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上場企業の人的資本の開示が始まる2023年度。「ESG経営」を取り入れる際に今知っておくべき観点

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2022年にプライム市場上場企業にTCFD*に基づく情報開示が義務化されたことを受け、プライム上場企業に限らず、環境に配慮した取り組みを始める企業が急増している。しかし一方で、それらの取組をどのように可視化し、事業成長に繋げればよいか分からずに困っている経営者も少なくないだろう。

そのような企業に対し、テクノロジーを活用して「ESG経営」導入の支援をしているのがサステナブル・ラボ株式会社。AIとビッグデータを活用し、企業のESG/SDGs貢献度を可視化した、国内最大級の非財務データバンク「TERRAST」とSDGs経営推進のためのプラットフォーム「TERRAST for Enterprise」を提供している。

今回は同社COOの高橋 浩太郎氏に、いかに経営にESG活動を組み合わせていけばいいのか、ESG経営をすることでどのようなメリットがあるのか聞いた。

*TCFD(Task force on Climate-related Financial Disclosures)、「気候関連財務情報開示タスクフォース」と呼ばれる各企業の気候変動への取り組みを具体的に開示することを推奨する、国際的な組織

高橋 浩太郎
サステナブル・ラボ COO(Chief Operating Officer)
大手保険会社での営業、ユーザベースの国内セールスチーフ、東南アジア営業統括責任者(在シンガポール)を経て、英国Hult International Business SchoolにてMBA取得後、帰国し当社に参画。ビジネス全般の推進の他、コーチングを活用した人材開発にも注力。

INDEX

大企業・中小企業ともに加速する日本のESG経営
効果的なESG経営の推進方法
海外と比べた日本のESG経営の現在地
ここがポイント

大企業・中小企業ともに加速する日本のESG経営

――まずは日本におけるESG経営の現状について聞かせてください。

ESG経営は、「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(管理体制)」の頭文字をとった言葉で、目先の利益だけでなく、環境への配慮や社会的規範、コーポレートガバナンスの遵守を重視し、持続可能な発展を目指す経営スタイルのことを指します。SDGsと混同されて語られがちですが、ESGは、投資家が企業を評価する際の指標や企業経営のスタイルを表す際に用いられるのに対し、SDGsは国連・各国政府全体としての共通目標として掲げられるもので、基本的には異なる概念です。SDGsを目標とすれば、ESGはSDGsを達成するための手段とも言えます。

日本でESG投資という言葉が広がったのは、2015年にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRI(国連責任投資原則)に署名した事が一つのきっかけです。PRIとは2006年に国連の主導で発足したESG投資の世界的なプラットフォームで、GPIFのような年金基金などの資産所有者や機関投資家などが署名しています。

署名から約8年が経ち、日本でもESGに関する活動をしようという機運は加速度的に広がってきました。大企業を対象とする投資家やアセットマネージャーと話をしていても、財務諸表だけでなく、非財務情報、つまりESG活動などを投資判断の軸に取り入れる事が益々当たり前になっていく動きを感じています。

――具体的にどのような変化があるのでしょうか?

大企業に関していえば、非財務情報を載せた統合報告書を提出する企業は約800社近くに上ると言われています。また、プライム市場に上場している企業は2022年4月以降、TCFDに基づく情報開示が実質義務付けられました。加えて今年2023年度には、人的資本に関する情報開示の義務化も開始となり、国を挙げてESGに関する取組・開示を制度化し始めているのです。

――大企業のルールが変わってきている中、中小企業にも影響はあるのでしょうか。

大企業の変化は中小企業にも無関係ではありません。大企業がサステナビリティの情報開示をする上で、自社単体だけでなく、国内外サプライチェーン全体の状況を把握していく必要があります。つまり、大企業と取引のある中小企業は、大企業が定めた基準を満たす企業かどうかを調べられるケースも増加しており、もしも基準を満たさなければ、最悪の場合取引を止められるリスクも出てきているのが現実です。

特に、自動車産業をはじめとする各種製造業でそのような動きが加速してきており、中小企業であってもESG経営に無関心ではいられなくなっています。また、ここ数年は、メディアの影響もあって、SDGs達成のための手段でもあるESG経営についても、企業の間で認知や浸透が高まってきているのはポジティブに捉えています。

――大企業のサプライチェーンに含まれない、スタートアップなどについていかがですか。

スタートアップはもともと社会課題を解決したいという想いで立ち上げられた企業が多いため、ESGやサステナビリティへの意識が高い企業も沢山いらっしゃいます。加えて、大企業に営業をしたり国内外のVCから資金調達をしたりしていく上で、ESG・非財務情報に関するデータの適切な開示は今後必要性が高まっていくのではと考えています。

事業成長のためにも、スタートアップも必然的にESG経営の意識や取組が益々重要になっていくと思います。

――ESG経営がどのように事業成長に繋がるのか具体例を教えてください。

たとえば私たちの顧客に、社員数百名の非製造業の企業がいらっしゃいます。そこでは、当社の「TERRAST for Enterprise」を活用し、自社のESG推進について可視化を実施しました。これによって、これまであいまいに語られがちであったサステナビリティへの取り組みを「データドリブン」に語れるようになり、従業員のサステナビリティに関する認識・理解度が進み、顧客・株主をはじめとするステークホルダーからの共感も向上したと聞いています。加えて、E・S・Gと幅広いテーマがある中で、業界平均と比較してどのテーマが高いか、低いかを相対的に知ることが出来るため、今後どの領域を改善し、投資していくかの判断材料として活用するなど、文字通り経営の意思決定に活用されています。実際、顧客の方々より「TERRAST for Enterpriseは、サステナビリティ経営のための健康診断ツールのようなものですね」と評価をいただいています。

また、中小企業ほど、次世代を担う人材の獲得に苦労していると思いますが、財務諸表で可視化できるモノ・カネに加えて、人的資本であるヒトまで非財務情報として可視化できれば、採用の優位性にもつながっていきます。若くて優秀な人達は企業のESG活動にも注目しています。しっかりとESG活動に取り組み、それを打ち出すことで採用活動にもメリットがあるのです。

加えて、今は金融機関も企業の非財務情報に注目しているので、今後は融資を受ける際にも、情報開示が重要性を増していきます。お付き合いのある金融機関などに相談しながらESG経営を進めていくのも良いでしょう。

ESG経営は先行者利益が大きくなる可能性もあります。先駆けて本格的に取り組むことで、他社との差別化を図るチャンスとも言えます。言葉だけでなく、客観的にESG経営をしていることを打ち出す企業がもっと増えるといいと思いますね。

効果的なESG経営の推進方法

――どうすればESG経営に取り組んでいることを客観的に打ち出せるのでしょうか。

ひとつの有効な方法としては、ESGに関わる格付や認証機関などを適切に活用することだと思います。自社で独自発信するのも良いですが、何かしらの基準に基づいたものや、それが一定のレベルで他社比較ができるなど、定量要素があることが望ましいと考えています。
ただ、その格付や認証自体も国内外に多数存在し、実際にどの取得を目指せば良いのかは難しい問題です。また、このような背景から、金融機関や投資家サイドも、効果的かつ適切な企業評価に苦慮されている声も伺っています。
特に中小企業では、人的リソースの課題もあり、いくつも似たような評価機関や認証制度の対応をする余裕はない中で、いかに負担をかけ過ぎずに自社のESG経営を推進していくか、は重要なテーマであると考えています。

そのために当社は、2023年3月より「サステナビリティデータ・評価基準化機構(仮称)」設立に向けた活動を開始しました。これは、上場企業や大手企業のみならず、中小企業や非上場企業にも非財務データを浸透・促進する活動になります。日本では99%を中小企業が占め、日本経済を支えているにも関わらず、これらの企業が対応可能なサステナビリティ開示・評価の仕組みが現状でほぼ存在しないため、潜在能力を将来に渡って活用できない懸念があります。

中小企業や非上場企業の良さを照らしだすためにも、官公庁や金融機関、各界の主要な団体などを巻き込み、アジアを中心としてあらゆる投融資判断の評価指標、取り扱うデータの標準化を進める、当機構を設立する想いに至りました。設立に向けて、メガバンクをはじめとする金融業界、関係省庁、中小企業関連団体、その他の関係企業・団体と協議を行っています。この取組が進めば、特に中小企業や非上場企業にとっても「データをしっかり集めていれば、ESG経営の第一歩が踏み出せる」という環境を整備できると考えています。

海外と比べた日本のESG経営の現在地

――日本は海外に比べてESG経営が遅れているという印象があるのですが、実際はどうなのか聞かせてください。

日本には「三方良し」という言葉があるように、昔から社会貢献を意識する風土がありました。事業成長を考えながらも、環境や社会のためにできることはないか考える経営者は多いと思います。むしろ、そのような考え方をしている企業が代々存続、繁栄してきました。

そう考えると、日本のESG経営は決して遅れているとは言えません。しかしその一方で、日本ではそのような取り組みを適切に開示したり、投資家とコミュニケーション出来ているかというと、まだその余地はあるのではと考えています。

――実際はESGに則った活動をしていても、それが表に出てこなかったという事なのですね。

そう見ています。ESG活動の可視化は、海外企業に比べて遅れている点もあると思います。それ故に日本のESG経営が遅れているという印象を持たれるのは仕方ないかもしれません。しかし、今は日本も海外の制度を参考に環境整備が始まっています。

今後はしっかりとESGの取り組みを可視化し、対外的に打ち出していけるようになるはずです。もちろん、大事なのは可視化で終わらず、足りない部分は補い、取り組みを強化していくことです。サステナビリティにゴールはありません。時代背景をはじめ、様々な要因で社会・環境課題は変化していくため、企業のビジョンやパーパスに沿って、柔軟に方法論を更新していく必要があります。だからこそ、自社のサステナビリティ経営を定点観測していくことが大切なのです。

――日本企業にも大きな変化が求められている中で、どこにビジネスチャンスがあると思いますか?

ESG経営を推進したい企業と支援する人たちを、適切にマッチングできる仕組みにはビジネスチャンスがあると思います。ESG経営を始める際に、まずは自分たちの健康状態を可視化することからスタートしますが、その後は気候変動のサービスや、各領域の専門家の力を借りながら、実際のESG指標の改善や推進に取り組んでいく必要があります。

私達も、当社サービスを利用された顧客のみなさんに、可視化後のESG経営実施に向けて、様々な分野の専門家を紹介しています。オンラインでも支援はできますから、企業のニーズにあった最適な専門家を国内外問わず探せ、マッチングできるようになると、日本企業のESG経営も更に加速できると考えています。

ここがポイント

・ESG経営とは、目先の利益だけでなく、環境への配慮や社会的規範、コーポレートガバナンスの遵守を重視し、持続可能な発展を目指す経営スタイルのこと
・大企業と取引のある中小企業は、大企業が定めた基準を満たす企業かどうかを調べられるケースも増加している
・ESG経営は先駆けて本格的に取り組むことで、他社との差別化を図るチャンスとなり、先行者利益が大きくなる可能性がある
・データをしっかり集めていれば、ESG経営の第一歩が踏み出せる環境づくりを進めている
・ESG経営を推進したい企業と支援する人たちを、適切にマッチングできる仕組みにはビジネスチャンスがある


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:阿部拓朗