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“フィンテック“が当たり前になった先は自立型金融とReFi?みずほFGの藤井達人が語る、金融サービスの現在と未来

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スマートフォンの爆発的普及、ブロックチェーン技術の誕生、AIの登場……など、フィンテック市場をとりまく環境はここ10年ほどで劇的に変化した。現在各業界で話題の中心となっている生成AIも、フィンテックをさらに進化させる導火線になると言われている。

日本におけるフィンテックは、これまでどのような変遷を辿り、どんな変化を遂げたのか。また今後、どのように発展していくのか。黎明期からフィンテックに携わってきた有識者であり、xTECHで「お金とテクノロジーの未来」と題したコラムも連載している藤井氏に話を伺った。


藤井 達人
みずほフィナンシャルグループ 執行理事 デジタル企画部 部長
1998年よりIBMにてメガバンクの基幹系開発、金融機関向けコンサル業務に従事。その後、マイクロソフトを経てMUFGのイノベーション事業に参画しDXプロジェクトをリード。主な活動としてFintech Challenge、MUFG Digitalアクセラレータ、オープンAPI、MUFGコイン等。その後、auフィナンシャルホールディングスにて、執行役員チーフデジタルオフィサーとして金融スーパーアプリの開発等をリード。マイクロソフトに復帰し金融機関のDX推進、サステナビリティ戦略の立案等にも携わる。一般社団法人FINOVATORSを設立しフィンテック企業の支援等も行っている。2021年より日本ブロックチェーン協会理事に就任。同志社大卒、東大EMP第17期修了。

INDEX

フィンテックはいち機能と化し、あらゆる産業や技術と融合
数年後には「仮想空間に自分のコピーを作り、面倒な作業を委ねる」なんて未来がやってくる?
web3がもたらす「正の循環を自発的に回せる社会」の実現
若者からシニアまで、誰もが使いやすい金融サービスを目指して
ここがポイント

フィンテックはいち機能と化し、あらゆる産業や技術と融合

ーー藤井さんは黎明期から日本のフィンテック市場を見てきたかと思いますが、現在はどのような状態になっていますか?

藤井:肌感では、以前からすると言葉の“意味合い”が変わった感じがあります。昔はビッグデータを金融に活用するスタートアップ企業や、技術そのものに対して「それ、フィンテックだね」といった言われ方をしていました。近未来の象徴のような言葉だったんですね。

現在は金融にテクノロジーを使うこと自体が特別ではなくなっているため、あまりフィンテックという言葉を使わなくなりました。どの産業でも当てはまることかもしれませんが、金融はテクノロジーありきのビジネスになってきているという実感があります。

時の流れは恐ろしいもので、今ではテクノロジー活用に異を唱える人は変わり者扱いされるものですが、10年前の2014年頃は全く違いました。当時も私は金融機関に所属していましたが、「ハッカソンをやらないと!」と言っても、その言葉を知っている人は誰一人いませんでしたからね。「ハッカソンってハッキングの何かなんじゃない?危ないのでは?」と返されるほどで(笑)。

ブロックチェーンも同様で、世間的に「ブロックチェーン=ビットコイン=怪しいもの」という考えがあり、ブロックチェーンという言葉を発することすら憚られる空気もありました。たった10年の歳月の中でこうした技術や言葉が市民権を得て、人々の認識が変わっていきました。

ーー藤井さんがMUFGやauフィナンシャルホールディングスにいた時代と比べると、フィンテックの捉えられ方が変わってきた、という感じでしょうか?

藤井:そうですね。たとえば、インターネットやモバイル端末が普及したおかげで、銀行のサービスはアプリ化してどこからでも使えるようになりましたよね。そうなると「そのアプリをいかに使いやすくするか」に競争環境が移るわけで、差別化するためにデータ活用によるサジェスト機能や、他業界のサービスとの連携(いわゆるスーパーアプリの実現)などの発展を遂げています。技術を使わないと立ち行かなくなる競争環境になっているというのは、やはり大きな違いですね。フィンテックがかなり世の中に溶け込んだなという印象です。

その他の変化だと、数年前からフィンテック内のカテゴリーはあまり増えなくなりました。私が2017年頃からメディアで話し始めたCBDC(中央銀行が発行するデジタル通貨)や、ブロックチェーン、タッチ決済、ロボアドバイザーなど、フィンテックの中のサブカテゴリーはある程度固定化されたのだと考えています。

その一方で増えているのが、横のつながりです。「フィンテック×サステナビリティ」「フィンテック×自動車産業」「フィンテック×クライメートテック」など、フィンテックは一つの機能と化して、別のサービスに混ぜ込まれるようになってきました。ちなみに、フィンテックのサブカテゴリー自体も統合されてきていますね。決済を行う人がクラウド会計もして、さらにデータを使ったレンディングやファクタリング[1]も行う……というように、昔は細かく分けられていたものがくっついてきているんです。フィンテックの内側も外側も統合・融合が進んでいるため、業界の境界線が曖昧になってきていると感じます。

[1]ファクタリング・・・債権買取。事業者が保有する売掛債権などを、一定の手数料を徴収して期日前に買い取るサービス

ーー海外諸国と比較すると日本のフィンテックは進んでいるのでしょうか?それとも遅れていますか?

藤井:何を比較軸とするかで変わるため、なんとも言えないですね。たとえばモバイルバンキングの数や種類でいえば日本よりも欧米のほうが圧倒的に多いです。「サステナビリティ×チャレンジャーバンク」など、日本にはない領域特化型の銀行なども欧米には存在します。

その一方で、既存の金融機関のサービス水準の高さでいえば、日本は恐らく圧倒的トップなんですよ。かつ、フィンテックはスタートアップだけでなく伝統的な金融機関もかなり取り組んでいるものなので、トータルで見ると「どこかの国が突出して秀でている」といったことはないかなと思います。

一点だけ欧米と日本の違いを挙げるとしたら、欧米はエンジニアリングリソースを自社で抱えているテック企業がどんどん金融サービスに進出してきているので、「自分たちも進化しなければいけない」という金融機関へのプレッシャーは日本よりも強いのかなという気はします。

また東南アジアと比較するのも、新興国と日本では生活水準が違うため難しい部分があります。東南アジアはATMの数も日本ほど多くないですし、そもそも皆が銀行口座を持っているわけではありません。当然日本の方が便利な金融サービスを享受できている人の数が多いですが、「所得が高くない方々に適した金融サービス」という形で圧倒的に進化しているのはやはり東南アジア各国です。

店舗を持たず、スマホだけですべてが完結するスーパーアプリ的な発想で、日本とは違う形の金融サービスがかなり発展していますね。たとえば東南アジアは消費者金融というものがあまりないため、日本のようにパッとお金を借りることができません。銀行口座を持っていない人は、与信が生まれず銀行からもお金を借りられないんです。この問題を、モバイルアプリ1つで解決できるサービスなども出てきています。

もし「商売道具の自家用車が故障したけどお金がなくて修理できず、車がないから稼ぐこともできない」という方がいたとしても、その車で収入を得ていた履歴があれば、そのデータを与信として融資を受けることができます。日本の市場環境では広がりづらいサービスかもしれませんが、その考え方や技術は会得しておきたいところ。当社でも、リープフロッグ型の発展を遂げるベトナムのデジタルバンク「MoMo」に出資して、進化の過程を学ぶ取り組みも行っています

数年後には「仮想空間に自分のコピーを作り、面倒な作業を委ねる」なんて未来がやってくる?

ーーここからはフィンテックの未来について伺いたいと思います。まず、生成AIの進化によってフィンテック市場はどう変化していくと考えていますか?

藤井:回答するのが難しいですね。というのも、2024年も恐らく生成AIが話題の中心にいて、サービス提供社の各社が細かな機能をどんどん積み重ねているため、生成AI自体の進化の予測もままならないほど激しい状態なんです。「1月はできなかったことが、4月にはできる」なんてことも考えられる世界観なので、2024年末にどこまで進化しているかすらも想像ができていません。

ただ、いち消費者としても期待しているのは、ただ使いやすいだけではなくて、スマートに使える金融サービスの登場です。賛否両論あるでしょうが、自分の身の回りのことや情報を全部教えておいて、それを元にAIが学習して生活の悩みを解決してくれたり、的確な助言を与えてくれたりするコンシェルジュのようなサービスがあるといいのではないか、と思うんですよ。

2014年頃にも同様のサービスはあったのですが、AIがまだ発達していないことにくわえ、学習データを集めること自体がかなり大変で、結局サービス終了になりました。しかし今であれば、かなり高性能なサービスを生み出せるのではないでしょうか。

ーー想像することが難しいほどの状態にまで進化しきっているとも言えるかもしれないですね。予測不能な今後が、真に面白いフェーズだとも感じます。

藤井:AIを直接的に使うというのはすでに飽和状態なのかもしれませんが、より考えを発展させると「自分のコピーをいかにサイバー空間に移すか」という点が今後のテーマになってくるのかもしれないですね。

というのも、web4といわれているメタバースの発展は当然想定できますし、何よりも自分と同じように動けるコピーが複数いたら、何かと楽じゃないですか。たとえば私は引っ越しの際の、金融機関への住所変更の手続きや郵便局への転居届が面倒でなりません(笑)。そのような作業を、自分が権限を与えたコピーに委ねられたらいいですよね。数年後には、「金融取引や家の売買なども代わりにやっておいてもらう」なんてことになっているかもしれません。

金融の話で付け加えると、情報格差の解消にテクノロジーを活用するというのも、我々にとっては重要だと考えています。

ーー情報格差の解決について、詳しく聞かせてください。

藤井:金融リテラシーが高い方は、いろいろなサービスを自身で比較して最適なものを選ぶことができると思いますが、そうでない方は「何もしない」という選択をとったり、あるいはファイナンシャルプランナーに相談して無難な試算をしたりすることになります。ただ、後者の方はどこまでいっても「この選択がベストなのか」という疑問はずっとついてまわると思うんです。これがまさに情報格差ですよね。

そこに、自分の目的に応じた金融行動を自動的に行ってくれるAIや、助言をくれるサービスがあれば、かなり役立つはず。さらに情報格差がなくなることで、金融業界が激しい競争環境に晒されるようになります。

これは内側の人間からすると大変ですが、消費者にとっては非常に喜ばしいことです。変わっていくニーズや高まっていく要求レベルに対応する力を養うという意味で、テクノロジーの活用は我々にとってかなり大切になってくるでしょう。

どの程度リスクをとるかだけ決めておいて、あとは自動的に金融行動を行ってくれる「自律型金融(オートノマス ファイナンス)」というものもフィンテックには存在します。私も2020年頃からメディアで紹介しているのですが、いよいよ本格的にその時代になってきたなという感覚があります。今後自律型金融がトレンドになったら「そういえば藤井が何か言ってたな」と思い出してもらえると嬉しいです(笑)。

web3がもたらす「正の循環を自発的に回せる社会」の実現

ーー「お金とテクノロジー」のコラムでも度々登場している、ブロックチェーン×金融の動きは今後どうなっていくのでしょうか?

藤井:金融市場のインフラは、要は有価証券などをトークンという形にして、本人確認された個人や企業が取引するような市場です。これをブロックチェーンを活用することで効率化しようという動きは確実に出てきています。

ーーつまりは、裏側での送金などの事務処理などが一気に消失するからこそ、有価証券を小さな単位に分割したとしてもさほど業務コストがかからない、といったことになるのでしょうか?

藤井:そうですね。大きなアセットを分割してトークン化することによって売る際の単位を下げ、機関投資家だけでなく個人投資家にまで市場の裾野を広げる、といった形が考えられます。この実証実験はシンガポールなどで大々的に行われていて、日本でもその動きが出てきていますし、ブロックチェーンは金融インフラにおいてほぼ市民権を獲得できている状態です。技術的に難しいこともないので、長い目で見れば確実に移行していくだろうと思います。

今注目されているのは、伝統的な有価証券(株式、債券など)や、RWA(不動産、アート、時計、ワインなど物理的な価値を持つ資産のこと)、カーボンクレジットのトークン化です。これをセカンダリーに流して売ったり、流動性を高めたりする際のコストが劇的に下がるため、今まで採算性の高くなかった商品も金融商品として扱うことができるのでは?と期待されています。ただ、伝統的な金融機関でこれを推し進めるのは大変なんですよ。とても厳格であるために、ブロックチェーンに関するプロジェクトを前に進められる人があまりいないんです。

一方でweb3は、たとえばビットコインやイーサリアムは、いわゆるパブリックチェーンでさまざまなことが行われても大きなトラブルは起こらず、本筋のチェーンはずっと動いているわけです。この長い年月を経て高まった信用を前提として、NFTにも値段がつくようになってきているというのはあると思うんですね。

そして日本でも海外でも、NFTやweb3ウォレットはごく普通に企業がマーケティングに活用したり、ユーザーに還元していたりします。この動きは今後も広がっていくだろうし、web2に対するアンチテーゼとして、ユーザーの情報が分散化されて1企業に独占されない世界を実現するために、国境を問わずそのような仕組みが普及していくことになるのだと思います。

日本政府もweb3を国家戦略に据えていて、トークンの期末課税も一部緩和されました。そう考えると、web3は今またすごく力強さを取り戻してきているんだなと。当社としても、web3の世界観に銀行としてどう関わっていくかは引き続き検討していく必要があります。

今後クリアしていかねばならないのは、確実な本人認証をどう行うのか。またブロックチェーン上で行われる取引の匿名性がいわゆるマネーロンダリングに加担しないのかなど、web3と相反する世界観の問題にどう取り組んでいくかというのは、1つポイントになってくると思います。これはシンガポールでも実験が行われていて、いずれは矛盾した問題をうまく解決するソリューションが生まれる気がしています。web3×金融は、私が今年特に注目しているテーマですね。

ーーweb3で実現したい世界観がある中で、「投資先の価値が大暴落した際のユーザー保護」など、解決するべき課題はまだありそうですね。

藤井:トークンやNFTの価値が上がって、売り抜けたら暴落する、それらは投機ゲームでしかないですからね。トークンエコノミー(仮想通貨やブロックチェーン技術を基盤とした新しい経済圏)の利点は、たとえば良い行動をした方が、そのエコシステムに住んでいる方から「良い行動をしている」と認められると、その方が持っているトークンの価値が上がるという点にあると思います。

つまり、“正の循環”を自発的に回せる仕組みを作り得るんです。これを地方創生やサステナビリティにも応用すれば、社会問題解決の大きなブレークスルーになるのでは?という気がします。

以前ReFi(環境問題や社会課題をブロックチェーンを活用することで解決しようとする取り組み)についてのコラムも書きましたが、まさにそこを狙っているんですよね。今はまだいくつか障壁があってあまり広がってはいませんが、考え方としてはとても筋が通っているため挑戦者は後を絶ちませんし、以前は怪しまれていたブロックチェーンが金融業界で欠かせなくなっているのと同様に、市民権を得る日が訪れると思うんです。

若者からシニアまで、誰もが使いやすい金融サービスを目指して

ーー今後、みずほFGとして挑戦したいことはありますか?

藤井:AIが金融業界に大きな影響を及ぼしていく中で、これまで私がお話ししたようなことはおそらく現実になると思います。みずほFGのデジタル企画部という立場にいる身からすると、今はない画期的なサービスをいち早く、世の中にリリースしていきたいという思いがあります。

繰り返しにはなりますが、今は3年後ですらほとんど予測ができない時代です。だからこそ「3年後には超高度な世界が来ている」ということを所与の条件として、もっとストレッチしたことに挑戦していかなければ、実現したい未来には到達できないのではないでしょうか。個人的には、他の金融機関や他業種よりも一歩先を行く、使いやすくてスマートな金融サービスを実現したいですね。

ーーこれまでお話しいただいたような高度な世界が数年後に訪れるとなると、消費者側がその進歩についていけない、なんて事態も起こりそうです。

藤井:それは危惧されることだと思いますが、やはり今と同じように、若い世代の人たちからアダプションが始まるんだと予想できます。

とはいえ最近、以前とは変わってシニア層も積極的にスマートフォンを利用していますよね。私の両親もそうですが、「何か調べ物をしたい」「検索したい」ときに、スマホで入力をするのが面倒だから、声で検索する人を最近よく見かけます。それと同じ理屈で、何でも声で操作ができるようになればいいかもしれないですね。

従来のサービスはユーザーエクスペリエンスと言いつつ、まだまだ複雑なUIがあって小難しかったりしますよね。スマホに慣れていれば大体の感覚で予測しながら操作できるんですが、皆が同じようにできるわけではありません。そう考えると、さらに進歩した先では「会話形式のプロンプトインターフェース」というのが1つの解になるかもしれないですね。いくつもボタンやリンクがあるのではなく、やりたいことを話せば、あとはAIが勝手にやってくれるという。そうなると、シニア層の方々でも一周回ってかなり使いやすくなるのではないでしょうか。

ここから3年後の未来は予測できないけれど、もしかしたら未来では、金融包摂的な世界は実現されているのかもしれません。もう誰も取り残されずに、 金融サービスを享受できる世界観がやってくる可能性があると信じています。

ここがポイント

・金融にテクノロジーを活用するのが当たり前になった今、「フィンテック」という言葉の使用頻度や捉えられ方が変わってきた
・フィンテックはそれ単体で成長するフェーズを脱し、いち機能として「フィンテック×自動車産業」など他サービスと融合する機会が増加している
・生成AIは変革が続くため、フィンテック市場に何をもたらすかは予測不可能。藤井氏は「仮想空間に自分の情報をすべて記憶させたコピーを作り、手続きや金融取引を代わりに行ってもらう」未来が訪れるのではと予測
・ブロックチェーンなどを活用したweb3の世界では、“正の循環”を自発的に回せる仕組みを作ることが可能。社会問題解決のブレークスルーも期待できる
・近い将来、若者からシニア層まで誰も取り残されずに金融サービスを享受できる、包摂的な世界が現実となるかもしれない


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:VALUE WORKS
撮影:阿部拓朗