新規事業を始める際に、アイデアやコンセプトの実現可能性、得られる効果などについて検証する「PoC(Proof of Concept)」。新規事業の成功率を上げるために、今や多くの企業がPoCを実施している。その一方で、PoCを繰り返すものの一向に事業が立ち上がらないケースも散見される。
どうすればPoCで終わらずに、新規事業のスタートにこぎつけるのか。今回は、これまで300件以上のPoCを実施し多くの知見を有するSOMPOグループで、新たに事業を立ち上げているSOMPO Light Vortexの上原高志氏に、PoCを事業化するためのポイントを尋ねた。
SOMPO Light VortexはSOMPOホールディングスのデジタル事業を担う中核会社として2021年に設立され、デジタル技術を活用した社会課題の解決を目指している。今回は現在立ち上げ中のサブスクリプション型住宅「SMACOYA(スマコヤ)」の概要と合わせて語ってもらった。
上原高志
95年、東京工業大学工学部卒。三和銀行(現三菱UFJ銀行)入行。調査部、企画部、法人企画部を経て、08年、日本電子債権機構を設立し日本初の電子債権事業をローンチ。London Business Schoolへの留学を経て、13年、ベンチャー支援組織、産業デザインオフィス設立。国内外ベンチャーキャピタルやStartupへの投資、邦銀初のビジネスコンテストRise Up Festaを主催。16年、Fintech社内組織MUFG Innovation Labの初代所長を経て、17年、Founder 兼 CEOとしてFintech子会社Japan Digital Designを立ち上げ。AI LendingやCrowdWorksとのJV、Tencentと協働したインバウンドアプリ、法人OMOマーケティングなどを展開。21年、SOMPO Holdingsデジタル戦略部Chief Evangelistとして着任後、同7月新設のSOMPO Light VortexにてExecutive Vice Presidentとして、サブスク型住宅SMACOYA立上げと、投資担当役員として投資戦略を指揮。
INDEX
事業をグロースさせた快感を再び味わうためにSOMPOグループに
「事業化を前提にすること」がPoC成功のカギ
空き家を活用した「SMACOYA(スマコヤ)」が変える暮らしの形
ここがポイント
事業をグロースさせた快感を再び味わうためにSOMPOグループに
――まずは上原さんの経歴を教えて下さい。
私が最初に新規事業の立ち上げを経験したのは2007年、前職の三菱UFJ銀行にいた時のことです。電子手形や電子債権が日本で始めて法制化された時期で、私達が日本初のサービス化を果たしました。ゼロからスタートし、10万社以上の企業に導入され、取扱高は4兆円超、利益も60億円以上の事業にまで成長させました。
自分が企画したサービスがスケールして、それがインフラとして使われるという経験が病みつきになって、事業立ち上げの魅力にはまっていきました。その後、海外留学も経て日本でも将来を牽引する新産業を育成したいと思った私は、スタートアップ支援の道に進みます。
バイオやロボティクスといった時間軸の長い領域に投資するようになり、それを機にシリコンバレーにも行くようにもなりました。私は投資・支援をしていただけなのですが、会社は「上原はブロックチェーンなど最先端のサービスもよく知っている」と認識をしたのか、2016年からフィンテックチームの責任者を命じられます。当時はフィンテックブームがあって、会社もその流れに乗じたのです。
――任されたフィンテックサービスはグロースできたのでしょうか。
いえ、1年ほど走ったのですが、PoCばかりで事業化には至りませんでした。いくらブロックチェーンなどの技術を持っていても、事業化するにはそれを家電や車と組み合わせなければなりません。プロトタイプを作ろうにも、社内には家電や車のプロがいるわけではないので、今思えばお遊びのようなものでした。
その経験から、エンジニアやデザインのプロを集めるべく「Japan Digital Design」という会社を立ち上げ、中途採用が8割を占める100名ほどの組織で本格的に事業作りに集中することにしたのです。3年ほどで20個もの事業を仕掛け、残ったのは3つほどで電子債権ほどのスケールには至りませんでした。その頃から、1つの事業に改めて集中してスケールさせたいとの思いが強くなり、空き家を活用したサブスク型住宅「SMACOYA」の元となるコンセプトへと進んでいきました。
――SOMPO Light Vortexにジョインした経緯も教えてください。
SMACOYAに集中しようと思っていた時、幸いにもSOMPOを初め、様々な経営者の方々に声をかけて頂きました。どの場所がこのサービスを実現するのに最も適しているか考える中、SOMPOグループのトップの櫻田さんから「何をやってもいいから思い切り早くやれ」と言われ、ここでなら電子手形サービスをグロースさせた時のような経験ができると思い、入社を決断しました。
「事業化を前提にすること」がPoC成功のカギ
――まずは、PoCについて伺います。これまでの経験から上原さんがPoCを始める上で最も大事だと思うことを教えてください。
事業化を前提にPoCをすることです。多くの場合、PoCの結果をもとに事業化するか判断しようとします。それが間違っているとは言いませんが、PoCを実施することが目的化してしまう理由はそこにあると考えています。そうではなく、事業化するために必要なことを実験して確かめる。そのためのPoCでなければいけません。
PoCで想定していた結果が得られればそれでいいですし、想定外の結果だったら調整してまた実験を繰り返す。PoCはゴールではなく、過程であることを忘れてはいけません。
――PoCをする際に意識していることはありますか?
前提条件を細かくしすぎないことです。なぜなら、実際に事業を始めてみると、想定外のことばかり起きるからです。経験上、複雑な前提条件をもとにたてられた事業プランは絶対にうまくいきません。
PoCの段階では、当たり前の条件だけでいいんです。「日本の人口は減る」とか「空き家は増える」とか、それぐらい当たり前の条件をもとに組み立てていかなければなりません。
これまでスタートアップのプレゼンを何回も聞いてきましたが、前提条件となる資料が多いスタートアップほどうまくいきません。生き残っているスタートアップは3~4枚のシンプルな資料で当たり前の条件だけをもとに仮説が作られていました。
――他に事業を考える際に意識していることを教えてください。
市場規模です。例えば1兆円のマーケットなら、5%とって500億円ですが、1,000億円のマーケットなら50%シェアをとってやっと500億円。そんな市場に参入しようと思ってもやる気が起きませんよね。大きくスケールさせたいのであれば、少なくとも数兆円の市場でなければ手を出すべきではないでしょう。
スタートアップの中には「今は1,000億円の市場ですが、これから拡大していきます」と言う起業家もいますが、鵜呑みにするのは危険です。アジアの途上国であればまだしも、成熟した日本ではこれから人口も増えなければ、生活者の収入もほとんど増えないからです。新しい市場が成長しているのは既存の市場から奪っているだけなので、マーケットのポテンシャルが想定外に大きくなることは稀です。
――PoCから事業化するために、キーとなることはありますか?
人の要素は多分にあります。それは、事業の成功を信じて疑わない人がいるかどうか。リーダーが熱狂して実現を信じていれば、当然、事業化を前提にしているので、PoCで終わることはありません。しかし、リーダーすらも熱狂していなければ「とりあえずPoCをしてみましょう」で終わってしまいます。
ただし、こういう人材は企業が育てられるものではありません。PoCのやり方を教えることはできても、熱狂できるかはその人次第ですし、どういう事業に熱狂するかもそれぞれでしょう。そのため、熱狂できる人材が現れたら任せた方がいいですし、そうでなければ外部から探すか、PoCはコスト倒れになる可能性が高いと思います。
空き家を活用した「SMACOYA(スマコヤ)」が変える暮らしの形
――そんなこれまでの知見が行きているのが、今立ち上げているSMACOYAなのですね。どんなサービスなのか教えてください。
SMACOYAは、空き家を活用したサブスク型の住宅サービスです。特徴は単に住居を提供するのではなく、家賃に様々な生活サービスの料金が含まれていること。
今は様々な生活系のサービスが提供されていますが、実際に課金してまで利用する人はごくわずか。SMACOYAでは様々な外部パートナーと組みながらサービスを拡充していき、周辺相場と同じ家賃でそれらのサービスを利用してもらえます。例えばスマホを買ったら多くのアプリを利用できますよね。私たちは家をスマホに見立てて、様々な生活サービスをアプリのように使ってもらおうと思っています。
――家賃が変わらないのであれば、生活サービスの提供コストはどうやってまかなうのでしょうか?
データ活用により得られる収益でまかなうことを考えています。居住者が生活サービスを利用することでさまざまなデータが得られます。このデータを個人が特定できないように加工し、販売することで収益化していく予定です。そして、それらのデータをもとにすればより安心・安全・健康な生活をおくれるようなサービスを増やしていけるでしょう。
例えばAmazonプライムだって、最初は送料が無料になるだけでしたが、段々とサービスが充実していきましたよね。同じように、サービスを続けながら新しい機能を追加していければと思います。
――家を販売するのではなく、あえてサブスクリプションにする理由を教えてください。
日本では持ち家が人気ですが、ライフスタイルが多様化し社会環境の変化も激しい現代では、若いうちから多額のローンを背負って支払いに縛られるよりも、賃貸の方が家族を取り巻く環境によって柔軟に住み替えられて人生の可能性も広がるからです。例えば、家を買ってしまうと子供が自立して家を出た後も、夫婦で使っていない部屋が同じ家に多額の返済を抱えながら住み続けなければならないですよね。
思い出が詰まった家と言えば聞こえはいいですが、住む場所が固定されることでチャレンジできないこともあるはずです。かつては老後が短かったのでよかったのですが、人生100年時代と呼ばれる今、それらを諦めるのはもったいない。
ライフステージに合わせて柔軟に家を変えられた方がいいと思うんです。例えば海外では老後に外国に引っ越して、新しいチャレンジをする方も少なくありません。日本ではまだそのようなケースが少ないので、そういう生き方を日本でも定着させたいと思っています。
――従来の賃貸契約との違いもあるのでしょうか。
従来の賃貸だと引っ越すたびに敷金や礼金が発生して経済的負担が大きいですよね。SMACOYAなら引越料金負担くらいで移住できますし、そもそも家賃の一部がSMACOYAコイン(仮)として積み立てられ、自らの家を買い取る際に使えるだけでなく、転居時にもコインが引き継がれ、最悪、退去する際には一定期間を経たユーザーであればキャッシュバックされるので、今は経済的に余裕がない方でもローン負担なく理想の暮らし方を少しずつ形成できるんです。
――SOMPOグループ入りしたメリットもあるんですね。
そうですね。何よりものメリットは安心感だと思います。私達のサービスはユーザーの一生を支えていくものなので「老後になってもサービスが続いているのかな」という不安を感じる方も多いはずです。
もちろん、サービスを継続できるように様々な契約体系やスキームを組んでいますが、そんな専門的な説明を聞いてもよくわかりませんよね。それよりも「SOMPOグループですから」と、一言、言われたほうがどれだけ安心できるか。SOMPOのブランド力を活用することによって、SMACOYAを実際にスケールさせていくことが実現可能になると考えています。
――現在、SMACOYAを立ち上げているところだと思うのですが、現状を聞かせてください。
現在は2棟のリノベーションを進めていて、同時に新しい物件も探しているところです。今は都市部周辺の物件ですが「都心部の物件はないか」「共営の集合住宅でもできないか」と様々な問い合わせを頂いているので、それらについても調整しながら検討を進めています。
今後は都心近隣や郊外なども含めて様々なエリアでサービスを展開していきたいと思っています。
――最後に、ビジネスチャンスを見つけるために意識していることを教えてください。
自分が何を知っていて、何を知らないか把握して、外部の意見を素直に受け入れることです。一番よくないのは、見栄を張って知らないことを知ったかぶりすること。年を重ねると知らないことを人に聞くこと、それも若い人に頼んで教えてもらうことに抵抗を感じるかもしれません。しかし、それでは成長が止まってしまいます。
若い人にも素直にわからないと言って、教えを請う。そうすることで自分の知識の幅も広がりますし、フラットに世の中を見られる様になるのでビジネスチャンスも見つけやすくなるでしょう。
ここがポイント
・PoCの成功の鍵は、PoCで事業化を判断するのではなく、事業化を前提にPoCを実施すること
・PoCの際には、前提条件を細かくしすぎないことを意識する
・成熟した日本を市場にするなら、市場規模が重要
・事業の成功を信じて疑わない人がいるかどうかで、成否が決まることも
・SMACOYAは、空き家を活用したサブスク型の住宅サービスで、家賃に様々な生活サービスの料金が含まれるモデル
・ビジネスチャンスを見つけるために、自分が何を知っていて、何を知らないか把握して、外部の意見を素直に受け入れることを意識する
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:小池大介