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住友生命の社員が、異業種とともに社会課題解決を図る新規事業「TomoWork」に取り組むまで

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時代の潮流や市場環境が変化し、大手企業も新たな価値創造に挑んでいる。しかし、新規事業を立ち上げようと挑んでも、既存事業のアップデートにとどまってしまい、なかなかブレークスルーが生まれないジレンマを抱えている企業も多いのではないだろうか。

今回話を伺ったのは、2018年にデジタルイノベーションラボを立ち上げ、異業種とコラボレーションしながら枠にとらわれない新たな事業創造のかたちを実現している住友生命。シンガポールを拠点に「TomoWork」という障がい者就労の新しいモデル創発のトライアルを展開している

どのようにして既成概念にとらわれない新たな取組みを成功させたのか、プロジェクトの推進者である百田牧人氏に話を伺った。

INDEX

「保険会社社員」ではなく、「イチ生活者」として発想する
「さまざまな関係者を巻き込みながら“コレクティブインパクト”を狙う
ミドル層の挑戦する姿勢が社内のカルチャーを変えていく
ここがポイント

百田牧人
1999年住友生命入社。情報システム部兼新規ビジネス企画部上席部長代理。サービス、リテール、商品開発等の部門を担当し、多くの部門横断プロジェクトに関わる。2018年4月から新規事業開発・オープンイノベーションの取組みに従事し、2019年9月にデジタルを活用した障がい者就労の新しいモデル創発の取組み「TomoWork」をシンガポールで立ち上げる。著書として業務改革プロジェクトの知見をまとめた「ファシリテーション型業務改革 ストーリーで学ぶ次世代プロジェクト」(共著)がある。

「保険会社社員」ではなく、「イチ生活者」として発想する

百田氏は、カスタマーサポートやマーケティング部門でキャリアを歩んできたが、2018年に社内で立ち上がったデジタルイノベーションラボ(以下、ラボ)にメンバーとして参画した。
そもそもなぜ住友生命はラボを立ち上げることにしたのか。百田氏は、発足当時のことを語った。

百田「世の中にはDXの波が訪れています。新たな領域への進出や価値提供のあり方を模索しなければ世の中から支持されなくなる……。経営陣にはそんな課題意識があったと思います。ラボの立ち上げ当初、上長と話をしたときに『保険領域でカスタマーエクスペリエンスを向上していきたい』と伝えたらしたら『ラボに期待しているのはもっと大きなことだ』と言われまして。『単なる既存業務のアップデート、生命保険のアップデートではなく、デジタルの力で新しい事業をつくってほしい。生命保険会社がどんな社会課題を解決できるか、ゼロから考えてほしい』と言われたんです。
求められていたのは、生命保険会社の社員ではなくイチ生活者の視点。保険事業の枠の中だけで課題に向き合っていると、いかに保険商品の中身を充実させるか、いかに支払いを早くするか、といった考えだけに捉われがちです。それ自体はとても大切なことなのですが、その枠からなかなか出ることができない。持続的イノベーション(既存事業の改善)は、ときに破壊的イノベーションに淘汰される訳ですから、既存概念を超えた発想が必要になります。今、生活者の生命保険に対する期待はどんどん変化しています。例えば、生命保険は、従来型の死亡保障から医療保障、就業不能保障などの領域に深化してきた訳ですが、人生100年時代においては健康寿命の延伸に関心が集まっています。

人材が固定化している組織の中だけで考えていると、そのような世の中の空気感や課題を理解することが難しい。だから会社の外に出て考えるべき』という考え方でラボが立ち上がったのです。
たしかに社会を見渡せば、認知症や介護、障がい者就労、医療業界の業務負担軽減などさまざまな課題が横たわっています。まずはそれらの課題に目を向けていこうと思いましたね」

「会社の外に出て考える」。この言葉には、社会のニーズを捉えること以外に、もうひとつの意図があった。

百田「今の時代、ひとつの会社だけで社会課題を解決するのは、現実的ではありません。それよりも社会課題を取り巻くエコシステムの中にいて、どんな関わりができるか、といったことが重要です。
だからこそ、まずラボが注力したのが、異業種とのコラボレーション。ちょうど2018年に南アフリカのDiscovery社やソフトバンクとパートナー契約を締結し「住友生命Vitality」という健康増進型保険の取組みを始めましたが、これを契機にさまざまな企業と協業して社会的価値を創造する流れができてきました」

これまで、「生命保険会社の社員」としてキャリアを歩んできた百田氏にとって、他社との協業から学んだことは多いと言う。

百田「異業種と新しい事業に取り組むとなると、それまでの社内の理論は通用しません。しかも相手は、スタートアップや海外の企業ということも多く、スピードや考え方含めてビジネスカルチャーが全く違うんですよね。そのため、予算の承認プロセスを簡略化したり、レポートラインをシンプルにして意思決定をスムーズにしたり、仕事のプロセスを変える必要がありました。事業の一部分をアウトソースするというかたちではなく、ひとつの事業を共につくる共同体としてがっちり手を組んで、相手のビジネスカルチャーを取り込んでいく。そうするとマインドも変化していくのを感じていました。特に意識したのは、『Fail fast, Learn faster』という考え方。失敗を恐れずスピード感を持って取り組むようになったのは、大きな変化だと思います」

さまざまな関係者を巻き込みながら“コレクティブインパクト”を狙う

「生命保険会社の社員」から「イチ生活者」としての目線へ。これまでの保険事業の延長線上にはないビジネスを考え、新たに生まれたのがシンガポールでの障がい者就労の取組みだった。なぜこの領域に着目するようになったのか、障がい者就労とデジタル化との関係を百田氏は語る。

百田「障がい者就労にとって、デジタル化はふたつの側面があります。ひとつは今の仕事がデジタルに取って変わられるリスク。民間企業には、法定雇用率が定められていて、全従業員の内、障がい者を2.3%以上の割合で雇用することが義務付けられています。しかしその枠組みの中での仕事の多くは定型業務だったりします。例えば、申込書の整理やスキャン、郵送など。しかし、それらの業務の多くは今後、デジタルに置き換わっていく可能性が高いと思います。
しかし、一方でデジタルによって可能になることもあって。例えば、リモートワークが進展すれば車椅子の方が満員電車に乗って通勤する必要はなくなります。しかもデジタル化によって、障がい者の方々が持つポテンシャルを十分に発揮できる仕事も増えているんです。例えば聴覚障がいの方の中には、Slackなどのテキストコミュニケーションが得意な方がたくさんいらっしゃる。発達障がいの方は集中力と反復作業の質が高いのでプログラミングに適性がある。実際に発達障がい者の方の中には、世界で活躍しているプログラマーもいます。そのように単なる法定雇用率の達成を超えて、障がい者の方が付加価値の高いスキルを持って、納得感のある給与を得ることができて、企業の成長にも貢献できる。そんなことに貢献できる事業・サービスをつくりたいと思ったんです」

「TomoWork」と名付けられたこの事業は、2018年シンガポールで発足。同年度の2回にわたるトライアルには延べ30名の障がい者の方が参加し、有名外資系企業に採用される人材も輩出した。今、その動きは加速している。

百田「意識したのは、住友生命だけでなく、さまざまな企業や政府、教育機関を巻き込みながら影響範囲を広げるコレクティブインパクトという考え方。例えば教育機関は障がい者の方が社会進出するための特別支援教育を行っているけれど、実際の就職となるとなかなか上手くいかない。企業も障がい者採用をやりたいけれどなかなか思うように採用・育成ができていない。政府も助成金を出して支援はするけれど根本的な解決に至らない。その結果、企業は政府の助成金の支給期限が終わったら採用を打ち切る、基金も教育に必要な奨学金は出すけれど卒業後に関しては支援が止まる……。これらは東南アジアでリサーチした事例ですが、どの国でも障がい者就労に関してはこのような構造的な問題が横たわっています。
じゃあ私たちが何をするかというと、それらの関係者の真ん中でとにかく汗をかくこと。障がい者のスキルを高めることでそのギャップを埋めて、エコシステムが上手く回るようにしていくんです。そんな取り組みに賛同してくれて、今、シンガーポールではFacebook、Google、Microsoft、など20社以上がTomoWorkをサポートしてくれています」

2018年の立ち上げから短期間で成果を挙げたTomoWork。その急成長の背景には、異なるシンガポールのカルチャーを取り込んだことも追い風になったという。

百田「シンガポールはイノベーション国家。世界競争力ランキングでは2年連続1位を取っています。日本とは意思決定のスピード感も、イノベーションへの貪欲さ、デジタルリテラシーも全く違うと感じました。現に20歳前後の若い障がい者の方でも、Pythonを使ったり、デジタルマーケティングを理解していたり、ビッグデータを扱っている人がたくさんいます。基礎的リテラシーが高いというか。
また、コロナ禍で障がい者の孤立を防ぐためのイベントを立ち上げたときには、社会福祉政策を担当する現役の大臣がメッセージを寄せてくれたこともありました。これは、シンガポールの課題意識の高さ、フットワークの軽さによるものだと感じました。現在、障がい者インクルージョン推進の国際イニシアチブ『The Valuable 500』※にも参加しているんですが、その発祥となった世界経済フォーラム年次総会が2021年はシンガポールで開催されることになったことにも縁を感じます。シンガポールで連携している企業にもThe Valuable 500を紹介しました。」

シンガポール国内で活発化している障がい者就労を取り巻くエコシステム。その中心に、TomoWorkがいると言っても過言ではないだろう。ビジネスカルチャーも異なり、未知の領域に飛び込んだ住友生命がなぜ、ここまで辿り着くことができたのだろうか。百田氏は語る。

百田とにかく行動量でネットワークをつくり、輪を広げていきましたね。実は、シンガポールに降り立ったとき、私自身の人脈はゼロ。プログラムをコーディネートしてくれるNPOと一緒にひとつひとつ開拓していきましたね。あとはコワーキングスペースを積極的に活用して、さまざまな人と話したり、ソーシャルトピックの取り組みを行っている人を紹介してもらったり、イベントに参加したことも大きいかもしれません。英語を流ちょうに話すことはできないんですけど、とにかく体当たりで行動していったことが、今の活動につながっていると思います」

ミドル層の挑戦する姿勢が社内のカルチャーを変えていく

既存事業の延長線上にはない、新規事業の立ち上げ。このチャレンジを推進する上で必要なマインドセットがあるとしたら、どんなものなのだろうか。百田氏に聞いた。

百田「最も大切なのは、変革リーダーが諦めないということ。TomoWorkの場合、私が諦めたら終わっていたでしょう。ゼロから立ち上げる仕事は、やってみないとわからないことばかりですから、数年後どんな結果になっているかってかなり流動的なんですよね。2018年に立ち上げた当初、現在のような形でインパクトを生み出せていることなんて、私も含めて誰も想像できていなかったですから。
一般的な大企業の論理だと、とにかく机上で成功確率を高めることに時間を費やして、結局何も生まれなかったということも往々にしてあるかもしれません。社会にとって意義があると思ったら、『Fail fast, Learn faster』で取り組んでみる。失敗したら、そこから学びを得てチューニングしていけばいいと思うんです。その繰り返しで上手くいくかどうかが変わってくると思います」

さらに、その姿勢を活かすためには、組織の重要性も大切だと語る。

百田「大企業ではしっかり要件定義してウォーターフォール型でプロジェクトを進めていくことが一般的かもしれませんが、不確実性の高い新規事業の場合、まずアジャイル型で進めていく方が効果的なことが多いはず。そのときに経営者、ミドル層、現場の担当者の意識が揃っていないとなかなか上手くいかない。既存事業から“マネジメントのOS”を入れ替える必要があるということを認識しないと前に進まないのかもしれません」

最後に、社内で新規事業を立ち上げようとする人に向けてメッセージをもらった。

百田「まずは、ミドル層が失敗を恐れない姿勢を示していくことが大切だと思います。新規事業にリスクはつきもの。そちらばかりに目を奪われて結局ローンチできないことも多々あります。でも、大切なのは、失敗を前提として許容しつつ、そこから学ぶこと。『失敗しても、学びを得られればいい』というカルチャーを組織内につくることができるかどうかは、私も含めてミドル層が鍵を握っていると思います。

あと、会社の原資を生んでいる既存事業へのリスペクトを忘れないこと。規模の大きな既存事業では、現実的に失敗が許されない場面もあると思います。『新規事業とはカルチャーが異なるんだ』と理解して、守るべきものを守ってくれていると想像力を働かせることが大切です。どちらが正解というわけではなく、2つのカルチャーがあることを理解した上で、挑戦していくことができればいいと思いますね」

※2019年1月に開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で発足した世界的なネットワーク組織。『インクルーシブなビジネスはインクルーシブな社会を創る』という考えのもと、現在、世界の主要企業約470社が賛同している。

ここがポイント

・住友生命は2018年にデジタルイノベーションラボを設立、デジタルの力で新しい事業を作ることを目指している
・社会課題を解決するには、社会課題を取り巻くエコシステムの中にいて、どんな関わりができるかが重要
・スタートアップや海外の企業と取り組む際には、「Fail fast, Learn faster」を意識している
・「TomoWork」で意識したのは、さまざまな企業や政府、教育機関を巻き込みながら影響範囲を広げるコレクティブインパクト
・『失敗しても、学びを得られればいい』というカルチャーを組織内につくることができるかどうかが大切


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小林拓水
撮影:小池大介