TO TOP

ステーブルコインの現在地と未来 | お金とテクノロジーの未来 vol.9

読了時間:約 5 分

This article can be read in 5 minutes

オンライン決済企業大手の米PayPal社が2023年8月7日にステーブルコイン”PYUSD”を発行するというニュースを発表し、金融業界、フィンテック界隈で大きな注目を集めました。ステーブルコインとは何か?については後ほど詳しく触れますが、簡単にいうと“主に法定通貨と等価(相当)の価値を持つ暗号資産”であり、Web3(広義のDeFi)で使える米ドル相当のトークンのことを指して使われることが多い単語です。

世界で3000万以上の加盟店と4億人以上のユーザーを誇るオンライン決済業界の巨人であるPayPalは、これまでも暗号資産の売買をサポートしてきましたが、今回、同社がステーブルコインの発行を決めたことで、(国によって規制が異なるため一気に全ユーザーとはいきませんが)数億人がステーブルコインを利用できる環境に近づくことになりました。そして、メジャーな事業者が発行し信頼できるステーブルコインを待ち望んでいたWeb3業界でも同社は注目される存在となったのです。

INDEX

ステーブルコインとは何か?
ステーブルコインの用途とは?
ステーブルコインの将来性は?

ステーブルコインとは何か?

冒頭で少し触れたとおり、ステーブルコインは、暗号資産の価値が大きく変動することによるリスクを回避するために、法定通貨・貴金属・他の暗号資産などに価値を連動させた暗号資産の一種(パブリックブロックチェーン上に発行されたトークン)で、現在200種類以上が存在しています。

※広義にはコンソーシアムチェーンやプライベートチェーン上に発行された中央集権型のマネーもステーブルコインと呼ばれることがありますが、本記事では上記の定義とします

また、ステーブルコインは、暗号資産としての特徴を持ちながらも、安定した価値を保つことで、決済・送金・取引・貯蓄などの用途にも適しているとされます。

ステーブルコインは、その裏付け方法や発行機関によって、大きく3つのカテゴリーに分類することができます。以下にそれぞれを簡単に説明します。

担保型ステーブルコイン:実際の資産(法定通貨や金など)を預託し、それと同等の量のステーブルコインを発行するものです。この場合、発行者は預託された資産を管理し、監査や透明性を確保する必要があります。担保型ステーブルコインの代表例は、米ドルに連動したTether(USDT)やUSD Coin(USDC)など。
暗号担保型ステーブルコイン:他の暗号資産(主にイーサリアムなど)を担保として預けて発行するものです。この場合、発行者はスマートコントラクトを利用して担保の管理や価格調整を行います。暗号担保型ステーブルコインの代表例は、米ドルに連動したDai(DAI)やsUSD(SUSD)など。
アルゴリズム型ステーブルコイン:特定の資産に直接連動せずアルゴリズムによって供給量や価格を調整して安定させるという特徴をもつものです。アルゴリズム型ステーブルコインの代表例は、米ドルに連動したマジック・インターネット・マネー(MIM)、フラックス(FRAX)、ニュートリノUSD(USDN)など。

実際には、USDTやUSDCといった担保型ステーブルコインがステーブルコイン全体における大半のシェアを占める状況であり、PayPalが発行しているPYUSDもここに含まれます。

ステーブルコインの用途とは?

現時点では、ステーブルコインの利用用途はかなり限定的であり、広く一般的に利用されている状況にまでは至っていません。しかし、いくつかの用途では広がりを見せています。

例えば、暗号資産の利益もしくは損失確定のために、ステーブルコインに変換するというユースケースがあります。暗号資産の相場状況によって、いったん安全資産に交換したいというニーズです。暗号資産の一種であるステーブルコインは、中央集権型の暗号資産取引所ではなくDEX(分散型取引所)で直接交換することが可能であり、活発に取引が行われています。

海外送金もステーブルコインのユースケースの1つと言えます。ビットコインなどの暗号資産と比較すると、ステーブルコインは価値が安定しているため通常の送金用途でより使いやすいというわけです。

オンライン決済でもステーブルコインは利用可能です。NFTの売買は代表的なユースケースといえるでしょう。OpenSeaやRaribleといった代表的なNFTマーケットプレースでは、USDCを使ってNFTを購入することができます。ブロックチェーンゲームのトークンやアイテムの購入にもステーブルコインは使われています。

2023年8月からは、Eコマース大手の米Shopifyに出店している店舗でもUSDC決済が可能となりました。ここにPayPalの加盟店が加わることで、ステーブルコインを受け入れるEコマースサイトが膨れ上がり、これまで限定的だったステーブルコインの利用者がさらに増えていく可能性があります。

ステーブルコインの将来性は?

ShopifyやPayPalで対応したからといって、Eコマースサイト上で、わざわざステーブルコインを使って支払う人がいるのか、疑問に思われるかもしれません。たしかに、現時点ではクレジットカードや銀行口座を介してPayPalなどと接続して支払う方が一般的であり、個人の資産が銀行口座に入っている以上はわざわざステーブルコインを利用するインセンティブはあまりないでしょう。

しかし、インターネットやデジタル技術に慣れ親しみ、暗号資産に対する関心や理解度も高いとされるデジタルネイティブ世代の人たちが、今後暗号資産をはじめとするデジタル資産への投資を増やし、そこで得た利益をステーブルコインで持ち始めた場合、彼らはEコマースなどでは法定通貨に変換して支払うよりもそのままステーブルコインで支払いができた方が便利だと感じるようになるかもしれません。

さらに、ステーブルコインはWeb3のエコシステムと親和性があるため、今後Web3サービスが発展しセルフカストディ・ウォレット(ユーザー自身が秘密鍵を管理し、DeFiのサービスにアクセスできる暗号資産ウォレットのこと)のユーザビリティが向上していくと、ステーブルコインはますます重要な決済手段としての地位を固めていくことも考えられます。

一方で、ステーブルコインは金融システムや金融政策に影響を与える可能性もあることから、各国や地域では、ステーブルコインに対する規制を導入しようとする動きが見られます。米国では、ステーブルコインに関する包括的で全国的な規制の枠組みは存在しませんが、SEC(米国証券取引委員会)やFRB(連邦準備銀行)は規制の必要性を認めています。

日本では、2023年6月1日に改正資金決済法が施行され、ステーブルコインの発行者や仲介者に対して一定の規制が課されました。また、発行者や仲介者は、担保資産の管理や報告、自己資本比率の維持などの義務を負うことになっています。新しい法制度のもとで、地域で流通する円建てステーブルコインを発行しようという動きもすでにあるようです。

ステーブルコインは、金融システムの未来を形作る可能性がある革新的なマネーであり、今後も暗号通貨のエコシステムで重要な役割を果たすと考えられます。発行残高もさらに伸びていくことになるでしょう。一般ユーザーのすそ野が広がるかどうかは、Web3をはじめとするユースケースの充実、そして使いやすいウォレットの登場などがキーポイントとなりそうです。

[藤井 達人:みずほフィナンシャルグループ 執行理事 デジタル企画部 部長]
1998年よりIBMにてメガバンクの基幹系開発、金融機関向けコンサル業務に従事。その後、マイクロソフトを経てMUFGのイノベーション事業に参画しDXプロジェクトをリード。おもな活動としてFintech Challenge、MUFG Digitalアクセラレータ、オープンAPI、MUFGコイン等。その後、auフィナンシャルホールディングスにて、執行役員チーフデジタルオフィサーとして金融スーパーアプリの開発等をリード。マイクロソフトに復帰し金融機関のDX推進、サステナビリティ戦略の立案等にも携わる。一般社団法人FINOVATORSを設立しフィンテック企業の支援等も行っている。2021年より日本ブロックチェーン協会理事に就任。同志社大卒、東大EMP第17期修了。

この連載コラムのバックナンバーはこちら