TO TOP

AIが変える創薬業界の未来——莫大な時間とコストが掛かっていた研究開発に挑戦するSyntheticGestalt

読了時間:約 8 分

This article can be read in 8 minutes

「人工知能による発明の量産」というミッションを掲げてAIの研究開発に勤しんでいるのが、2018年創業のSyntheticGestaltだ。ライフサイエンス分野の中でも、創薬領域をドメインとする戦略で成長を遂げている企業である。同社は日英に拠点を持ち、生物物理学、製薬、コンサルティング、人工知能などの業界出身者が所属している。

今回、代表取締役CEO兼社長である島田幸輝氏にインタビュー。同氏によれば、使い古されたAI技術を活用するのではなく、「何を生成したいのかをベースとして」AIの技術開発を自社で進めていくのだという。島田氏はどういった未来を見据えているのか、また長期戦になりがちな研究開発事業を行う上でどのような戦略を取っているのか。夢とビジネスの両面からお話を伺う。


島田幸輝
SyntheticGestalt株式会社 代表取締役CEO
京都大学卒業後、サイバーセキュリティ企業を共同設立し、CTOに就任。イスラエルのマイクロソフト研究所のプログラムに採択される。 その後、英・University College Londonで機械学習を利用したタンパク質の機能予測研究プロジェクトなどを主導。科学的発明が文明発展の起源であり、文明発展が社会への究極の貢献であるとの信念に基づき、英国と日本でSyntheticGestaltを共同設立した。

INDEX

いわゆる「AI事業」には2種類ある
AIを使った発明で、社会の能力を拡張させる
人類にとっての価値を見据えて、困難な道を突き進む
「発明」によって文明発展に貢献する
ここがポイント

いわゆる「AI事業」には2種類ある

——世の中にはAIのスタートアップが色々とあります。まずは、貴社を取り巻く環境について教えてください。

AI関連の企業は、大きく2種類に分けられます。1つ目が、すでにある技術をベースとして経済価値を生む企業です。他社やアカデミアが開発したAIを下敷きにして、それを発展させる形で事業を営むパターンですね。AI事業を始めようと考えた時、大半の企業はこの戦略を取ることになります。もう1つが、自社で技術開発をするパターンです。当社はこちらに当たります。

ただし、どちらにせよ、AI技術を熟知することは重要で、「AIって何でもできるんでしょ」と安易に突き進んでしまうとうまくいきません。2012年ごろからディープラーニング技術が話題ですが、ディープラーニングについて深く理解して、たとえば画像認識に使えることをふまえて監視カメラの自動解析や入店者の分析に応用した会社さんはうまくいっているようですね。逆に、何にでも使えると勘違いしてドメイン策定をおざなりにしてしまうケースも多い印象です。

——既存のAIを利活用して製品開発に取り組む企業も、基礎研究・応用研究に取り組む企業もある。しかし、どちらにせよAIに関する深い理解が必要ということですね?

そうですね。ただし、研究に取り組む当社のような企業は、より長期スパンで考えて、難しい課題に取り組むことになりますね。ビジネスにつながるデマンドから入って、長期的な計画で開発を進めています。

その最たるものが製薬でしょう。既存のAI技術をすぐに応用することは難しいですが、研究開発には膨大な時間がかかってしまう。しかし高まる一方の社会保障費を下げたいというデマンドは確かにあり、ここにAIを適用することには莫大な価値があることも明らかです。こうした課題を解決するために、時間をかけて、自分たちの力で開発を行おうとするのが研究開発企業です。

AIを使った発明で、社会の能力を拡張させる

——研究開発企業として長期戦になりがちな製薬に携わる上で、資金調達などでは時間・コスト面が論点になるのではないかと想像しています。

おっしゃる通り、時間はすごくかかります。しかも確実に成功するかはわからないビジネスでもあります。そもそも取り組んでいる課題が、本質的に解決不可能だという可能性すらあるんですよね。

だから、解きたい問題を因数分解して投資家さんに示すことにしています。結局のところAIは、ある日突然全ての問題を「銀の弾丸」のように解決するツールではありません。大きな社会課題を分解した上で、「この問題を解決するためにこういったAI技術を作ります」とステップバイステップで示すことが大切です。

——大きな問題を一気に解決しようとせず、因数分解して1つずつ確実に解決していくことが重要なのですね。

そうすることで、当社が持つ強みを存分に活かせると考えています。私も、共同創業者の神谷も、AIのバックグラウンドがあります。CTOの神谷は理論的な背景に優れており、機械学習を利用した新しいアプローチを創出できます。私の得意分野はビジネスバリューの創出です。専門的な技術に詳しい神谷と、技術をある程度分かった上でビジネス設計が得意な私で、事業のステップを作って段階を経て展開していきます。

——AI事業の中でも、創薬領域を選んだ理由はどこにあったのでしょうか?

一般にAIが得意とするのは知的労働の置き換えです。そこで人間の知的労働が占める割合が高いビジネスは何かを調べたことがあります。1位と2位がファイナンスとリーガル、3位が製薬でした。

私たちには、人間の最も創造的かつ価値を生み出しうる活動は新しい発明だという信念があります。AIがバリューを出しやすい上位3業種の中でも、いわゆる「発明」と言える製薬分野に取り組むことは、発明によって社会の能力を拡張させたいという私たちの理念につながると考えました。

人類にとっての価値を見据えて、困難な道を突き進む

——製薬領域は、AIによってどのように変えていけるのでしょうか?

薬を作るためには膨大な時間がかかります。毎年、新規に承認される新規有効成分等の薬の数は数十種類しかありません。人間のケイパビリティや体制の限界によって制約を受けているためです。しかし、発明する側の開発速度が上がったり、承認する側のプロセスを自動化できたりしたら、薬の効果をどんどん享受できる世界になるはずです。

今、私たちが目指しているのは、研究開発フェーズの短縮化や効率化です。これまで4, 5年かかっていたプロセスを、AIの力を使うことで1.5年くらいにする。さらに開発コストも10分の1くらいにすることを目指しています。これによって薬価を引き下げることができるので、社会保障費の低減につながる可能性もあります。

——人類にとって価値のある取り組みなのですね。ただ、実際にビジネスとして行うのは並大抵のことではなさそうです。

現在でもまだまだ道半ばではあるのですが、ここまでも本当に大変な道のりでした。我々が注力している低分子創薬は、平たく言えば、体の中にある2, 3万種類くらいのタンパク質の中から、病気を引き起こす作用を持つタンパク質を阻害する化合物を見つける作業です。製薬といえば化合物ばかりに着目されがちですが、化合物だけではなくてタンパク質についても分からないといけないわけですね。そこで私たちのAIにも2種類、化合物側のAIとタンパク質側のAIがあるんです。解決しなければならない問題のそれぞれに対してAIを作っています。

この使い道は多様で、組み合わせて使うだけでなく、それぞれのAIをオープンイノベーションで生かしていくこともできます。

先ほどのステップバイステップの話ともつながりますが、タンパク質側のAIを製薬領域以外にも応用しています。たとえば、プラスチックゴミの問題に対処するために、タンパク質側のAI技術を応用してプラスチックを分解するタンパク質を探すことができます。あるいは二酸化炭素からメタンを生成する反応を加速させる酵素タンパク質といったものもあるのですが、そうしたタンパク質を探すためにもAIが用いられています。実際ペットボトルの分解酵素は半年くらいで見つけられました。これまで人力でやろうと思うと相応の規模の研究チームが一生かけてやっていたようなものだったのですが、AIに詳しい数人のチームによって半年でできたのは大きな成果だと考えています。

面白いところとして、火口付近や深海などの極限環境で生き残っている特殊な生物の遺伝子をAIで予測することができるんです。微生物を含めて世の中には2, 3億くらいの遺伝子の配列情報が公知*となっていますが、機能が明らかになっているのは50万強くらいです。宝の持ち腐れになっているのをAIで解決できるんです。

* Uniprotにアップロードされている遺伝子の総数

——AIが持つ可能性は果てしなく広いのですね!

もちろん、製薬分野にも大きな貢献ができると思います。AIを使って薬を作るということは、人間だけではできない実績を作るということです。コスト低減により、今までは研究開発費が見合わず開発できていなかったような基礎疾患もターゲットとなりうるでしょう。将来的には、たとえば病気を治すようなマイナスをゼロにするだけでなく、頭が良くなる薬のようにゼロをプラスにする方向性の化合物生成に取り組める可能性もあります。

少し前を振り返ると、最初は、画像生成AIも使い物になりませんでした。ところがある段階を超えた瞬間に急激に横展開が起きて、人間がやっていた仕事をすごい勢いで置き換えているわけですよね。テキストや画像を生成するのと同じくらいのレベル感で化合物を生成できるようになれば、莫大な価値を生み出すと考えて研究開発に取り組んでいます。

「発明」によって文明発展に貢献する

——自社開発を行うよりもすでに開発された技術を用いた展開の方がビジネス的にはリスクが低そうに感じました。なぜ貴社は自社開発にこだわるのでしょうか?

コーポレートミッションを実現させるためです。確かに既存技術の応用でビジネスを行うことにも大きな意味はありますが、それは効率化に近いものです。私たちは発明によって質的な変化を引き起こすことを目指している企業ですから、発明という軸は忘れずに持ちつづけています。

新しい発明からは、いろいろな産業が生まれ、それを応用する人がたくさん出てきます。その基点となるのが発明だというのが私たちの考えです。今まで作り上げたAIで何ができるかという発想ではなく、何を生成したいのかをベースとしてAI研究を続けていきます。ビジネス的な意味でも、基点を押さえることでそれ以降生まれる価値を総取りできるとも考えています。

——今後、どういった企業から相談があるとよいのでしょう。

少し専門的な話になるのですが、ケミカルプロセスをバイオプロセスに変換したいお客様からのご相談をお待ちしています。

一般的にケミカルプロセスは化学工場を建てて高温高圧な環境を作り反応を促進させます。ただしこの場合、コストは高く付きますし環境負荷も大きいんです。これをバイオプロセスに変換できれば、生物がもともと持っている仕組みを応用することで反応を促進することができ、コストや環境負荷を低く抑えられます。例えば、二酸化炭素から燃料となるメタンを作るためには高温環境と大量の電力が必要ですが、メタン生成菌という生物を使えば常温で、より少ない電力消費でメタンを生成できます。タンパク質側のAIはこうした応用ができるので、興味のある企業様にはお声がけいただきたいと思っています。

——AI事業を営もうとする方々に向けてアドバイスはありますか?

機械学習モデルというものは、どのようなものに対しても適用できるものではありません。特定ドメインに特化せざるをえないので、まずはドメインを策定することから始めるべきだと思います。

また、ステップバイステップに向けた因数分解も必要です。投資家の方々に 、自分たちのビジネスは持続可能であることを示さなければなりませんから。AIの研究開発を行うのであれば「うまくいくか分からない」という博打からは免れられない以上、当たれば100倍にもなる賭けをずっと続けていくしかない。そうした体制が整っていることを見せて、成功した暁の姿を今の価値に織り込んで評価してもらうこともビジネスとしては大切です。

その上で最後は、AIの力を信じることも重要でしょう。自分たちが作ったAIならできるという信念を持って進むしかないんです。未開拓の道を歩いていくパイオニアである以上、うまくいかないかもしれないという迷いとは無縁ではいられません。AIによって発明を起こしたい、人類に貢献したいという思いを忘れずにいることはとても大切です。

ここがポイント

・AIのスタートアップには、「すでにある技術をベースとして経済価値を生む」パターンと「自社で技術開発をする」パターンがある
・技術開発や研究に取り組む当社のような企業は、より長期スパンで考えて、難しい課題に取り組むことになる
・大きな社会課題を分解した上で、ステップバイステップで示すことが大切
・AIが得意とするのは知的労働の置き換え
・製薬領域でAIによって開発速度が上がったり、承認プロセスを自動化できたら、薬の効果をどんどん享受できる世界になる
・ケミカルプロセスをバイオプロセスに変換できれば、コストや環境負荷を低く抑えられる可能性がある


企画:阿座上洋平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:幡手龍二