「工場で働く人で、いいものを作りたいと思わない人はいない。にもかかわらず仕事が忙しくてこれまで手が着けられなかった仕事がある」
そう話すのは、ものづくりの現場で使われる産業ロボット用の知能化ソフトウェアを開発・提供するスタートアップ、リンクウィズ株式会社の代表、吹野豪氏だ。
リンクウィズは静岡県浜松市に本社を構え、SAPと三菱地所が手掛ける丸の内のコラボスペース「Inspired.Lab」にも入居している。
今回は吹野氏に、「ものづくり企業のDXとは何か」を起点に、ものづくり業界に起きている変化、「いいものを作りたい」の気持ちに応えるAI、丸の内に拠点を構えた背景などについて伺った。
INDEX
・深刻化するものづくり業界の「人材不足」。工場の悲痛な叫びが起業のモチベーションに
・工場の生産性の高める、リンクウィズの技術力
・「DXは現場で起きるものじゃない」リンクウィズが丸の内に拠点を構える理由
・周りに反対される「馬鹿げた発想」こそ、DXのスタート地点
・ここがポイント
吹野 豪
代表取締役CEO
1982年生まれ。静岡県浜松市出身。2006年4月パルステック工業入社、新規事業開発担当。2008年4月外資系玩具販売会社入社。2012年6月株式会社アメリオ取締役。2015年3月リンクウィズ株式会社設立、代表取締役就任。
深刻化するものづくり業界の「人材不足」。工場の悲痛な叫びが起業のモチベーションに
――まずは起業の経緯について教えて下さい。
吹野:リンクウィズは2015年の創業ですが、実は14年前、私が社会人になった時に前身となる事業が始まりました。当時は外国人労働者の規制が緩和されたタイミングで、多くの日系外国人が職を求めて日本を訪れていた時代。今のように機械や自動車などのメーカーが人材不足に困ることなどありませんでした。
ロボットを使って作業を効率化させるよりも、人材を雇った方がコストを抑えられるので当時の事業は失敗に終わりました。しかし、10年以上の月日が流れて状況は一変します。人材の確保が難しくなり、ロボットを導入しなければものづくりに未来はありません。今ならチャンスがあるのではないかと再び事業を始めたのがリンクウィズです。
――人件費とロボットの導入コストの逆転が起きたのですね。
吹野:特にコロナ禍の影響で故郷に帰った外国人労働者の方も多く、コロナ禍が収束したとしても戻ってくる保証はありません。日本に戻ってきてもらうように呼びかけるにしても、莫大なコストとリソースがかかります。
また、人材不足に加えて、ものづくりの工程が複雑になったこともロボットに期待が集まる要因の一つ。以前は少ない品種の製品を大量に製造していたのに比べ、今は製造する商品が多様化し、少量ずつ作らなければなりません。
合計で同じ量を作るとしても、少量多品種は大量少品種と比べると倍以上のリソースが必要になるため、労働力不足に拍車をかけているのです。
――なぜ本社を浜松に置いたのですか?前身となる会社も浜松にあったのでしょうか?
吹野:そうです。みなさんはご存知ないかもしれませんが、浜松には日本を代表するグローバルなものづくり企業が集まっています。自動車のスズキや楽器のヤマハなどを中心に、自動車や楽器、医療機器の生産が盛んですね。
大企業の仕事を請け負う中小企業も集まり、巨大なピラミッド構造を構築しています。日本のものづくり業界の縮図とも言われており、県別の製造品の出荷額は全国でも長らく上位にランクインしてきました。
昔、投資家と話していると「なぜ渋谷にこないの」と言われた事がありますが、工場向けのサービスを開発するのに、すぐ隣に工場のある浜松市は最高の環境。多くの工場が人材不足で困っているのを見てきたのが、起業のモチベーションにもなっています。
工場の生産性を高める、リンクウィズの技術力
――リンクウィズのサービスを使うことで、どのように人材不足が解決されるのか教えて下さい。
吹野:私達のソフトウェアは、産業用ロボットをより使いやすくするサービスです。
工場と言われてイメージしやすい、生産ラインを中心にして生産を行う「ライン生産方式」に対して、ロボットやAIを駆使した生産方式「ダイナミックセル生産方式」は約40年前から論文の中で語られ、現場での生産性を上げる方法だと期待されてきました。しかし、いくらデジタルツインの技術が発展しても、理想の生産性は実現されていません。
なぜかというと、シミュレーションと現実の世界には必ずズレが生じるから。例えば、工場の床は完璧な水平ではありません。目では判別しにくい歪みや凹凸があり、その実際のズレが動きの中で大きな違いを生み出します。そのズレを補正できなければ、理想のダイナミックセルは実現できないのです。
私達のソフトウェアはその現実とシミュレーションのズレを補正し、ダイナミックセルの実現を高めるためのサービスです。
――ロボットを駆使したダイナミックセルの難しさは理解できたのですが、ではなぜ御社のサービスではズレを補正できるのでしょうか。
吹野:私達が強みとしている「3次元のデータを高速で処理する技術」があるからです。従来のロボットは、プログラミングされた通りにしか動けず、目の前で予想外の事態が起きては対応できませんでした。
私達のサービスはロボットに“目”を与えるようなものです。これまでは目のない状態で決められた動きをし、問題があった場合に都度人がデータを修正するしかありませんでした。ロボットに目ができたことで、目の前で起きている状況を処理し、よりひとに近い動きが可能になったのです。
――ロボットが独自の判断ができるようになるということですね。
吹野:その技術を応用して、検査作業にも生かしています。従来の検査というのは、3000個に1個の不良品を探すという、とても集中力が必要な人には苦手とされる作業。1日に1個あるかないかの不良品を探すために、全ての商品を目視で確認しなければいけませんでした。
私達のシステムを使えば、それらが自動化され、人間はもっと生産性の高い仕事に集中できるのです。
――工場での生産性の高い仕事とはどういうことでしょう。
吹野:より上流工程の仕事ですね。これまで人力で検査をしていた時は、不良品を探すだけで精一杯でした。ロボットが検査をしてくれるようになることで、人間は「なぜ不良品ができたのか」を考えることができ、結果としてより生産性を上げられます。検査だけでなく、あらゆる業務で同様のことが起きるため、少ない人数でも高い生産性を実現できるのです。
よく、ロボットを使うことで人間の仕事が奪われると言いますが、それは全くの嘘。ロボットを使うことで、人間はより質の高い仕事に集中できるようになるのです。場合にはよっては、これまでの常識が大きく覆り、現代の産業革命が起きるのも夢ではありません。
「DXは現場で起きるものじゃない」リンクウィズが丸の内に拠点を構える理由
――丸の内に拠点を構えた背景についても教えて下さい。
吹野:SAPと近い距離で仕事をするためです。
私達のシステムは現場(エッジ)で様々なデータを取得できるため、ERPなど業務ツールとの相性は抜群。そこで私がパートナーとして組みたいと思ったのがSAPです。よりSAPと近い距離で話すため、SAPが共同で運営しているInspired.Labに入居することにしました。
それ以外にも見込み顧客を探す目的もあります。丸の内には工場はありませんが、丸の内に本社機能を置いているものづくり企業がたくさん集まっています。丸の内にいればDXを考えている担当者に難なく会えるというわけです。
実はDXはものづくりの現場で始まるものではありません。現場では作業が忙しくてDXを考えている暇がないのです。会議室で計画されたDXが現場に伝播していくもの。私達が丸の内にいることで、DXを考えている企業の相談相手になりやすくなります。
――「DXは会議室から」なのですね。しかし、それだと机上の空論…とはならないのでしょうか。どのように現場に広がっていくのでしょうか。
吹野:その通りで大抵の場合、最初は現場の人たちに馬鹿にされますね。これまで何十年も同じやり方で仕事をしてきた人たちですから、最近できたシステムを「担当者のおもちゃ」と思うのも無理はありません。
しかし、動いているところ見せ、実際に現場で稼働させてみると見る目が変わります。3ヶ月もすれば現場の人たちもDXはどういうふうに起こるのかを理解してくれますね。その頃になると、これまでの仕事をロボットに任せ、人間がやる仕事も変わります。
工場で働く人で、いいものを作りたいと思わない人はいません。本来はやるべきことがいっぱいあるのに、仕事が忙しくてこれまで手が着けられなかった仕事があるのです。ロボットを取り入れることでそれらの仕事に着手できるので喜んでもらえますね。
――ロボットが普及してものづくりが効率化されると、日本はどうなると思いますか。
吹野:間違いなく、世界一のものづくり大国になれるでしょう。しかし、それはロボットだけの力では実現しません。私達は海外の工場にも製品の販売、サービスを展開していますし、ロボットの性能で勝負するなら、よりお金の払える中国に日本は勝てないでしょう。
日本のすごいところは「品質は守るべき」というモラルがあることです。例えばトヨタのものづくりだって、何十年もかけてトヨタマンがルールを定めてイズムを作ってきたからこそ。これは新興企業がすぐに真似できるものではありません。
ロボットを導入して時間を作れるようになったら、その文化を伝え教育することに時間を使ってもらえればと思っています。日本企業の持つ「品質に対するこだわり」こそ、日本の勝機になるはずですから。逆にロボットさえ導入すればば勝てると思っている企業は勝てないでしょうね。
周りに反対される「馬鹿げた発想」こそ、DXのスタート地点
――浜松のオフィスは見た目もこだわっていますが、どのような意図があるのか教えて下さい。
吹野:オフィスというのは箱だけ作ってパソコンを用意すればいいというものではありません。社員のマインドセットを整えるものでなければいけないのです。
製造業のロボットの会社と聞けば、工場に隣接する掘っ建て小屋のようなオフィスをイメージしませんか。DXをしたいと思う会社がそんなオフィスにきてお願いしようと思いますか。私達は日本のものづくりの働き方を変える仕事をしているのですから、まずは自分たちからそれを表現したいと思ってオフィスを作りました。
――DXを進める上で重要なことはなんでしょうか。
吹野:まずDXを提案する人が理想を求めばかげた発想ができなければいけません。周りに「そんなのできっこない」と言われて初めてDXがスタートするのです。そのために提案者に遊び心が必要ですね。
遊び心があるというのは余裕があるということ。DXを進めていくなら、まずは余裕を持つ必要があると思います。
――周りに反対されるのが重要というと。
吹野:私達の仕事はNOと戦っていく仕事。既存の価値観に対し、笑顔をつくりながら「そうじゃない」と言えるのが重要です。もしも私達がお客さんの言いなりになったらDXなんてうまくいきません。
往々にしてお客さんが言う「課題」はただの「状態」が多いですし、「こうしてほしい」というのは指示じゃなくて願望です。私達はお客さんの言葉から、本当の課題はなんなのかを紐解き、解決策を提示しなければいけません。
――本当の課題を見つけるにはどうすればいいのですか。
吹野:一緒に現場を歩くしかありません。自分で現場を見て、話を聞き、仮説を立てて質問を繰り返していきます。大抵、お客さんは先入観を持っているものなので、それに対して「本当にそうでしょうか?」と疑問を投げかけていきます。
最終的には、いいものを作るにはどのような方法が一番効果的なのか理解して頂いて、相談してもらえます。リンクウィズの中では私がいちばんお客さんに「No」を突きつけますが、相談してもらえるのも私が一番多いと思っています。
ここがポイント
・人材の確保が難しくなり、ロボットを導入しなければものづくりに未来がなくなる
・浜松には日本を代表するグローバルなものづくり企業が集まっており、工場向けのサービスを開発するのに、すぐ隣に工場のあるのは最高の環境
・デジタルツインの技術が発展しても、シミュレーションと現実の世界にズレが生じるため理想の生産性は実現されていない
・3次元のデータを高速で処理する技術でズレが解消できる
・DXは会議室で計画されるため、丸の内にいればDXを考えている担当者に難なく会える
・DXがすすみ、日本企業の持つ「品質に対するこだわり」があれば、日本の勝機になるはず
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:戸谷信博