「AIが数万件にもおよぶ顧客のリクエストから、言語のニュアンスを汲み、クレームを予測する。熟練者の伝統をAIが伝承し後世につなげる」
こんなことを可能にする自然言語テクノロジーを提供している会社が、アメリカのマサチューセッツ州に本拠を持つLuminoso Technologiesだ。
テキストデータを価値あるビジネス情報へと自動変換する技術を持ち、データを受けとった顧客は有用な知見を生み出せる。
その日本法人となるルミノソジャパンの代表社員、デビット・スミス氏に日本で独自の戦略を作れた理由についてお伺いした。
INDEX
・熟練者の技術をAIが伝承
・技術フォーカスではなく、プロダクトフォーカス
・日本で独自の戦略を作れた理由は「柔軟心」と「ゆるい信念」
・ここがポイント
デビット・スミス
日本における様々な業界(インターネットサービス、メディア、金融)を跨ぐ10年以上の職歴を持つ投資家/オペレーター/起業家。アリゾナ大学の大学院卒業後直接来日しキャリアを開始。以後、米国大手投資銀行を経てGREEにて投資/M&A、デジタルガレージにてベンチャーキャピタル、ソーシャルメディアのスタートアップ起業など多岐に渡る経験を有している。最近では、デビッドはアコードベンチャーズのポートフォリオカンパニーであるLuminoso Technologiesの日本拠点を設立しエンタープライズSaaSの営業やマネジメントのスキルを拡張。
熟練者の技術をAIが伝承
Luminoso Technologiesは1999年、MITメディアラボから始まった。エンジニアがPCに言語を教えようというプロジェクトを始めたのだ。2010年、スピンアウトして生まれたのが、Luminoso Technologiesだ。
この間に、15の言語がコンピュータに教え込まれた。日本語は、日本の大企業や大学などとも協力して精度を高めている。
海外では、顧客は製薬企業やゲーム企業などが多いというが、日本では製造業から興味を持たれることも多いのだそうだ。これは、欧米ではあまりないという。
スミス「ひとつのトレンドは、技術伝承の問題です。過去に熟練工が残した膨大なインテリジェンスが、テキスト情報で残っている会社は少なくありません。ところが、定年などで現場を離れてしまうと、文書の情報が利活用できていない現実があるんです」
そこで、ルミノソの自然言語テクノロジーを活用する。膨大なテキストデータを、コンピュータに入力していくのだ。属人化しやすい熟練の技術を伝えることは難しいとされてきたからこそ、日本企業ではその可能性を評価されている。
スミス「社内の独自用語も、ルミノソは理解します。読み込んで、曖昧検索もできるエンジンを提供すれば、例えば若手のエンジニアが何かの問題を抱えたとき、その現象を入力するだけで、原因につながる検索結果が出やすくなります。過去の文書から、対策が見つかる可能性が高まるんです」
スミス「単に日本語のみならず、日本の世の中、常識についてコンピュータがわかるということなんです」
世の中の常識を理解したように、企業の常識、個別の言葉も理解できるのが、ルミノソのシステム。眠っていた膨大な過去の技術情報が活かせるということだ。
こうしたソリューションは、個別企業ごとに一緒に課題を考えながら作っていくという。そしてポイントは、AIがすべてを分析するわけではないことだ。
スミス「分析するのは、あくまで人間なんです。AIですべて解決するという期待がメディアで上がってきたりしていますが、私たちのより現実的なアプローチは違います。分析は人間がする。AIが人間を完全にリプレースするのではなく、人間とAIとが一緒に考えるのがベストである、ということ。人間には役割があるんです」
顧客には世界的な大企業、日本を代表する企業が名を連ねている。2018年までに総額2000万ドルの資金調達を終えており、ビジネスの拡大に伴う投資ラウンド「シリーズB」はすでに完了。これから本格的な市場拡大が始まっていくという。
技術フォーカスではなく、プロダクトフォーカス
プロダクトフォーカスが大事だと考える理由について、スミス氏の経歴から説明する。
2017年、ルミノソジャパンに加わったスミス氏は、東京で投資銀行に就職した。その後、GREEで金融系のプロジェクトに携わり、デジタルガレージでベンチャー企業投資を担当。さらに、日本で起業も経験している。投資経験もあるだけに、スタートアップには詳しい。
スミス「やってはいけないことは、持っているテクノロジーで何ができるか、ということに夢中になってしまうことです。優先すべきなのは、ユースケースとしてテクノロジーに何ができるか、です。お客さまの課題を聞いて、エンドトゥエンドのプロダクトを作ったほうがいい。例えば自然言語処理のテクノロジーがあるなら、ここでこそ使う」
テクノロジーがいかに素晴らしいか、にこだわっても、それは顧客には関係がない。
スミス「あくまでお客さまにとってどうなのか、という見せ方をしないといけません。きちんとお客さまにワークさえすれば、お客さまにその凄さは必ず伝わる。技術フォーカスではなく、プロダクトフォーカスです」
投資家としても、そういう会社に投資をしてきた、と語る。
日本で独自の戦略を作れた理由は「柔軟心」と「ゆるい信念」
最後に日本で独自の戦略を作れた理由について、スミス氏は改めてこう分析した。
スミス「スタートアップ企業として重要なことは、柔軟性だと思っています。禅の言葉に柔軟心(にゅうなんしん)という言葉がありますが、まさにこれです」
柔軟心とは、「柔軟な物の見方、受け取り方を心がけよう」という意味の禅語だ。
自分たちのテクノロジーをどう適用するのか、ではなく、まずは顧客に目を向けるのだ。そして、顧客の課題を聞きに行くには、先入観がない状態を作る必要がある。
スミス「どうしても、自分たちの持っている技術から考えてしまうからです。そうではなくて、ひたすら素直に聞きに行くことが重要になる。ここで生きてくるのが、柔軟心なんです」
とはいえ、ただ聞くだけで、自分で考えないのも問題だと語る。
スミス「ここで自分の言葉として持っているのは、確固たる信念をゆるく持つ、ということです」
強い信念は持ったほうがいいが、顧客に話を聞くプロセスで新しい情報が入ってくれば、その信念をアップデートするのだ。
スミス「新しい情報に基づいた信念を作る。そしてまた、顧客に話を聞きにいく。信念をゆるく持つなんて、矛盾しているかもしれませんが、人生には矛盾が多いんです(笑)」
日本で独自の戦略を作れた理由は、技術やターゲットにあわせた柔軟さがあったからこそだといえる
テクノロジーが進化しても課題解決の糸口は人との対話の中から生まれてくる。自然言語テクノロジーの応用と技術伝承を結び付けたのも、そうした「点と点」を結び付けるスミス氏とルミノソという会社の「顧客が何を求め何に悩んでいるのか」、話を聞きアップデートし続けた「柔軟心とゆるい信念」の結果なのかもしれない。
ここがポイント
・Luminoso Technologiesはテキストデータを価値あるビジネス情報へと自動変換する技術を持ち、データを受けとった顧客は有用な知見を生む
・日本では「技術伝承の問題」を抱える製造業から興味を持たれている
・ルミノソは社内の独自用語も理解できるため、言うなれば「日本の世の中、常識についてコンピュータがわかる」ということ
・AIが人間を完全にリプレースするのではなく、人間とAIとが一緒に考えるのがベスト
・やってはいけないことは、持っているテクノロジーで何ができるかに夢中になること
・スタートアップ企業は新しい情報に基づいた信念を作る。そしてまた、顧客に話を聞きにいくを繰り返す必要がある
企画:阿座上陽平
取材・文:上阪徹
編集:丸山香奈枝
撮影:刑部友康