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2030年までに3000万人のアフリカ農家の所得を3倍にしたい。 Degas牧浦土雅氏が語る泥臭くも合理的なビジネスモデルの作り方

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多くの課題を抱えるアフリカ大陸。6億人の小規模農家向けに事業を展開し、2023年には10億円超の資金調達を実施して、食糧危機だけでなく気候変動問題にも取り組むべく事業を伸長させている日本企業があることはご存知だろうか。

その会社が、Degasだ。代表の牧浦土雅氏によれば、同社がターゲットとしている農民の多くは1日3ドル以下で暮らす人々。これまで一日三食の生活も簡単ではなく、医療や教育へのアクセスもままならなかったのだという。しかし同社の事業によって、ターゲットの97%の所得が倍増したそうだ(第三者評価機関の調査済み)。

同社のビジネスモデルはマイクロファイナンスと類似しつつも、現金ではなく農作物の種苗を現物で貸付・収穫物現物での返済をベースとした独自の仕組みを構築したことだ。アフリカ農家の現状を理解し事業を展開することで社会的インパクトと事業成長を両立させている。「そこに課題があるから」というシンプルな動機でゼロから始めたビジネスを、どのように成功させたのか。代表の牧浦氏にお話を伺う。


牧浦土雅
Degas株式会社CEO
”人々の生活を劇的に変える”というビジョンのもと、テクノロジーを用いこれまで一般的な金融機関の融資対象にならなかったアフリカの小規模農家にファイナンスを提供。同時にアフリカ最大規模でリジェネラティブ農業を推進し、質の高い炭素クレジットの組成と流通も行う。2020年7月、ガーナ・アクフォアド大統領から感謝状を受領。Wedge『平成から令和へ 新時代に挑む30人』等に選出。米ゲイツ財団とAIシステムの開発にも取り組む。

ポイント

・通常のマイクロファイナンスと同様にクレジットスコアを算定しつつ、種子や肥料などの農業資材を提供し、トウモロコシなどの生産物(現物)で返済をしてもらう、現物支給・現物リターンを採用している。
・大量調達・大量販売でスケールメリットを効かせつつ、テクノロジーを駆使しコストを削減、ならびに数万軒の農家さんとのやりとりを現物で行うビジネスモデルを構築した。
・取引農家の97%の所得が2倍以上に伸長しており、昨年の実績27,000軒のうち、72%は1日3.2ドル以下で生活している人たちだった。
・株主価値や利益の最大化と社会的なインパクトの創出を両立させるために、採用で一番重視するのはケイパビリティ。インターン直結の採用がベストだと考えている。
・事業性だけではなく社会的インパクトを生み出したいと考えるなら、早い段階で、インパクト測定の第三者の評価を受けることがおすすめ。

INDEX

現物を支給して、現物で返済する——マイクロファイナンスの新しい形
独自のビジネスモデルを構築、アフリカで勝ち抜く
迅速に展開して、素早く撤退する——経営者の仕事は、痛みを伴う決断をすること
2030年までに、農家さん3000万人の所得を3倍にしたい
想いが強い事業者こそ、第三者の目を早々に入れるべき

現物を支給して、現物で返済する——マイクロファイナンスの新しい形

——アフリカの農家向けのビジネスを展開していると伺っています。簡単にご説明いただけますか?

牧浦:当社は、農家とグローバル市場をつなぐことで農家の所得向上に貢献しています。そのために、光学衛星を使って農地の肥沃度を測定したり、テクノロジーを駆使しながら農家さんの信用情報を取得します。これを元にクレジットスコア(与信)を作成して農家さんにファイナンスを提供するのが当社の事業です。

——実際の事業内容としては、マイクロファイナンスという理解でよろしいでしょうか?

牧浦:農家さんに貸付を行って返済してもらうという流れはマイクロファイナンスと同じなのですが、現金のやり取りは行っていないので厳密には違います。当社では、通常のマイクロファイナンスと同様にクレジットスコアを算定しつつ、種子や肥料などの農業資材を提供しています。そしてトウモロコシなどの生産物(現物)で返済をしていただくという、現物支給・現物リターンを採用しています。

——貸付・返済を全て現物で行う事業ということですね?

牧浦:そうですね。1袋の肥料や種子を農家さんに提供して、予め契約に則ったトウモロコシの袋数を納品(返済)してもらうといった形です。その上で、トウモロコシを独自の販路で販売・現金化するモデルです。

農家さんへの現物支給に際してはマイクロファイナンスと同じような審査を行っています。たとえば借り手の基礎情報に加えて、どのような農作物を植えているのか、農地はどれくらい肥沃なのかを衛星画像を使って判断してきました。通常の銀行やマイクロファイナンス機関などと同じ仕組みではあるものの、ターゲット層のポートフォリオが大きく異なるので独自のアルゴリズム(計算式)を立てている形ですね。

独自のビジネスモデルを構築、アフリカで勝ち抜く

——途上国では、マイクロファイナンスをよく目にします。なぜ、現金ではなく現物支給・現物返済にしたのですか?

牧浦:実は最初は、マイクロファイナンス事業も行っていました。しかし現金を貸し付けても返ってこないことがあまりにも多かったのです。

というのも、アフリカの小規模農家さんはのほとんどが貧困層に属しています。東南アジアなどの通常のマイクロファイナンス機関がターゲットとしているのは1日あたり平均所得が6ドルから9ドルくらいでキャッシュフローが比較的見えやすい事業者さんですが、私たちのお客様は3ドル以下の方々が大半で100%農業従事者です。そのためキャッシュフローも不安定で平均所得(残キャッシュ)が低いために返済率も上がりづらく、マイクロファイナンスというビジネスはそもそも成り立ちづらいのです。

そこで、テクノロジーと6億人の小規模農家のスケールメリットを活かした事業を展開できないかと考えました。商売の根本中の根本でもありますが、私たちが支援している農家さんのビジネスモデルを考えたとき、①農業資材を安く仕入れて②農産物を高く売る、この2点を実践することが肝となると考えました。あとは①を実践するためスケールメリットとテクノロジーを駆使した徹底的な現場オペレーションの効率化(コストの最小化)です。

たとえば、肥料や種子などの農業資材を1000袋などのバルクで、さらにキャッシュで一括払いし調達すればコスト低減につながります。販路についても、現地の農家さんに販売(現金化)してもらい返済をお願いするよりも、私たちが現物(農作物)を農家さんから返済として集めた上で、大手バイヤーさんに直接販売した方が付加価値が高く、単価を上げることができるのです。

大量調達・大量販売でスケールメリットを効かせつつ、テクノロジーを駆使しコストを削減、ならびに数万軒の農家さんとのやりとりを現物で行うビジネスモデルを構築しました。創業から半年ほど経った2019年頃から、現在のモデルを展開しています。

——実際の成果はいかがでしょうか?

牧浦:農家さんや現地社会に与えるインパクトは大きいです。我々は、収益・株主価値ならびに社会的インパクトを最大化するスタートアップでして、後者を定量化するために第三者評価機関に事業のインパクト評価をして頂いています。それによると、お取引している農家さんの97%の所得が2倍以上に伸長しています。また、ターゲットもぶれておらず、昨年の実績27,000軒のうち、72%は1日3.2ドル以下で生活している人たちでした。従前は三食の生活で精一杯だった皆さんが、教育や医療にもこれまで以上にアクセスできるようになっていて、少なからず社会全体で好循環が生まれています。

もちろん、私たち自身も利益を生み出しています。自社・顧客・社会全体にとってのメリットにつながっているのではないでしょうか。

——目覚ましい成果を挙げられていますね。このビジネスを成功させる秘訣はあるのでしょうか?

牧浦:まず、私自身の泥臭さが挙げられます。当社が行っているような事業をできる人は、自分以外には知りません。世の中で、ガーナに5年間住んで、家族もおらず、農地で事故に遭いながらも泥臭く事業を作れる人間は他にはいないのではないでしょうか。これを継続的にやっていく泥臭さが私のいちばんの強みです。

Degasの強みとしては、オペレーション管理が挙げられます。農家さん300軒あたり1人くらいの割合で担当エージェントを配置。エージェントの方が農地を毎日回って「種まきを60cm間隔で行っているかどうか」などありとあらゆる情報を収集します。お取引のある農家さんは27,000軒ほどありますので、そうした人々とのつながりを維持しているのは当社の強みなんです。そのほか、信用情報の管理のためのネイティブアプリも自社開発するなど、オペレーションエクセレンスで圧倒的な優位性を持っています。

こうした強みは、販路拡大にも活きてきます。農家さんから農作物を調達するときの袋にはQRコードが付いていてトレーサビリティを確保できていることもあり、たとえば児童労働や強制労働は行われていないかなどを確認できます。こうした点を販売先ごとにカスタマイズすることも可能で、たとえば世界的な業務用チョコレートメーカーの不二製油さんなどとのお取引の際に活用されています。

迅速に展開して、素早く撤退する——経営者の仕事は、痛みを伴う決断をすること

——先ほど、貴社の強みとしてオペレーション面を挙げられました。テクノロジー分野を真っ先に挙げなかったのは少し意外です。

牧浦:Degasといえばプロダクトの開発やAIの実装など華々しいイメージを抱いてくださる方も多いですが、それよりも実際のオペレーションを築く方が重要で、より大変かもしれません

しかも、私自身は何のプロでもありません。テクノロジーへの理解は人並み以上にはありますが、テクノロジーを軸として事業を展開してきたわけではないのです。

——テクノロジーは必要だから使うという感覚なのですね。そう考えると、先端的なテクノロジーを活用しながら事業を進めていらっしゃることが意外に思えてきます。

牧浦:前提として、私たちが展開しているアフリカの農業ビジネスは、日本と比較しても圧倒的に効率化に成功しています。日本だといまだに目視で農地パトロールを行っているところも多くありますよね。しかし我々のアフリカ農地では現場のデータを鵜呑みにできない事情もあって、デジタル化を進めてきた状況です。

だからこそ、私自身もインプットには時間をかけています。たぶん、他の人の10倍くらいは時間をかけてインプットしているのではないでしょうか。1日に3時間くらい新聞や本を読んだり人の話を聞いたりしています。世の中のトレンドを掴むというレベル感ではなく、その先に何が来るのかを見越して考えられるレベルのインプットは心がけています

——事業を軌道に乗せる苦労は並大抵のものではないのですね……。

牧浦:ちなみに、今の事業にたどり着くまでにも試行錯誤がありました。順風満帆などというわけでは全くなく、やってみたけれどうまくいかないから撤退したビジネスは100個くらいありました。軌道に乗せたものよりも撤退した事業の方が圧倒的に多いところ、この部分でも泥臭さは必要だと感じています。

——100回も進出と撤退を繰り返したのですか?

牧浦:大切なのは、まずはやってみることと、ダメなら素早く撤退することです。ある程度のマーケットサイズがあって、実行できる人材がいるなら、とりあえずやってみる。ダメならすぐに撤退する。とにかくやってみることと、だらだら続けないことは大切にしています。

アントレプレナーの友人の中には、だらだらと続けてしまう人も多くいます。皆さんも想像しやすいと思うのですが、頑張って開発したアプリを1年くらい運用してみたけれどユーザー数が全然伸びない。そんな状況でも、我が子のように可愛いアプリを見捨てられずに深みにはまっていく人も多いです。

——だらだらと続けてしまう気持ちは、すごく共感できます。

牧浦:撤退には当然痛みは伴うのですが、そこを決断するのも経営者の仕事です。絶対に成功させるという気概も大事ですが、ドライに割り切って撤退することも必要だと思います。と言いつつ「Never give up」のマインドセットも起業家には必須なので、この辺りのパラドックスも宿命でしょうか(笑)。

2030年までに、農家さん3000万人の所得を3倍にしたい

——そもそも、なぜアフリカで事業をはじめようと思われたのですか?

牧浦:そこに社会課題があったからです。サブサハラアフリカ(モロッコやエジプトなどの北アフリカを省いた49ヶ国)には、約6億人の小規模農家がいます。シンプルに世界で最も生活に困っている人々が多くいるから、アフリカを選びました。

——アフリカにはあまりこだわりはないのでしょうか?

牧浦:全然ありません。社会課題がそこにあったから取り組んでいるといった感覚です。

もっとも、アフリカを選んだことに積極的な理由はありませんが、やり始めたからにはやり続けるしかないといった気持ちはあります。手前味噌ではありますが、私たちの事業がなくなると困る人がたくさんいることも知っています。

他の会社ができないことをやっているのがDegasです。競合らしい競合もいませんし、突き抜けるしかありません。そして突き抜けた先には巨大な市場があります。「Degasだから取れる」といったところは投資家からも期待されているポイントです。

——確かに、これまでアフリカで実績を積み上げてきたことは、投資家にも響きそうです。この先の事業展開についてもお伺いできますか?

牧浦:アフリカでの経験や自社の強みを活かして、今後はインド、カンボジアなどにも事業を展開していく予定です。ノウハウの蓄積があるので、新たに自社事業として一から展開するのではなく、オペレーションやテクノロジーを切り出して提供していくことになるでしょう。物理的なオペレーションを持つのはガーナだけです。

数値的な目標でいえば、5年後に会社規模を数十兆円くらいに持っていきたいですし、できると思っています。社会的なインパクトについても、第三者の評価機関に定量的に計測してもらっています。株主価値や利益の最大化は当然ながら、社会的なインパクトの創出も含めて両輪で事業に取り組んでいます

——具体的な目標はありますか?

牧浦:2030年までに農家さん3000万人の所得を3倍にするという目標を掲げています。1日3ドル以下で暮らしている農家さんはいまだに多く、そうした人たちの消費は2/3くらいが食材費に回っています。この所得を3倍にすれば、教育や医療、エンタメに回す余裕も出てきます。本人の生活も良くなるし、周りの経済も回り出して、世界が少しだけ良くなるのではないでしょうか。

——Degasのもう1つの事業である気候変動への取り組みについてもお伺いできますか?

牧浦:ありがとうございます。私たちは現在、質の高いカーボンクレジット創出の分野に力を入れています。2023年にプレスリリースを出したように、10億円の資金調達をし、脱炭素事業としてリジェネラティブ農業(環境再生型農業)に取り組んでいます。リジェネラティブ農業は、不耕起栽培や被覆作物の施用で土壌浸食等を防いでCO2を隔離・除去するもの。こうした除去分をクレジット化することでカーボンマーケットへの進出も果たそうと画策しています。

——すごく大きな野望で、これからが楽しみです。未来に向けて、どういった施策を行っているのでしょうか?

牧浦:1つには、採用があります。自分自身でできることも多いと自負しているのですが、当然自分だけではできないことの方が多くあります。だからこそ採用に力を入れています。

採用で一番重視するのはケイパビリティです。たとえばロジカルシンキングができる人は魅力的ですよね。ただ、人のケイパビリティなんてすぐには分からないものなので、インターン直結採用がベストだと考えています。インターンでも、たとえばミーティングがあったらアジェンダを前もってシェアする、事前に調べられることは調べた上で自分の解釈をぶつけたり疑問点を明確にしたりする。こういった即戦力、所謂自分の仕事を少なくしてくれるケイパビリティを持つ人たちはすごく魅力的に映ります。

想いが強い事業者こそ、第三者の目を早々に入れるべき

牧浦:今後カーボンクレジットの分野が伸びれば、ズルをして稼ごうとするプレーヤーが必ず出てくるはずですし、現に出てきています。これを防ぐ仕組み作りには今の時点から注力しています。そこを怠ると、不正がメディアで大々的に報道されたりして業界全体が冷え込んでしまう。一度失った信頼を取り戻すのは大変なことなので、本質的な活動に価値を見出してくれる人との対話を続けていきます。

——不正防止の仕組みづくりを早い段階から行うのは、多くの企業が必要と思いながらもなかなか取り組めないことだと思います。

牧浦:これまでもビジネスを展開する中で、ズルをされたことは何度もありました。たとえばエージェントが1日に10件の農家を訪問したと虚偽の報告を上げたり、農家さんからの返済が滞っているのに順調だと嘘を吐いたり。こうしたズルに対しては、データを取得して可視化することで不正検知できる仕組みを作り上げました。人に頼るべきところはきちんと頼ることも大切ですが、人に頼りすぎない仕組みづくりも大切だと考えるようになりました。

——ありがとうございます。最後に、これから起業される方や駆け出しのアントレプレナーに対してメッセージをお願いします。

牧浦:私自身が日々Day 1の気持ちでアントレプレナーなので恐縮ですが、もし事業性だけではなく社会的インパクトを生み出したいと考えるなら、早い段階で、インパクト測定の第三者の評価を受けることをおすすめします。起業するような人はプロダクトへの愛着や執念もすごいので、インパクトを過大に評価しがちなんです。たとえばアプリの開発者なら、ユーザー数=インパクトなどと単純に理解して突っ走ってしまいがちですが、その正しさは本人にも分かっていない。このインパクトの部分を本当に検証すると労力もかかるので、自分だけでやるのは難しいんです。

仮に第三者評価機関でなくても、中学時代の同級生やコンサルファームで勤めている友人と定期的に話をして、違った角度からの指摘をもらうことは本質的な気づきにつながるかもしれません。社会的インパクトと高付加価値の両立には、早い段階で第三者の目を入れることが1つの鍵となるでしょう。また、これからはますます収益と社会的インパクトの創出の二つが求められる世界になってくるでしょう。


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:宮崎ゆう
撮影:幡手龍二