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「人間は腸が大事」。16年間のプロサッカー選手経験が産んだ、全ての人をベストコンディションに促す腸内細菌バイオベンチャーAuB

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マーケティングの世界では、「言葉」が生まれると市場が顕在化、活性化するとされてきた。腸内細菌についても同じことが言える。「腸活」という言葉がまず広まり、消費者が関連商品に注目し始めた。

そもそもに立ち返ると、腸内細菌の効能については世界中でさまざまな研究がなされており、そのポテンシャルへの期待も高い。病気やストレスなどとの因果関係も明らかになっている。そうしたことを踏まえて、元浦和レッズの鈴木啓太氏はバイオベンチャーAuB株式会社を立ち上げた。サッカー好きならば、彼の活躍ぶりは語るまでもないだろう。

鈴木氏はアスリートの腸内環境は理想的であるという仮説から1000以上の検体データをアスリートから集め、4年間にわたり研究を続けた。今ではフードテック事業としてサプリメントを開発販売する傍ら、研究の知見を活かしたヘルスケアサービスや次世代アスリートのコミュニティ支援を行う。

16年間活躍したプロスポーツの世界を離れ、専門知識が求められるバイオベンチャーという新たなステージへと踏み込んだその理由とは。立ち上げまでの道のりと苦労を聞いた。

鈴木啓太
AuB株式会社 代表取締役
元サッカー日本代表。2000年に高校を卒業すると同時に、プロの道へ。2006年のJ1リーグ年間優勝、2007年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献。ベストイレブンを二度獲得。日本代表として国際Aマッチ通算28試合に出場。引退後、アスリートの腸内細菌を研究するAuB株式会社を設立。

INDEX

元アスリートが貢献できる場所を求めて出会った「腸内細菌」
ビジネス未経験者の、元スターアスリートが事業を軌道に乗せるまで
ここがポイント

元アスリートが貢献できる場所を求めて出会った「腸内細菌」

——AuB株式会社(以下AuB)立ち上げに至る経緯をお聞きするにあたって、まずはプロスポーツ選手の引退後のキャリアについての考えを教えてください。

鈴木:よくスポーツ界では引退後の生き方をセカンドキャリアと呼び、華々しい選手人生との明らかな線引きをします。ですが私は人生そのものが「終わらないキャリア」だと考えていますから、ファーストもセカンドもないと思っているんです。つまるところ、「かっこいいおじいちゃんになりたい」っていうのが夢なんですよ(笑)。こういった取材で言うことではないかもしれませんが。

じゃあ「かっこいいってなに?」と考えると、選手人生を終えても自信をもって日々を楽しく生きていくことなんじゃないかなと。おじいちゃんになった時、そういう人生だったと胸を張って振り返りたいものです。サッカーも仕事も、私にとっては人生の物語のひとつに過ぎませんから。

プロサッカー選手を完遂した、次なる目標としてまず頭に浮かんだのはスポーツクラブの経営でした。しかしこれは真剣に考えれば考えるほど、まずはビジネスの現場で経験を積まなくてはならないと思い至るんです。

では自分がサッカーから離れてなにができるのか。そう考えるうちに、ファンやサポーターをはじめとする人々の健康にスポーツ界が間接的に貢献できる場所として、ヘルスケア領域に辿り着きました。超高齢社会を迎える日本の課題に、元アスリートとして何かできるかもしれない。それと前後して、腸内細菌の面白さに気づいたのもこのタイミングでしたから、ここでなにかやろうと思えたんです。

僕自身「人間は腸が大事」と幼少より母に教えられて育ち、プロとしてのコンディショニングの中でも食生活を意識してきました。そうは言っても、それがまさかビジネスになるとは思いもしませんでした。

——腸内細菌研究の現状について簡単に伺いたいです。

鈴木: 日本国内では「腸活」という言葉がここ数年でようやく認知されてきましたが、アカデミアでは17世紀に「微生物の父」と呼ばれるオランダのレーウェンフックが自作の顕微鏡を用いて腸内細菌を発見して以来長年研究が続けられてきました。

研究内容は、鬱などの精神疾患や大腸癌や糖尿病など様々な疾患との因果関係など多岐に渡ります。近年では技術革新に伴う研究費の低コスト化が進み、世界中で腸内細菌研究はより活発になりました。アメリカやイスラエルはそのトップランナーです。しかし腸内環境は複雑で、人種や居住地域が違えば常在菌が変わるため、腸内細菌の構成が変わってくるので、まだまだわからないことも多いようです。

——お話を受けるに、より多様性のある腸内細菌データ収集が鍵を握りそうですね。

鈴木:その通りです。

学界では特徴的な被験者データを一定数集めて調べると大きな発見に繋がるのが定石ですが、実際問題として、データそのものが簡単には集まらないのです。個人情報などの権利関係もありますし、そもそも被験者を集めることが至難の業です。

しかし私がスポーツ界出身だったことで、フィジカル面でも生活面でも厳しいコンディショニングをするアスリート(特徴的な被験者)を大勢集めることができました。私のバックグラウンドがおそらく有利に働いたのでしょう。さらに研究費を会社から出資する形にしたため、一緒に協力してくださる研究者を探すのには困りませんでした。

結果として、AuBでは4年間で27種目500名以上、1000検体以上のアスリートから便サンプルを回収することに成功します。国内でも他に例を見ないようなので、日本人アスリートを対象とした腸内細菌のデータ量についてはおそらくAuBが世界一だと思います。ハーバード大学発のバイオベンチャーから「なぜそんなに検体を集められるのか」と驚かれたこともあるんですよ(笑)。

ビジネス未経験者の、元スターアスリートが事業を軌道に乗せるまで

——資金集めからビジネス化まではどのような流れでしたか。

鈴木:私たちには「アスリートの腸内細菌研究を人々の健康に役立てる」という目指す世界が明確にあったために幸い出資はすぐに募ることができました。初期のエンジェル投資段階では、事業計画より何をしたいかというビジョンが求められましたから。しかし、その先は案の定と言いますか、当然のようにビジネス化に苦労することとなります。

恥ずかしながら私はビジネス経験がなかったために、最終的なゴールだけを見ていて、お金稼ぎに無頓着でした。資金が今にも尽きそうという時になって「これだけの研究成果があるのにプロダクトはつくれないのか」と、ある人に進言いただいてからようやく、ただ研究するだけでは目指す世界に到達しないと気づいたんです。そこからビジネスモデルについて本腰を入れて考え始めました。

——ビジネスの現場に自ら身を置いたからこその気づきですね。よく乳酸菌を摂ると腸内環境が良くなると聞きますが、アスリートの腸内細菌研究からどんな結果が得られましたか。

鈴木:我々の研究は「アスリートの腸内環境は特徴的であるはず」という仮説からスタートしています。研究の結果、この仮説は立証されました。アスリートは一般人よりも腸内細菌の種類が多いんです。要は、腸内細菌の多様性を高めることが健康に繋がるということですね。

これまでは腸活といえば、ヨーグルトを沢山食べて乳酸菌を摂ることでした。しかし、毎日食べ続けるのはやはり大変です。そこで誰でも手軽に腸活ができ、一番簡単に人々に届けられるものとして、研究を元に有用な約30種類の菌を配合したサプリメントを開発。これを機にフードテック事業を立ち上げました。

この先、人々の腸内環境へのリテラシーが上がってくれば、AuBが腸活メソッドとして掲げているような多様な菌を摂って育てて守る腸活2.0が始まると思っています。

これまでの時代は経済合理主義的な豊かさを求め過ぎていたところがありますが、これからの時代では仕事と健康の両輪が回っていくことが大事ですよね。

——鈴木さんの考える「仕事と健康の両輪が上手く回る」とは。

鈴木:仕事でも家族との時間でも自分が本当にやりたいことでも、それをつつがなく実現するための土台は健康にあります。じゃあ闘病中の方はどうするんだという話もありますが、その方にも調子がいい、悪いがあるはずです。その「調子がいい時」を人それぞれの状況で出来る限り保っていく。そうすることで、なにか新しい事にチャレンジ出来たり、大切な人たちとよりよい関係性で時間を過ごしたりすることができる世界になる。だからこそ我々のミッションは「すべての人を、ベストコンディションに。」することです。

——AuBの事業特性として、ユーザーのコミュニティ化の実現があります。企業にとってのコミュニティづくりは昨今のトレンドながら成功例は決して多いと言えませんが、AuBの場合にはどういった要素から功を奏したのでしょうか。

鈴木:やはりユーザーとの直接的なコミュニケーションです。我々がビジネスを始めてすぐにコロナ禍になりましたが、オンラインもオフラインも両立させる重要性に気付かされました。

——上手くユーザーとコミュニケーション取るためには、まず何からはじめるべきでしょうか。

鈴木:誰に、何を届けたいのかを再定義することです。プロダクトよりもコーポレートの根幹にあるものを明確にし「こんな世界を実現したいから応援してくれないか」とユーザーにどれだけ伝えられるかが大切ではないでしょうか。プロダクトはその都度磨いていけば良いのです。

そうしたことを積み重ねた結果、ユーザーからも信頼に足るフィードバックがいただけるようになります。サッカーでも理論上の戦術では勝てるけど実戦で動けないということがよくありますが同じように、研究の根拠があってもサプリメントが体に合わない人もいるわけです。そうしたインサイトを拾っていくには実際にユーザーの顔を見て向き合うリアルな体験しかないと思いますし、それが僕らとユーザーとの信頼関係構築にも繋がるのかもしれません。

——では、AuBは今後どんな世界観を実現しようとしていますか。

鈴木:プロアスリートと同じくらいコンディショニングをやれとは言いません。ですが、自分がどんな状態にあるかを一人ひとりが把握できるようになるといいですね。そうした誰もがセルフコンディショニングできる世界の実現に向けて、AuBの今後の展開を3つのフェーズに分けて考えています。

まず現在のAuBが位置するフェーズ1では、フードテック事業としてサプリメントの販売を行っています。次なるフェーズ2では、ヘルスケアサービスの実証実験に取り組みます。今開発中の腸内環境分析サービスBENTREでは腸内環境の可視化を目指して研究を重ねています。今後は今日の腸内環境から何を食べるべきかがわかるなど、よりパーソナライズされたデータをデバイスから提供することも可能になるでしょう。

これによりどんな行動変容が人々に起こせるか。そこをビジネスとして人々が健康に生きる社会に繋げていくことがフェーズ3になります。いずれはファンやサポーターといったAuBのコミュニティをはじめ、あらゆる人の健康を守るインフラとなれるよう、サービスをさらにアップデートしていきたいですね。

——社会課題の解決と経済性の両立が求められるバイオスタートアップに携わる立場から、後進へのアドバイスはありますか。

結局、仮説が成立するかどうかは実験なしにはわかりません。何もしなければ仮説を潰すこともできず、ただ机上の空論に止まってしまいます。

たとえユーザーに何を、どのように届けるかが定まってなかったとしてもとにかく最短最速でなんらかの形にすることが大事。研究を重ねて根拠が示せたのであればまずはやってみることです。

ここがポイント

・AuBは腸内環境は理想的であるという仮説から1000以上の検体データをアスリートから集め、4年間にわたり研究を続けた
・人々の健康にスポーツ界が間接的に貢献できる場所として、ヘルスケア領域に辿り着いた
・特徴的な被験者データを集めて調べると大きな発見に繋がるのが、そもそデータが簡単には集まらない。そんな中、アスリート(特徴的な被験者)を大勢集めることができた
・これからの時代では仕事と健康の両輪が回っていくことが大事
・プロダクトよりもコーポレートの根幹にあるものを明確にし「こんな世界を実現したいから応援してくれないか」とユーザーに伝えられるかが大切


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:ayumi hanaue
撮影:小池大介