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「質問」と「対話」で医師を味方に。不動産デベロッパーから異分野の在留外国人のヘルスケア課題に取り組む「WELL ROOM」ができるまで

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三菱地所株式会社には社内から公募したアイデアを新規事業化する制度がある。まちづくりや不動産業にとらわれず幅広い事業の創造を行うことで、三菱地所としての事業領域を拡大し、新たな収益源を生み出すことが目的だ。

その新事業提案制度で採択され2021年に設立されたのがWELL ROOM株式会社(以下、WELL ROOM)だ。同社は日本で働く外国人従業員のサポートを行う、多言語対応のヘルスケアサービスを提供している。日本国内であっても外国人が高いレベルのヘルスケアサービスを享受し、健やかに働ける未来をつくるためだ。

国民皆保険によって日本国民は大きなストレスもなく医療やヘルスケアサービスを受けられる土壌を授かっている。ところが、日本で働く外国人においては、日本人と同様に国民皆保険の対象ではあるものの言語や文化の違いなど様々なハードルからその限りではない。そういったペインポイントを発見し、事業へと発展させた。

WELL ROOMの代表であり、事業の提案者でもある下田拓海氏は新卒4年目。下田氏にどのような思いで事業と向き合っているのかを尋ねた。

下田拓海
三菱地所株式会社 新事業創造部 兼 WELL ROOM株式会社 代表取締役
一橋大学経済学部卒業後、2018年に三菱地所株式会社へ入社。三菱地所グループの不動産ファンド運用会社のサポート業務や計数管理に従事後、社内ベンチャー制度にWELL ROOMの原型となるサービスを提案し、採択される。2020年に新事業創造部へ異動後、自ら提案した新事業の事業化を推進し、2021年に三菱地所100%子会社としてWELL ROOM株式会社を設立の上、代表取締役に就任。同年11月に在留外国人対応ヘルスケアサービス「WELL ROOM」を正式リリースし、現在に至る。

INDEX

「三菱地所」視点から自分自身の視点に切り替え事業を計画
事業の成長を見込んでBtoCからBtoBへと方向転換
未知の医療業界でビジネスを立ち上げるために大切にした、たった一つのこと
ここがポイント

「三菱地所」視点から自分自身の視点に切り替え事業を計画

下田氏が三菱地所に入社したのは今から4年前。新卒での入社だった。そんな彼が社内の新事業提案制度を利用して、新規事業の計画を始めたのは入社2年目のこと。事業のイメージが見えないままに模索した結果、たどり着いたのが医療分野での新規事業立案だったそうだ。

下田「もともと学生時代からまちづくりや不動産事業に興味を持っていたので、新卒で三菱地所に入社しました。不動産ファンドの部署で働いていたんですが、業務の10%を新規事業創出や新しい取り組みに当てるという業務目標設定の新ルールが社内で始まったんです。

入社したばかりでやっと仕事に慣れてという時期ではありましたが、せっかくなら新規事業を検討してみようと思って、企画を始めました。最初こそ三菱地所の強みであるアセットを活用した、商業や住宅にまつわる事業を検討しましたが、多くの場合はすでに事業化されていて……。

そこで考えたのが医療分野の事業でした。というのも、僕の妻が外国人で、日本国内での医療の壁を感じた話をずっと聞いていたんですね。日本語以外の言語に対応している病院がそもそも少ないですし、問診票や検査結果表などの翻訳にも対応していない。

また、日本での「〇〇科」という専門科の表記と海外の医療システムでの専門科表現とでは異なることもあり、そもそも症状に合わせて病院を選べないという人も多いんです。そういった課題解決に特化した事業はどうだろうかと考えました」

自身の家族に関連付けてペインポイントを発見した下田氏。医療に携わる友人を介してヒアリングを実施。事業の構想を固め、社内のビジネスコンテストで提案。無事一次選考を通過し、最終選考への進出という結果を残した。

下田「選考は二段階あり、一次選考では1分間のピッチコンテストを行いました。数十あるアイデアから具体的に事業検証を行うものを数件に絞ります。

その後、スタートアップ支援に特化した外部メンターを呼んで4ヶ月間の事業検証期間を確保。ニーズの検証やプレゼンテーションの完成度を高め、最終選考に移りました。その結果、この事業を三菱地所の新規事業として立ち上げようと決定していただきました」

事業の成長を見込んでBtoCからBtoBへと方向転換

無事に新規事業としての立ち上げが決定した後も、事業準備がスムーズに進んだわけではなかった。WELL ROOMの事業は、BtoCからBtoBへとビジネスモデルを変更しているためだ。そこには、ビジネスを循環させる上での「母数」「単価」という壁があったという。

下田「最初にこの事業を考えついたときは、身近な人のペインを解消したいという思いが強かったので、必然的にBtoCの事業をイメージしていました。特に、一般外来に訪れる外国人のためのサービスをつくりたいと思っていたんです。

ところが、事業計画を考えてみると、そもそも外国人の中で外来診察を目的に病院を訪れるパイが実は少ないのではという懸念が生まれました。気軽に日本の病院を訪れるにはハードルが高いことを外国人は知っていますし、軽い体調不良では病院に行く文化がない国もありますし。

また、事業が採択されて僕が新事業創造部に異動し、いざ事業化推進に取り組もうというタイミングにコロナが始まったこともあり、海外からの観光客はおろかビジネスや移住目的で海外から日本を訪れることも難しい状態。このコロナ禍においてBtoCではビジネスとしての広がりが少ないのではないかと考えるようになりました。

さらに、外国人向けの医療サポートサービスを展開した場合、個人の方がそのサービスにどのくらいのお金を払ってくれるのかという検討をつけるのが難しい。要するに、そろばんを弾くのも不確定な状態で、事業計画を立てにくい課題が生まれていました

事業の立ち上げ時にコロナ禍に突入するという変化があり、事業を見直すきっかけに。三菱地所で関わりのある医療従事者や医療系ベンチャー企業などへのヒアリングを重ねるうちに、下田氏は医療分野の範囲を広げて「ヘルスケア」領域でBtoB事業を行うほうが、ニーズが多いのではないかと仮説を立てた。

下田「医療分野で事業をつくっている起業家の方々に話を聞いていくなかで、一般診療のみに幅を狭めるのではなく、健康診断や人間ドック、コロナ禍で注目度も高まっているメンタルヘルスなどのヘルスケア領域に着目してはどうかというアイデアが生まれました

また、そういったヘルスケア領域であれば、企業が従業員向けの福利厚生として導入を検討する潮流もある。BtoBの事業としての成長が見込めるのではないかと考えました。多言語対応のヘルスケアサービスとすることで、日本人・外国人を問わず従業員の健康管理に寄与できることも目指しているんです」

未知の医療業界でビジネスを立ち上げるために大切にした、たった一つのこと

下田氏が新規事業としてWELL ROOMを立ち上げる上で最も難しかったことの一つが、業界理解だったという。医療やヘルスケア領域の知識はほとんどなかったため、初期は業界を理解するために病院やクリニックの医師に話を聞いて回った。医療機関へと営業に訪れ、対話を重ねることで事業としての道筋をじっくり描いた。

下田医療機関への営業は、文化の異なる業界があることを知る良い機会でした。特にお医者さんはとても忙しい方が多いので、時間をいただけたとしても5分程度だったり、会議室がないので待合室のベンチで話すだったり。そういった環境に対応しながら信用を積み重ねることの難しさを感じました。

それに、医療業界はDXが進んでいる世界ではありません。そのため、僕たちのサービスを説明してもなかなかピンとこないという方も多くて。だからこそシンプルにサービスの良さや特徴を伝える工夫を行っていました。シンプルに良いものであることを理解してもらうために事業を言語化する機会にもなりました」

異なる業界に入り込みながら事業を推し進める上では、業界内での信頼を獲得することがなによりも大切。簡単ではない信頼獲得のために、下田氏が意識したのは「興味を持ってもらうための対話を展開すること」だった。

下田「お医者さんは医薬品の説明や営業などでMRの方と話をする機会が多いですが、その際はだいたい“話を聞くだけ”で商談の場が終わってしまい、対話よりも説得を受けるような印象が強いそうです。

だからか、僕たちから業界や医療現場について質問をさせていただくことで『珍しいね』と、興味を持って話をしてくださるようになって。医療業界に貢献できる事業を考えていることや、そのために力添えをいただきたいことを、対話を通して伝えることで随分と信頼していただけるようになった感触があります」

WELL ROOMとしてサービス提供を開始してからはまだ数ヶ月。すでに10軒の医療機関との提携が決定し、外国人従業員を多く抱える企業からの問い合わせも増加してきているタイミングだ。下田氏はビジネスとしての今後の展開をどのように捉えているのだろうか。

下田「まずは、BtoBで認知を拡大して多くの企業に活用いただけるサービスをつくりたいと考えています。直近は、問診票や健康診断の検査結果などの翻訳サービスや多言語でのメンタルヘルス相談体制の構築に注力していく予定です。そうして、これまで生まれていたペインが解消される世界を実現したいですね。

また、長期的にはBtoCへの展開も目指しています。医療業界をより前進させていきたいなと。最初はパイも大きく事業成長の見込めるBtoB領域でしっかりと成功を残し、その後、BtoCへ。三菱地所の代表的な事業にもできるよう精一杯がんばっていきます」

ここがポイント

・三菱地所の新事業提案制度を通して、多言語対応のヘルスケアサービス「WELL ROOM」が採択された
・外国人が感じている医療の壁を解消するために提案されたアイデアを事業化
・初期はBtoCでのビジネスモデルを構想していたが、成長観点を繰り返し検討した結果BtoBへと転換
・一般診療分野だけではなく、より広いヘルスケア領域へと事業範囲を拡大したことでパイの獲得も叶えられる状況を実現
・未知の業界を知る上では、業界へのリスペクトを持ち、対話を繰り返すことで信頼を獲得することが重要


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木詩乃
撮影:小池大介