今回は、海外金融機関におけるAIを駆使したモバイルサービスについてお届けします。キーワードは“超パーソナライゼーション”、つまり究極の“個客”対応です。
皆さんは最近、銀行の支店に行った記憶があるでしょうか?多くの人は、店頭のATMは使うけれど、ハイカウンターやローカウンターと言われる支店窓口にお世話になる機会はほとんど無いのではないでしょうか。かくいう私も、数年前に支店の窓口でとある手続きをした以降は行った記憶がありません。
多くの銀行はオンラインで手続きできるようになりましたから、実際に店舗を訪れる人の数は減っています。地方では人口減少という課題もあります。銀行は店舗を維持するコストを減らすために実店舗を閉鎖し続けているのが実態です。
https://www.jcer.or.jp/research-report/20211223-13.html
もっとも、日本の場合は人口減少が続いているという事情もあって、人口10万人あたりの店舗数の減り方はまだ緩やかな方で、欧米の銀行はもっと速いペースで減少しています。IMFが公表している調査データを見ると、過去10年間で人口10万人あたりの店舗数が、米国では35.4→29.7、カナダでは24.0→20.1、フランスでは41.6→33.2、イタリアでは58.4→37.6へと、国によっては非常に速いペースで減少していることがわかります。
出典:IMF調査データから筆者作成
銀行サービスを使う人の数は減っていませんから、支店を使わずにモバイルアプリやPCへと移行した人の割合が増えているという事になります。米国のフィンテック企業Plaidの調査によると、米国ではおよそ65%の人がモバイルアプリで銀行にアクセスしており、特にスマホを使いこなす層にとってはすでにモバイルがメインチャネルになっているというわけです。
INDEX
・直面する課題はデジタルチャネルにおける体験のリッチ化
・海外の金融機関が取り組むデジタルアドバイザー
・顧客のフィードバックを得てさらにAIを洗練する“フィードバックループ”
直面する課題はデジタルチャネルにおける体験のリッチ化
個人あるいは中小法人オーナーが行いたい残高照会や送金など、多くの手続きは銀行のモバイルアプリでできますから、たしかに店舗に行く必要は感じられません。手続きでわからないことがあれば、銀行のチャットボットでFAQ検索をすればある程度は事足りるでしょう。
ところが、ちょっと煩雑な手続きが必要となったり、あるいは住宅ローンの相談や、お金の運用を相談したりしたい場合はどうでしょう。コールセンターに電話を掛け、場合によっては店舗に行った方が良いケースもあるかもしれませんが、「面倒だな」と感じる人もいるのではないでしょうか。
お金に関する事情は多様なため、顧客視点から見ると、一人ひとりに合ったパーソナライズされたサービスがモバイルなどデジタルチャネルを通じて提供されるのが理想です。単に顧客属性ごとにメッセージを出しわけるというレベルではなく、顧客が直面する状況に先んじてテーラーメイドされた様々なアドバイスやオファーを先回りして届けるといった“超パーソナライゼーション”が銀行アプリにも求められる時代になってきました。
海外の金融機関が取り組むデジタルアドバイザー
海外の金融機関は超パーソナライゼーションを軸としたモバイルアプリの顧客体験リッチ化にいち早く取り組んできました。
米国のバンク・オブ・アメリカは、デジタルアドバイザーに関する先駆者のうちの1社です。同行は2018年10月にデジタルアドバイザー“エリカ”をリリースしました。この自然言語処理を中心とした使いやすいAIは人気を博し、すでに約6,700万の顧客のうち47%が利用しているとされます。
https://promotions.bankofamerica.com/digitalbanking/mobilebanking/erica
エリカが活躍する大きなポイントは2つあります。1つ目は、「キャッシュカードを無くした」とか「先月の電気代を確認したい」というニーズに対して人間と同じように機械が対応できることです。つまり、顧客はスマホのスクリーンに向かって自然言語で話しかけることで、1ステップで的確な答えを知ることができ、手続きも行えるというわけです。
2つ目は、顧客が自分では知り得なかったようなインサイトを提供することです。例えば、「今月は通常通り過ごしているが、最初の2週間は少し多めお金に使っているようだ。その結果、2週間後に資金繰りが悪化するかもしれない」などです。エリカには、実に6,000種類以上ものインサイトが実装されているそうです。
富裕層につく専属のアドバイザーならこうしたアドバイスが日常的になされることでしょう。しかしAIを通じて数千万の顧客一人ひとりに対して、このようにテーラーメイドされたサービスを提供することができれば、とても画期的なことではないでしょうか?エリカが目指すのはまさにそうした世界なのです。
多くの顧客は、銀行がこのような親切なサービスを提供してくれることを期待していませんでした。しかしエリカは自分の生活など他のことに忙殺されているときに、自分の財務状況に目を配ってくれるので、「これは便利だ!もっといろいろやってほしい」と思うことでしょう。このように、顧客ロイヤルティが向上し、結果として取引が増えることに繋がるのです。
顧客のフィードバックを得てさらにAIを洗練する“フィードバックループ”
デジタルアドバイザーをさらに知的に進化させるには、顧客からのフィードバックを取り込んで複利的に教師データとして取り込みモデルを洗練させる、いわゆる“フィードバックループ”を回していくことが必須です。
エリカの場合、顧客体験の邪魔にならない程度に顧客の人生設計に関する質問を行い、明示的にデータを収集しています。また、提供したインサイトやオファーに対して、その体験が良かったか悪かったかをその都度確認することでフィードバックデータを収集する経路を作っています(親指を立てたり下げたりするあのボタンのことです)。
絶え間ないデータ収集とモデル洗練の結果、エリカの場合は有益な対応率は90%を超えているそうです。90%という数値は有人対応にも匹敵するレベルですから、最新のデジタルアドバイザーがいかに優れているかがわかります。
そして実は、デジタルに寄りすぎない、というのもデジタルアドバイザー普及の重要なポイントです。というのも、AIがいろいろなことをやってくれるのは素晴らしいけれど、本当は人と話をしたいと思うシーンは沢山あるのが現実なのです。
エリカの場合、人が対応すべきポイントに達すると、速やかにエリカ専任のコンタクトセンタースペシャリストに切り替わり、過去の会話を確認したのち必要に応じてFPなどの専門家と接続してくれます。
AIの進化速度に鑑みると、こうした有人対応の多くはいずれAIが置き変えることになるでしょう。しかし、現時点ではAIと人間のミックスがベストなようです。私はAIが究極に進化しても有人対応が必要な領域は残ると見ています。
逆説的な話ですが、有人ならではの温かみのある対応ができることは、デジタル化に突き進む銀行ビジネスにおける将来の差異化要素にもなるのではないでしょうか。
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今回は、超進化するAI×金融のデジタルアドバイザーについてご紹介しました。こうした事例を見ていると、いよいよ“金融版シンギュラリティ”が近づいているということを実感します(もちろん良い意味で、です)。
「機械にアドバイスされるなんて気持ち悪い」と感じる方もいらっしゃることでしょう。ただ、金融リテラシーの向上が課題にもなっている日本でこそ、こうしたサービスに価値があるのかもしれません。
[藤井 達人:みずほフィナンシャルグループ 執行理事 デジタル企画部 部長]
1998年よりIBMにてメガバンクの基幹系開発、金融機関向けコンサル業務に従事。その後、マイクロソフトを経てMUFGのイノベーション事業に参画しDXプロジェクトをリード。おもな活動としてFintech Challenge、MUFG Digitalアクセラレータ、オープンAPI、MUFGコイン等。その後、auフィナンシャルホールディングスにて、執行役員チーフデジタルオフィサーとして金融スーパーアプリの開発等をリード。マイクロソフトに復帰し金融機関のDX推進、サステナビリティ戦略の立案等にも携わる。一般社団法人FINOVATORSを設立しフィンテック企業の支援等も行っている。2021年より日本ブロックチェーン協会理事に就任。同志社大卒、東大EMP第17期修了。