これまで天秤にかけられていた「事業性」と「社会性」。以前は事業を成長させるためには、多少の環境負荷は仕方ないとされてきたし、社会課題の解決を優先すれば儲からないとされてきた。
しかし、時代は変わった。「持続可能性」がグローバルな大きなアジェンダとなり、若い消費者を中心に「エシカル消費」が広がり、環境に配慮した企業が注目されている。
そのような現代で大きなトレンドとなるのが「バイオものづくり」。多様なバイオ技術を使って、建築資材や産業用酵素、医薬品、食品などさまざまな製品を生み出す、ものづくり領域だ。
今回はその中でも、規格外の農産物や食品・飲料製造副産物などの未利用資源から発酵技術を使ってバイオ素材を開発する、ファーメンステーション取締役COOの北畠勝太氏にインタビューを実施。社会性と事業性を両立するために必要な考え方を聞いた。
北畠勝太
株式会社ファーメンステーション 取締役COO
アクセンチュア株式会社等でコンサルティングを経験後、エムスリー株式会社で事業責任者として事業開発全般に従事。その後、ヘルスケアスタートアップにて取締役COOとして経営業務全般を担い、2021年より株式会社ファーメンステーションに参画し、取締役COOとして経営業務全般および事業開発に従事。
INDEX
・創業から10年あまり。ビジネス環境が整い第二成長期を迎えるファーメンステーション
・石油を使わないバイオものづくり。まずは付加価値をつけやすい商品で勝負していく
・「未利用資源しか使わない」というこだわりが、競合と争わない武器に
・資源を提供してくれる企業と活用してくれる企業を繋ぎ、資源の循環を作りたい
・創業時に掲げた「こだわり」に愚直に向き合ってほしい
・ここがポイント
創業から10年あまり。ビジネス環境が整い第二成長期を迎えるファーメンステーション
――まずは創業の経緯について聞かせてください。
北畠:代表の酒井がバイオものづくりに興味を持ったきっかけは、テレビで「ゴミから燃料を作る発酵技術」が紹介されているのを見たからだそうです。もともとソーシャルビジネスに興味があった酒井は、その技術に衝撃をうけ、勤めていた銀行を辞め、発酵技術の研究をしている東京農業大学に入学しました。
起業のきっかけになったのは、岩手県の自治体と組んで休耕田を活用し栽培をした米から燃料用のバイオエタノールをつくる実証を行ったこと。当時は国産バイオ燃料開発の第一次ブームで、国が補助金を出し各地で同じような取り組みが行われていました。この取り組みをきっかけに、使われていない資源を活用した事業に大きな社会的意義と事業性を感じた酒井が2009年に立ち上げたのがファーメンステーションです。
――北畠さんはどのような経緯で参画したのでしょうか。
北畠:私が参画したのは2021年のこと。当時はファーメンステーションが2億円ほどの資金調達を行い、第二創業期を迎えた頃でした。
最近はESG投資やインパクト投資などの言葉が広く知られるようになりましたが、数年前までは環境や社会に良いビジネスは儲からないと思われており、ファーメンステーションも試行錯誤をしながら技術や事業を磨く日々が続いていたようです。しかし、ここ2〜3年でビジネス環境も整い、新たなフェーズに突入しました。
そのタイミングで、酒井と出会い、会社が解決しようとしている課題の大きさや、酒井の情熱に惹かれて参画を決めたのです。
石油を使わないバイオものづくり。まずは付加価値をつけやすい商品で勝負していく
――「バイオものづくり」について聞かせてください。
北畠:バイオものづくりには大きく2つの意味があり、一つは生物由来の素材を使ってものづくりをすること。もう一つは微生物の力を使って、発酵技術などでものづくりすることを指します。特にここ2~3年は、経産省・NEDOが複数のプロジェクトを立ち上げ、国として大きな投資をしながら推進していることもあり、大きなトレンドになっているのは確かです。
従来のものづくりでは、原材料として石油が使われる素材も多いため、温暖化の原因になっている温室効果ガスが大量に発生します。バイオものづくりは、石油を使わずにものづくりができるだけでなく、生物由来の機能性や特徴を持った素材開発が可能なため、様々な領域で注目されているのです。
――バイオものづくりによって、どのような製品を作れるのでしょうか。
北畠:理論的にはあらゆるものを作れると思っています。たとえば化粧品をはじめ食品や繊維、プラスチックなどの化学品もそうです。さらにいえば燃料など、あらゆるものがバイオものづくりに置き換えられます。
しかし、ものが作れることと産業化できるのは話が別です。たとえ商品を作ることができても、高コストであったり量産ができなかったりで、安定して売ることができなければ事業としては成り立ちません。市場に受け入れられ、継続して生産できる商品を見極めるのが、事業としては非常に重要になってきます。
――現在はどのような商品を作っているのか教えてください。
北畠:私達が創業期から製造してきたのはエタノールです。エタノールはあらゆるものづくりの現場で使われており、工業製品だけでなく化粧品や食品の工場でも使われています。
加えて、近年力を入れているのがエタノールに限らない化粧品原料の開発です。最近、化学素材を使わない植物由来の化粧品のニーズが高まっていますが、私たちは独自の発酵技術で植物由来の発酵素材を開発し、これまでは引き出せなかった植物の機能を引き出すことができるので、様々な企業から引き合いを頂くようになりました。
――今後は、どのように開発商品を広げていくのでしょうか。
北畠:「付加価値」で勝負できる商品を中心に開発していくつもりです。たとえば大量に使用することが前提の燃料などは安ければ安いほどいいため、付加価値をつけづらく、従来の商品からシフトしてもらうのは容易ではありません。
一方で化粧品は価格だけでなく、肌にどのような効果があるかなどの機能性や、どのような背景が由来にあるかのストーリーも重要ですよね。社会のニーズにあった付加価値さえ付けられれば、多少高価でもしっかりと勝負できます。まずは付加価値で勝負できる領域で実績を作っていきたいですね。
一方で、大量生産が可能な企業との共同研究の機会があれば、燃料や化成品などに求められる素材開発にも着手していきたいと思っています。
「未利用資源しか使わない」というこだわりが、競合と争わない武器に
――バイオものづくりをする上でのこだわりを聞かせてください。
北畠:未利用の資源を利用することです。たとえば私たちは米や野菜などの農産物や食品を利用することもありますが、食糧として食べられるものを横取りしたり、森を開墾して新たに農産物の栽培を開始して資源を獲得するようなことは絶対にしません。バイオものづくりのために、食糧問題に悪影響を及ぼしたり、その他の土地・生物多様性等の環境問題につながっては本末転倒ですから。
そんなことをせずとも、規格上どうしても流通に乗せられない規格外の農作物があるので、それらを利用しています。また、企業がこれまでコストをかけて処理してきた、食品や飲料の製造工程で発生する「残渣」などを利用します。フードロス・ウェイストの問題解決にもつながりますし、企業にとっては処理コストも抑えられるので、一石二鳥ですね。
――今後、バイオものづくりの需要が高まったことで、未利用資源が足りなくなることはないのでしょうか。
北畠:そのようなことにはならないと思います。まず、現在発生している未利用資源の量に対して、バイオものづくりを通じて作られる素材への需要や市場の規模が圧倒的に足りていません。今後、需要を増やしていくのが私たちの仕事ですが、資源が足りなくなるほどの需要が高まるにはしばらくかかるでしょう。
加えて、私たちは多種多様な未利用資源を活用できるよう研究を進めています。今はまだ活用しきれていない未利用資源も、今後はどんどんと利用できるようになるため、需要に対して資源が不足しないように打ち手を準備できるはずです。
そしてそれは、同時に私たちの競合優位性にもなります。現在、バイオものづくりをしている企業の多くは、利用効率がよく低コストに調達可能な特定の素材を使っているケースがほとんど。しかしそこには限界が来ると考えています。私たちは常に新しい未利用資源の活用を研究しているので、他の企業と競合することなくものづくりを行えます。
――たとえば、どのようなものを資源として活用できるか教えてください。
北畠:糖が含まれているもの、糖化(糖に分解すること)できるものであれば、大抵は資源化できます。糖化が容易なでんぷんを多く含む米のような穀物、果物や野菜の規格外や加工残渣、そのほかに、りんごやぶどうの搾りカスといった「繊維質」なども弊社の技術があれば効率的に糖化が可能になるので、資源として利用できます。
木や竹の皮も繊維なので、物理的な処理は必要ですが、糖化させて資源として活用することができます。ものによって資源にするまでの効率は違いますし、全てが商用化できるわけではありませんが、植物由来のものであれば大抵のものは資源化できるはずです。
資源を提供してくれる企業と活用してくれる企業を繋ぎ、資源の循環を作りたい
――今後はどのように事業を展開していくのか話を聞かせてください。
北畠:積極的に進めていきたいのは、企業との共同研究です。共同研究となれば、私たちは技術を提供し、パートナー企業はスタートアップが持たない様々なリソースを提供するwin-winの形で事業を進めていけるからです。「バイオものづくり」に興味のある企業と一緒に組んで、私たちの技術を使いながらニーズに応えられる商品を開発していきます。
一方で、自社での開発も進めていかなければなりません。現時点では、技術が未確立のため、バイオものづくりで石油由来の素材を置き換えることが難しいものが多く存在します。そのような領域で中期的に技術開発を行うことができれば大きなインパクトが期待できます。
ミドルリスク・ミドルリターンの共同研究と、ハイリスク・ハイリターンの自社開発をうまく組み合わせながら事業を展開していきたいですね。
――どのようなパートナー企業を求めているのでしょうか。
北畠:未利用資源を活用してほしいというニーズを持つ「インプット」側と、資源を活用して事業化や商品活用をしたいというニーズを持つ「アウトプット」側のパートナー企業を求めています。インプット側では、これまで廃棄していた未利用資源を使って、新しい事業を作りたいと考えている企業。食品や飲料メーカーのような企業と組んで新素材を生み出していきたいです。
また、アウトプット側では天然由来の素材の活用に興味のある企業。たとえば化粧品業界では、天然由来の素材を使いたい、これまで使われていなかった資源をアップサイクルした素材を使いたいと思っている企業が増えていますが、私たちなら数ある未利用資源から素材をつくる技術を持っているので、ニーズに応えられる提案ができるはずです。
――インプットの企業とアウトプットの企業を繋げることもできそうですね。
北畠:そうですね。現在はパートナーとなる企業と1対1の関係しか作れていないのですが、将来的には、複数の資源を提供する「インプット」側の企業と、同じく複数の事業や商品に未利用資源由来の素材を使う「アウトプット」側の企業を、ファーメンステーションがつなぐような枠組みを作っていければと思っています。
創業時に掲げた「こだわり」に愚直に向き合ってほしい
――社会性と事業性を両立する上で大事だと思うことを聞かせてください。
北畠:常に原点に立ち返ることです。社会性の強いビジネスを持っている会社は、創業時には必ず「こだわり」を持っているはずです。私たちであれば「未利用資源しか使わない」ですね。しかし、事業が成長し会社が大きくなると、そのこだわりを見失ってしまいがち。いかに原点に立ち返れる仕組みを作るかが重要だと思います。
たとえば私たちが「B Corp認証」を受けたのもその一環です。B Corp認証は日本では知名度は高くありませんが、アメリカの非営利団体B Labが、環境や社会に対してインパクトを創出する取り組みをしている営利企業に対して認証する制度のこと。第三者の視点を入れることで、自らを律しこだわりを捨てることをできなくしました。
また、私達はステークホルダーも多く、良い意味で彼らの目があるためこだわりを捨てられません。ステークホルダーが多いことは事業の「縛り」にはなりますが、一方で原点に立ち返るきっかけにもなるんです。
――こだわりを守ることで、事業成長が阻害されると感じることもあるのでしょうか?
北畠:たしかにこだわりを持たない方が、短期的には事業は成長させられるかもしれません。私達も未利用資源にこだわらなければ、また別の成長の仕方があったかもしれません。しかし、それは短期的な成長にすぎませんし、自分たちの存在意義の否定でもあります。
長期的にみれば、この「こだわり」こそが大きな武器になると思っています。私たちのクライアントやパートナーの中には、私たちのこだわりに惹かれてお付き合いしている企業が多いですし、今後も増えていくでしょう。短期的には一見阻害に思えるこだわりが、競合との大きな差別化になると思います。
――社会性と事業性を両立できるのですね。
北畠:かつては社会性と事業性は両立しないと言われてきましたが、時代は変わりました。単に社会性と事業性を両立させるだけでなく、社会性が強いからこそ事業が成長し、事業が成長するからより社会性を強められる。お互いにシナジー生み出せる時代になっていると思います。
――最後に、同じように社会性のあるビジネスをしている方にメッセージをお願いします。
北畠:創業時の想いやこだわりに、愚直に向き合うのが近道だと思います。私達もビジネスをしていれば悩ましい問題に直面することも少なくありません。それでも、自分たちが信じていることの先に未来があると信じて行動を積み重ねてきました。
事業が苦しくなってしまうと、どうしてもこだわりを曲げたくなる瞬間もあるかもしれませんが、そのこだわりが武器になるのを信じてビジネスを続けてほしいと思います。
ここがポイント
・使われていない資源を活用した事業に大きな社会的意義と事業性を感じたことから始まった
・バイオものづくりは、石油を使わずにものづくりができるだけでなく、生物由来の機能性や特徴を持った素材開発が可能なため注目されている
・社会のニーズにあった付加価値さえ付けられれば、多少高価でも勝負できる
・糖が含まれているもの、糖化ができるものであれば、大抵は資源化できる
・長期的にみれば「こだわり」こそが大きな武器になる
企画:阿座上洋平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:阿部拓朗