大企業における新規事業創出の重要性が高まる中、ソニーにおいては社内の新規事業創出プログラム「Sony Startup Acceleration Program (SSAP)」を2014年に立ち上げ、着実に成果を上げてきた。SSAPにおいては社内の新規事業アイデアの募集から、事業化に向けた支援まで一貫して行っている。さらに2018年からは社外企業向けにもSSAPのノウハウを提供するサービスを開始。イノベーション創出を加速させている。今回はSSAPの中心メンバーである宮崎雅氏に組織の立ち上げの経緯や現在の取り組み、大企業が新規事業を成功させるポイントについて話を聞いた。
宮崎 雅
Sony Startup Acceleration Program アクセラレーター/プロデューサー
2005年にソニー株式会社のデジタルイメージングの部署に画像処理エンジン(システムLSI)を開発するエンジニアとして入社。2014年頃にSony Startup Acceleration Program (以下、SSAP)が立ち上がり、ボランティアや兼務の形で社内オーディションの事務局長を務める等SSAPに参画。エンジニア時代に社内のボトムアップイベントをリードした経験から、アイデアを事業化する仕組みづくりやSSAPの趣旨に共感。責任者の小田島氏との出会いをきっかけに2014年後半からエンジニアの職を離れSSAPに異動、現在はSSAPの組織・人材開発支援サービスを統括。
ポイント
・SSAPは、ソニーグループ内の新規事業の発掘・育成を目的にスタートしたプログラムで、現在は社内外の新規事業創出を支援している。
・社内起業は事業創出だけでなく、挑戦する風土や人材育成などにも効果がある。
・新規事業の成功には、外部知見の活用と全社的な受け皿作りが不可欠である。
・新規事業への挑戦は、変化対応力を養い、組織全体の底上げにつながる。
INDEX
・ソニーの新規事業支援プログラム「SSAP」とは
・ポジティブな連鎖を生む、社内起業の副次効果
・未経験者が我流で事業を立ち上げると失敗する
・全体との連動を見据え、新規事業の受け皿をつくる
・変化に対応した事業で、VUCAの時代を生き抜く
ソニーの新規事業支援プログラム「SSAP」とは
――まず、SSAPの概要について教えてください。
宮崎:2014年に社長直轄の組織の傘下で、ソニーグループ内の新規事業の発掘と育成を目的にスタートしたプログラムです。オーディションと呼んでいる社内公募で広く社員から新規事業のアイデアを募り、審査を通過した人に新規事業開発を進めてもらうプログラムです。発足当時から今も社内に向けた事業発掘と育成は継続していますが、2018年の途中からソニーグループ以外にも新規事業支援プログラムを有償で提供しています。
――年間で何件ほど社内から応募は集まるのでしょうか?
宮崎:平均すると年数十件から100件程度です。実際そこから事業創出した数としては20数件程度ですね。最近事業化して製品がリリースされた事例で言うと、暑い日や寒い日に体に直接つけて冷やしたり、温めたりできるウェアラブルサーモデバイス『REON POCKET(レオンポケット)』などがあります。
REON POCKET
――SSAPはどのように立ち上がり、どんな経緯で社外に有償でプログラムを提供するに至ったのでしょう。
宮崎:まずどういったプログラムにするかの検討から始まり、「象徴的な場もあった方がいい」と、簡単な工作やワークショップができるスペースを作るなど、責任者の小田島がゼロベースで立ち上げたと聞いています。当初、SSAPは社内用のプログラムだったのですが、プロジェクトの企画・運営をする中でノウハウが蓄積されていきました。また、SSAPの活動を情報発信していたところ、「社外向けにもぜひプログラムを提供してほしい」とお声がけいただき、2018年中頃から社外にも有償でプログラムを提供することになり、今に至ります。
オープンイノベーションの観点で言うと、SSAPを社外向けに提供する意義は他にもあります。ソニーグループの中だけで閉じるより、様々な企業を支援しコラボレーションしたほうが、よりイノベーションを起こしやすい。社外にもプログラムを展開した方が、社会の役に立てると感じたことも社外にサービスを提供する理由の一つです。
ポジティブな連鎖を生む、社内起業の副次効果
――事業創出だけではなく、風土醸成や人材育成も成果として考えると、SSAPの意義も変わってきそうですね。
宮崎:そう思います。新しいことにチャレンジしたい社員が一定数いたとしても、社内公募などの受け皿がなければ、どれだけの社員が挑戦したいのかも把握できません。SSAPのようなプログラムがあるだけで、挑戦を望む社員の数が可視化されます。また、チャレンジする社員の姿を社内イントラで広報することで、ポジティブな連鎖が生まれる副次効果も期待できるでしょう。
効果はそれだけではありません。当社ではSSAPを通じて活躍する社員たちの活動を社外にも積極的に発信しています。当社の発信する情報を見て、「チャンスがある会社なんだ」と興味を持って応募してくれる方も多く、採用にもいい影響を与えていると感じています。これまで新入社員向けに SSAPのワークショップを開催したことが何度かありましたが、多くの人がSSAPを知っていて驚きました。
未経験者が我流で事業を立ち上げると失敗する
――「新規事業開発をするぞ」となった時に、まず何を考えたらいいのでしょう。
宮崎:その企業にどの程度、事業開発の仕組みがあるかによると思います。例えば、社員を巻き込んで事業開発をやっていくタイプの企業なら適切なトレーニングプログラムが欠かせません。プロジェクトを支援するメンターやアクセラレーターも必要になるでしょう。我流で挑戦してもほとんどの場合、失敗します。仮にうまくいったとしてもそれは偶然で再現性がありません。大切なことは必要な支援がプログラムに組み込まれているかどうか。そこに対しての振り返りや定期的なメンテナンスは行うべきですね。
――社内にノウハウがない場合、まずは外部のメンターやアクセラレーターを頼った方がいいのでしょうか?
宮崎:そうですね。もちろん事業の立ち上げ経験があり、教えられる人がいれば社内でやればいいと思います。ただ、社内にメンターやアクセラレーターがいないのであれば、外部から引っ張った方がいい。多くの場合、事業の立ち上げにゆっくり時間をかける余裕はないと思うので、外から知見のある人を入れて支援を受けた方が確実だと思います。
ただ、「コストやノウハウの蓄積を考えて外部の力ばかりに頼り続けるのではなく、ゆくゆくは自社でメンターやアクセラレーターを育てたい」という企業が多いことも事実です。そのため、私たちもお客さまが事業開発能力を身につけ自走することをゴールに一緒にプログラムを作り、人材を育成しています。当社ではアクセラレーター養成講座も提供しているので、段階的に自走できるようになりたいお客さまには受講をすすめています。
全体との連動を見据え、新規事業の受け皿をつくる
――その他に、新規事業を立ち上げる際のポイントがあれば伺いたいです。
宮崎:まず大切なことは、ノウハウをプロジェクト内だけに蓄積しないことです。新規事業は途中で失敗する可能性もありますし、上手くいっても卒業を迎えるケースもあります。その時に、ノウハウが組織全体に蓄積されていないとやってきたことが次に活かされずにプログラムの進化がありません。プロジェクト内だけでなくプログラムを運営する側や支援する側にまでノウハウが共有されるよう、プログラムの設計には注意を払うべきでしょう。
特に初期フェーズでは「新規事業開発のプログラムは作ったけど、上手く回らない」などの課題に直面します。例えば、「法務や経理などの管理部門との連携が上手くいかない」「既存事業からの協力を得られない」といったケースはよくある話です。事業単体ではなく、会社全体との連動を考えてプログラムを設計しないと、いずれどこかで事業開発が頓挫する恐れがあります。
もう1つ重要なことは、新規事業の受け皿を用意すること。いざ製品やサービスをローンチするとなった際、既存事業に引き取ってもらうのか、あるいは独立して1つの事業体としてやっていくのか、そこまで見越しておく必要があります。そもそも受け皿が組織内にないと、せっかく順調に進んできた事業にもブレーキがかかってしまいます。実際、何も設計せず既存事業に新規事業を引き渡して失敗するケースは珍しくありません。
宮崎:既存事業は大きなビジネスの運営には長けていますが、小さなビジネスは得意でないことが多い。例えば、既存事業と同じ評価軸を適応して、「この利益では話にならないから撤退しよう」と意思決定が下されることもあります。ただ、やはり新規事業って簡単には成果が出ないんですよ。事業創出に2、3年かかることは珍しいことではありません。だからこそ継続する覚悟と、継続性や再現性を持った仕組み、そして定性的な成果をアピールすることが重要です。例えば、プログラムに参加した人が成長したことや、チャレンジする風土が醸成されたことも成果になるはず。そういった事業創出以外の成果にも目を向けることで、既存事業と別軸の評価を得られるはずです。
また適切な評価基準の設定も重要です。特に心理的安全性が担保される人事評価は必須と言えるでしょう。新規事業開発はチャレンジなので、必ず成功するわけではありません。挑戦した人が損するような評価制度になっていると、誰もチャレンジしなくなってしまいます。総じて「既存事業と新規事業は別物である」と認識した上で、どのタイミングで受け皿となる既存事業体に引き渡すかまで設計する。それが事業を立ち上げる上で、重要なポイントになると考えています。
変化に対応した事業で、VUCAの時代を生き抜く
――改めて新規事業に挑戦する意義についてどう考えていますか?
宮崎:特に昨今は世の中ニーズが多様化し、移り変わりが激しくなっています。そんな中、変化に適応しない企業は事業の継続が難しくなるでしょう。自ずと既存事業だけではなく、市場の変化に対応する新規事業が必要になってくると思っています。当然、事業だけでなく企業で働く社員にも変化は求められます。企業は人の集合体です。社員一人ひとりのマインドの変革や対応力の向上も求められるでしょう。
既存事業と新規事業の違いは、働き方の違いにもつながると思っています。既存事業には一定の規模があり、社員一人ひとりのタスクが細分化されています。一人の社員が見る範囲は限定的で、逆にそれが効率の良い仕組みになっている。一方でマーケットを直接感じる機会は決して多くはないですよね。ビジネス全体感を見ることが少ないので、世の中の変化を敏感に感じ取り、変化にスムーズに対応していく能力は養われにくいのかもしれません。
一方、新規事業だとマーケットも見るし、ソリューションも作る。一人が幅広く全体を見るので、小さいながらもエンドトゥエンドの経験ができます。その結果、変化を捉えて対応する力を養うことにつながっていく。マーケットの変化に合わせて柔軟に進化する人が増えれば増えるほど、組織全体の底上げにつながると思っています。
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:VALUE WORKS
撮影:阿部拓朗