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「スタートアップ投資するなら現場への権限委譲を」出島に常駐してコミットするENEOS執行役員が語るオープンイノベーション論

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今や大手企業にとって「スタートアップとのオープンイノベーション」は欠かせない経営戦略の一つ。多くの大手企業がスタートアップとの出会いのために、様々な取り組みを行っている。

ENEOSもまた、スタートアップとの共創に積極的に取り組む大手企業。「未来事業推進部」を作り、積極的に新しい事業への投資を行っている。スタートアップ投資の実施や本体とは切り離して「出島」を設ける企業が多いが、出島に執行役員クラスが常駐するケースは少ない。

そんな中、ENEOSは三菱地所が運営するコラボレーションプラットフォーム「Inspired.Lab」に執行役員が常駐し、その場で投資決裁まで行っている。投資判断のスピードが上がったことで、わずか2年で多くのプロジェクトをスタートさせている。

新規事業への取り組みは外部への投資だけではない。社内のイノベーションを活性化するため社内起業プログラム「Challenge X」を開催し、全社から事業アイデアも募っている。

今回は「未来事業推進部」代表である矢崎 靖典氏に、なぜそれほどまで大胆な取り組みができるのかを聞き、同じく未来事業推進部に所属し、「Challenge X」の運営に携わる松本 理絵氏には、社内のイノベーションの現状についても語ってもらった。

矢崎 靖典
大学卒業後エッソ石油(現ExxonMobilの日本法人)に入社。日本における石油元売りの再編を経て、2013年東燃ゼネラル石油にて戦略企画部長に就任。三井物産(株)より三井石油の全株式を取得するプロジェクトをリード。2016年よりJX(現ENEOSグループ)との経営統合を統合推進・グループ経営管理準備室長として推進。2017年4月、執行役員 改革推進部長に就任し、2019年4月より現職。ENEOS グループの2040年ビジョン実現に向けて活動をしている。

松本 理絵
大学卒業後、新日本石油に入社。関西支店(当時)での販売スタッフ、本社および研究所での採用・研修や社会貢献活動等、管理系の業務に長く携わった後、2019年8月、社内公募により未来事業推進部に異動。2019年度に開始したENEOSグループの社内ベンチャープログラム「Challenge X」の運営を通じて社員の事業創造を支援するほか、人事・教育関係領域への関心から、同領域のスタートアップを探索している。

INDEX

スタートアップ投資に欠かせないポイントは「十分な投資資金」と「投資判断の権限委譲」
環境問題を解決するプロジェクトが続々と進行中
「挑戦がかっこいい」起業プログラムで社内文化を作る
スタートアップ投資をやると決めたら、中途半端にはやるな
ここがポイント

スタートアップ投資に欠かせないポイントは「十分な投資資金」と「投資判断の権限委譲」

――まずは矢崎さんがInspired.Labに常駐するようになった経緯について教えて下さい。

矢崎:2019年に「未来事業推進部」を発足した際に、上長である役員から提案されました。

当役員とは組織が立ち上がる前から、どのようにオープンイノベーションを進めていくべきか議論していた仲。本格的にスタートアップ投資をする段になって『Inspired.Labに席を確保したから、ここで活動を』と言われたのです。

――スタートアップ投資を始める際に、何を重視したのでしょう。

矢崎1つは十分な投資資金を確保すること。2つ目は現場に投資判断の権限を委譲してもらうことです。

その結果、150億円の資金を持ってCVCをスタートさせ、10億円以下の投資であれば私の判断で決裁できるようにしました。最初の1件だけは、会社にスタートアップ投資について知ってもらいたかったので稟議を回しましたが、それ以降は全て私の決裁で投資しています。

――投資までのスピードを大事にしていたのですね。

矢崎:資金と権限があれば、とりあえず踏み出すことは出来ると思います。しかし、それ以上に大事なのは、一過性の流行ではなく文化として定着させること。つまり、20年後、30年後も活動を続けられるかです。

そのために重要なのは、経営層に対してオープンイノベーションの重要性を常に訴えかけること。人は熱しやすく冷めやすいもの。今は取り組みに賛同してくれても5年後、10年後は分かりません。経営陣が変わることも考えられるため、誰がトップでもオープンイノベーションの重要性を理解してもらう必要があります。

経営陣にスタートアップを売り込み、常にワクワクしてもらうのが、責任者である私の仕事ですね。

――スタートアップ投資に対する、経営陣の反応はいかがでしたか。

矢崎:経営陣は当初から肯定的でした。当時社長だった杉森(現会長)の姿勢はとてもポジティブで、「ぜひやってくれ」と言われたほどです。その姿勢は今も変わりません。

環境問題を解決するプロジェクトが続々と進行中

――どのような成果が生まれているのか教えて下さい。

矢崎:主に進行しているプロジェクトは、次の6つです。

1 マイクロモビリティステーション
2 ドローン・空飛ぶクルマによる「空の産業革命」
3 森林、海洋生物など自然の力を活用する二酸化炭素の固定とクレジット化
4 再エネ導入の促進(太陽光×農業×∞)
5 プラスチックリサイクルのエコシステム実現
6 未活用エネルギーの有効利用に向けた取り組み

既に実証実験を始めているのがマイクロモビリティです。私達は本業がインフラなので、乗り物とは領域が近いですし、何より好きです。これからマイクロモビリティのステーションをどんどん作っていこうと動いています。

それも単なるサイクルポートではなく、超小型EVや電動自転車、バイクなど様々なモビリティをレンタルできるステーションです。すでに埼玉で10台ほどの超小型EVシェアリングの実証実験をしています。

他にも、今はまだ使用用途が限られているドローンについて、これから一般的な社会でも使われるような道を模索しています。

――環境問題にも力を入れているのですね。

矢崎:そうですね。例えば、今は様々な産業が事業をリニューアルしてCO2の削減に取り組んでいますが、それだけではCO2は減りません。排出量が減るだけで、大気中のCO2は増えていくわけですから。ENEOSグループでは大気中のCO2を吸着して地中に埋めるようなプロジェクトも進めています

また、本来自然にはCO2を吸収する力がありますが、年をとった森林はその機能が弱まる一方。いかに森林のCO2吸収力を高められるか、林業とは違う側面から研究を進めています。

――短い期間で、多くのプロジェクトを展開しているのですね。

矢崎:私達としてもかなり早いペースで活動していると思います。他社に比べてオープンイノベーションを始めるのが遅かったので、その遅れを取り戻さなければいけません。同時に、外部に「ENEOSは新しいことにも取り組める」ということをアピールしたいので。

そうは言っても、私達はスタートアップ投資の素人。私自身、今の取り組みを始める前は、ずっと経営企画の仕事をしてきました。社内の文化を変える仕事はしてきても、新しいことを始めるのは未経験。取り組みを始めた頃は、右も左も分からない状態でした。

ここまでやってこられたのは、様々なパートナー企業に支えられてきたからです。

――様々な取り組みを走らせていますが、今後の展望はどのようにお考えですか。

矢崎:これまでは実証実験のフェーズだったので、2021年は実装に向けて動いていきたいと思います。今後もスタートアップを探していきますが、まずは一つでも多く事業化するのが喫緊の仕事です。

とは言え、プロジェクトによって時間軸は大きく違います。今年中には事業化が見えているプロジェクトもあれば、10年かけて事業化するもの、30年以内に事業化できるものなど様々。

それぞれのプロジェクトによって実装までの期間は大きく違いますが、着実に一つずつ実現していく予定です。

「挑戦がかっこいい」起業プログラムで社内文化を作る

――松本さんの担当領域について教えて下さい。

松本:私は矢崎同様、スタートアップを見つけてくる仕事の他に、社内向けのイノベーションプログラム「Challenge X」の運営にも携わっています。社内で公募した事業プランを審査し、最終的に選ばれたアイデアを事業化できるプログラムです。

私は以前、人事として、採用や研修に関する仕事をしてきました。そういう意味では、社内外の才能を見つけ育てることに、これまでの経験が活きているのかもしれません。

――プログラムの運営で難しいことはありますか。

松本:「趣旨を社員に伝えること」そして「事業化のノウハウを確立させること」ですね。

公募テーマは、ENEOSの理念やビジョンにマッチさえしてさえいればよいのですが、社員の中には「本業とシナジーが必須」と思っている方も少なくありません。たまに本業とは離れた事業アイデアが選考を通過するケースもありますが、まだまだ少ないのが実情です。

また、IT企業などが当たり前のように持っているようなサービスの事業化のノウハウも、私達は持っていません。どうしたら事業化をサポートできるか悩むこともありますが、外部のデジタルに強い人に運営に入ってもらうなどして、事業化サポートも強化しています。

事業化のサポートを手厚くすることで、より多くの方に気軽に応募してもらえるようにしたいですね。

――どのような方からの応募が多いのでしょうか。

松本意外にも応募が多いのはミドル層。部長クラスや50代くらいの方から応募もありました。逆に若手からの応募はもっと増えてほしいので、ミドル層が挑戦しているのを見て、若手からの応募が増えるのを期待しています。

将来的に作りたいのは、若手でも管理職でも気軽に応援できるような環境。老若男女、誰でも応募できて「挑戦することがかっこいい」という社内文化を作っていきたいです。

スタートアップ投資をやると決めたら、中途半端にはやるな

――最後に、これからスタートアップとのオープンイノベーションを進めていきたい大企業に向けてメッセージをお願いします。

矢崎:やるなら中途半端にやらないことです。「やる」か「やらない」かを決めてください。
スタートアップ投資は必ずしもやる必要はありません。一番よくないのは、経営陣が「やりなさい」と命令しておきながら、現場に権限を与えないこと。それでは一向に進みません。最初から大きな金額で始める必要はありませんが、10億円でもいいので現場に権限を与えてください。

そしてやると決めたら、自信を持って進めてください。私達も最初からノウハウを持って初めたわけではありません。周りの手を借りながらでも、今はこれだけのプロジェクトを走らせているのですから、やれると思って始めてください。

――松本さんはいかがですか。

松本やりたい人を集めて組織を作ることが大切だと思います。「未来事業推進部」は私も含めて社内公募で応募した人間や、未来事業推進部で働きたいと中途採用で入ってきた人がとても多いことが特徴です。問題意識のない人にやらせてもモチベーションが続きません。

社内のイノベーションに関しても、社員のやる気を大事にしてほしいです。社員の話を聞くだけ聞いて、何も形にしないのでは意味がありません。アイデアがしっかり形になるような仕組みを整えることが何より重要です。

会社は、アイデアを持つ人が動きやすいような環境を整えることが重要ですね。

ここがポイント

・スタートアップ投資で重視したのは、十分な投資資金を確保することと、投資判断の権限を委譲してもらうこと
・一過性の流行ではなく文化として定着させることが大切なため、経営層に対してオープンイノベーションの重要性を常に訴えかける必要がある
・まちづくり・モビリティ、低炭素・循環型社会、データサイエンス&先端技術の領域で、多数の案件が進行中
・起業プログラムにより「挑戦がかっこいい」という社内文化を作る取り組みも進行中
・スタートアップ投資は「やる」か「やらない」かを決め、中途半端にやらないことが重要


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木詩乃
撮影:幡手龍二