TO TOP

ビル丸ごとを使ったロボットのショーケース。三菱地所とOcta Roboticsが行った新東京ビルでの実証実験の裏側

読了時間:約 9 分

This article can be read in 9 minutes

近年、私たちの生活の中で急速に普及が進んでいるロボット。なかでも、人間が行う作業や動作を支援してくれるサービスロボットは、注目が集まっているものの一つだ。しかし、サービスロボットの運用にはまだまだ課題も多い。例えば、ロボットだけでのエレベーターを使った移動や自動ドアの通り抜けなどはロボットが苦手とする動作の一つだが、サービスロボットはこうした動作を要求される場合が多い。

そこで、Octa Roboticsはこれらの課題を解決するインターフェースサービス「LCI」を開発。「LCI」をエレベーターなどの施設設備に導入することでロボットと設備の連携が可能になり、ロボットのインフラ環境を改善することができる。「LCI」はロボットメーカーや施設側への導入も進んでおり、徐々に現場でも運用が始まっている。

2022年1月から複数回にわたり、三菱地所とともに、東京都千代田区の新東京ビルでロボットの実証実験をクローズドで実施。4社のロボットメーカーが自社のロボットを持ち寄り、エレベーターを使用した移動や自動ドアの通過など、実際の運用を想定したルートを走行した。今回、この実証実験を行った背景や、サービスロボットのグローバル市場における展開について、Octa Robotics CEOの鍋嶌厚太氏とCOOの前川幸士氏に話を伺った。

右:鍋嶌 厚太
Octa Robotics 代表取締役 CEO
東京大学 大学院修了、博士(情報理工学)。CYBERDYNE、Preferred Networksを経て創業。
ISO/TC 299 WG委員長、エキスパート。
装着型ロボット、移動型マニピュレーター、ロボット・建物設備連携サービスの研究開発、実用化、標準化。

左:前川 幸士
Octa Robotics 取締役 COO
法政大学工学部卒業、修士(学術)。三和銀行(現三菱UFJ銀行)、複数ITベンチャー企業を経て、CYBERDYNEでは新規事業推進に従事。
新規事業開発・推進、アライアンス。

INDEX

サービスロボットは、実験フェーズから実装フェーズへ
新東京ビルで、複数のロボットを集めた実証実験を実施
大きな市場はアジア圏。エコシステムができれば、海外展開も活発に
ここがポイント

サービスロボットは、実験フェーズから実装フェーズへ

——2022年3月に記事を作成させていただいた際は、もともとロボットメーカーにいたお二人がロボットフレンドリーな環境づくりが必要と考え、「LCI」の開発に至った経緯などをお伺いしました。その時から現在までの約1年間で、会社としてはどのような動きをしてきたのでしょうか。

前川:この1年間は主に、「LCI」の普及と市場でのポジションの確立に注力してきました。具体的には、大きく二つの動きをしています。

一つは、インフラを使う側であるビルオーナーやデベロッパーへのアプローチです。首都圏では2025年以降に竣工する大規模開発が進行中で、ロボットフレンドリーな施設に対する関心も高まっています。こうした追い風に乗じて、アプローチを強化しました。

もう一つは、ロボットメーカーへのアプローチです。「LCI」はロボットとのシステム連携が欠かせないため、こちらのメーカーへのアプローチにも力を注いできました。

——ロボットを取り巻く環境は、この1年間で変化がありましたか?

鍋嶌:大きく変わりました。この1年でロボットの普及の速度が上がり、エレベーターとの連携ができて当たり前の環境が近づいてきています。「LCI」を導入いただいている不動産オーナー企業も、前回は3社だったのが今では20社ほどに増えました。また、弊社以外にも、さまざまな会社がエレベーター連携などのロボット支援サービスを開発しています。これらの状況から、「できるかどうか」という技術的な問題から「いくらでできるのか」という経済的な問題に興味が移ってきて、特許に関する競争も活発化しています。

前川:こうした環境の変化もあり、ロボットの性能は上がり、価格は下がってきました。中国などから安価で高性能なロボットも日本に入ってきて、現場で使っていこうという動きも出てきています。

——中国製のロボットのお話が出ましたが、海外でのロボットを取り巻く環境について教えてください。

鍋嶌:サービスロボットについて言えば、欧米ではまだそれほど普及していないようです。ヨーロッパは古い建物を補修・改修しながら使い続けるため、ロボットフレンドリーな環境ではありません。特にエレベーターは、既存の建物に後付けしようとすると非常に小さくなり、ロボットが使いづらいレベルです。エレベーターが使いづらいと、サービスロボットの費用対効果が思ったほど上がらないのです。また、サービスロボットが清掃などの仕事を労働者から奪ってしまうのではという懸念もあるようです。

アメリカも、日本とは環境が違うため、必要になるロボットが違います。アメリカは国土が広いので建物も1フロアが広い。そのままでも1台のロボットがカバーできる面積が大きいため、エレベーターを利用する必然性はそれほど高くありません。また、サービスロボットが労働者から仕事を奪ってしまう、という懸念もヨーロッパと同様にあるようです。

一方、中国ではサービスロボットの開発が進んでいます。海外進出しようとしても欧米では受け入れられづらいため、日本にどんどん中国製ロボットが入ってきていますね。

新東京ビルで、複数のロボットを集めた実証実験を実施

——日本国内でサービスロボットを普及させるにあたって、課題はあるのでしょうか?

前川:ロボットメーカーが直面していた課題は、実際にロボットを使用して動かせる場所がないということです。営業するにしても、実際にロボットが動いている様子を見せられた方がいいですから。特にエレベーターとの連携がある場合には、試運転が欠かせません。

鍋嶌:とはいえ、あらためてどこかの場所を使ってテストを行うとなると、お金も時間も非常にかかります。デモが可能な場所を見つけ、エレベーターをLCI対応に改造して頂いたり、LCIの設定をしたり、試運転をしたり……といった作業が必要です。現状、エレベーター会社にエレベーターの改造をして頂くには、数百万円の費用と早くても3〜6カ月ほどの時間が必要です。

これだけの時間と費用をかけてテストを行うのは、特に本格的な導入の確約がない場合には、非常に困難です。ロボットメーカーとしては、確度が低いものに対してそこまで時間もお金も割くことができないんです。こうした課題は私たちも感じており、ロボットの試運転ができる場が欲しいと思っていました。

——そういった背景があって、実証実験を行うに至ったのですね。

前川:三菱地所は、デベロッパーの立場でロボットフレンドリーな環境づくりの先頭を走っている企業なので、ご相談したところ、快く応じてくれました。場所は、丸の内にある新東京ビルで実施することになりました。新東京ビルは広いですし、企業のオフィスはもちろん、飲食店などのテナントも入っているので、実際に運用する際の環境に近い。三菱地所としても、いち早くエレベーター連携などができるロボットが見られるというメリットを感じていただいたようです。

——実際に実証実験では、ロボットのどのような動きを見せたのでしょうか?

前川:エレベーターや自動ドアとの連携を見せられるコースを用意しました。スタート地点は1階のビルエントランス。そこから広い通路を走行して、「LCI」と連携させたエレベーターに乗ります。4階で降りると、イノベーション拠点「Shin Tokyo 4TH」へ向かいます。ここの入り口はセキュリティーカードで開く自動ドアになっており、このドアも「LCI」と連携させています。ロボットがドアの前に来たら、ドアと通信をしてセキュリティを解除できる仕組みです。実証実験では、このルートを往復で走行しました。

——サービスロボットと一口にいっても、清掃や運搬、警備などさまざまな種類があると思います。それぞれに特化した機能を見せる場もあったのでしょうか?

鍋嶌どの種類のロボットであったとしても、自律走行し、エレベーターに乗り、認証型の自動ドアを通過するというのは必須の動きです。特にエレベーターや自動ドアを安全に走行できるかは重要なポイントになります。ただし、運搬とは導入目的が異なる清掃や警備のロボットに関しては、デモ走行の前後に各ロボットメーカーが機能の説明を行いました。

——実証実験を行う際に、難しいと感じた部分はありましたか?

鍋嶌:ロボットメーカーは、実証実験前の2〜3日ほどで事前の調整を行いました。エレベーターの乗り降りの部分が意外と難しかったようです。新東京ビルのエレベーターのドア幅は80cmくらいで、人が乗るには十分な幅なのですが、ロボットが通るにはちょっと狭い。ロボットによっては狭いところを通るように作られていないので、センサーの推定位置と実際の位置に誤差が出てしまったり、まっすぐ走行できなかったり、といったことが起こってしまうんです。なので、ロボットメーカーは、狭いドア幅でも誤作動せずスムーズにエレベーターに乗れるように調整されていたようでした。

また、エレベーターのかごの中は無線が切れてしまうのですが、ロボットメーカーによっては、ドアが開いたときにすぐに再接続できないという問題がありました。そこは「LCI」がサポートしていて、ロボットの通信が回復してエレベーターから降りるまで、「開く」ボタンを押し続けているため、比較的対応しやすかったようです。

——実証実験を行ってみて、ロボットメーカーや三菱地所からの反応はいかがでしたか?

前川:ありがたいことに、ロボットメーカー、三菱地所ともにご満足いただいたようです。今後の要望として、ロボットメーカーからはもっと実際の運用に近いところ、たとえば地下の飲食店からオフィスフロアまでお弁当を運ぶといった動きも見せられると、より価値が上がりそうとのお声をいただきました。三菱地所からは、ロボットの移動に加えて、お弁当を注文した際に使う決済アプリとの連動も見てみたいとご意見をいただきました。

大きな市場はアジア圏。エコシステムができれば、海外展開も活発に

——今回の実証実験は素晴らしい取り組みですが、お金も時間もかかると思います。なぜこの取り組みを実現できたのでしょうか?

鍋嶌:大きなきっかけは、東大IPCが運営するインキュベーションプログラム「1stRound」の支援先に弊社が採択されたことです。もともと三菱地所とは「LCI」についてお話していたのですが、「1stRound」のスポンサーをされていたこともあり、「実証の場を作りたい」とご相談するきっかけになりました。

前川:三菱地所は何年も前からロボットに関するプロジェクトを進めているので、ロボットの課題を解決するためにこうした実証の場が必要だと、すぐに理解していただけました。「1stRound」に採択されたというお金のタイミングに加え、ロボットに対する理解が深い企業と組めたことも大きなポイントだと思います。

——デベロッパーは日本国内で見つけることができる一方で、中国のロボットメーカーなどとの繋がりは、どのように築いているのでしょうか?

前川:ロボットメーカーや弊社が直接相手の会社を見つけるというよりは、ロボットのベンダーや、「ロボットシステムインテグレータ」と呼ばれるロボットの導入提案などを行う企業が間に入っていることが多いです。たとえば、中国の配送ロボット開発メーカー・KEENON ROBOTICSの場合は、ソフトバンクロボティクスが間に入っています。このように間に入っている会社が弊社を知っていて、問い合わせをいただくことが多いです。

——今後のグローバルな流れについて教えてください。日本はサービスロボットの需要がある一方、欧米はそれほどではないとのことですが、サービスロボットは世界のどこに市場ができると考えていますか?

鍋嶌:もっとも大きな市場はアジア圏になると思います。少子高齢化、都市化が進むことによって、サービスロボットの需要はさらに増えていくでしょう。また、パッケージ化が進み、エコシステムができれば、海外展開もしやすくなります。欧米でもサービスロボットは使われると思いますが、普及のスピードはアジア圏ほど早くないと思います。

——パッケージ化というお話がありましたが、どの程度の規模感を想定していますか?また今後、グローバルで市場が成長していった際、日本の企業はどの立ち位置につけると考えていますか?

鍋嶌:まずはエレベーター連携などの規模で考えていますが、もっと大きい規模になる可能性は十分にあると思います。特に日本では、デベロッパーが新築ビルを建てる場合はロボットを導入する前提で設計している場合も多く、それが今後のトレンドになりつつあります。このトレンドに他の国が追従していく形になれば、日本のプレイヤーたちがグローバルでいい立ち位置につける可能性は高いと思います。

ここがポイント

・Octa Roboticsはインフラを使う側であるビルオーナーやデベロッパー、ロボットを開発するロボットメーカー両方へのアプローチを進めてきた
・この1年でロボットへの興味は、「できるかどうか」という技術的なところから「いくらでできるのか」という経済的なものに移ってきた
・欧米は建物や環境の違いからサービスロボットがあまり広がっていない
・どの種類のロボットであったとしても、自律走行し、エレベーターに乗り、認証型の自動ドアを通過するというのは必須の動きとなる
・少子高齢化、都市化が進むことによって、サービスロボットの需要はさらに増えていく


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:溝上夕貴
撮影:阿部拓朗