TO TOP

国内初、マッシュルームレザー「Mylo™」を使った製品開発。老舗革製品メーカー土屋鞄が多様なニーズへの対応を目指して取り組んだこと

読了時間:約 7 分

This article can be read in 7 minutes

「マッシュルームレザー」という近年注目を集めている新素材がある。キノコの菌糸体から生まれたレザー代替素材で、活用法や取り扱いなどを検討されている素材だ。

株式会社土屋鞄製造所では、アメリカのバイオテック企業Bolt Threads(ボルト・スレッズ)社と共同して、マッシュルームレザー「Mylo™️」を使用したランドセルやバックパックなどを開発。2022年12月の一般販売に向けて、同年6月に店頭での期間限定展示も開催した。

これまで牛革を中心としたものづくりでブランド価値を向上させてきた同社。今回、レザー代替素材での製品開発を、海外企業と共に実施した背景はどういったものだったのか。プロジェクトに懸ける想いを開発に携わった沼田雄二朗氏に尋ねた。

沼田雄二朗
2009年土屋鞄製造所に入社。E-commerce領域の新規施策担当として従事した後、2016年にZokeiの代表取締役に就任し、テックフレンドリーなレザー製品ブランド・オブジェクツアイオーを立ち上げ。現在は土屋鞄製造所の取締役、また土屋鞄製造所の親会社である(株)ハリズリーの取締役も務めている。

INDEX

未知の新素材「マッシュルームレザー」への挑戦。多様なニーズへの対応を目指して取り組んだ
初めて目にする新素材にも興味津々。ものづくりを愛する職人あってこその製品開発
信頼関係を築くためにオフラインでの関係構築にも注力した
ここがポイント

未知の新素材「マッシュルームレザー」への挑戦。多様なニーズへの対応を目指して取り組んだ

──まず、マッシュルームレザーという素材について教えてください。どういった特徴を持つ素材なのでしょうか。

マッシュルームレザーとは、その名前の通りキノコから生まれた新素材です。キノコであるため、数週間で成長し環境負荷が低いことも特徴です。マッシュルームレザーの材料は、キノコのなかでも私たちが日頃食用にしている傘や柄の部分ではなく、根っこの菌糸体の部分で、高い培養技術を必要とします。マッシュルームレザーは風合いや質感がとても上質であることから、土屋鞄としても注目している素材でした。

最近になって、素材開発技術が格段に向上し、その質感がますますレザーに近いものに仕上がるようになりました。そうした背景から、土屋鞄のものづくりにマッシュルームレザーを取り入れたいと考えるようになりました。

──マッシュルームレザーはレザー代替品として取り扱われているとのことですが、これまでもそうした革以外の素材を使用したものづくりは行われていたのでしょうか。

植物性のレザーはこれまでにも存在していましたが、レザーに近い質感を表現できる素材がなかなかありませんでした。また、ベースには石油由来の素材を使用する必要があり植物性素材の比率を高めることができず採用できないものもありましたね。

当社として、マッシュルームレザーを使用したものづくりに着手した理由のひとつには、お客様からの「ビーガンレザーを使用した製品はありますか?」というお問い合わせが増加していた点も挙げられます。

そのため、せっかく植物性の素材を使用してものづくりをするなら、なるべく植物性の素材のみで製品を構成したいという想いがあったのです。それを叶えてくれたのが、マッシュルームレザーという素材でした。

──これまで、天然の革をものづくりを通して、ブランド価値を向上してきたのが「土屋鞄」というイメージもあります。植物性のレザーを使用することに対しては、社内でどうように考えて取り組まれていたのでしょうか。

新素材の発展に、日本のものづくりから貢献したいという想いで事業に取り組んでいるので、牛革以外の素材を使用することに対する懸念は良い意味でありませんでした。むしろ、人々の価値観が多様になり、エシカルな製品を使用したいというお客様が増加していることも、我々は肌で感じていました。

マッシュルームレザーを使用したものづくりに着手することは、変わりゆく世の中で選択肢を広げる一手となる。そういった気持ちで開発に取り組んでいましたね。長年真摯にものづくりに取り組んでいる我々だからこそ、多様なニーズに応えることができるのではという想いでした。

初めて目にする新素材にも興味津々。ものづくりを愛する職人あってこその製品開発

──初めて触る新素材での製品開発だったと思いますが、製品開発において苦労した点やこだわり抜いた点などを教えてください。

難しかったポイントはいくつかありますが、とくに実感したのはマッシュルームレザーの質感を本物のレザーに近づけることの難しさでした。

レザー代替素材の多くは、人工感やビニール感などを感じることがとても多いんです。もちろんそういった素材にも良いポイントはありますが、我々は憧れを持ってもらえるような製品を扱っているので、既存の製品と共にラインアップするうえでは、見た目の上質さを担保することが欠かせませんでした。そこで、素材開発を行っているBolt Threads社の方々との対話を重ねながら、素材の質感をアップグレード、約1年半かけて納得のいくクオリティを目指しました。

また、これまで土屋鞄が取り扱ってきた牛革とは異なる素材での製品開発だったため、職人たちも素材をうまく扱うためにトライアンドエラーを繰り返してくれました。たとえば、縫製作業ひとつでも、今までと同じ糊が使用できなかったり、難しい縫製技術が求められる瞬間もあります。

素材が異なれば、必要な技術も変わる。そういった繊細な作業に一つひとつ取り組んでくれた職人の存在があったからこそ、今回の製品化が成功しました。

──土屋鞄で働く職人の多くは、牛革でのものづくり経験を積まれた方ですよね。別の素材を使用したものづくりを行うことに対して、ネガティブな反応はなかったのでしょうか……?

僕もびっくりしたのですが……一切なかったんですよね。むしろ、初めてマッシュルームレザーのサンプルを見た職人から「これでこういう製品を作ってみたい」と意見が出るほどで。

まだ具体的な製品アイデアが出ていない段階でしたが、職人のみなさんは新しい素材に興味津々。心の底からものづくりが好きで、ものづくりを通して新しい価値観や製品を届けることに対してやりがいを感じている職人が多いのだと思います。

──素晴らしい環境ですね……! そういった雰囲気は社風として土屋鞄に根付いているのですか。

そうですね。比較的、好奇心を忘れずにものづくりと向き合っているメンバーが多い印象はあります。マッシュルームレザーは世界的に見てもごくわずかなブランドでしか製品開発が行われておらず、日本では土屋鞄が初めて製品化を行う新素材だったので、世界に先駆けてものづくりを発信できるという面白さがありました。

そのやりがいを感じて、製品開発に取り組んでくれた職人が多かったことが本当にありがたかったです。

──今回の製品開発も含めてですが、新しいことに取り組む際に気をつけていることはありますか?

顧客の声や現場の声を聞くことが重要だと思っています。ビーガンレザーについて問い合わせがあった話をしましたが、そのようにヒントは一次情報に隠れています。なので、店舗やカスタマーサポートなど顧客接点から一次情報が収集できる仕組みを作ることが重要だと思います。

信頼関係を築くためにオフラインでの関係構築にも注力した

──今回の開発は、海外スタートアップとの協業で行われたものですよね。開発をスムーズに進めるために意識していたことはありますか?

今回のプロジェクトは本当にスムーズに進んだので、メンバーに恵まれたという感覚が大きいんです。ただ、プロジェクトメンバー同士が信頼できるような関係性づくりは意識していましたね。

たとえば、協業のオファーをする前は徹底的にインプットをしてから問い合わせるようにしましたし、プロジェクトが始まってからはアメリカにも渡って協業先メンバーと顔を合わせる機会もつくりました。離れた場所で暮らしているからこそ、どんな人と仕事をするのか知るためにオフラインで会うことが大切だろうと思っていたので。

人となりを知ってもらうことも重要ですし、お互いに意見を交換したり、技術について話を聞いてみることで本気度が伝わるのかなとも感じました。コロナ禍という厳しい時代ですが、オンラインだけでは伝えきれない人柄や熱量があるのかもしれません

そういった関係構築を丁寧に行うことで、初めて一緒にプロジェクトを進めるメンバーでも大きなトラブルもなく、まっすぐにものづくりと向き合えたのは本当に嬉しかったです。

──これまでの事業とは少し軸足をずらす形で開発に臨んだ今回。一般発売は2022年12月開始とのことですが、どういった方々に届いてほしいと考えていますか?

まずはこれまで土屋鞄の製品を手に取ったことのない方にも見ていただきたいという想いが強いです。マッシュルームレザーというキーワードを通して、土屋鞄のものづくりの真髄を体感してもらえたらなと。

加えて、これまでに「ビーガンレザーを使用した製品はありますか?」と問い合わせてくださったお客様の手にも届いてほしいと願っています。「実はビーガンレザーなんです」と言われなければわからないほどには良い質感を実現できた製品なので、その魅力を知っていただきたいですね。

また、エシカルな製品に関する感度は日本もさることながら、海外のニーズがあると聞いています。とくにアメリカではエシカル製品を取り巻く環境が整ってきており、市場も拡大しています。今回の製品を機に、日本のものづくりをさらに海外へと伝えていきたいです。

土屋鞄が大切にするものづくりの意思やその技術力、そして新しいことにもチャレンジする姿勢……そういったものを、今回の製品を通して届けることができたらと願っています。

製品の詳細などは土屋鞄製造所のページでご確認ください

ここがポイント

・「マッシュルームレザー」と呼ばれる、キノコの菌糸体を利用したレザー代替素材が新開発されている
・土屋鞄ではマッシュルームレザーを使用した製品をアメリカのバイオテック企業Bolt Threads(ボルト・スレッズ)社と共同開発
・初めて取り扱う素材での製品開発には、これまでとは異なる知見や高い縫製技術などを必要とした
・ものづくりと真摯に向き合う職人のおかげで品質の高い製品をつくることに成功
・新しいチャレンジの種は、顧客からの一次情報ににある
・コロナ禍でもオフラインで会う機会を設けることで、異なる企業に在籍するプロジェクトメンバーの信頼関係が構築された


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木詩乃
撮影:阿部拓朗