農業は、文明の夜明け以来、人類の生存と発展を支えてきました。しかし、21世紀に入り、この古くからあるこの産業は、未曾有の課題に直面しています。人口の増加、気候変動、資源の枯渇、そして市場のグローバル化は、農業に新たな革新を迫っています。
INDEX
・農業革新の必要性とブロックチェーン活用の可能性
・ブロックチェーン×農業×フィンテック
・ブロックチェーンは人類の課題を解決する社会的基盤となるか?
農業革新の必要性とブロックチェーン活用の可能性
農業セクターは、農家、運送会社、卸売業者、小売業者、流通業者、飲食店など、さまざまな関係者が関与するにも関わらず、情報が紙などのアナログな手段で保存されていたり、データ化されていたとしてもシステム的には分断され、効率性や透明性といった観点で課題を抱えているセクターの1つです。これらの課題を解決し革新を起こすには、根本的な変化が必要なのは明らかです。ここで注目されるのが、農業セクターへのブロックチェーン活用の可能性です。
ブロックチェーンは、もともと金融業界の決済領域で革命を起こすために開発されたという経緯がありましたが、その透明性、セキュリティ、効率性は、農業セクターにおいても大きな可能性を秘めています。この分散型デジタル台帳技術は、農産物のサプライチェーンを透明化し、データの共有を促進することで、農業の新たな時代を開く鍵となるはずです。
例えば、透明性の向上は、消費者が購入する食品の出所を正確に把握できるようにするだけでなく、農家にとっても公正な市場価格を確保する手段となります。また、データの共有と分析により、農業の持続可能性を高める新たな農法や栽培技術の開発が可能になります。ブロックチェーンは、農産物の流通経路を追跡し、食品安全性を保証するツールとしても活用され、消費者からの信頼を高める効果が期待されます。
ブロックチェーン×農業×フィンテック
ロンドンを拠点とする、アグリテック企業でありフィンテック企業でもあるAgriLedgerは、ブロックチェーンを活用して、主にアフリカ諸国の農業サプライチェーンにおける透明性を向上させ、生産者と消費者の間の信頼を構築するスタートアップ企業です。彼らのアプローチは、農産物の追跡可能性を高め、農家が適正価格で商品を市場に供給するための情報を提供することで、農業の収益性を高めることに貢献しようというものです。
AgriLedgerの創業者であるGenevieve Leveille氏は2016年、多くの起業家と同じく、自身の体験から来る変革の必要性を感じて起業しました。彼女の出身地であるハイチは、ギャングがはびこるなど政治的に非常に不安定であり、いわゆる無政府状態の国です。ハイチで生産されるマンゴーやアボカドなどの農作物の90%は輸出されておらず、多くが廃棄されているという状態です。
Leveille氏は、ハイチのようにガバナンスがなく、インフラも非常に限られている環境においては、ブロックチェーンのような分散型台帳技術がもつ透明性・対改ざん性といった特徴が、農作物などの取引にとても役立つということに気がつきました。彼女は、農家が適正価格で農作物を売って流通させ、持続可能な方法で事業を行えるようにするソリューションを提供するためにAgriLedgerを立ち上げたのです。
AgriLedgerが提供するブロックチェーンベースのモバイルアプリは、農家が収穫した農作物をデジタル上で追跡可能にし、流通過程における各段階での透明性をブロックチェーン上で発行するデジタルIDを通じて保証する仕組みとなっています。農家や加工業者は農作物や商品をトークン化してブロックチェーンに登録し、品質と安全性が保証されるようになります。そして、それらはデジタルウォレットを用いて低コストで取引(決済)が可能です。
上記の仕組みによって、農作物が集荷されるところから市場での取引、最終的に消費者の手に渡るまでの全過程が記録され、農家は自分たちの労働がどのように評価されているかを確認できます。この透明性によって農家と市場が直接的につながり、農家にとってより公正な価格設定がなされるようになりました。また、この情報共有は、農家がより効率的な栽培計画を立て、持続可能な農法へと移行する手助けにもなります。
さらには、ブロックチェーン上の記録をもとに収入証明を提供し、農家が金融サービス(銀行、マイクロファイナンス、など)にアクセスできるようになり、農家の生活水準を引き上げることにもつながるというわけです。
ブロックチェーンは人類の課題を解決する社会的基盤となるか?
本稿ではAgriLedgerを取り上げましたが、同社のようにブロックチェーンで農業セクターを改革しようというスタートアップ企業は近年、増えてきています。冒頭で述べたように、食を支える農業セクター革新の必要性が待ったなしとなってきていることに加えて、ブロックチェーン関連技術の成熟と普及、などが背景にあるものと思われます。
ただし、依然として課題があることも事実です。例えば、農業ブロックチェーンはいくつか存在しますが、標準規格が存在せず互換性もないため、このままでは地域を超えてスケールすることが難しいかもしれません。担い手がスタートアップ企業であることも、そのブロックチェーンの信頼性や持続性という観点で有利にはならないでしょう。
とはいえ、農業セクターとブロックチェーンという技術の相性が非常に良いのは明らかです。今後、上記に挙げたような課題に加えて、規制緩和など政府の関与が深まることで、こうした活動を後押しする動きが出てくることが期待されます。
[藤井 達人:みずほフィナンシャルグループ 執行理事 デジタル企画部 部長]
1998年よりIBMにてメガバンクの基幹系開発、金融機関向けコンサル業務に従事。その後、マイクロソフトを経てMUFGのイノベーション事業に参画しDXプロジェクトをリード。おもな活動としてFintech Challenge、MUFG Digitalアクセラレータ、オープンAPI、MUFGコイン等。その後、auフィナンシャルホールディングスにて、執行役員チーフデジタルオフィサーとして金融スーパーアプリの開発等をリード。マイクロソフトに復帰し金融機関のDX推進、サステナビリティ戦略の立案等にも携わる。一般社団法人FINOVATORSを設立しフィンテック企業の支援等も行っている。2021年より日本ブロックチェーン協会理事に就任。同志社大卒、東大EMP第17期修了。