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インシュアテックの現在地〜顧客オリエンテッドが保険業界に与える影響は大きい | お金とテクノロジーの未来 vol.5

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保険業界は何世紀もの歴史がありますが、近年、保険業界の革新を目指すインシュアテック(Insurtech:Insurance + Technologyの造語)と呼ばれる新しい領域が生まれ、プレーヤーが数多く出現しています。インシュアテックのカテゴリーには、AIを使った保険金請求の処理から、よりユーザーフレンドリーなUXを備える新しいタイプの保険商品の開発まで、さまざまなものが含まれます。

INDEX

金融危機を契機に成長したインシュアテック
インシュアテックのトレンド
注目のインシュアテック企業5社
保険業界・インシュアテックとジェネレーティブAIはどう関係するのか?
まとめ

金融危機を契機に成長したインシュアテック

インシュアテックの先駆けとなる新興企業は2000年代初頭に登場しましたが、本格的に普及したのは2008年の金融危機後です。多くの人々が保険会社を含む従来の金融機関に不信感を抱き、より透明でユーザーフレンドリーな代替手段を求めるようになり、インシュアテックのスタートアップ企業がそこにビジネスチャンスを見出したのです。

それ以来、インシュアテックは急速に成長し、顧客オリエンテッドな保険商品を開発・販売することで既存の保険業界に大きな影響を与える存在にまでなりました。例えば、米国のインシュアテック企業MileMeter社は、顧客が必要なときにだけ保険料を支払うことができる従量制の自動車保険モデル(ペイ・アズ・ユー・ドライブ保険)を開発しました。これは、普段あまり運転しない人にとっては費用対効果の高い選択肢であり、今では多くの保険会社が提供するようになっています。

インシュアテック自体は、既存の大手保険会社の業務改善にもさまざまな形で貢献しています。例えば、顧客エクスペリエンスの観点です。従来の保険申込み、支払いプロセスはアナログかつ煩雑で時間がかかっていましたが、インシュアテックは、顧客がより簡単にプロセスを完了させるソリューションを生み出しました。例えば、顧客が保険契約の管理、保険金請求、即時見積もりなどをシンプルな手順で行えるオンラインポータルやモバイルアプリケーションなどがそれにあたります。

アンダーライティングも同様にインシュアテックで改善された領域の一つです。アンダーライティングとは、リスクを評価し、保険料を決定するプロセスですが、ここに機械学習などAIとビッグデータを活用することで、このプロセスをより効率的で正確なものにしました。また、従来では見逃してしまうようなリスクに関するインサイト(洞察)も提供されるようになっています。

インシュアテックは保険金請求プロセスの合理化・自動化にも効果的に使われています。保険会社の中には、コンピュータビジョンを使って自動車の損傷を分析し、修理費用を見積もるところもあります。

既存の大手保険会社はこうしたインシュアテックの取り込みを加速するために、社内に専任の部門を設けてテクノロジー人材の登用を加速しています。またインシュアテック企業と提携し、その会社が持つ新しいテクノロジーをオープンイノベーションで自社ビジネスに取り入れることに熱心な保険会社も現れました。

保険業界におけるインシュアテックの登場は、顧客ニーズに合わせた新しい保険商品の開発や、既存の保険商品の業務改善につながっています。一方で、保険会社はインシュアテックの採用によって、より透明でスピーディーなサービスを提供することで顧客ロイヤルティを向上させることができます。今後も、より優れた顧客エクスペリエンスを提供するために、インシュアテックの技術はますます重要な役割を果たすことになるでしょう。

インシュアテックのトレンド

フィンテックと同様、インシュアテックも年々、主に新しいスタートアップ企業による新たなサービスがこの世に送り出されています。インシュアテックの代表的なトレンドをいくつか挙げてみたいと思います。

■ビッグデータ・AIによる予防サービスの増加

新しいテクノロジーの登場で、保険会社は単に保険金を支払うことから、事故や病気を予防することに重点をシフトしつつあります。このシフトは、コスト削減と顧客満足度の向上という目的に加え、データ分析と機械学習の進歩によって加速しています。

例えば、Apple Watchのようなウェアラブルデバイスで蓄積した運動量、心拍数、睡眠時間などの健康データを活用する保険ソリューションがあります。運動量が多い人は保険料が割引されるなど、個人の健康状態に合わせた条件を提示し、結果として契約者が病気になるのを防ぐというわけです。

ホームセキュリティ会社と提携し、火災や浸水、盗難を検知・防止できるスマートホームデバイスを導入する顧客に割引を提供する保険会社もあります。自動車保険会社の中には、車線の逸脱や衝突などの潜在的な危険を検知してドライバーに警告するカメラやセンサーを車に取り付けた顧客に対して割引を提供するところも出てきました。

このような取り組みは、保険会社が保険金を支払うという消極的なモデルから、事故や病気を予防するという積極的なモデルへと移行する、保険業界における大きな変化を表しています。新しいテクノロジーとデータ分析を取り入れることで、保険会社はリスク要因をよりよく理解し、よりパーソナライズされた付加価値の高いサービスを提供できるようになり、収益が向上し、顧客満足度が向上しています。

このように、保険契約者に正のインセンティブを与えて行動を変化させるナッジ[1]は、保険に限らず金融サービス全体に見られるトレンドです。Web3のトークン経済モデルと組み合わせたサービスも出現することでしょう。

■自律走行車やドローン向けの新しい保険サービス

自動車やドローンなどの自律走行技術は、インシュアテック企業にとって重要なビジネスチャンスです。自律走行車やドローンが普及することで、保険商品の需要や種類が変化することが予想されます。たとえば、自動車事故の責任の所在が自動車メーカーや自動運転システムになる可能性があります。そのため、自律走行車やドローンを利用した新しい保険商品やサービスの開発が期待されます。

■生成AIを用いたバーチャルアシスタントによるパーソナライズされた顧客サービス

何社かのインシュアテック企業は、生成AIの代表格であるGPT(Generative Pre-trained Transformer:OpenAI社が開発した大規模言語モデル)を適用したバーチャルアシスタントを活用して、顧客サービスの自動化を進めています。これらのテクノロジーを活用することで、顧客は時間と場所を問わず質問や請求処理が可能となります。また、顧客の問い合わせに対して状況に応じた適切な返答を自動生成するなど、よりパーソナライズされたサービスを提供することができます。

■ギグ・エコノミーのニーズに対応した新しい保険商品とサービスの開発

ギグ・エコノミーの成長に伴い、多くの人々がフリーランスや契約社員として働くようになりました。保険商品も、これらの労働者のニーズに合わせて変化する必要があります。インシュアテック企業は、このような需要に対応するために、自営業者や契約社員向けの新しい保険サービスの開発を進めています。またこれらは、保険料の支払いや請求処理を簡単に行えるよう設計されています。

■埋込型保険の躍進

埋込型保険とは、製品やサービスの購入時に、その製品やサービスに関連する保険が同時に販売される仕組みのことです。例えば、Eコマースでスマートフォンや家電製品を購入する際、その導線で保険加入がオススメされ、商品購入と共に加入できるといったものが挙げられます。

埋込型保険の最大のメリットは、保険商品を購入する手続きが簡単であることです。顧客は、製品やサービスの購入手続き中に保険に加入できるため、手続きが煩雑になりません。また、製品やサービスの購入に伴うリスクに対する保障が自動的に付帯されるため、消費者にとっても安心感が得られます。

埋込型保険は、製品やサービスの販売事業者にとってもメリットがあります。製品やサービスの付加価値が向上し、競合他社との差別化が図れるため、売り上げの拡大に繋がります。また、保険商品の販売によって、保険会社との提携による収益の増加が見込めます。埋込型保険は、今後のインシュアテック市場をけん引するカテゴリーになるでしょう。

以上、今後を見据えたインシュアテックのトレンドをいくつか挙げてみました。これらのトレンドは、技術革新とビジネスモデルの変化が相まって、保険業界を変革することになるでしょう。インシュアテック企業や大手保険会社がこれらのトレンドを取り入れ、より革新的でパーソナライズされた保険商品とサービスを提供することに期待が寄せられています。

注目のインシュアテック企業5社

この章では、注目すべきインシュアテックのスタートアップ企業を5社紹介します。

Root Insurance:同社は、2015年に創業し、テレマティクス[2]と機械学習を用いて、パーソナライズされた自動車保険ソリューションを提供するインシュアテック企業です。顧客は、アプリをダウンロードして運転行動を追跡し、急ブレーキの頻度やスマホ使用頻度などのデータが同社に送信されます。同社はこれらのデータを使って顧客のリスクを計算し、顧客のリスク度合いに応じてパーソナライズされた保険料を提示します。

Policygenius:同社は、オンライン保険マーケットプレイスを運営する企業で、顧客が保険見積もりを比較し、保険商品をオンラインで購入できるようにしています。顧客が入力した情報や保険商品の特徴などを総合的に分析し、最適な保険商品を提案することで、顧客が保険を選びやすくなるようになっています。シームレスなオンライン手続きも特徴であり、保険商品を比較し購入するまですべてスマホで完結できます。また、顧客サポートもオンラインで行われるため、手続きが迅速かつスムーズに行えるというメリットも提供しています。

Zego:同社は、ギグエコノミー向けのオンデマンド保険を提供しています。顧客は、フードデリバリーやライドヘイリングなど、特定の仕事やタスクに応じた保険を購入できます。AIと機械学習を活用し、顧客のリスクを評価して保険料を動的に算出するなど、技術的に高度な保険商品を提供しています。

Vouch:同社は、スタートアップや中小企業向けに保険ソリューションを提供しています。一般賠償責任、専門職賠償責任、サイバー保険など、さまざまな保険商品をラインナップしており、迅速で使いやすい保険申請プロセスにも注力しています。

Flock:同社は、ドローン利用者向けの保険商品を提供しています。ドローンの飛行状況や操縦者の技能などのデータを収集・分析し、リスクに応じた保険料を設定するという仕組みを導入しています。ドローン利用者は算定された保険料に納得すれば、そのままオンラインで保険に加入できます。

従来、保険商品をダイナミックにパーソナライズすることは難しいとされてきましたが、インシュアテック企業はAIや機械学習を用いてデータを収集・分析し、保険会社がより多くの情報に基づいた意思決定を行い、よりパーソナライズされた商品を提供することを可能にしてきました。また、テクノロジーを使って保険の申し込みプロセスを合理化し、迅速で使いやすいUXにより保険加入に必要な時間と労力を削減し、顧客満足度を向上させることにも成功しています。

保険業界・インシュアテックとジェネレーティブAIはどう関係するのか?

2022年11月に登場したOpenAI社のChatGPTは、“ジェネレーティブAI”を一気に普及させることに成功しました。ジェネレーティブAIとは、AIを使って、テキストだけでなく画像や動画など、オリジナルの新しい高精度なコンテンツを自動生成させる新しい世代のAIです。

すでに金融の様々な分野でジェネレーティブAIの活用が試みられていますが、保険業界・インシュアテックで活用される可能性がある重要な分野の1つが、アンダーライティングです。アンダーライティングとは、保険会社が特定の個人または団体に保険をかける際のリスクを評価するプロセスです。従来、このプロセスは非常に手作業で行われ、アンダーライターが大量のデータに目を通し、判断を下していました。

しかし、ジェネレーティブAIの活用により、保険引受はより自動化・効率化される可能性があります。このテクノロジーを使って大量のデータを分析し、リアルタイムでリスク評価を生成することで、保険会社はより迅速で正確な意思決定を行うことができるようになるでしょう。

また、新しい保険商品の開発にもジェネレーティブAIは役立つかもしれません。顧客から得られる様々な情報や、社内の保険商品に関するデータ、外部データなどを収集し、ジェネレーティブAIに、その学習したデータから、新しい保険商品のアイデアを自動的に生成させるという考え方です。

具体的には、保険商品の特徴や内容、プランの提案などでさえ、ある程度、自動的に作成することができるようになるでしょう。例えば、保険会社が持つデータを元に、消費者の年齢、性別、ライフスタイル、職業などを分析し、それらに合わせた保険商品のアイデアを生成する、といった使い方です。消費者が関心を持ちそうな保険商品の提案も自動的に作成することができます。

事故受付時のコールセンターの対応にもジェネレーティブAIは役立ちます。顧客との会話をリアルタイムで分析し、状況と顧客のセンチメントを理解したうえで最適な対応をサジェストするというものです。近い将来、人ではなくバーチャルエージェントとのやり取りでこうした手続きが完結するような世界になっていくものと思われます。

ジェネレーティブAIとインシュアテックの重なりはまだ初期段階ですが、この分野には多くのイノベーションの可能性があります。技術の進歩に伴い、保険業界におけるジェネレーティブAIの応用はますます増えていくと思われます。

まとめ

今回は、急成長を続けるインシュアテックのトレンド、注目企業、そしてジェネレーティブAIとの関係性についてまとめてみました。

先に書いたように、顧客オリエンテッドな新商品の創出から、AIを活用した業務の効率化まで、インシュアテックは、誰にとっても保険をより身近で、効率的なものにする可能性を持っています。また、インシュアテックによる手続きや保険会社の内部プロセスの合理化でより手軽な価格で保険に加入できるようにもなります。

さらに、従来の保険商品は、高齢者や安定した職業に就いた人々を対象としていましたが、インシュアテックは、データとAIの活用により、若年層やミレニアル世代をはじめとした新しい顧客層にも対応した商品を提供し始めています。少子高齢化が進み、若年層にしわ寄せが行き始めている日本にとって、インシュアテックは無くてはならない存在であるように思います。

[1] ナッジとは、よい選択をするように「そっと背中を押す」こと。
ナッジ(nudge)は、リチャード・セイラー教授が提唱した行動理論で「軽くひじ先でつつく、背中を押す」ことの意味。
[2]テレコミュニケーションとインフォマティクスから作られた造語で、移動体に移動体通信システムを利用してサービスを提供することの総称

[藤井 達人:みずほフィナンシャルグループ 執行理事 デジタル企画部 部長]
1998年よりIBMにてメガバンクの基幹系開発、金融機関向けコンサル業務に従事。その後、マイクロソフトを経てMUFGのイノベーション事業に参画しDXプロジェクトをリード。おもな活動としてFintech Challenge、MUFG Digitalアクセラレータ、オープンAPI、MUFGコイン等。その後、auフィナンシャルホールディングスにて、執行役員チーフデジタルオフィサーとして金融スーパーアプリの開発等をリード。マイクロソフトに復帰し金融機関のDX推進、サステナビリティ戦略の立案等にも携わる。一般社団法人FINOVATORSを設立しフィンテック企業の支援等も行っている。2021年より日本ブロックチェーン協会理事に就任。同志社大卒、東大EMP第17期修了。

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