業したきっかけです。私自身は技術を持っていないので、京都大学のVCや産学官連携本部に相談した結果、紹介を頂いたのが現在CTOをしてもらっている木下先生です。
木下先生自身も衰退している日本の水産業及び地域経済を再興したいという気持ちを持っており、意気投合し共に起業することになりました。
――様々な技術がある中で、ゲノム編集を選んだのはなぜでしょうか。
「水産」のゲノム編集の研究においては、日本の研究が世界でも最先端だったからです。畜産分野や農業分野のゲノム編集の研究は世界でも盛んに行われていますが、水産分野のゲノム編集技術は世界でも研究が進んでいません。
その理由は水産物の完全養殖の難しさにあります。魚を卵から育てて卵を産ませるのは相当な技術が必要で、その技術を持っているのが完全養殖「近大マグロ」でも有名な近畿大学。世界で戦っていくには、日本が得意な技術が必要だと思ったため、水産物のゲノム編集技術に目をつけたのです。
かつては水産大国だった日本の漁業が衰退した背景
――日本の水産業が衰退しているとのことですが、どれくらい衰退したのか教えてください。
もともと日本は世界一の水産大国でした。しかし、現在の生産量はかつての3分の1にまで衰退しており、一方で世界の水産業は2倍に成長しています。その結果、日本は世界8位にまで転落しました。
水産業に限らず、今の日本の産業は停滞しており、日本経済で考えると「今日よりも絶対に悪い明日が来る」とも言えます。それを変えるには日本の経済を動かし、産業を盛り上げていくしかありません。それが私達のモチベーションの源泉になっています。
――なぜ日本の水産業はそれほどまでに衰退したのでしょうか。
衰退の背景には技術開発ができない構造があります。水産業・養殖業には漁業権が必要なのですが、基本的に漁業権は個人に付与されますので、水産業に従事しているのはほとんどが個人事業主か中小企業。その多くが年商1億円以下の家族経営という状況です。
彼らも養殖の技術は磨いていますが、それはオペレーションを効率化するための技術。その経営規模から全く新しい技術を生み出すような研究開発に投資することはほとんどありません。技術優位性がなくなると、土地代や人件費などの安い国の方が断然有利です。そうやって日本は諸外国に追い越されてきたというのが衰退の理由だと思います。
水産業だけでなく、ものづくり業界も同じですよね。工場のオペレーションを効率化するだけなら、人件費の安い海外の国に勝てるはずがありません。土地や人件費が高騰した日本が勝つには、新たな技術を開発する以外に道はないのです。
大企業3社との共創プロジェクト。そのきっかけは
――2021年から始めている「スマート養殖」のプロジェクトについて聞かせてください。
端的に言えば、エビ養殖の最適な方法を確立するためのプロジェクトで、奥村組、NTTドコモ、岩谷産業の3社と共同で取り組んでいます。今、世界で最も食べられている「バナメイエビ」という品種は、日本と海外で養殖の仕方が違います。海外では「バイオフロック養殖」という方式で育てられている一方、日本では「閉鎖循環方式養殖」が一般的です。
お互いが「自分たちの方が効率がいい」と思っているのですが、実は両者の方式を比較したデータはありません。そこで、私達が2種類の養殖方式を、同時に同じスケールで養殖して、それぞれのメリット・デメリットを抽出しながら最適な養殖方式を模索していくというプロジェクトになります。
私達と奥村組は商用の養殖システムを作っていますし、モニタリングをするためのセンサーをNTTドコモが、酸素を溶かすための装置を岩谷産業が提供してくれています。
――そこで使われるエビもゲノム編集されたものなのでしょうか?
いえ、ゲノム編集の工程で生まれた副産物であり、ゲノム編集されていないものです。ゲノム編集は卵に処理をするのですが、一度に処理できる数に限界があります。プロジェクトでは、そのゲノム編集できなかった卵を活用しています。
――名だたる大企業との共創プロジェクトですが、どのようにスタートしたのか教えてください。
実は各社ともに、もともと関係性を持っていました。奥村組とはもともと陸上養殖施設に関心を持っていましたし、NTTドコモも以前から養殖場にセンサーを提供しています。岩谷産業も酸素を溶解する装置を提供していたので、もともと一緒に何かしたいという話はしていたのです。
そこに対して、私から今回のプロジェクトを提案したところ、スムーズにプロジェクトが立ち上がることになって。そのため、ゼロからそれぞれ口説いていったわけではないんですよ。
――大企業が3社も絡むとなると、プロジェクトのスピードも鈍化しそうですが、その点はいかがでしょうか?
その点に関しては、私達が議論を進めることでスピードを落とさないようにしました。どうしても社内の意思決定のスピードは、スタートアップに分がありますので。
一方で、資金や蓄積された技術は大企業頼みです。スタートアップと大企業、お互いの強みを活かしながら進めていくのが効率的だと思いますし、大企業もそう思って参加してくれたと思います。
――お金も技術も出してもらうとなると、大企業のメリットはどこにあるのか教えてください。
大企業は技術を持っていても、それを最大限使いきれているわけではありません。例えば奥村組は、建設技術は持っていますが、それをエビの養殖に使うのは今回が初。岩谷産業も酸素を溶解する装置を持っていても、それをエビに使ったことはなかったのです。
そのように大企業の技術を転用してビジネスチャンスを広げることで、大企業にも大きなメリットを与えられると思っています。
大企業との共創を成功させる大事なポイント
――大企業と組む際の注意点があれば教えてください。
役員など、決定権を持っている方と繋がっておくことです。今回の件でも、NTTの副社長が私達の技術に興味を持ってくれたので、全体的にスムーズに進められました。もしも担当者だけとコンタクトしていたら、もっと時間がかかっていたと思います。
一方で、現場の方たちを巻き込むのも重要です。いくら上の人が興味を持ったとしても、実際にプロジェクトを動かす現場の方々が乗り気でなければプロジェクトは進みません。そのプロジェクトが会社にどのような利益をもたらすのか、現場の人に伝えて巻き込んでいくのが重要だと思います。
――梅川さんは前職の繋がりで人脈も豊富だと思いますが、そうでない場合はどのように大企業の決定権を持っている方と繋がればいいのでしょうか?
自分たちの面倒を見てくれるメンターのような方に頼るのがいいと思います。ただし、最近の経営者の方は輝かしいキャリアを持っている方も多いので、そこまで人脈に困ることもないのではないでしょうか。最近は商社やコンサルティング業界などネットワークを持っている方々が起業するのも珍しくないですよね。その人的ネットワークをフル活用するべきです。
ちなみに大企業の経営陣も、スタートアップ起業家には多少なりとも興味を持っているもの。自分たちとは全く違う世界に活きている起業家に関心があるので、イメージしているほど無下に扱われることはありません。資料1枚持って提案に行けば話くらいは聞いてくれると思います。
――大企業と組む上で事業内容も重要だと思いますが、どのような事業領域なら興味を持ってもらいやすいと思いますか?
スタートアップは、全員が賛成「しない」領域を選ぶべきだと思います。全員が賛成できるようなテーマなら大企業がやった方がいいですし、大企業が参入できないということは何かしらの事情があるということ。
ゲノム編集だって大きく期待されていますが、抵抗を感じている人もいると思います。そのようなテーマには大企業も自分たちで参入できないからこそ、スタートアップと組みたいと思っているはずです。
スタートアップは全員が賛成しない、どこか懐疑的なテーマはハイリスク・ハイリターンになり、Jカーブで成長も期待できるもの。ぜひそのようなテーマを選んでほしいですね。
――最後にこれから大企業と組んでいきたいスタートアップに対してメッセージをお願いします。
これは僕が意識していることなのですが、大企業の偉い方と会うときは、あえて気を遣わないようにしています。大企業の方って、ある程度の役職になるとみんなに気を使われるんですよね。周りの人たちが、その人にとって耳触りのいいことしか言われなくなってくるんです。
そういう中で私達まで気を遣って話していると印象に残りません。そうなるくらいなら、お互いに代表者同士という感覚で思ったことを思いっきり言いたいことを言った方がいい。嫌われるリスクもあるかもしれませんが、少なくとも相手の印象には残ります。
礼儀さえわきまえていれば実際に嫌われることもないでしょうし、何より印象に残らなければ何も始まりません。大企業と組みたい方は、ぜひ意識してみてください。
ここがポイント
・起業の理由は、世界最高峰の技術に投資して、技術で世界で戦える会社を創ろうと思ったから
・日本の水産業は従事者の多くが個人事業主か中小企業で、経営規模から全く新しい技術を生み出すような研究開発に投資することがほとんどない
・大企業の技術を転用してビジネスチャンスを広げることで、大企業にも大きなメリットを与えられる
・スタートアップが大企業と組む際には、決定権を持っている方とつながり、現場の方も巻き込むのが重要
・スタートアップは、全員が賛成「しない」ハイリスク・ハイリターンの領域を選ぶべき
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:小池大介