日本の幸福度は56位。3月20日は「国際幸福デー」で、毎年この日に国連の関連機関が世界幸福度ランキング(世界幸福度報告書[1]の中)を発表している。日本の幸福度は、例年あまり高くない結果となっている。我々は、モノ的には豊かになったが、必ずしも満たされてはいない。人々はこれから何を求めていくのか、企業は何をつくれば良いのか、理想の社会とはどんな世界なのか、模索の時代に入っている。今回は、モノ経済の成長の後に来る未来の姿を考えてみよう。
INDEX
・世界幸福度ランキング
・右肩上がりのモノ経済の終焉
・競争のパラダイムが変わる
・新たな豊かさの創造
世界幸福度ランキング
世界幸福度調査報告は、国連の持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)が、2012年より世界150ヵ国以上を対象に調査を行い、毎年発表している。今年の世界幸福度ランキングは、1位がフィンランド(4年連続)で、北欧諸国が上位に並んでいる。日本は56位だった。アジアトップは台湾で24位となっている。GDP(国内総生産)3位の日本は、経済的に豊かなはずだが、それだけでは、人々の幸福感は上昇しないことになる。
幸福度のスコアは、各国の国民の主観的な幸福度とともに、
(1) 一人あたりのGDP
(2) 社会的支援
(3) 健康寿命
(4) 人生の選択の自由度
(5) 他者への寛容さ
(6) 国への信頼度
の6項目を加味して計算されている。日本は、(1)の一人あたりのGDPは比較的高く、(3)の健康寿命はトップクラスだが、主観的幸福度と(5)の他者への寛容さが特に低い。
この幸福度は、あくまで一つの指標として参考程度の話ではあるが、モノ的に豊かになった日本では、GDPで示される経済成長が、人々の生活満足度につながりにくくなっているとも言えそうだ。
右肩上がりのモノ経済の終焉
どんな国でも、人口増加と経済成長がシンクロし、豊かになっていく段階がある。この時期は、国として製造業や建設業などのモノづくりを支援して、行政主導で生活インフラ(電気、水道、ガス、通信など)や交通網(道路、鉄道、空港、港湾など)を整備していくことで、経済は活性化していく。経済の成長に伴い「衣食住」が充実し、国民の生活レベルは上がっていく。そして、保健、医療、福祉を整備していくことで、国民の健康レベルも上がっていく。
この右肩上がりのモノ経済の成長期には、大企業が資本を投入し、より生産を拡大していけば良い。需要が経済を引っ張ってくれる。製品開発や製造プロセスの改良・改善によって、品質や生産性を継続的に上げていく。日本のGDPの推移を見てみると、1960年から1975年の間、実質GDPの平均成長率が8.1%という驚異的に経済が成長する時代があった。まさにモノ経済の拡大型成長である。将来の見通しは明るく、国全体が豊かになり、国民全員にメリットがあった。拡大路線は、ある意味やりやすい。
この高度成長時代は、社会インフラの整備、大規模公共事業などを大企業と国が一体となって動かしていくことで、日本経済は成長し、効率良く回っていた。生産性が向上し、国民一人当たりの所得が大幅に増え、その分消費も増える。家電製品や自家用車、マイホームとほしいモノがいっぱいある。大量生産・大量消費をどんどん拡大していく。この急成長期、日本の年齢の中央値は20歳代、ガツガツしたエネルギーに満ち溢れた時代であった。
人口のピークを挟む平成の30年間は、人口も経済も平坦な時代だったと言える。ちなみに、日経平均株価の最高値38,957円は、1989年(平成元年)12月29日のことで、それ以降現在に至るまで、日本の株価は低迷を続けている。令和になり、平坦でも成り立った平成の時代は終わった。これまでは、成長の勢いの余力で何とか経済力を維持できた部分もあったが、いよいよそうは行かなくなる。この社会構造の変化に対応して行くしかない。
競争のパラダイムが変わる
日本は2008年をピークに人口が減少カーブになり、高齢化が進み、国内市場は縮小していく。企業としては、当面の対策として、縮小する日本市場から人口が増加している新興国へ進出するという手もある。これはこれでやるべきだろう。しかし、新興国で増加している人口も、国が豊かになれば、増加率が鈍化して安定していくものと思われる。人口増加に頼れない環境で、新たな価値を生み出すという難題に正面から取り組むしかない。
人口減少の中で経済を活性化する課題は、シンプルに言い換えると、「一人あたりの消費をどう増やすのか」となる。我々は、1日3食しか食べないし、服も倍はいらない、家も1つあれば十分だ。すでに必要なモノはだいたい揃っている。むしろ、モノを所有するより、シェアする時代だ。仮に個人の所得が増えたとしても、モノ消費を増やすことは難しい。衣食住以外で、さらに人々がほしいものを提供するしかない。豊かになった社会の経済は、人口減少の影響を大きく受ける可能性がある。
モノの充実では、もはや幸福度は上がらない。GDP成長を指標とする従来型の考え方では、限界がある。したがって、人口減少の局面で打つべき施策は、需要が伸び続けていた右肩上がりの時とはまったく違うロジックになる。これまでは、決まった市場を取り合う、拡大するという競争だった。モノ経済の既存産業は、これまで拡大してきた体制や組織を見直す必要に迫られる。
さらに、デジタル技術やAIなどの新しいテクノロジーによって、既存の事業が急速に脅かされたり、隙間ができたり、まったく新しい分野が立ち上がりつつある。なくなる事業も出てくるだろう。つまり、破壊型のイノベーションが必要になる。しかし、これには反対する人が出てくる。右肩上がりの成功体験が邪魔をするのだ。「まだ大丈夫だろう」と思いたい気持ちが決断を遅らせる。結果、どうしようもなくなってから手を打つことになりがちだ。
新たな豊かさの創造
そもそもGDPが低成長、伸びないというのは悪いことだろうか。むしろ、モノ的に豊かになって成熟した国の証とも言えるのではないだろうか。ポジティブに考えたい。すでに、市場のニーズも大きく変化しつつある。日本を含めた先進国では、人々の関心は、大量生産品ではなく、自分の好みに合った特別な製品やサービスに向いている。その製品やサービスの背後にある作り手の思いやストーリーに共感することで、より興味が湧いてくる。これを実現するには、多品種少量の柔軟で機動力のある開発体制、ユーザーとの対話やパーソナライズが必要になってくる。こうした新たなスタイルのビジネスはスタートアップが得意な領域だ。
モノ的に満たされた社会では、自分を成長させてくれる体験や、人とのつながり、興味の湧くテーマや新たな発見といったものを人々は望んでいる。そうした体験は日常生活をより自分らしく楽しくしてくれるし、人生を豊かにしてくれる。また、より健康で長生きしたいという願いは、人間としては根源的なものだ。時間を有効に使いたいという意識も強くなっている。イキイキと充実した生活をおくるために、人々は何を望むのか。作り手側には、いわば「新たな豊かさの創造」が求められている。
大量生産や従来製品の改良・改善は、大企業が得意なところだ。既存の市場であれば、分析もしやすい。豊富な経験と蓄積が物を言う。しかし、これから人々がほしいモノは、ユーザー自身も見たことがないモノになる。競争のパラダイムが変わり、新たな製品やサービスは、多くのチャレンジの中から生まれて来る。
こうして見ていくと、モノ消費の量が増えなくても、製品やサービスの中身によって、人々の幸福感は増していくはずだ。また、共感やつながり、誰かの役に立つ達成感とか、健康といった無形の価値が幸福感につながる。GDPでは測れない。我々は、そろそろGDPの成長を豊かさの指標とすることから卒業する時期に来ているのではないだろうか。新たな時代をつくって行くことになる。まさに、未来創造マインドを持った挑戦である。
注1) World Happiness Report, https://worldhappiness.report
日本の幸福度は、2018年54位、2019年58位、2020年62位と、ここ数年順位を落としていたが、2021年は56位だった。新型コロナウイルスで各国が大きく影響を受けた中で、日本は生活の制約が相対的に小さかったということかもしれない。
[ 鎌田富久: TomyK代表 / 株式会社ACCESS共同創業者 / 起業家・投資家 ]
東京大学大学院理学系研究科情報科学博士課程修了。理学博士。在学中にソフトウェアのベンチャー企業ACCESS社を設立。世界初の携帯電話向けウェブブラウザを開発するなどモバイルインターネットの技術革新を牽引。2001年に東証マザーズに上場し(現在、東証一部)、グローバルに事業を展開。2011年に退任。その後、スタートアップを支援するTomyKを設立し、ロボット、AI、人間拡張、宇宙、ゲノム、医療などのテクノロジー・スタートアップを多数立ち上げ中。著書「テクノロジー・スタートアップが未来を創る-テック起業家をめざせ」(東京大学出版会)にて、起業マインドを説く。