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ピボットがスタートアップを成功に導く?!スタートアップに仮説思考が有効なワケ | 未来を実装する秘訣 vol.2

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アイデアに対して信念を持つよりも、アイデアを仮説と捉えて柔軟に方向転換したほうが、実は未来を実装するには近道かもしれません。それを示すような実験を紹介します。

とあるイタリアの研究者たちは100人を超える起業家に対してビジネスに関するトレーニングを行いました[1]。トレーニング内容はビジネスモデルキャンバスやMVPの作り方、顧客インタビューの方法など、スタートアップには馴染み深いものでした。実験のポイントはここからです。集められた起業家たちは二つのグループに分けられ、一つのグループは先ほどのビジネストレーニングだけで終了しました。もう一つのグループにはもっと厳密な科学的な考え方、たとえば仮説をより明瞭かつ反証可能にしたり、どのような条件が満たされればこの仮説を維持するのか、実験結果の解釈の閾値を仮説検証「前」に決めるなどのトレーニングが追加で行われました。

トレーニングが行われてから約1年後の結果は興味深いものでした。まず科学的な考え方を学んだ起業家のグループは、ビジネストレーニングだけを受けたグループより多くのチームが会社を閉じる決断をしていました。つまり、明らかな失敗の数が多い、という悪い結果になりました。一方、売り上げの面を見てみると、ビジネストレーニングだけのグループの売上は平均すると300ドル以下に留まっていました。そして科学的思考を伝えられたグループは、なんと平均 12,000 ドル以上の売上になっていたのです。中央値で見てみても、科学的思考のグループは約2.6倍の売上と、その差は明らかでした。

失敗数と売上の差が生まれた理由は何でしょうか? それはいずれも「ピボットすることで、より良い意思決定ができたから」だと考えられています。スタートアップの世界でのピボットとは、何かを軸足にしてアイデアの方向性を変えることを指します。

ビジネストレーニングだけの(科学的思考を伝えられなかった)グループは最初のアイデアや戦略、製品にこだわり、ピボットをしない傾向にありました。一方、科学的思考を伝えられたグループは2倍以上の頻度でピボットをしていました。つまり最初のアイデア=仮説が間違っていたら、彼らは「科学者のように」考え直し、場合によっては会社を閉じるという決断を下し、場合によってはもっと良いアイデアに辿り着くことで、最終的に売上で勝ったのです。

別の調査でも似たような結果が出ています。ピボットを1回か2回行ったスタートアップは、2回以上行った、もしくは全く行わなかったスタートアップに比べて、資金調達額は2.6倍、ユーザー増加率は3.6倍でした。つまり多すぎも少なすぎもしないピボットが、スタートアップの成長の共通項だった[2]のです。

ここから言えそうなことは、スタートアップを成功させるためには、そのときどきに応じて方向性を変えて適切な回数だけピボットすること、そしてそのためには、自分のアイデアを仮説として捉えて、柔軟に仮説を変えていくことが重要だ、ということです。

実際、初期のスタートアップを近くで支援している私の経験からしても、最初のアイデアが当たっていることはほとんどないように思えます。今では数十億円の資金を集めているようなスタートアップでも、起業直後に進めていたアイデアはまったく別物だったりします。

有名なところだと、Slack のチームはもともとゲームを開発するスタートアップでした。解析ツールである Segment は、最初教室で使うフィードバックツールを作っていました。 完全栄養代替食である Soylent の創業者たちは、新興国向けに Wifi 網を構築するビジネスを手掛けていました。こうした企業も、当初のアイデアとは全く異なるアイデアへとピボットすることで、成功を収めたのです。

Y Combinator で勧められるピボットの方法

では実際にピボットをするときには、どのようなことに気を付ければ良いのでしょうか。スタートアップ養成機関である Y Combinator は、ピボットを行うスタートアップのための講義を提供しています[3]。

その講義では以下のようなガイドラインが提案されています。まず自分がより楽しく取り組めるものにすること。そして自分の得手不得手を認識して、自分の強みを活かすこと。そのうえでピボット先となるアイデアを4つの軸で改めて評価することが推奨されています。一つ目は市場規模。二つ目はFounder/Market Fit。三つ目は始めやすさ。そして四つ目は顧客からのフィードバックが得られるかどうかです

そこにもう一つ加えるとしたら、「仮説検証の中で新たに得られた情報を活かすこと」をお勧めします。仮説検証の過程で得られる情報や体験は、皆さん独自のものであり、活かさない手はありません。顧客が困っていることが実はこんなところにあったとか、市場の構造は実はこんな風になっていた、といった「実は」という情報は、おそらくほとんどの人は知らないものです。こうした「実は」という情報は、スタートアップの成功に必要とされる「自分しか知らない秘密」になってくれるかもしれません

もう一つ、何かを始めてみることで、自分たちの本当のニーズや、隠れていた課題に気付ける可能性もあります。先の例に挙げたSlackは、ゲーム開発中に社内コミュニケーションツールとしてのメールの課題に気付き、その解決のために社内で作ったコミュニケーションツールがもとになっていました。Segmentも、その当時作っていた教室向けのツールを解析するために、自分たち用の解析ツールを作ったことがSegmentのもとになりました。Soylent は自分たちが資金難に陥ったとき、食費を減らそうとして思いついたアイデアです。彼ら彼女らは「何かを始めて、何かを作っているうちに、自分たちが欲しいものに気付いた」ことで、より良いアイデアに辿り着いたのです。これらもまた、何かを始めなければ気付けなかった「秘密」でしょう。こうした秘密を活かさない手はありません。

理想を軸に、仮説を変えていく

最初から完璧なアイデアを持って始める人はほとんどいません。何かを始めてから、その中で得た情報や体験を使って、より良いアイデアに辿り着く人がほとんどです。だからまず何かを始めてみて、そこからより良いアイデアに変えていきましょう

ただし、全てを変えた方が良いと言っているわけではありません。スタートアップを始めるということは、目指している理想があるはずです。その理想にはこだわるべきでしょう。ピボットするときには軸足があるべきで、理想はその軸足となってくれます。しかし辿り着き方は、目の前の状況を見ながら柔軟に変えていくほうが、早いかもしれません

繰り返しになりますが、重要なのは、自分のアイデアを仮説として捉えて、それを厳密に検証する姿勢です。そうした姿勢を持ちながら、自分独自の情報や体験を得るためにもまずは何かを始めてみること。こう書くと当然のようにも見えますが、こうした当然のことをきちんとやることが、実は成功に辿り着くための一つの秘訣なのではないでしょうか。


*1 A Scientific Approach to Entrepreneurial Decision Making: Evidence from a Randomized Control Trial
*2 https://startupgenome.com/blog/discover-the-patterns-of-successful-internet-startups-in-the-startup-genome-report
*3 https://review.foundx.jp/entry/all-about-pivoting

[ 馬田隆明: 東京大学 産学協創推進本部 本郷テックガレージ / FoundX ディレクター ]

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