TO TOP

高速バスを活用した「貨客混載」実証実験。生産者・運送事業者・消費者「三方よし」の新たな物流とは

読了時間:約 7 分

This article can be read in 7 minutes

週に5回ほど、大丸有エリアのあちこちのビジネスビルの一角に旬の味覚が並ぶ。その顔ぶれは四季折々、そして日ごと週ごとに少しずつ変わる。ある晩秋の日には高知から届いた採れたてのシラス、石川からは冬の寒さで紅潮した子どものほっぺたのように赤い「秋星りんご」、そして山形からは食べ頃を迎えると芳醇な香りととろけるような舌触りが魅惑的なラ・フランスや栃木産の「にっこり梨」などが揃った。

ここ「バスあいのりマルシェ」に並ぶ食材は、全国の高速道路を走る長距離バスの遊休スペースを活用して、各地から野菜や果物、魚介、生肉類を輸送する「産地直送あいのり便」によって運ばれてきた。各地から東京を訪れる旅客者が乗車する観光バスに「あいのり」し、届けられる。昨今注目されている、人と貨物を一緒に運送する貨客混載(かきゃくこんさい)」に則った付加価値をつけた販売のあり方だ。

売り場に並ぶのは季節ものに限らず、加賀野菜をはじめとする関東圏ではあまり見られない地域特有品種や、当日中に食べ頃を迎えるよう出荷調整されたツル付きのいちごなど、生産者の理想とする形で届けられたみずみずしい、少量販売だからこそ実現する粒ぞろいの品々が全国各地から大丸有エリアに集められる。そうした質の高い生鮮品を育てる生産者とのコミュニケーションからバス事業会社との連携、販売、集客、ブランディングに至る一連の施策を主導するのが株式会社アップクオリティであり、同社代表取締役の泉川氏だ。もともと農林水産品のマーケティング支援に軸足を置く、卸業者や市場などの中間流通のプレイヤーと協業して業界をともに支えてきた。

INDEX

貨客混載で実現する「三方よし」の物流モデル
正面突破だけが方法ではない、国や自治体など第三者機関との折衝
泉川流ルール(リ)メイキング
ここがポイント

泉川大
1979年長崎県生まれ。
1998年、大阪で就職。現在、株式会社アップクオリティの代表取締役社長。店頭プロモーション企画・製作その他プロモーションの企画・製作、国産農産物のマーケティングによる消費拡大事業、飲食・物販事業を行う。

貨客混載で実現する「三方よし」の物流モデル

泉川:このマルシェの背景には、僕らの関わる農産物、食品流通全般の業界をはじめ、飲食店や小売店が抱える課題のひとつ、「物流ネットワーク」に対するなんらかのアプローチができないかという課題解決の意識がありました。そうした流れの中で、全国農業協同組合中央会、農林中央金庫、三菱地所、一般社団法人大丸有環境共生型まちづくり推進協会の4社で2017年3月から取り組む「大丸有フードイノベーション」プロジェクトの一環でより具体化されたのが、この「産地直送あいのり便」です。

長距離旅客バスを活用して産地と大丸有エリアを結ぶアイディアは、会議中にふと議題に挙がったものだ。大手町パークビル(三菱地所本社ビル)の会議スペースからガラス越しに見えるロータリースペースにならば、旅客バスが入れるんじゃないか。ちょっとした貨物を運ぶことのできる余剰スペースがトランクにあるかもしれない。もしそうならば、ひとまず知り合いのバス会社に話を聞いてみよう。そんなシンプルな流れからプロジェクトはゆるやかに動き出した。

泉川:近江商人の語る「三方よし」ではありませんが、この事業に関わる人や事業者にとって、それぞれの現状を打破するプラス要素を見出せたことが、本プロジェクトがスムーズに展開していった要因でしょう。バス会社にとっては、いわば「空気を運んでいた」トランクを活用し、新たな収益を手にすることができます。7割程度のバス事業者が赤字でありながらも、新規事業を立ち上げづらい実情があることから、このプロジェクトとのタイミングがよかったのだと思います。さらに、そうしてバスの事業会社が地元生産者の収益に貢献できることから地域コミュニティとのより良い関係性が築けるでしょうし、生産者にとっても自分が手塩にかけて育てた野菜や果物を「一番おいしい状態」で消費者のもとに届けることができます。今までの物流では、ある一定量のロット数で販売せざるを得ませんでしたが、バスに乗せて運ぶ貨物スペースが限られることからも、小ロットでの販売が可能になりました。そうして今まで叶えられなかった少量多品種の販売によって生産者の販路拡大につながり、一方で消費者にとっても稀少性の高い、新鮮でおいしい食材を適正価格で手にできる、有機的なつながりが「バスあいのりマルシェ」で生まれていると思います。

自社で鉄道や車などを所有する事業者を中心に、旅客輸送車両に積み荷を乗せる「貨客混載」の割合は増加傾向にある。2019年6月にはJR東日本グループが新幹線で魚介類を運ぶ「鮮魚輸送」の実証実験を行った。注目される理由には、深刻化する専門運送業者不足や輸送コスト削減に一役買う社会的なインパクトがある。では、自社車両を持たない同プロジェクトにおいて、泉川氏はどのように生産者、運送会社、消費者を結びつけたのか。

泉川我々と生産者、運送会社が抱える問題意識のベクトルが同じだったことが関係各所との連携をスムーズにしました。実際にこのアイディアをバス事業者の方にご相談した際、非常に前向きな反応をいただきましたし、自ら産地へ赴き、生産者の方々と顔を突き合わせてプロジェクトを通して実現したい想いを率直にお伝えし、マルシェで販売するものもしっかりと吟味させていただきました。普段頻繁にお会いすることができませんから、その分、彼ら彼女らの「顔」となる食材の伝え手となるべく、わかりやすく情報を編集して店頭ポップにするなどして「もの」だけではなく「こと」を消費者の方に一緒に届けるといったことでも信頼関係を維持するよう心がけています。ちなみに、銚子で水揚げされたサバやイワシって首都圏で販売されるまでにおおよそ24時間のタイムラグがあるのをご存知ですか?いかに早く届けられるとはいえ限界がある一般的な物流とは異なり、我々は当日収穫のものをその日中に消費者の食卓に届けることができます。とれたて新鮮な素材はそれだけで質が違いますから、自ずとマーケティングやプロモーション機能を持っていることもまた、貨客混載によって実現する各所へのメリットと言えるでしょう。

正面突破だけが方法ではない、国や自治体など第三者機関との折衝

大局的に見ると、プロジェクト参画プレイヤーとの連携は順風満帆だったと言えるが、つぶさに見れば、小さな壁はいくつもあった。届いたキノコが腐っていたり、一般消費者に向けて販売しづらい超巨大サイズの野菜が届いたり、運送に必要な備品を新たに開発するために奔走したり、立ち上がり当初は特に試行錯誤の連続。しかし、それらとは別に第三者機関を噛ませた物流システムの構築には、別の角度から頭を悩ませたという。

泉川:首都圏内での荷受ルートの構築がすこし大変で。全体の20〜25%はここ大丸有エリアに届けてくれるのですが、それでも一部の車両は走行ルートの都合上、立ち寄りづらいポイントにあるんです。ここに寄ることで運転手さんの負担をかけてしまう。そこで、それ以外の荷物を受け取るために、バスタ新宿を管理している東京国道事務所(国土交通省管轄)へ相談しましたが、当初はお断りされてしまいました。新宿じゃない荷受のポイントもありますが、それでは交通の便の面から少々不便。どうにかまとめて効率よく受け取る方法がないかと、だいぶ長い時間をかけて当局と交渉と調整を重ねました。

正面突破は難しい。そう考えた泉川氏は、プロジェクトでタッグを組む産地や自治体側から当局へのアプローチも同時に重ねた。

泉川:営利目的に見えがちな僕のような事業者からだけではなく、自治体と絡んでのアプローチが当局の心を強く動かしたのかなと思います。僕自身、産地の消費拡大といった面を強く推し出していきたかったので、自治体と一緒に交渉に臨めたことがとてもいい結果を招くことができました。交渉を進めるうちに、1便だけ正式に実証実験させていたく許可がおり、そこでしっかり安全面と効率の良さを理解いただけたこともまた、着実に体制を整えることにつながりました。

泉川流ルール(リ)メイキング

「バスあいのりマルシェ」の今日のラインナップを楽しみに、顔を出すビジネスマンのリピーターも増えた。差し入れに旬のフルーツを買っていく人もいる。そうして大丸有エリアの新たなスポットとして徐々に浸透しつつあるこのプロジェクトについて、あらためて人の巻きこみ方やプロジェクトをスケールさせてきた今までのことを振り返ってもらった。

泉川:農業やバス事業者は良くも悪くも昔ながらの体制が今でも続いています。だからこそ、自分たちだけの力で変えていこうとするにはかなりのエネルギーが求められる。場合によっては、外部の人間が入って業界内部の関係調整を図る方がいいような気もします。みんなのメリットを考えてどんどん動いて、アイディアを出していくことが大事だと思います。何もないところからアイディアは生まれません。みんなで向かっていきたいところ、自分のめざすところの情報をピンポイントではなく、業界を越えてでも周辺情報にちゃんとアンテナを張っておく。そうして知識や知見をうまく知恵に変えていくことが大事だと思いますよ。知っていないと、知恵なんて生まれませんから。

積み下ろしの現場にて、泉川氏と現場スタッフとの関係性にもまたヒントが感じられた。近すぎるでも遠すぎるでもない、しかし現場に関する一切をしっかりとした信頼をもって一任している。そしてスタッフもまた、自分の持ち回りに対する、ゆるぎない責任と意思が感じる姿勢で、泉川氏の一問一答に的確に回答する。それぞれを尊重しあう、確実なチームワークと積み重ねられてきた信頼の上に築かれるコミュニケーションを目の当たりにした。

泉川新規プロジェクトを立ち上げるには、現場を構築し回していくメンバーが一番大事です。新たなチャレンジだからこそ、どんどん新しい問題や気づきが生まれて、自分たちでルールを作っていかなきゃならない。もちろん収支のことも考えないといけない。あちらこちらのことを多面的に見て対応するメンバーの現場力が一番大事だと思います。そして次に行動力が大事です。なにかあれば、サポートするのでまずやってみようと、みんなとのコミュニケーションの中でプッシュしています。このあいのり便事業も、失敗から学ぶことが多いですが、最近はみんなのそれぞれの取り組みがうまくいくことが多くなってきました。そんな時には、がっつりと褒め称えたいですね。

ここがポイント

・長距離バスの遊休スペースを活用して、人と貨物を一緒に運送する「貨客混載」の取り組みは、「物流ネットワーク」にアプローチできないかという課題意識から生まれた
・スムーズに展開し要因は関わる人や事業者にとって、それぞれの現状を打破するプラス要素を見出せたこと
・国土交通省管轄の東京国道事務所へは、事業者からだけでなく自治体と絡んでのアプローチしたことが功を奏した
・新規プロジェクトを立ち上げるには、現場を構築し回していくメンバーが一番大事

企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小泉悠莉亜
撮影:河合信幸