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農業由来カーボンクレジットで、日本を脱炭素社会のリーダーにする。フェイガーが描く農業×脱炭素の未来

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サステナビリティ推進の文脈に留まらず、投資先として世界的に注目を集めている気候変動(脱炭素)事業。領域特化型ファンドが設立され、調達額が激増するなど、急成長が見込める市場であるのは間違いないだろう。
しかし、関心が高まる一方で、本当に収益化できるのか、実際にどう行動を起こせばよいのか、確証を持てない企業は多い。
今回「農業由来カーボンクレジット」を軸に、農業✕脱炭素の事業を展開する「フェイガー」代表の石崎貴紘氏に、日本及びアジアが世界水準で脱炭素を推進していくためのヒントを伺った。日本が抱える課題と農業由来の可能性、そしてカーボンクレジット流通を通して石崎氏が見据える未来とは。


石崎貴紘
株式会社フェイガー 代表 石崎貴紘
PwCアドバイザリー事業再生部門、YCP Solidianceシンガポールオフィス代表パートナー等を経て現職。早稲田大学法学部卒業後、PwCの日本オフィスで幅広くコンサルティングプロジェクトを経験。専門テーマは脱炭素、農林水産業・食品関連、新規事業創出、海外進出支援など。YCP Solidianceシンガポールではコンサルティングとプリンシパル・インベストメントを行うオフィスの代表として、主に日本企業の海外進出や現地ビジネスの拡大に取り込んだ。2022年に株式会社フェイガーを設立後は、代表として日本及びアジアの脱炭素社会の推進に力を注ぐ。

INDEX

カーボンクレジットが流通すれば、企業の自助努力だけでは到達できないCO2削減目標に手が届く
削減義務のない農家が参入? 農業の新たな収益源としてのカーボンクレジットの可能性
仲間が見つかったおかげで、生産者側にも買い手側にも伴走できる理想の事業が始められた
新規参入を競合とは思わない。理想に向かって一緒にパーツとなってくれる仲間は大歓迎
ここがポイント

カーボンクレジットが流通すれば、企業の自助努力だけでは到達できないCO2削減目標に手が届く

――まず、カーボンクレジットについて教えてください。
カーボンクレジットの前に、前提として「GXリーグ」の説明をさせてください。日本政府は、2050年までにカーボンニュートラルにすることを宣言(2020年10月)しました。その中間目標として、2030年度に温室効果ガスを2013年度比で46%削減することを掲げています。このカーボンニュートラルの達成のために産・官・学・金(金融)が連携して議論を行い、自主的な排出量取引を実施する連盟が「GXリーグ」です。そして、この取引など際に使われるのがカーボンクレジットです。ある種の通貨のようなものと捉えるとわかりやすいかもしれません。GXリーグに賛同する企業はそれぞれ脱炭素の目標値を掲げていますが、目標通りCO2を減らせる企業もあれば、自助努力のみでは思うように減らせない企業も出てくるでしょう。その際に、削減できる企業や組織が脱炭素の取り組み(プロジェクト)を行い、企業はそのプロジェクトへの投資を通して結果的に目標を達成する。それがカーボンクレジットなのです。いくつかある認証団体から削減量の認証を受けることで取引が可能になります。
我々が取り扱っている「農業由来カーボンクレジット」で言えば、本来CO2の削減義務が無い農家がそこに取り組み、削減義務を負っている企業に買い取ってもらうことで、農家の収益を増やせます。
国単位の削減目標は、COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)などの場で決まります。日本ではそこから各企業に具体的な数値が割り振られるまではいかないのですが、プライム上場企業には「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)レポート」の提出が義務付けられています。レポートを作成するためには当然、削減プランを立てなければいけないわけです。

――その実現に、カーボンクレジットが必要になる?
例えば航空会社場合、運行には必ず燃料が必要になるため、削減目標が10%前後で航路の効率化などにより企業努力で達成できても、50%となると飛行機の運行を停止しないと達成できない。でもそれだとビジネスが立ち行かない。これまでは自社だけでなんとかしていたのが、カーボンクレジットがあれば周りの企業等にプロジェクトへの投資という形で協力してもらえます。逆に、目標以上に減らせたときには過剰な分を販売して収益に変えられる、エコシステムのような仕組みです。

――日本の脱炭素は計画通り進んでいるのでしょうか。
今の削減ペースだと、2030年までの目標には届きません。メインの削減手法は、再エネ化、省エネ努力、家庭及び非エネルギー起源での削減なのですが、計算上これでは足りないんですね。これまでの日本は、環境のためという気運はあれど、欧米ほどダイナミックな投資は求められておらず、マーケットとして脱炭素への取り組みが評価されることも少なかった。これからはもっと具体的に排出量や削減量を可視化しなければいけなくなる。
何もやっていない企業にとってはリスクですし、対応が迫られるでしょう。一方先んじて取り組みをしてきた企業にとっては、国内だけでなくグローバルスタンダードで認められるチャンスになると思います。

――先のTCFDレポートはグローバル基準に則ったものですか?
はい。そのため、レポートに則った動きをしておけば、海外投資家に企業を評価してもらうことに繋がります。

――カーボンクレジットの認証制度はどうなっているのでしょうか。
大きく分けると、政府主導と民間主導の2種類があります。日本だと「J-クレジット」という政府が運用しているものがあり、民間主導だと世界規格のボランタリーカーボンクレジットであるVCSやGold Standardなどがあります
Jクレジットは日本語でやり取りができ、日本の規格で通りやすいのがメリットですが、クレジットの発行量が少なく、種類も限られてしまうのが課題です。たとえCO2を削減できていたとしても、政府が認めた削減方法でないとクレジットは認証されません。
一方でボランタリーカーボンクレジットは、種類も供給量も多いのがメリットです。J-クレジットの300倍くらいの供給量があります。ただ、認証の過程で英語が必須なので日本人にとってはハードルとなるかもしれません。

削減義務のない農家が参入? 農業の新たな収益源としてのカーボンクレジットの可能性

――認証を受けられるクレジットの「種類」というのは?
再エネ由来、森林由来、農業由来などいろいろな種類があります。これはJ-クレジットでもボランタリーカーボンクレジットでも同じです。

――その中で御社が農業由来に着目したのはなぜですか?
農地×脱炭素は今後一番熱くなると言われています。小麦などの栽培では、不耕起栽培という農地を耕さない方法があり、それでCO2の排出量を削減できたりする。他にも、米を栽培する際には、水田の水を抜く「中干し」という工程があるのですが、その期間を3日から14日に増やすだけで排出されるメタンの量を約50%削減できます。収益のためには農地を減らすことはできなくても、そういった手法・技術によって排出量を削減できる余地はあります。研究成果や論文もきちんと出ていて、欧米ではこれをどんどんクレジットに変えていこうという動きが活発になっていているんです。
クレジットの仕組みは、農家さんにとって持続可能な形で脱炭素に取り組むモチベーションになります。環境のためになんとなくボランティアで1回だけやってみた、ではなく、きちんとお金として還元されれば、毎年継続的に成果を出すエコシステムができる。
日本やアジアでも同じです。新たな敷地が必要になるソーラー発電や風力発電に比べて、すでに国内にある約400万ヘクタール以上の農地はかなりのポテンシャルを持っていると思いませんか。国際的に見ると現状日本は脱炭素化が遅れています。自分が培ってきた農業分野の知見と分野が持つポテンシャルを組み合わせて、日本を盛り上げるようなポジティブな働きをしたいと思ったのが、農業由来に着目した理由です。

――農家さんはどういったきっかけで取り組み始めるものなんでしょう?
感度の高い農家さんや自治体、農業法人から少しずつ始めている状況です。ほとんどが紹介で、アグリテック企業様、金融機関様、食品関連企業様、自治体様などからお声がけいただいています。
正直、農家様からすれば、いきなり脱炭素と言われてもよくわからないという反応も多いです。ただ、ボランティアベースの取り組みに留まっているうちは一部の感度の高い方にしか響かないですが、きちんと収益化できるとわかれば、「全部の面積じゃなくても一部で試してみてもいいかな」という流れが生まれるかなと。

――クレジットに変えるために必要な農地の広さの目安はありますか?
アメリカのように広大な農地を持っていると、脱炭素の取り組みだけで年収4000万円みたいな人がいるんですけど、日本では現時点のクレジット単価だと、1ヘクタールで最大1万円前後のイメージです。日本の1農家あたりの平均である約2ヘクタールだと2万円。手間に対して割が合いません。
そのため、どうやって塊を大きくしていくかがひとつの課題になります。各農家さん規模だと少なくても、村単位で4000ヘクタールあれば4000万円になるので、自治体単位でまとめるのはアリです。なお、炭素の価格は過去10年で4倍になっていて、需要に対して供給が少ないので、今後もどんどん値上がりしていくと予想されており、2030年には今のもう4倍になると言われています。その点は期待できますね。

――今後どんなビジネスチャンスがありそうでしょうか?
農家さんが海外のボランタリークレジットの認証を受けられれば、海外にも販売できるようになっていきます。実際もう動き出していて、実現できればよりフラットでフェアな世界が見えてきます。
削減義務がない人たちも含めて、農業由来に限らずいろいろなプレーヤーが削減に取り組む。日本企業が買ってくれないなら例えばシンガポールに売るよ、とできる状態が双方ハッピーですよね。

仲間が見つかったおかげで、生産者側にも買い手側にも伴走できる理想の事業が始められた

――改めて、御社の事業範囲を教えてください。
ビジネスの範囲としては、クレジットを生成して認証を受け売却するまでの生産者側のサポートと、たくさんのクレジットの中から買ったり償却する企業側のサポートの両方をやっています。

前者の生産者側だと、取り組みそのものはもちろん農家さんにやっていただく必要があるのですが、認証を受けるための申請には100ページぐらいの英語、しかも数式がたくさんあるレポートを提出する工程があって。そういった農家さんご自身では難しい部分を、なるべくシンプルなシステムで提供し、最小限のインプットで代行できる状態を目指しています。クラウド会計サービスなどにある会社設立サポートのようなイメージでしょうか。
後者の買う側のサポートだと、クレジットの中身を吟味したり認証機関とのやり取りを代行しています。実は販売されているクレジットはきれいにリスト化されているわけではないんですね。簡単な情報は載っていますが、誰がどこでどう作った何由来の何トンのクレジットなのか、といった詳しいプロセスを知るにはプロジェクトデベロッパーと直接会話をし、場合によっては現地に見に行かなければいけない。それって企業の担当の人が上司に頼まれて数日でできることではないわけです。海外のクレジットだとさらにハードルが上がります。
我々は日々マーケットの状況をウォッチしている知見があるので、各企業に合わせてどういうクレジットを買えば良いか提案するところから、実際に調達してきてレポートを提出するところまで全部サポートしています。企業内で、どのクレジットが欲しいかまで議論が進んでいれば良いですが、「そもそもクレジットって何?」「お金を払うだけなんて世間から冷たい目で見られない?」といった悩みから始まる場合も多くて。クレジットの売買は当然僕らを通さなくてもできることですが、企業毎に抱えるニーズや課題に伴走してほしいというご要望は結構あります。

――他にそういったことをやっている会社は? 
国内の脱炭素への取り組みが遅れているのもあり、日本にはほぼ無いです。無いからこそのチャレンジでもあります。欧米だと小麦やトウモロコシをクレジットに変える動きはあっても、扱うのがアジアの水田となると参入の優先度は低くなる。私の場合、農業、コンサル、海外にバックグラウンドがある仲間が見つかったことも、この事業を始められた理由として大きいですね。
新しい取り組みに抵抗を持たれるのは想定内。国内のアーリーアダプターと枠組みを作り、海外市場でいっきに広めたい

――今後市場が成長していくにあたってのハードルは何でしょうか。
ひとつは農地が狭いこと。なので初期は個々の農家さんというよりは、大きな農業法人さんや自治体中心の取り組みになると思っています。
もうひとつは新しい分野なので、少なからず抵抗があることです。既に取り組まれてる方々をモデルケースに、きちんとお金を還元できる仕組みを見せた上で、一緒にやってみませんかと声をかけて進めています。

――感度が高い層をまずは攻めると。
ただ、アーリーアダプターの次、マジョリティーに広めていけるかは我々のようなスタートアップが一社で進めるのはかなり難しい。だから日本である程度仕組みを作ったら、国内はアライアンス等を通して取り組みの拡大を進めつつ、同時にタイやインドなど海外で展開しようと考えています。クレジットは日本国内だけで評価されるよりも、グローバルで評価された方が農家さんにとって買い手が増える、高く買ってもらえる可能性があります。その意味でも、我々もグローバルで展開している必要があると思っています。

――ボランタリーカーボンクレジットの流通、つまり企業側の課題はどうですか?
今はまだ「まずは自助努力」のスタンスの企業が多い。ただ、2030年が近くなるとみんなクレジットを買い出すと思います。でもクレジットは生成が少ない。需要過多に伴い価格がどんどん上がっていき、買おうと思ったときには高騰しているか、そもそも在庫ない状況になっている可能性があるんですね。
例えば森林由来クレジットだと、アメリカの企業が「このインドネシアの森由来のクレジット、将来5年分買います」みたいなことをやってたりする。地球上の木をすぐに2倍、3倍にはできないじゃないですか。なかなか生成は増えないのに信頼度が高いクレジットをみんな欲しがる。
だから、先見の明を持ち、自助努力とクレジットの購入を両方とも進めておくべきなんです。手遅れになると日本の企業が高いクレジットを売りつけられて金づる化してしまうかもしれない。
もうひとつの課題は、イメージの誤解です。クレジットは短絡的に見ると、努力もしないでお金で解決しているように見えてしまう。ただアメリカの先進企業なんかを見ると、周辺地域で生成されたクレジットを買い取ることで、その地域の脱炭素化に責任を持つんだという状況を作っています。自社の企業活動プラス、周辺まで巻き込んだ形での脱炭素推進です。脱炭素は、誰が減らしたかではなくどれだけ減らしたかが重要です。企業がクレジットも活用しながらより大きな削減を実現するエコシステムを作れたということであれば、当然評価されます。日本でも同じ様に、持続可能な社会の中心にプライム上場企業が居て、周りも巻き込みながら日本全体に広がっていくのが理想です。海外のクレジットを購入し続ける国ではなく、日本国内でクレジットを発行し、アジアをリードできる存在だとグローバルのマーケットから評価されたいですね。

――持続可能なシステムには巻き込む力がキーワードになりそうですね。
カーボンクレジットという血液みたいなものを通して、各企業だけでなく周辺領域が巻き込まれた形で脱炭素エコシステムができる。そして努力をすればきちんとお金が還元される循環が毛細血管のように日本中に広がっている。そこに向かって、自分たちも役割を果たしていきたいです。
日本の農家さんも含めて、アジアの農家で脱炭素の取り組みをした人にお金が還流される状態になれば、農業そのものに物を売る以外の新しいお金の流れができます。国が自給自足できるかにおいて、当たり前ですが農家さんは非常に重要で、そこにお金が還元されるって、日本にとってもアジアにとっても重要なミッションだと思っていて。今は炭素での還元に取り組んでいますが、超将来的には炭素に留まらない形にも取り組めたらと思っています。

新規参入を競合とは思わない。理想に向かって一緒にパーツとなってくれる仲間は大歓迎

――これから参入してくる人たちに対してはどうお考えですか。
クライメートテックに関わる人たちは仲間だと感じています。例えば業務改善サービスだと、他社は競合ですよね。でもアグリテックなども含めてクライメートテック界隈のプレイヤーが集まるのって、自分たちにできない部分がパーツとして埋まっていくようなイメージなんです。だから参入してきてくれることに対してはすごくウェルカムです。

――自社と同じ事業内容の会社だとしても?
私は、自分の器より大きなことをやろうとしていると思っていて。だから自分たちだけで完結することは無いんです。プレイヤーが増えればその分我々も頑張らないといけないけれど、目指す世界を実現できる確度が上がるとも言えます。
ライバルがいれば我々のサービスのクオリティも上がるのでお客さんもハッピーですし。今のフェーズは競合と捉えるよりも、一緒に作っていければいいと思います。全体としてスピードが上がるじゃないですか。


――最後に伝えたいことがあればお願いします。
脱炭素の取り組みにおいて日本は遅れていると言いましたけど、脱炭素を表明している企業数だと日本が世界で一番多いんです。自分の企業だけ儲かれば他はどうだっていいなんて考え方の企業が居ないのは本当に良いことだと感じていて。日本がグローバルスタンダードとして評価されるようになれるかは、ここ1、2年の動き次第だと思います。マイクロソフトなどは創業以来のCO2排出をオフセットすると宣言して実行中ですが、その規模の取り組みを行っている企業は日本だとまだ少ない。ひとつのイベントでCO2排出をオフセットする、もちろんそれでも良いのですが、もう少し規模感とスピード感をアップしてアジアをリードできる国になりたい。
簡単ではないと思いますが、日本ならできると信じています。

ここがポイント

・カーボンクレジットは通貨のようなもの。自助努力だけでは難しいレベルの脱炭素化を達成させる可能性を持っている
・今後はCO2排出量や削減量の可視化が必須になる。カーボンクレジットを通じて脱炭素に取り組む日本の企業は、グローバルで評価されるチャンス
・カーボンクレジットがもたらすエコシステムは、削減義務を負わない農家にとっても、持続可能な形で脱炭素に取り組むモチベーションになる
・日本における農地×脱炭素領域はビジネスチャンスに溢れいている。フェイガーはその中でもまだ手つかずだった農業由来クレジットに着目
・わかりにくく実行のハードルが高いカーボンクレジット周りのいろいろをまるっと代行するのがフェイガーの強み
・日本でアーリーアダプター層の農家と一緒に始め、その後の展開は海外を中心に進めていく計画
・今のフェーズでは同領域のプレイヤーは競合ではなく仲間。一緒に理想の実現に向けて動いていきたい


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:松下沙彩
撮影:小池大介