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洪水をシミュレーションし、未来の被害を予測する。Gaia Visionが気候変動リスクの可視化に取り組むワケとは

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夏の異常な暑さや線状降水帯の発生、台風の強大化——。こうした気候変動は地球温暖化によるもので、このまま温暖化が進めばさまざまな自然災害を引き起こすと言われている。

気候変動に対する関心は社会全体で高まっており、2022年には、東京証券取引所がプライム市場上場企業に対し、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)または、それと同等の国際的枠組みの提言に基づく気候変動開示の充実を求めることとなった。企業の気候変動に対する取り組みは、投資家や消費者からも注目されており、企業として向き合うべき課題の一つとなっているのだ。

こうした社会的な流れがあるなか、水害を中心とした気候変動リスクに注目しているスタートアップがある。洪水のシミュレーション技術を活用したリスク分析や予測ができるサービスを提供しているGaia Visionだ。

今回は、Gaia Visionの代表取締役の北祐樹氏、共同創業者の出本哲氏にインタビューを実施。なぜ洪水のシミュレーションやリスク分析を行うのか、また企業がそのリスクを把握することでどのようなメリットがあるのか、詳しく話を伺った。

左)北祐樹
株式会社Gaia Vision代表取締役
東京大学大学院新領域創成科学研究科にて、爆弾低気圧や波浪について研究を行い、2020年に環境学博士号を取得。MS&ADインターリスク総研株式会社に勤務し、保険引受の自然災害リスク分析や災害情報システムの開発に従事した後、株式会社Gaia Visionを創業。東京大学生産技術研究所で研究員も務め、気候変動・洪水を研究する。

右)出本哲
株式会社Gaia Vision共同創業者
東京大学大気海洋研究所気候システム研究センターにて気候変動に関する研究を行い、理学修士号を取得。
PwCコンサルティング合同会社・ADL(アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社)にてAI・ロボット関連の戦略コンサルティングに従事した後、株式会社アラヤにて執行役員CSOとしてAI・ニューロテック関連事業の経営、戦略立案、事業開発に従事。元・最年少気象予報士

INDEX

最新技術を使い洪水をシミュレーションし被害を予測する
気候変動への取り組みが注目される今、洪水リスクの把握も重要に
健康診断のように、定期的なリスクチェックを
リスクを可視化して、意思決定のサポートをする
気候変動リスクに対して前向きに取り組んで欲しい
ここがポイント

最新技術を使い洪水をシミュレーションし被害を予測する

——北さんは元々どういった研究をされていたんでしょうか?

:大気海洋相互作用という分野が専門です。海上で発達する爆弾低気圧が波浪や海の影響でどれほど強く影響を受けるのかを研究していました。もともと災害には関心があって、予測シミュレーションの精度をよくすれば、より多くの人を助けられるのでは、との思いから災害の研究への動機が生まれました。

——そこからどのように起業につながったのでしょうか?

:研究を進めていく中で、気象予測のシミュレーションの精度を高めてもそれを社会で活かすためには距離があることに気づきました。

そこで、より社会に近い取り組みをしたいと思い、博士号を取得した後に損害保険会社に入り、台風や地震といった自然災害へのリスク計量を行っていました。ちょうどその頃(2020年頃)、世界の潮流として気候関連リスクを情報開示しようという動きが出てきました。それに加えて、海外で私の専門分野と近い研究者がその技術を使って事業を興していることを知り、私も技術を使ってビジネスをやりたいと起業に至りました。

——出本さんは共同創業者とのことですが、元々お二人は知り合いですか。

出本:私も北と同じく東京大学で似たような分野の研究をしていたのですが、もともと直接の知り合いではありませんでした。私は卒業後、戦略コンサルティングの仕事をしていましたが、いつか気候の領域でビジネスをしたいという思いをもっていました。社会的に気候変動に対する関心が高まってきて何か自分も動き出したいと思っていた頃、北が起業したという話を聞いて一緒にやっていくことになりました。

——貴社が取り組んでいる、洪水シミュレーション技術とはどういうものなのでしょう。

:東京大学で開発された技術で、洪水のシミュレーションを従来よりも10万〜100万倍くらいのスピードで計算することができます。その仕組みは、地球上の地形を数値で表して、そこに水を流したときの物理方程式を解くことで、時間ごとの水の分布がわかります。この技術を使って、我々が計算シミュレーションを実施し、将来のハザードマップやリアルタイムの洪水予報などを提供しています。

——降水量によって水の量は刻一刻と変わっていくものだと思うのですが、どういう仕組みで計算されているのでしょうか?

:お風呂に水を入れているときと同じように、入る水と流れ出る水の量から水の深さを計算します。実際の計算は、陸上を細かいメッシュに分けて、それぞれのメッシュにバスタブみたいなものがあるようなイメージで計算します。各バスタブに流出入する水量と深さを計算しつつ、実際の地形は傾斜があるので、メッシュ同士の水の交換も計算していきます。これを時間ごとに連続して計算していくことで、河川や浸水の状況が分かるのです。

気候変動への取り組みが注目される今、洪水リスクの把握も重要に

——洪水のリスクを予測する技術は、どのようにビジネスにつながっていくのでしょうか?

洪水のリスクがわかると、企業のリスクマネジメントに役立ちます。投資家や金融機関が投資をするかどうか判断する材料にもなりますね

2017年にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が情報開示について示したこともあり、企業の気候変動への取り組みにも注目されることが増えました。これにより投資家が、二酸化炭素の排出量が多い企業には投資しないなどの、サステナビリティを考慮した投資を行うようになりました。洪水も同様で、気候変動が危惧されるなかで洪水のリスクが高いと、今後投資対象ではなくなってしまう可能性があります。そのため、企業としては自社の資産が保有する洪水などの気候変動リスクをきちんと示すことが重要になってきます。

当社のシミュレーションを使えば、エビデンスベースでリスクについて投資家に説明することができます。これは企業にとって、大きな価値だと考えています。

——リスク評価は、サブスクモデルのようにずっと契約し続けるものなのか、それとも一度リスクが判明したらその一度きりで終わるものですか?

出本:継続する場合が多いですが、継続しない場合もありますね。継続する場合は、2つのパターンが考えられます。一つは、世界中に拠点を持つ企業が、徐々にリスクを計算する対象を広げていく、あるいは拠点を新設・移設する際にリスクを評価し直すといったパターンですね。

もう一つは、リアルタイムの予測です。リスク評価をして、もしリスクが高い場合は何らかの対策を打つ必要がありますが、リアルタイム予測のソリューションを継続的に使うことで、BCP(事業継続計画)に備えることができます。

一方で、企業の拠点が1カ所しかない場合などは、一度きりで終わるケースもあります。

——自治体からもハザードマップは出ていますが、そういったものとの違いはどこにあるのでしょうか?

出本:一つは、将来の予測情報を含むことですね。自治体のハザードマップは、過去の統計を参考に、1000年に一度などの想定される最大規模の災害が起こったことを想定して作成されることが多いです。我々の場合は、計算スピードの速いシミュレーション技術を活用することで、何十年後、何百年後など、さまざまなパターンで予測ができます。そのアウトプットとして、たとえば温暖化で平均気温が4度上昇したら、どれくらい洪水のリスクが高まるのかを評価できるようになります。

もう一つは、自治体のハザードマップよりも多角的に見られる点です。ある製造業のクライアントは、「自治体のハザードマップで見るとどの工場も真っ赤(リスクが高い)だけど、Gaia Visionのツールを用いて様々な再現確率別に見ると、濃淡がわかるようになった(優先順位をつけられるようになった)」と話していました。

ほかにも、グローバル対応しているのも特徴です。海外では、日本のハザードマップほど洪水に関する情報が充実していない国が大半です。国内や海外にたくさん拠点がある場合でも、それらのリスク情報を一元的に見ることができます。

健康診断のように、定期的なリスクチェックを

——具体的にはどんな分析ができるのでしょうか?

出本:洪水が起こった際の今のリスクと、平均気温が1.5度/2度/4度上昇した状態でのリスクが表示されます。アプリケーションの画面上に表示されている「浸水深」というのが、洪水が起こったときの地面から水面までの高さのことですね。

それに加えて、被害額の評価も行っています。お客様のその拠点や工場などの資産高を入力すると、たとえば1mの浸水があった場合の被害を金額換算して表示します。

——そもそもの話ですが、気温が上がった場合、洪水のリスクが上がるのは確実なのでしょうか?

:使うデータによって差はありますが、国内だと概ね上がります。日本は、台風の影響や梅雨前線、線状降水帯などの影響が強まるため、洪水のリスクが上がる傾向が見られます。一方で、ヨーロッパの一部の地域では洪水リスクが下がるなど、一概にリスクを語ることは困難です。

——なるほど。この予測結果を見ながら、どこに拠点を構えるかを決めていくんですね。ちなみに、このサービスができる前は、皆さんは何を見ながら拠点の場所を決めていたんでしょう。

:海外の無料のツールがあるにはありましたが、それが粗いデータで十分に信頼してよいか分からないという声がありました。また、海外に拠点を構える際に、現地の自治体に問い合わせたもののよく分からなかった、という話もお客様から聞いたことがあります。

出本:洪水に関する調査やデータ作成は、国内では建設コンサルティング会社も手掛けております。ただ、彼らは基本的に国や自治体向けに現地調査なども含めた詳細な評価を行うことが多く、少し我々のサービスとは位置づけが異なります。当社のツールは、より手軽に分析できることが特徴の一つかなと思います。

——クライアントとしては、どういった業種が多いのでしょうか?

出本:河川流域に拠点や工場を持つ企業はもちろん、不動産企業も多いですね。今は不動産取引時の「水害リスク説明」が義務付けられているので、洪水のリスクは見ておかなければならないポイントです。また、投資側の文脈でも、不動産の収益を得るために安全性のチェックは重要だと思います。

:場所の話で言えば、河川からの距離の他に土地の高さも関わってきます。あとは企業の持っている資産にもよりますね。とはいえ、決まった業種や場所によるのではなく、どんな企業も健康診断的な意味合いで定期的に確認してほしいと思っています。

リスクを可視化して、意思決定のサポートをする

——リスク評価の観点での有用性はイメージできたのですが、それ以外にも役立つポイントはありますか?

出本:今取り組んでいるのは、対策を取ることでどれくらい洪水のリスクを下げられるのか、というシミュレーションの開発を進めています。NEC様との取り組み事例として、たとえば堤防を立てることで、未対策に比べてどれくらい洪水のリスクが変化するのか、などを可視化/評価したことがあります。

——堤防とかの話になってくると、民間企業ではなく、国や自治体がビジネスの相手になる可能性もあるわけですよね?

出本:そうですね。そもそも洪水のリスク対策は、企業単独でやるのも意味があることですが、やっぱり企業や自治体などが連携して、河川の流域など、地域全体でリスクを下げていくことが大事だと考えています。

たとえば、ある河川周辺にいくつかの企業があった場合、実は資産高の高い拠点や工場が多いことが発覚したとします。その際、企業単独で何か対策をするよりも、複数企業がお金を出し合って、または国や自治体を巻き込んで、その地域全体で取り組んだ方が経済的にも高い効果が得られる場合もあると思うんです。私はこの考え方を、流域単位でTCFDで求めるようなリスク評価と対応を行う考え方から、流域TCFDと呼んでいます。

——なるほど。このような連携を生むために、貴社はどのような役割を担いたいと考えていますか?

出本:技術的な側面で言えば、グローバルなシミュレーションをきちんとローカルにつなぎ合わせて、気候変動という問題をきちんと見える化することが重要だと考えています。そのうえで、企業や自治体など、それぞれのアクションをサポートしていくのが、我々にできることかなと。

気候変動って、すごく抽象的でわかりにくいんですよね。グローバルな問題だからこそ、なかなか自分ごとに落としづらい。とはいえ、最近は降雨量が増えて洪水の話題も頻繁に耳にするようになったとか、夏も猛暑日が増えてるとか、なんとなく肌感で理解できるようになってきました。この感覚をきちんと定量的に評価して、自分、あるいは企業や地域としてどう行動するべきか、それを導き出すために、技術的なシミュレーションが必要不可欠だと思っています。

——マクロのトレンドとして地球温暖化の話は理解できても、対策しようとなったときに「何が起こり、どうすればいいか」が分からないってことですよね。そこの答えを導き出すために、技術が生きてくると。

:そうですね。近年の研究者の関心としては、シミュレーションの精度を上げるなどの研究成果だけでなく、その成果を社会で使ってもらうことが重要視されています。そのためには、アカデミアが作った技術を多くの企業や人が使えるように社会の共通言語にしていく、インターフェース的な役割が必要です。それはまさに、我々のような大学発スタートアップならではの役割だと思っています。

——貴社がインターフェース的な役割を担ったとき、アカデミアや民間企業はどういう動きをすれば連携が促進されると考えますか?

:アカデミアと民間企業の連携は難しい場合もあります。我々のツールを使って最先端の研究成果にアクセスし、洪水などのリスクを可視化できたら、それを企業などが合意形成や意思決定の促進に活用することができます。

気候変動や洪水に対して、「なんとなく不安」だと思っている方は多いと思います。自治体や市民の不安感と、企業が算出した洪水リスクが結びついて可視化されれば、地域として「リスクに備えて予算をつけよう」という合意形成につながる可能性があります。これは、本来であれば予算を立てて対策をする方が経済合理性があるのに、可視化できていなかったためにリスク対策が放置されているかもしれません。そのためにも、産官学、さらには住民も含めて連携していくことがキーになっていくと思います。

——意思決定のためにも、こうした定量的なデータがあることは重要ですよね。

出本:リスクを理解していれば、被害を想定して保険をかけておくこともできますし、洪水リスクを理解したうえで許容するという意思決定も企業としては可能です。そのような意思決定もサポートしていきたいですね。

気候変動リスクに対して前向きに取り組んで欲しい

——今は洪水の予測やリスク評価などを行っていますが、今後は別の分野にまでビジネスを広げていくのか、それとも洪水に関するところで深めていくのか、どのように考えていますか?

出本:洪水は気候変動リスクのワンオブゼムなので、高潮や強風など、そういったリスクには対応していきたいと考えています。

:例えば最近の日本の夏は本当に暑く、水資源の減少や健康被害などが問題になっています。台風や高潮、熱波や水資源の枯渇など、気候変動のリスクには様々な側面があるため、各業種や地域に応じたデータと対策が必要になってきます。

——洪水だと、河川流域に拠点がある製造業などがクライアントだけど、熱波になってくるとまたアプローチすべき業界が変わってくるんですね。

出本:農業や発電所、半導体など精密機器を扱う工場などですね。特に水を冷却のために使っているビジネスだと、水の温度が高いだけでかなり効率性が下がってしまうので、コスト面にかなり影響があると思います。

——洪水や熱波なども含め、企業はこうした気候変動によるリスクに、どのような心持ちで取り組めばいいのでしょう。

:まず、自分たちが取り組もうとする対策に、納得感があることが大事だと思います。とりあえず浸水を防ぐ壁を立てておこうとか、貯水槽作っておこうとか、そういう対策はエビデンスがはっきりしていなければあまり意味がない。目的をもって対策をして、それがどれくらい浸水リスクを下げるのか、気候変動に対してどれくらい寄与できるのかを他者に説明できることが重要です。他社はもちろん、自治体や投資家、消費者に説明できるのは強い説得材料になりますし、企業としてもブランディングにもなるはずです。

出本:リスクマネジメントは企業にとって「楽しいこと」ではないかもしれませんが、それでも今後の脅威に備えられているのは誇れることだと思います。近年は、企業がリスクに備えることは、投資家や一般の方々からの評価や、サステナビリティの高い企業として注目を集めることにも繋がります。こうした気候変動に適応していくことのプラスの作用も踏まえ、前向きに取り組んでもらえたらうれしいですね。

——クライメートテック領域のスタートアップが増えてきていますが、温室効果ガスの排出量を低減するための「緩和」、将来予測される気候変動の影響への「適応」の2つで言えば「緩和」に取り組むスタートアップの方が多いように思います。貴社のように、「適応」に取り組むスタートアップは今後増えてくると思いますか?

:気候変動リスクへの対策というと新しいものに聞こえますが、防災という観点では古くからある技術がたくさんあります。それらの技術で対応できることはたくさんあるので、それを新しいコンテクストで表現していくことができれば、新たなスタートアップも生まれると思いますし、社会に浸透していくんじゃないかと思います。

出本:それこそ、東京駅の周辺開発では、さまざまな防災対策をしているはずです。ただ、それが気候変動対策にどう生きるのかは説明できないものが多いと思うんですね。日本では当たり前のように防災対策しているので、それが実は気候変動対策にもなっている、もしくは少し手を入れれば対策になるっていうのを、我々のデータを使って示すのも一つ可能性としてあるのかなと思っています。

ここがポイント

・気象予測のシミュレーションの精度を高めても、それを社会で活かすためには距離がある
・Gaia Visionでは計算スピードの速いシミュレーション技術を活用することで、何十年後、何百年後など、さまざまなパターンで予測が可能
・洪水のリスク対策は、企業単独でやるのも意味があるが、企業や自治体などが連携して、河川の流域など、地域全体でリスクを下げていくことが大事
・アカデミアが作った技術を多くの企業や人が使えるように社会の共通言語にしていく、インターフェース的な役割が必要
・目的をもって対策をして、それがどれくらい浸水リスクを下げるのか、気候変動に対してどれくらい寄与できるのかを他者に説明できることが重要


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:阿部拓朗