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目指すのは、低コストで同時多発的にポップアップが実施できる仕組み。カウンターワークスが取り組んだD2Cブランドの試着購入空間の実証実験

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コロナ禍の影響で一気に普及したオンラインショッピング。フィッティングが必要で店舗での購入が多い衣服や靴も、オンラインで大きく売り上げを伸ばしている。
一方で、「試着してから買いたい」というニーズは依然根強いようだ。アパレル各社がECサイトを充実させているが、ショップを訪れる客足は絶えない。最近ではSNSで店員のコーディネートを紹介するブランドが現れ、売り上げを伸ばしている。アナログとデジタルの良いとこ取りは今後も模索されていくだろう。

デジタルとアナログの融合事例として、丸の内エリアの新丸ビルではD2Cブランドの衣服を試着・購入できるショールームが特設された。
2021年3月23日〜4月19日まで開かれたショールームにはSPACER社が提供するスマートコインロッカーが置かれ、近くに試着室が並んでいる。消費者は特設サイトから商品を選択して日時を予約。その後ショールームのロッカーに衣服が配送され、試着ができる。商品はその場で購入でき、キャンセルしたい場合はロッカーに戻せばいい。

全国でもまだ事例が少ない試着室兼ショールームはどのように生まれたのか? ショールームを共同企画した三菱地所小松原氏・カウンターワークス薮本氏に話を伺った。

INDEX

ポップアップストアの課題だった人件費。効率的なPR を実現するためスマートコインロッカーを利用した
リアルのスペースを“消費者とのタッチポイント”へ変えていく
売りやすい場所に商品を、もしかしたらオフィスでスーツの試着ができるかもしれない
ここがポイント


小松原 綾
三菱地所エリアマネジメント企画部オープンイノベーション推進室
2019年より同推進室にてMarunouchi UrbanTech Voyagerプロジェクトを担当(※肩書は取材当時)。AI・IoT・ロボティクス分野を中心に、丸の内エリアにおける先端技術の実証実験を企画実施に取り組む。


薮本祐介
カウンターワークス取締役COO/CFO
京都大学経済学部卒業、みずほ証券入社。上場企業の資本政策等の分析を経験後、アナリストとして、保険・その他金融の企業財務・産業・技術・経営調査に従事。みずほ証券退社後、2016年にカウンターワークスに参画し、財務や資金調達、事業開発などに従事。

ポップアップストアの課題だった人件費。効率的なPR を実現するためスマートコインロッカーを利用した

――はじめに、本企画はどのような経緯で実現したのでしょうか。

小松原:丸の内エリアでは、イノベーション・エコシステムの形成を目指す協議会『TMIP(Tokyo Marunouchi Innovation Platform)』が活動しています。企業・スタートアップ等が連携して社会課題解決に向けた新しい取り組みを推進する組織です。そのご縁で、小売りや物流の課題に関するディスカッションをさせていただき、3社共同での実証実験をすることになりました。

――実証にはどのような効果を期待していたのですか?

小松原三菱地所側では、商業施設の新たな活用方法を模索していました。従来、丸の内エリアには30〜50代のお客様が多かったのですが、私たちはもう少し若い層にも利用してもらいたかった。丸の内エリアというリアルな場とデジタル上の購買活動との融合に取り組み、新たな顧客層を呼び込むことを目指しました。

藪本:カウンターワークスは、テナントのみなさまにリアルのストア展開に必要な機能をお貸出しするRaaS(Retail as a Service)を展開しています。そのなかで、SHOPCOUNTERという商用スペースを借りることのできるオンラインプラットフォームを運営しており、今回はテナントさまに多様な出店形式をご提供するため、実証実験に協力しました。オンラインを主戦場にしているD2Cブランドの多くは商品とお客さまの接点になるリアルな空間を求めています。しかし、リソースには制限があり、大都市の一等地に常設店を設けることは難しい状況です。現状はポップアップストアが販売・PRに活用されていますが、私たちは異なるソリューションを提供したいと考えていました。

――ポップアップストアではニーズは満たせないのでしょうか?

藪本:ポップアップストアでもある程度はD2Cブランド側のニーズは満たせますが、複数同時開催が難しい。D2Cブランドはより効率良く、商品の認知を広げたいと考えています。1箇所だけでポップアップを開くより、都内50箇所で同時にできた方がいい。コストを下げて同時多発的に催事をするには、コストを減らさなければいけません。そこで、SPACERさんのスマートコインロッカーを利用させてもらい、無人で運用できるようにしました。

――たしかにスマートコインロッカーと試着ブースを使えば、D2Cブランド側の人件費を削減できますね。

小松原:主なコストはブースの設置費用とロッカーへの配送料だけです。さらに商業施設だけでなく、オフィスビル等、街の一角でも同じことはできます。スペースを有効活用して、気軽に試着や購入ができる場所が増えたら、多くの人にメリットがあると考えています。

リアルのスペースを“消費者とのタッチポイント”へ変えていく

――実証実験を行って、来場者からどのような反応が返ってきていますか?

藪本:今回のショールームでは、出店ブランドをD2Cに絞りました。どのブランドも一定数のファンを抱えているので、順調に体験予約が入りました。

小松原:予想していなかった反応も起きています。通りがかりのお客様が試着して、商品を購入していくケースもありました。本来は日時の予約が必要ですが、ショールームには見本の商品も展示されています。これを試着したお客様がオンラインで商品を購入されていきました。

――実証を終え、今後はどのような展開を考えているのでしょうか?

小松原:まずはデータの分析が必要です。今回は商品の購入者にアンケートを行い、「体験ブランド」「性別」「年代」「試着前後に他店舗に寄ったか?」「試着を目的に来場したのか?」など集計しました。

藪本:カウンターワークスは、AIカメラで来場者数・性別・年代・試着ルームの利用者数を測定しています。データが集まれば、試着が購入に与える影響を判断できるはず。実は今まで、試着とコンバージョンの関係性は精緻に計測されていませんでした

――もし「試着できれば購入者数が増える」と実証できたら、オフラインイベントを開くD2Cブランドが急増するかもしれませんね。

藪本:その可能性はおおいにあると思います。コロナ禍以降はブランドの動きが二極化していて、オフラインイベントを開催するブランドと、全く開かないブランドに分かれていました。ところが2021年の2〜3月頃から、全くオフラインイベントを開催していなかったブランドがオフラインに参入しています。試着室兼ショールームはこのニーズを取り込めると思います。

――なぜオフライン活動が活性化しているのでしょうか?

藪本:コロナ禍のEC特需が落ち着き、ユーザーとタッチポイントをつくることがD2Cブランドに求められたからです。顧客と積極的に交流してブランドストーリーを伝えなければ、ブランドのファンは増えません。このニーズと連動して、カウンターワークスには「半年スパンの期間限定店舗を構えたい」という問い合わせも増えています。

――やはり、実際に商品を見て触ってもらうことが大事だと。

小松原:そうですね。特にアパレルに関しては、生地の質感やサイズ感を確認するために、実物を見たいという顧客側のニーズがあります。また、家に商品が配送されることを避けたい方もいらっしゃいます。頻繁に服を買う方だと、リモートワークで在宅している家族から「また服を買ったの?」と注意されることがあるそうです。

――なるほど、想像できます。

小松原:今回の試着室兼ショールームならば、この課題を解決できます。会社帰りや買い物ついでに商品を受け取れますし、試着室を用意すれば商品のお試しができる。消費者の行動やニーズによって、場に求められる機能は変わっていきます。三菱地所としても、時代に合わせた建物の使い方を模索していくべきと考えています。

売りやすい場所に商品を、もしかしたらオフィスでスーツの試着ができるかもしれない

藪本:小松原さんの話に続けて、もし色々な場所に試着室兼ショールームが普及したら、売りやすい場所に商品を並べられるかもしれません。たとえば、オフィスビルのエントランスでスーツが試着できたら親和性が高いと思いませんか?

――利用する人は多そうです。

藪本:同様に、保育園の隣で子供服の試着や、ジムの中でスポーツウェアの試着もできると思います。今までのポップアップストアにはPOSシステムとスタッフが必要でしたが、スマートロッカーと試着室が置ける場所があればオンラインで決済できる。従来よりも、商品と親和性が高い場所を選べるんです。

――ブランドと消費者の双方に利益がありますね。

藪本:おっしゃる通りです。もっと言えば、もし試着室兼ショールームが普及すれば、D2Cブランドだけでなく、卸業者さんやメーカーさんも小売りに参入できるはず。現にカウンターワークスでポップアップストアを開き、売り上げが月商数千万円になる企業も現れました。

――今まではメーカーから卸、小売店へと商品が流れていましたが、現在では様々な販路が活用できますね。

藪本:販路は多様化しましたが、ものづくりをしている企業の多くが、消費者とのタッチポイントに悩んでいます。試着室兼ショールームはその悩みを解決できるサービスにしていきたい。東京・大阪・福岡に1店舗ずつ常設店をオープンできるブランドでも、全国に数十店舗を構えるのは難しい。だからこそ、試着室兼ショールームのようなタッチポイントを作る仕組みが必要なのです。

――もし新しい流通の仕組みが増えれば、ブランドと消費者の接点が増えますね。

藪本:オンライン・オフラインを問わず、ものが売れる場所は多様化しています。商品をどこに置けば一番売れるのか? 今回の試着室兼ショールームだけでなく、様々な方法があると思います。これからも可能性を模索して、メーカーに提案していきたいと考えています。

ここがポイント

・デジタルとアナログの融合を目指し、新丸ビルにD2Cブランドの衣服を試着・購入できるショールームが特設された
・D2Cブランドは1箇所だけでポップアップを開くより、都内50箇所で同時にできた方がいい
・スペースを有効活用して、気軽に試着や購入ができる場所が増えたら、多くの人にメリットがある
・試着とコンバージョンの関係性は精緻に計測できる可能性がある
・スマートロッカーと試着室が置ける場所があればオンラインで決済でき、従来よりも、商品と親和性が高い場所を選べる


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木雅矩
撮影:小池大介